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第三十話 喧騒の陰

◇進化鍛錬【しんか-たんれん】

用語/鍛冶


進化石を用いて武器を強化する鍛錬方法。

進化石と武器を一体化させ、性能を昇華させる。


多くは、元となった人外の性質が武器に反映される。

また、一度進化鍛錬を行った武器に、再度の進化鍛錬は施せない。


この鍛錬によって昇華された武器は〝神器〟と称され、

戦いの中、錬磨されることでさらに力を増す。


【鍛冶】を極めた熟練の手により、神の器は生まれ落ちる。

これこそが、鍛冶の神髄よ。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、市場・探索者通り、ヨア



 騒がしい、楽しそう、酔いそう――


 無理やり連れてこられた俺の頭にはその三つの感想がグルグルと繰り返し渦巻いていた。


 通りの両脇には煉瓦や石壁の店舗が居を構え、その隙間を塗り潰すように布と棒で立てた簡易な天幕の出店が所狭しと並んでいる。

 日差し避けか雨避けか、通りの上には色とりどりの紋様を施された鮮やかな大布が何枚も渡され、日中でありながら通りに涼し気な影を落としていた。


 通りには数えきれないほどの探索者が往来し、それを商人が大声を張って呼び込み、商品を売り込んでいる。

 あちらでは毒消しの薬草を煎じた薬が売っていて、その隣では近場の〝外域〟の地図や魔物図鑑なる本を並べている。その真向いには香草をまぶした串焼きの香りが空腹の探索者を誘い、さらに斜向かいには氷室から出した冷えた飲み物が喉を潤す。

 まさに混沌。混沌の洞窟に叩き込まれたのだ。


「お兄さん、お兄さん!」

「え⁉」


 右腕に重量を感じ、素っ頓狂な声を上げながら見ると、籠を下げた少女が抱き着いてこちらを見上げている。


「今日のお昼は決まってる? 決まってないなら『蜂蜜と輝きの森亭』においでよ! ウチの蜂蜜酒は絶品、一度飲んだら病み付き、二階は宿だから酔い潰れるまで飲み明かせるレアルム一番の夜明かし場だよ!」

「あ、えと、その」

「じゃあ決まりね! お客様一名ご来店~!」


「――ご来店~じゃねえよペベル。思春期真っ盛りのガキにあざとい商売すんな」


 少女の襟を掴んで引き剥がしたのはギルだった。


「ギル! どこに行ってたんだよ、急に消えて……。迷子になったらダメじゃないか」

「テメエが迷子な⁉ 探してたのが(オ・レ)! 目ェ離した隙にフラフラしまくりやがって……!」


 ガシガシと頭を掻くギル。その脛をペベルと呼ばれた少女がゲシゲシと蹴っている。


「ギルのバカ! もう少しでチョロ……じゃなくて客が捕まるとこだったのに!」

「こいつは今から行くとこがあんだよ。それから、その抱き着く誘い方はもっと胸がデカい奴がやるから意味があって――」

「フンッ‼」

「――⁉⁉⁉」


 ペベルの足が跳ね上がり、ギルの、いや、全男性の急所を打ち据えた。

「アンタのツケ倍にしとくからね!」と言い捨ててペベルは去っていった。


「あの(アマ)……! 進値が上がってもたいして強くならないところを……ッ!」


 そ、そうか、そこは進値が上がっても強くならないのか……じゃなくて。


「さっきの子と知り合いなのか?」

「レ、レアルム中の酒場は俺の縄張りだぜ……」


 苦悶の表情で言うギル。それはスゴいことなのか、どうなのか。

 やがて甚大な負傷から回復したギルは咎める目つきを向けてくる。


「来る前に言っただろうが、俺らから離れるなって。商人なんてのは隙あらば物を売りつけてくる魔物だ。お前みたいに世間知らずな奴は食い物にされまくる」

「う、うん、気をつけるよ。……あれ、そう言えば――」


 もう一人の姿が見当たらないと思うと同時に、人混みを掻き分けて彼女が現れる。


「ああ、イムリ。ダメじゃないか、迷子になっちゃ――」

「――迷子はオメーだろうが!」


 低い身長で健気に跳び上がり、イムリは俺の頭を叩いた。






 俺とギル、そしてイムリの三人は探索者通りと呼ばれる道に来ていた。

 その目的は、新しい俺の剣を買い求めてだった。


「とりあえず今のところは別の剣買っとくしかないだろ」


 と言われ、俺は複雑な気持ちでここにやって来たのだ。


 実際、武器が無ければ〝外域〟に行くことはできないし、そうなると小隊に穴を空けることになる。せっかく皆とも上手くいっているところなのだ。小隊の活動を妨げるのは良くないことだと分かる。今の剣を使い続けたいのは、俺の我儘でしかないんだから。


