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第三十一話 ウィゼラ教

◇怪力【かい-りき】

意能/身体強化系


身体の膂力を強化する意能。


習得者の筋肉の質と量を変化させるのではなく、

筋肉の出力する仕事量を増加させる効果を持つ。


端的に言えば、華奢な細い体であろうとも、

発揮する力は、その備わった筋肉に見合わぬものになる。


これは極めて手っ取り早く力が得られる意能だが、

体が強くなったわけではないため、己が力で傷つくこともある。


やはり、鍛錬は欠かせぬか。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、旧地区・救貧院、ヨア



「きゃはははー!」「もっと早くー!」「ヨア、おそくなってるよ」「お馬さんはとまったらダメなの!」「うええええーーん!」「おねえちゃー! トア泣いちゃったー!」「いけいけー!」「あははははは!」



「も――――もう無理ッ…………」



 たくさんの子供たちを乗せて空き地を何周もしていたお馬さん……つまり俺は気力と体力の限界を迎え倒れ伏した。そんな不甲斐ないお馬さんに、子供たちは早く走れと尻を叩いてくる。


「ごめんなさいねヨアさん。子供たちの相手までしてもらって」


 水を吸った洗濯物をたっぷり詰め込んだ桶、それを片腕で抱えた女性、アイリさんが心配そうに声をかけてくれる。


 アイリさんはイムリと同じ鉱窟族(ドワーフ)という種族で、背は低い見た目に反して実は物凄く力が強く、今も大量の洗濯物を軽々と持ち運びしていた。


「は、はは……」


 俺は疲れて強張った笑いを作ることしか出来なかった。


 少し離れた場所では……


「――いいか? 見るべきは配り手の目と呼吸だ。素人は手の動きを見て見抜こうとするが、イカサマを仕掛けた瞬間の反応は目と呼吸に表れる。規則正しい律動のわずかな乱れを嗅ぎ取りまくれ」

「ねーえー、そんなのよりババ抜きしたい」「俺、札で塔を作れるんだぜ!」「そっちやろーよー」


 ギルは遊戯札を使った賭け事におけるイカサマの見破り方を真剣に伝授しているようだが、聞いている子供は誰一人興味が無いようだった。そりゃそうだよ……。


「――アイリさん買ってきたよ」

「ああ、ごめんねイムリちゃん。用事があったんだろう?」

「いいって。別に今日じゃなきゃダメってわけでもないし」


 買い出しに行っていたイムリが戻ってきた。両手に食料が詰まった木箱を何段にも重ねて、それでも軽々と運ぶのは意能【怪力】の賜物だろう。


「でも、本当に良かったのヨアさん?」木箱の整理を手伝いながら問うアイリさん。「今さら聞いてもなんだけど、あれだけのお金を寄付してくれて。そりゃあうちは大助かりだけど……」

「いいんですいいんです。アイツらもたまには善行を積まねーと。()っといたらどうせ碌な事に金を使わねーんだから」


 俺が口を開く前にイムリが答える。いや、いいんだけどさ……もうちょっとマシな言い方はないかな……。






 イムリの後を追って辿り着いたのは、旧地区にひっそりと佇む救貧院という建物だった。

 そこでは親を亡くした身寄りのない子供たちが暮らしていたのだ。主に寄付などで生計を立てていて、活動に理解のある人が支援をしているらしい。

 アイリさんも支援者の一人で、探索者通りの近くにある店で普段働いて、暇を見つけては子供たちの世話をしているのだと。


 俺はグラトナ大隊長から貰ったお金……と同額を自分の財布から寄付した。子供たちにとって少しでも足しになればと思った。少額ながらギルも寄付をしてくれた。財布の中がかなり寂しいようだったから付き合わせてしまって申し訳なかったけど。


