表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/108

第三十三話 凄腕の鍛冶師

◇鑑定【かんてい】

魔法/共通魔法


自身の知識、経験情報を基準に、物質の状態を判別する魔法。

人間を対象に取る【観察眼】の反対に、この魔法は非生物を対象とする。


一度でも記憶した知識、体験した経験があれば、

たとえ忘れていても、物質の正体や状態が判別できるようになる。

しかし、判別精度は自分の知識と経験が基準となるため、

未熟な人間が使用してもあまり効果はない。


長年にわたり、膨大な知識と経験を積んだ熟練の鑑定士は、

その有用性、希少性から、都市が保護することも珍しくない。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、市場・金床通り、ヨア



〝――爺さんはとにかく気難しいが、かつてはレアルム一番の鍛冶師と呼ばれてた鉱窟族(ドワーフ)だ〟

〝――なんせ、俺の師匠が生まれた頃には、もう鍛冶師として名を馳せてたらしいからな。鍛冶師の生き字引と言ってもいい〟

〝――今は槌を置いているらしいが、お前がもし、爺さんの目に適う何かを持ってるなら――〟






 手渡された殴り書きの地図を頼りに辿り着いたのは、明かりの落とされた人の気配がしない店だった。


「…………」


 出入口の扉に手をかけると……開いた。

 一瞬の躊躇い後、意を決して中に踏み入れる。


「お、お邪魔します……」


 ――ンゴオォォ……ンゴオォォ……


 まず聞こえてきたのは店中に響く轟音だった。

 店内には棚はあるが置かれている商品は一つもなかったため、空洞に音が反響しているようにより際立って聞こえた。


 音源を探し奥へ奥へと進んでいくと、酒瓶を抱き、安楽椅子で寝息を立てる老人がいた。

 縮れた髭を立派に蓄えた巨漢だ。だらんと投げ出された四肢は大樹の幹の如く、筋肉を何重にも巻き付けたかと思うほど太い。

 あの店員が言っていた凄腕の爺さんと言うのは、この人のことか?


 ……と、気もそぞろになっていたせいで、壁に立てかけていた火掻き棒を蹴飛ばしてしまう。甲高い音が鳴る。


「……ン」


 ゆっくりと、老人の瞼が開いていく。

 目の前に立つ俺に焦点が合う。


「ユ、ダ、ロ……」

「……?」


 今、何を言ったんだ?

 寝惚けて誰かと勘違いしているのか?


「あの、アンタがヘカトルか?」


 凄腕の鍛冶師――ヘカトルさんは呆けた表情をしていたが、やがて興味を失ったように酒瓶を呷った。


「……なんじゃ。この店に剣は一本も置いとらんぞい。泥棒なら他の店に行け」

「いや、泥棒じゃないから! 探索者だ! アンタに用事があって来たんだよ」

「生憎と……ゲフッ……ウィ~……店は廃業中じゃぞい」

「でも、アンタがこの都市一番の鍛冶師だって」

「いったいいつの話ぞ。今はレアルム一の酒飲みぞい」


 俺は根気強く何度も話しかけるが、酩酊した老人からまともな答えが返ってくるわけもなく……。

 俺は言葉での説得を諦め、無言で剣を鼻先に差し出してみた。危ないから革の鞘に入れたままだけど、さすが熟練の鍛冶師はまるで気配を感じ取ったように顔付きを変えた。


「騎士鋼の剣、アンタなら鍛えられるか」


 ヘカトルさんは雷に打たれたように、震える手付きで鞘から剣を引き抜く。明らかに酔いの冷めた様子だ。

 剣の腹を指で撫で、顔を近づけて臭いを嗅いでいる。

 ……このままだと舐めるぐらいまでやりそうだったので、もう一度同じ問いを投げ掛けると、


「……本当に、騎士鋼の、剣…………お前が……そう、なのか…………?」

「……さっきから何を言ってるんだ?」

「……、……この剣を鍛えられるか、だったか」


 ヘカトルさんはホウと息を吐いて、瞼を伏せる。


「――ワシなら鍛えられるぞい」

「! ほ、本当か……⁉」

「うむ、ワシの【鍛冶】の意能なら、大抵……いや、ほとんどの素材は失敗せずに扱えるだろうぞい」


 俺の剣を鍛えられる――その言葉を聞いて、俺はこの場で小躍りしたくなるほど舞い上がる。まさしく暗闇に光明が差した気分だ!