 ……理性ではそう分かっていても、感情ではやっぱり抵抗感を覚えてしまう。

 煮え切らない感情を抱えたまま、ギルと一緒に探索団拠点の出入口に向かうと、


「ねーえー、グラトナ様ぁ。一緒に行きましょうよぉ。グラトナ様の武器もぉー、そろそろ整備が必要だと思うんですよぉー」

「私のはこの前バラッドに見てもらったばかりだ。そんなすぐに痛むはずがない。……別に私じゃなくても、仲の良い団員を誘っていけばいいじゃないか」

「私はグラトナ様と一緒に鍛冶屋に行きたいんですぉー」


 ……普段からは想像もできない甘ったるい猫撫で声を上げながらグラトナ大隊長に絡みつくイムリがいた。大隊長がげんなりしている。


「イムリ、やめてあげなよ。グラトナ大隊長が困ってるじゃないか」

「あア⁉ ……ってお前らかよ。お呼びじゃねーんだよあっち行け。ウチは今からグラトナ様と鍛冶屋巡りするんだから」

「おお、奇遇だな。俺らも今から鍛冶屋行きまくるんだよ」


 何の気なしにギルが呟いた瞬間、グラトナ大隊長の目が光る! そんな幻覚が見えた。


「ああ、それはちょうど良い機会じゃないか! イムリ、ヨアとギルと一緒に鍛冶屋へ行ってくるといい。同じ斬込部隊の仲間同士、いい加減に友誼を深めてはと私は心配していたんだ。私? 私がいると気を遣うだろうから遠慮させてもらおう。そうだヨア、小遣いをやろう。最近頑張っているらしいからな。偶には息抜きも必要だろう。鍛冶屋に行くなら探索者通りも行ってみるといい。ギル、その手を引っ込めろ、お前に小遣いはやらん。どうせ碌でもないことに消えるからな」


 大隊長は連弩のように捲し立てながら俺に小さな皮袋をくれた。中には硬貨が数枚入っている。横でギルがいじけていた。


「ちょ、ウチはグラトナ様と行きたくて……!」

「これは命令だイムリ」命令の言葉で反射的に居住まいを正したイムリ。「私も忘れそうになるが、ヨアは新入りだ。先輩なら色々と教えてやることがあるだろう。新入りは皆で育てるのが探索者の掟だ」

「えええええー……」






 こうしてイムリを加え三人になった俺たちは、仲良く探索者通りを訪れ、今は鍛冶屋が立ち並ぶという一角へ向かっている最中だ。


 探索者通りから数本通りを外れると喧騒は一気に遠くなり、若干の()えた臭いが漂う裏路地が姿を現した。路地は何度も蛇行を繰り返し、一時とて真っ直ぐ進めない。

 不思議そうに辺りを眺めているとギルが教えてくれた。

今通過しているのは旧地区と呼ばれていて、このグアド・レアルムが出来た当時の街並みに近い――無秩序な拡大と発展を繰り返していた頃の建物が多く残っているのだそうだ。だから無計画に建物が存在し、道がこんなに入り組んでいる。

 ……というより建物と建物の隙間を道と呼んで、陶磁器製の薄板を敷いただけと言われても信じられるかも。


「……なんだろう」


 勿論、ここには初めてくる。

 ……だというのに俺は、この懐かしいような、似た空気を知っているような感覚が拭えない。


「――って、うわっ⁉」


 もう何回目かも分からない角を曲がろうとしたとき、向こうから出てきた何かとぶつかる。

 片目を包帯で覆った小さな子供だ。まだ俺の鳩尾(みぞおち)までしか背のない子供が俯いている。


「ああ、ごめんよ」

「……」


 子供は何も言わずに俺の横を通り抜けて、


「――待てよ」


 その腕をイムリが掴んでいた。


 驚いたのか子供は身を捩るが、【怪力】の意能を持つイムリの指を引き剥がせるわけもなく。

 しかし、逃げられないと悟った子供はなんと、イムリの腕に噛み付いた!