「イムリはいつからここに来てるんだ?」


 子供たちの昼寝時。

 俺は救貧院の裏手に置いてあった空の木箱に腰かけながら、同じく木箱の上に胡坐をかいて果物を齧るイムリに尋ねてみる。


「探索者になってすぐだから、もう九年ぐらいか。……あんだよ? ウチの柄じゃねーってか」

「そんな事言ってないだろ。……どうしたんだよ、今日は不安そうに見えるけど」

不安(・・)? ウチが? そんなわけ……」


 イムリは鼻で笑い飛ばしたけれど、表情はだんだんと曇っていく。俺、マズい事を言ったかな……。

 俺たちはしばらく何も言わず、ただボーッと誰もいない空き地を眺めていた。




「これはただの独り言だ」


 俺はイムリへと振り向くが、小さくて力強い鉱窟族の少女は遠い目で空き地を見ていた。


 いや、もっと別のものを見ていたのかもしれない。


「……どこにでもいる子供だった。両親は探索者。父親はある日、〝外域〟から帰ってこなくて、母親も父親を探しに〝外域〟に行って、帰ってはこなかった。子供は孤児になった。助けてくれる人はいねーから、自分のことは自分で何とかしなきゃならない。力が無いうちは盗みもスリも、卑劣なことは何でもやった。食うために」


 俺は何も言わず、静かに耳を(そばだ)てた。


「そんな事はいつまでも続きやしない。いつかは必ず見つかって、制裁を受ける。どこに逃げても救いはなかった。この世は弱者に一番残酷だからな。……殺される寸前になって、生きてたって辛いことしかないはずなのに、気づいたら……手が真っ赤に染まってやがる。自分が作り変えられる感触は気持ち良くて、気持ち悪かった(・・・・・・・)。結局のところ、人の一線を越えることで、人並みに生きる力を手に入れたのさ。生きるために今度は魔物を狩る日々だ。流されて流されてズルズルと、気づいたらこんなところ(・・・・・・)まで来ちまった」


 こんなところ――という吐露が、単純にこの場所を、レアルムを指しているわけではないことくらい、俺にも分かった。

 ただ、それは過ぎ去りし月日のことなのか。


 あるいは――胸に刻まれた進値のことなのか。


 答えを知っているのは、その道程を辿った誰かだけなのだろう。


「……それは、イムリの話?」

「さあ。別に珍しくもなんともねーどこにでもある普通の話だ。でもよ……」


 イムリは頭だけ振り返って、背後の救貧院の建物を見やる。


「そんな生き辛い世界でこんな施設が、こんな場所があることは奇跡みたいじゃねーか? 誰にも愛されず消えちまうはずの命が、ここでは生きていい(・・・・・)って支え合ってるんだぜ」


 その時のイムリの目を見て、その胸の中に広がっている感情を理解した。

 俺も同じ感情を抱いていたからだ。


「……〝はぐれ街〟にも、こんな場所があったらな……」


 俺はもう叶わない憧れを呟いた。

 イムリもきっとそう思ってしまったからこそ、九年もの長い間、救貧院の支援を続けてきたんだろう。


「……ありがとよ」

「え?」

「鍛冶屋はここを出て真っ直ぐ進んで突き当りを右に曲がれば金床通りに出る」イムリはごろんと寝転がって背を向ける。「今日は元々代わりの剣を探しに来たんだろ。さっさと行かねーと日が暮れるぞ」


 話は終わりだ、という雰囲気を感じ取ったので、イムリの言う金床通りへ行くことにしよう。木箱から腰を上げて伸びをする。休憩したからお馬さんも体力が戻ってきた。

 ここには時間を見つけて必ず来よう。子供たちが喜ぶお土産を持って。


「ここを教えてくれてありがとう、イムリ」

「ああ」

「あとさ……」


 ……会話を終わらせるのがもったいない気がして咄嗟に口走ってしまった。何と言おう。黙っているからイムリが不審がっている。どうしよう。

 せめて、今日色々と助言してくれたお礼に、イムリのためになる事を言えないか。だけど探索者として先輩のイムリに俺から言えることなんて……。


 ――いや、イムリはさっき、新参者の俺に少しでも心の内を明かしてくれたんだ。だったら俺も虚飾を排して、心からの言葉を言うべきだ。


 そうすればきっと――人の思いは伝わるはずだ。


「――イムリはもっと普段から素直になったらいいと思う」

「やっぱりテメーは大嫌いだッ‼‼‼」


 空の木箱が飛んできた。






 鍛冶屋へ向かう前にアイリさんへ挨拶するため、救貧院の入口の方へ足を向けたところ、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。


