第三十二話 魔法武具
◇金床通り【かなとこ-どおり】
地名/都市/道路
自由都市グアド・レアルムにおいて、武具屋、鍛冶屋が軒を構える通り。
日々、金床に槌を振るう音が絶えないことから、この呼び名が付いた。
職人が生み出す一級の武具を求めた商人が集まり、
商人が商う武具を求めて探索者が集まり出す。
そうしてまた、金床通りも生まれたのだ。
ここには二種類の熱が渦巻いている。
職人が鉄に命を吹き込むための炉の熱と、
最高の一品と巡り合わんと欲する探索者の熱だ。
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、旧地区・救貧院、ヨア
「……なんだか難しい話だったな」
信仰というものを、俺はいまいち自分の中に落とし込むことができなかった。
誰かを信じる……例えば戦いで味方に背中を預けたり、日頃でもこの人のことは信じられるような話は思い浮かぶけれど、ミラルフォさんが言う信仰に込められた意味とはおそらく違う気がした。
日常的で即物的なものではなく、それよりも一段異なる位置にある、生き方そのものを指し示している――ということなのか。
そんな事をつらつらと思っていると、「今の奴ら、全員同業だ」とイムリが告げた。
「え?」
「探索者っつーことだよ。気づけバカ」
素人の歩き方じゃなかっただろ、とジト目で俺を見るイムリ。
確かにメリジュナ教官に死ぬほど走る訓練を受けて体幹を鍛えさせられたから、足運びを見れば見分けができるという理屈は納得できる。なるほど……。
「ああいう連中が前からレアルムにいるのは知ってたが……。ギルドでも奴らと同じ妙な白い服着た探索者をたまに見かけるぜ。ウィゼ何とかっつー名前は今知ったけどよ」
「ウィゼラ教愛信派」
「忙しいはずの日中に勧誘活動してるってことは、商売で飯を食ってる感じでもなさそうだし。短時間で稼いで時間の融通も効かせるなら、まあ探索者をやるのは妥当だな、ウィゼ何とかは」
イムリはどうやら名前を覚えることは諦めたらしい。
「悪い人達じゃあないんだけどねえ……悪い噂を聞くわけでもないし。来る度に色々と頂けるから、なんだか断るのが心苦しくなってくるというか……」
溜息とともにアイリさんが困ったように言う。
「それが作戦かもしれねー。油断しない方がいい」
「ええ……。私が話を断り続けている一番の理由はね」アイリさんは申し訳なさそうに吐露した。「あの人たちの教えの内容を知ったからさ。こっそりと教会でやってる説教を聞きに行ったことがあるんだよ。それを聞いてるとどうもね……探索者に向けた内容の気がしたのさ。危険を顧みず他人を助けよ、隣人のために窮地に飛び込む者は救われる――とかさ。崇められてる聖ウィゼラってのも、大昔に探索者に似たような事をしてた人らしいから、なるほどと納得したもんだよ」
俺はイムリと目を見合わせる。
イムリは頭を振った。俺と同じく教えの詳細を知っているわけではなさそうだ。
「そういう背景を知っちゃうとね……あの子たちには近づかないでほしいって気持ちを捨てらなかったよ。施しを受けながら酷い話だろう? ヨアさんとイムリちゃんにも気を悪くさせて申し訳ないけど……この子たちは親が探索者だった孤児が多いから、同じ道を辿ってほしくないって思っちゃうの。探索者に助けられながらどの口が言うんだって詰られても仕方がないとは覚悟してるけど、できるなら子供たちには、それ以外の生きる道を見出してほしい……」
「――謝らないでよ、アイリさん」
憚る事を言っているかのように声に力を無くしていくアイリさんを、イムリははっきり聞こえるように肯定した。
「アイリさんのいう事は正しい。私はそう思う。……探索者なんて危険な仕事は、子供が生まれた時に手を引くべきだったんだ。家族のために、泥を啜ってでも違う仕事を探すべきだった。残された人間がどんな思いで……」
「イムリちゃん……」
「……ごめん、湿っぽくなっちゃったな」
俺は――イムリに何て声をかければいいか分からなかった。
はっきりとした事は口にしなかったけれど、イムリは孤児だったんだろう。
まず間違いなく、探索者の親元に生まれた。そして自分の境遇と、救貧院の子供たちを重ね合わせて、探索者にならざるをえなかったんだろう自分と同じようになってほしくないと、その思いで言葉を詰まらせている……。
今更になって、イムリにだって誰にだって、親がいて過去があるんだという事を思い知らされる。人智を超えた力を使って日々戦う中で、探索者も人間だってことを忘れていたのかもしれない。
イムリだけじゃない、きっと他の誰にだって――
――じゃあ、お前は?