「ただし……今のワシは鍛冶ができないぞい」ヘカトルさんは絞り出すように言った。「正確には【鍛冶】の意能が使えないんだぞい……」

「意能が使えない……? そんな事があるのか?」


 俺の疑問を聞いたヘカトルさんはまた、ホウと息を吐いた。今度はより重苦しい吐息だった。


「ワシの【鍛冶】は強力になり過ぎて、肉体が意能に追いつかなくなったんぞい。……当然と言えば当然ぞい。ずっと長い間、意能を使い続けて、意能の強度が上がる度にワシも進値を上げてきたが……あと1つ進値を上げれば、ワシは人外になってしまう。分かるんぞい……」

「その、意能を使い過ぎると、肉体が追い付かなくなるってのは?」

「……何を言ってるんだぞい? そんなの当たり前のことぞい。魔法も意能も、使い続ければ強力になって痣が濃くなる、常識ぞい。効果が強まる分、使う側の進値が低ければ、意能なら肉体が耐え切れずに崩壊する。そうならないためには進値を上げて肉体の強度を上げるしかないぞい。それを何度も繰り返して、ワシは進値の上限まで到達しちまった。だから進化石で進値の上限を上げて、今の進値も上げないと、ワシは【鍛冶】はできないんだぞい」


 ……またしても知らなかった事実。


 魔法と意能は、魔物や人外と戦うのに必要不可欠な武器だ。

 だがそれは、使えば使うほどに強力になる反面、その強すぎる力は己の体をも傷つけてしまうというのか。


 フェルム大隊長は以前、魔法は使うほど熟達していき強力になるが、使う側の進値が低過ぎると精神が壊れて廃人になると言っていた。

 そして意能も同様に、強力になるほど己の体を傷つけるのだという。


 言われてみれば……俺は右腕の袖を捲る。意能が発現した時と比べて、痣の輪郭がくっきりしているように感じる。

 最初の方に獲得した【咆哮】と、この前獲得したばかりの【足蹴】、比べてみれば痣の濃度の違いは瞭然だった。


「これは返すぞい。期待させるようなことを言って悪かったぞい」ヘカトルさんは俺の剣を突き返す。「こんな老いぼれじゃなくて、現役の鍛冶師に頼むがいいぞい」

「…………」


 俺が剣を受け取ると、ヘカトルさんは誰もいないかのように黙々と酒瓶を傾け始めた。

 俺は何も言えず、自然と店の出入口に歩いていた。

 周りから熟練と認められるほど一つの事を極めたというのに、いつか必ず終わりが訪れる。魔法と意能の、残酷な仕組み。これは進値を上げさせようという何かの意思なのか。そう思わざるを得ない。


 ……鍛冶の仕事を断たれて、ヘカトルさんはいったいどういう気持ちなのだろうか。

 ああして椅子に揺られてお酒を飲む姿を見ると諦めている様子だが……。


 扉を開けて外に出る。また振り出しだ。

 把手から手を離し、背後で扉が閉まる――

 閉まりきる寸前の、その隙間から、確かに聞こえたのだ。






 ――ウ……オ、オ、オ、オオオオオオオン……‼






 俺は、踵を返して店の中に戻った。


 ヘカトルさんは――泣いていた。


 取り落として床に転がった酒瓶から中身が零れ出し、その水溜りに幾つも滴が落ちる。片手で顔を覆ったヘカトルさんの涙が。


 ――ああ……バカか俺は。


 長年携わってきた鍛冶の仕事を、進値の低さなんていう、自分に責任の無い、どうしようもない理不尽な理由のせいで奪われて、いったいどういう気持ちなのだろうか――だって?



 ――そんなの、死ぬほど悔しいに決まってるだろうが!



「進値が上がればいいんだよな!」


 俺は泣き震える両肩を掴んで反射的に叫んでいた。店内に轟くほどの大声だった。

 ヘカトルさんが泣き腫らした目で俺を見る。


「俺がアンタに進化石を持ってくる! アンタはそれで進値上限を上げろ!」


 俺は指を突きつけて宣言した。


「そうしたら、俺の相棒を最高の剣に鍛えてもらう‼」




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・食堂、ヨア



 夜。

 俺たち特殊任務小隊は探索団の食堂にいた。俺が皆を招集したからだ。

 俺は詰問されていた。


「バカじゃないの?」


 ウェンブリーが言う。皿に乗った芋の揚げ物を摘まみながら呆れ果てたように。


「今日初めて会った相手の涙に(ほだ)されて進化石をあげるって、どんだけバカなの? ねえ? 剣なんて繋ぎで適当な奴買えばいいじゃない。ていうか、あげるような進化石が手元にあったなら、それ使って進化鍛錬すればいいんじゃないの? ねえ? そこのところどう思ってるの。バカなヨアくん?」