「帰っておくれ。前から何度も言ってるだろう」

「ですが、我々からの支援を受けるのは子供たちのためにもなるでしょう。見す見す断るのは子供たちのためにならないのでは?」


 どうやらアイリさんが誰かと押し問答をしているようだ。

 相手は三人、全員がゆったりした白い服を身に纏っている。

 アイリさんの雰囲気からして、どうやら歓迎している雰囲気ではないようだ。


「アイリさん、どうしたんですか?」

「……追っ払うか?」


 イムリが露骨に警戒した様子を見せると、アイリさんは「ああ、いや、そういう(・・・・)人たちじゃないんだよ」と慌てて手を振る。


「ご挨拶をさせていただいても?」


 三人の内の一人、アイリさんと話していた人物が前に出て、そう俺たちに声をかけてくる。後ろの二人が口を開く気配はない。ということは、この人が一番偉いのかもしれない。


「私はミラルフォ。グアド・レアルムの教会で、畏れ多くも司祭を務めさせていただいております、ウィゼラ教の信徒です」

「ウィゼラ教?」

「正確には、ウィゼラ教愛信派、という分派の一つですが」

「は、はあ……?」


 俺は辛うじて返事を返すも、首を捻るのを禁じえなかった。このミラルフォという人の良さそうな線の細い男性はウィゼラ教愛信派ですと、さも「ご存じですよね?」と言わんばかりの勢いだが、生憎と俺は知らなかった。


「で? その……ウィ……ウィ……ウィゼラッキョ、アイシーハが、ここに何の用だよ?」

「ウィゼラ教愛信派だって、イムリ」

「うるせえ! ちょっと間違えただけだろ!」


 ちょっと……?


「お気になさらず。これは私たちの布教もまだまだということでございますね。いっそうの精進に努めねばなりません」


 俺とイムリのやり取りをミラルフォさんは笑って流してくれた。なんて優しい人なんだ。グラトナ大隊長ならこうはいかない。


「私どもが今日参ったのは、教会から救貧院に支援をさせていただけないかというお話を持ってきた次第です」

「支援?」

「はい。金銭は勿論、食料や衣類など、子供たちの生活に欠かせないもの物資を、少ないながら提供できるかと思っております。私どもの教会も、信者の方々からの寄進で支えられておりますが、施しを受けるだけでなく、真に足りていない方々へ与えていただいた幸福を分かち合わねば、本当の愛信を実践したとは言えません」

「……えと、理由はよく分からないけど、支援してくれるっていうなら、悪い話じゃないんじゃ」

「それだけじゃないよ」と言うアイリさん。「――支援を受ける対価に、子供たちに説教をさせろってことさ」

「私どもの思いは、聖ウィゼラが説かれた愛信の教えを遍く人々に知っていただきたい、それだけでございます」

「勘違いしないでほしいけど、アタシは別に信仰とか宗教とかを嫌ってるわけじゃない。勿論、アンタらのこともね。いつかあの子たちが教えというのを信じるようになってもアタシには止める権利はないよ。――でも、教えを知るのは今じゃなくてもいいんじゃないかい? あの子らには分別を養ったうえで、何を信じて何を信じないか、自分の責任で選べるようになってほしいんだよ。幼いうちから教えておくのは、社会で生きるために皆が守る決まり事と、悪い行いをしたら罰を受ける、それぐらいでいいんだ」

「なるほど……。やはりお考えを変えていただくことは難しいですか。真に残念ですが、今日はこれで失礼させていただきます」


 ミラルフォさんは「せめてもの気持ちとして、お役立てください」と、後ろの仲間から渡された袋を差し出す。中には子供が着られそうな古着が詰め込まれていた。


「アイリ殿の仰られるように、いつか皆様が己の意思で確固たる信仰を得られ、我らの家に迎え入れられる日を心より希求いたしております」


 そして、去り際にこう言葉を残していった。


「愛信とは、自己を捨て、他を慈しむ愛を、身命を尽くして施す信念の美徳であります。聖ウィゼラの加護が皆様にあらんことを……」

◇救貧院【きゅうひん-いん】

都市/地名/施設


貧困者の救済のため、各都市に置かれている施設。


自由都市グアド・レアルムにおいてはまず、

食い詰めたものは探索者の道を選ぶため、

実質的には孤児院として運用されている。


いかに生きづらい世の中であろうとも、

貧しき者を助けようという善意は存在する。

その意思があるうちは、まだこの世も捨てたものではない。

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