そう誰かが問いかける声が聞こえた気がした。
その疑問にたどり着いた時、
俺はまるで、急に全く知らない場所に立っているかのような感覚になった。
〝はぐれ街〟に居た時からさっきまで、考えもしなかった自分の親という存在。自分の過去という存在証明。
誰もが持っているソレを、俺は知らない。
今まで、知らなくても生きていけた。
知らなくてもいいなら、なんで疑問に思う?
俺はいったい――誰なんだ?
「――……ァ! おい、ヨア‼」
「……あ、え?」
「え? じゃねーよ! 急にボーっとしやがって。お前鍛冶屋に行くんだろ。早く行かねーと店閉まっちまうぞ」
「そ、そうだった。ありがとうイムリ!」
俺はアイリさんにも礼を告げて、救貧院を後にした。
さっきの疑問を振り払おうと路地を全力で駆け抜けたお陰で、鍛冶屋のある通りに着く頃には、始めて見る光景に目を奪われて頭からは吹き飛んでいた。
考えることを止めて良かったのかは、分からないけれど。
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、市場・金床通り、ヨア
カン、カン――と小気味良い音が響く。
探索者通りには人の熱気が渦巻いていたが、ここ金床通りに充満しているのは正真正銘、鉄をも溶かす炉から零れ出た熱の欠片だ。
建物の屋根からは尖塔が何本も突き出て煙を吐き出す。風にたなびく煙が、鉄が新たな形に生まれ変わる営みを示していた。
探索者通りと比べて通りを歩いている人数はめっきり少ないが、誰も彼もが歴戦の風格を漂わせている。誰からも浮ついている感じがしないのだ。財布を握りしめて目につく店を片っ端から眺めている俺が物凄く場違いな気がする。
「兄ちゃん、突っ立ってると邪魔だ」
「あ、すいません」
後ろから来た探索者に道を譲る。背中に途轍もない大きさの大剣を背負っていた。アレを振り回せるのだから、どれほど高い進値なのだろう。でも訊ねたりはしない。メリジュナ先生から教わった。人に進値を訊くのは非常識なのだ。
確かに立っていても始まらない。俺は意を決して一番近くの店に飛び込んでみた。
「……らっしゃい」
中に入ると店番をしているだろう男の店員が拡大鏡で、おそらく売り物の剣をつぶさに調べていた。客に興味の無さそうな声が出迎えてくれる。
店内の壁には数十本の剣が掛けられ、一つ一つに木の値札が下に打ち付けてある。
驚いたことに、俺の予想よりかなり安い。これなら三本買ってもお釣りがくる。 伸びそうになる手をグッとこらえた。早合点はせずにもう少し店内を見て回ろう。
奥まった目立たない所、中が見れるよう硝子を嵌め込んだ台の中に様々な剣が展示されているのを見つけた。
値段は……
「たっっっか⁉」
ギロリ
と、店員の目が初めて俺を向いた。
「……あんまり人聞きの悪いことを言わんでほしいな」
「ご、ごめんなさい。でも、これ、壁に掛けてあるのと全然値段が違くて……」
値札には、文字どおり目を剥きそうな金額が記されている。
壁掛けの剣がまるで使い捨てに思えるほどに値が張る一品なのだ。
「あたりめえだろ。そりゃ魔法武具だ。そこらの武器と一緒にするな」
「魔法武具……って?」
また知らないことが出てきたぞ。
首を捻る俺を見て、店員の方が怪訝な顔になる。
「はあ? 何ってお前、付与魔法を込められた武器とか防具に決まってるじゃ……ああ、そうか。ギルドの見習い上がりの新人か。お前にゃ分不相応な得物だ。店の前で樽に刺してある投げ売りの武器にしとくんだな」
自分で納得した様子の店員はまた剣を調べる作業に戻った。
俺は構わず質問する。
「なあ、付与魔法ってことは、いったい何の魔法が付与されてるんだ?」
「……買えねえんだから聞いても意味ないだろ」
「いいじゃないか、聞くだけならタダだろ。……タダだよな?」
店員は嘆息して、