 ……俺は正面から顔を合わせることができず俯いた。


「あと、その進化石はどうやって工面するつもりなのかしら?」

「…………その……皆に人外を狩るの手伝っ――」

「却下。ありえない。終了。寝る。おやすみー」


 欠伸をしながらスタスタと歩き去るウェンブリー。

 俺は顔を伏せたままチラッとカレンを見た。


「……ヨア、それはあまりにお人好しが過ぎる。確かに鍛冶師ヘカトルは私も知っているくらい腕は確かだ。でも、それとこれとは話が別だ。彼には申し訳ないが……この世界には進値上限に到達して引退する人間なんてごまんといる。それが職人としての寿命なんだ。それに、団員の手を借りて入手した進化石の使い道は団が決定すべきだと私は思う……」


 カレンは至極当たり前の事を言うと自分の部屋に引き上げていった。


「まっ、そりゃそうだわな~。今回は諦めるしかねえよ。また剣探しには付き合いまくってやるからよ」


 ヒラヒラと手を振って、ギルも食堂を出て行った。


「……ニコ――」

「できたのじゃ!」正直、俺の話を全然聞いていないなと思っていたニコラは、完成したあやとりを維持したまま走っていく。「グラトナ~! これを見るのじゃあぁぁぁ……」

「…………」


 そして、残されたのは俺とギニョルだけになった。

 ギニョルは一言も発さず、人間用の長椅子には重すぎて座れないから、いつも持ち歩いている敷布の上に胡坐をかいている。


「ギニョル……気を遣わずにお前も戻ってくれていいんだぞ」俺は長椅子から立ち上がる。「確かにありえない話だったんだ。何よりも貴重な進化石を他人にあげるなんて。……俺も寝よう」


「おで、ヨアを、手伝、う」


「そうか、おやす、み――――えッ⁉⁉⁉」

「……ダメ、が?」

「い、いやそんなわけない! ありがとう。でも、なんで……」


 いつも、無骨な鉄の仮面と頭巾で頭部を丸ごと隠したギニョル。

 表情を読み取れない俺は、ギニョルの意思を知ろうと集中して耳を傾ける。


「おで、魔物が、ごわぐで、戦い、じゃ、役に立で、ない。でも、ヨアは、一回もおで、を、怒らながっだ。協力、して、助げあおう、て、言っで、ぐれだ。だ、がら、おでもヨアを、助げだ、い」


 喋るのが苦しそうに、でも音一つ一つに魂を込めているかの如く、ギニョルは懸命に言葉を編む。

 俺は感動した。

 自分のやろうとしていることはバカげているのだろう。こんな世界で、自分が生きるのも精一杯なのに、何をしているんだって。


 でも、他人のために力を貸そうと思ってくれる誰かだって、必ず存在するのだ。無為、無駄、無謀と笑わずに手を差し伸べてくれる誰かが。


「ギニョル、二人で人外を倒そう!」

「おで、人外、倒ず!」


 俺は長椅子の上に飛び乗って拳を突き上げる。ギニョルも何度も頷く。

 するべき事がハッキリしているっていうのは、なんて素晴らしい心地なんだ。心の靄が晴れて、今なら何だって出来そうな気分だ。この衝動のままに突き進みたい。


「よぉし! じゃあ今から――」

「ゔん……!」


 ギニョルが期待を膨らませる。

 ちらと、その巨体の向こうにある窓から外の景色が見えた。


「…………寝ようか、今日はもう遅いし……」

「…………ゔん……」


 もう夜中だということを忘れていた。唐突に熱が冷め、代わりに恥ずかしさが襲ってくる……。


「いい睡眠、が、いい生活を、運んで、ぐる。睡眠ば、大事」


 まったくもって、そのとおりだ。

 俺たちは団員の宿舎に戻ると早々に寝床に着いた。

 あっという間に眠りに落ちた。




 その日は久しぶりに夢を見た。

 ギル、ギニョル、ウェンブリー、カレン、ニコラ、そして俺。

〝外域〟での狩りが大成功で、笑い合いながら、レアルムに帰還する夕焼けの道を歩いていた。

 胸が温かくなる良い夢だった。

◇痣【あざ】

一般常識


人間の肉体に生まれながらに刻まれた、蝕業、進値。

また、進値上昇に合わせて習得した、魔法、意能。

それらの性質を示す異形の徴。


文字のようでもあり、記号のようでもあるそれは、

目にするだけで、意味が頭の中に流れ込んでくる。


滲むようだった輪郭は、力が増すにつれて、

濃く、鮮やかに、形を刻む。


もう、戻れはしないと言うかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