「その剣は【耐久強化】と【攻撃速度上昇】と【冷気属性】。どれも高位の効果を付与するのに成功した業物だ。それが三つも付いてその値段なんだぞ。相場よりずっと安いほうだ」
面倒臭そうだけど、どこか誇らしげに剣の説明をしてくれた。
よく見ると、剣の柄には魔石が嵌められている。そう言えばバラッド爺さんが、魔石は魔道具なるものに再度力を込めるのにも使うと言っていた。
おそらく、剣に込められた魔法のような効果を発揮するには魔石を消費するということなのだろう。
「でも、こんな値段だと買える人なんていないんじゃないか……?」
「そうでもねえ。金持ちにも上には上がいるのさ。自分の命を預ける武器に大金を注ぎ込んでも惜しくはねえって奴が買っていくんだよ」
上には上……一流の探索者になれば、この剣に手が届くほどの稼ぎが手に入るのか。夢のある話だ。
その後も店内を一巡してみたが、これはと思う一振りは見つからなかった。
あの付与魔法の込められた剣ならば使ってみたいと思うけれど、到底手が出せる値段ではない。
かといって手頃な値段の剣からはあまり魅力を感じない。少なくとも、今の相棒に比べれば。
どうしても諦めきれない俺は「この剣を見てくれないか」と背中の剣を外して台に置く。
「……何だ? 別に普通の――」
店員は俺の剣を一瞥し、唐突に引き締まった表情を見せる。
「こいつぁ……アンタ、これをどこで? いや、別にそれはどうでもいい。……そうか、見た目は普通の鋼だが、判定はまるで違うな。これが騎士鋼って奴か」
「? 見た目が変わらないなら、なんで違うって分かるんだ?」
「【鑑定】の意能を使うと、自分が実際に見聞きして触れた物質の中に該当するものがあれば、そうだと教えてくれる。俺が師事した親方は、騎士鋼の剣を一本だけ持っていて、一度だけ俺に見せてくれたんだ。だから分かった。逆に言うと、見たこともない物は【鑑定】を使おうと判別できない」
なるほど、自分が忘れていようと過去の経験から情報を思い出させてくれるようなものか。見ただけでどんなものか分かる便利な意能かと思ったが、そう使い勝手の良いものではないらしい。
「その剣を……魔石鍛錬で強化することはできるか?」
俺の懇願するような問いに、店員はすぐには答えず、口を引き結んだ。
――ああ、やっぱり……。
その仕草だけで、彼が次に何を言うかが分かった。
「……やめたほうがいいだろう。鍛錬しても失敗する可能性が高い。騎士鋼はまったく研究の進んでいない未知の素材なんだ。何を組み合わせればどういう効果が表れるのかが読めねえ。相性の悪い素材同士を組み合わせちまったら、鍛錬は失敗して剣も素材も崩壊する」
店員は丁重に剣を返還する。
「仮に失敗せずに鍛錬を完了できたとしても、元の性能を損なうことも十分に考えられる。アンタの様子から察するに、大切な剣なんだろう? そんな剣を分の悪い博打に使うか、それとも別の武器を用意するか……俺は後者を勧めるが、可能性を天秤にかけた上で決めるこった」
「……ありがとう。もう少しいろんな店を巡って考えてみる。邪魔したよ」
本当は分かっていた。結局は、店員の言ったどちらかしか答えはない。
仲間の活動のためを思えば、どうするべきかは明白。
つまり、答えを引き延ばしているのは俺の我儘に過ぎない。
礼を言って店を後にしようとする俺の背中に「ちょっと待て」と声がかけられる。
「もしかしたら、あの爺さんなら……お前の剣について何か分かるかもしれねえ」
◇魔法武具【まほう-ぶぐ】
用語/武具
付与魔法が込められた武器、防具の総称。
魔石を消費して、込められた効果を発動する。
付与魔法は必ずしも成功するわけではない。
付与された魔法の効果が高く、また数が多いほどに、
その成功の確率は小さくなっていく。
そうして狭き門を潜り抜け、この世に誕生した一等級の魔法武具は、
同じ重さの宝石とすら、価値を等しくすると謳われる。