「おい、お前……! い、イムリ!」


 だが、イムリは一切の声を上げず……冷徹に子供を見下ろすだけだった。

 子供は何度も歯を立てるが、やがて茫然と口を離した。

 イムリの肌は噛まれた箇所が赤くなっていたものの、皮膚は破れるどころか血の滲みすらなかった。


「慌てんなっつーの」イムリは子供の半袖から伸びる両腕に素早く目を走らせる。「魔法も意能も持ってない進値の低い奴が、探索者を傷つけられるわけねーんだ。心配するのはそっちじゃなくて……」


 イムリが腕を吊り上げて捩じると、子供は苦悶の声を上げてパッ手を開く。

 チャリンと音を立てて、硬貨の入った小さな皮袋が落ちた。


「あ、俺の……」

「スられてんじゃねーよ。グラトナ様がくれた小遣いだぞ、自分の命よりも大事に持ってろ」


 俺は皮袋を拾い上げる。子供はもう抵抗しても無駄だと項垂れていた。


「その子は……どうするんだ?」

「別にどうもしねーよ。このまま放して終わりだ」

「でも、見るからにお金は持ってなさそうだし……それだと、また同じことをするんじゃないか」

「そうかもな? じゃあ、殺すか?」


 思いがけない問いに心臓がドキリと跳ねた。

 子供が縋る目で俺を見ている。


「ダメ、だろ……それは」

「そうだな。じゃあ殺さないならどうするんだ?」


 俺の問いかけと同じ問いをイムリは言う。

 俺は返すべき答えを探すが……何も見つからない。

 その時、俺は自分の手の中に皮袋があることを思い出す。


「だったらさ、俺はもう自分のがあるから、これを――」

「それだけは絶対にやるんじゃねえッ‼」


 初めて会った時と優るとも劣らない声量で、イムリが叫んだ。

 ギルは何も言わず、近くの壁に寄りかかっていた。


「イムリ、いくらグラトナ大隊長がくれたお金だからって……」

「そうじゃねーよ。……オラ、もう行け」


 腕を解放された子供は泡を食ったように走り去っていった。

 そしてイムリは鋭い眦で俺を睨む。


「その皮袋に入ってる金は、ウチらにとっちゃそこそこの額かもしれねーけど、ああいう浮浪児にとっちゃ大金だ。上手く食い繋げば結構な期間は飯に困らねーかもしれねー」

「だったら……」

「だけど、いきなりそんな金を手に入れたらどうなると思う? 浮浪児はさっきのアイツだけじゃねーんだ。周りから妬まれて殴られて、奪われるのがオチだ。分別がまだ分からないガキだから、それこそ殺してでもそうやりかねねーんだ」


 それを聞いて、俺はようやく覚えた感覚の正体に気づいた。


 ここは〝はぐれ街〟だ。俺の知る風景とはまったく異なるけど、この場所を形作っているものは同じなんだ。貧しさと絶望、怒りと悲しみ、妬みと嫉み。

 この世の中の、生きていく辛さの全てがあの場所にあるように思っていたけれど、こんな身近な場所にも〝はぐれ街〟があったのだ。


「……レアルムにも、こんな場所があるんだな」

「ここが人間の楽園とでも思ったか?」


 いつの間にかギルが近寄っていて、ポンと拳で背中を小突いてくる。


「人間が集まって暮らしてるんだから、いろんな奴がいまくる。それだけの話だぜ、気にすんな。あのガキが貧しいのはお前のせいじゃねえし、あのガキのせいでもねえ」

「……だったら、」

誰のせい(・・・・)かって? そりゃこのクソッたれな世界のせいさ」


 ギルの口調は極めて軽いものだったけれど、いやにはっきりと俺の耳に響いた。


「親が探索者だと孤児が生まれやすい。〝外域〟で死んじまえば、残された家族は食い詰めることになるからな。片親がいれば話は別だが、上手いこと働く場所を見つけられなけりゃ稼ぎ口を求めて結局は同じ探索者になっちまうこともある。そして同じ末路を辿る。最後に残るのは子供だけ。誰にも守ってもらえねえ子供が目指すのも探索者だ」ギルは淡々と言う。「全ての子供がそうなるわけじゃねえが、全ての子供がそうならないわけでもねえ。結局人間は、魔物と人外から逃れられねえってわけよ」


 その末路は……今まさに俺が辿っている道そのものだ。

 俺は親の顔なんて知らないが、食うために魔物を狩っている。探索者にならなかったもしもの俺が、さっきの子供なのかもしれない。


「……さっきから長々と喋りやがって。別に悪い意味だけじゃねーだろ。逃げ道があるってことなんだから」


 イムリは誰とも視線を合わさず、ぶっきらぼうにそう口にした。


「探索者になるしかないとしても――探索者にもなれなかったら、もう希望も何もなく死ねってか。そんな世界の方がぜってークソに決まってる」

「イムリ……」

「オイ、新入り。ウチはグラトナ様の気を引くお前のことが大嫌いだけど……あの子供たちのために何かしてーなら、ついて来い」


 そう言ってイムリは一人でどんどん歩き出す。

 俺はどうすればいいか分からず、だが角を曲がるその後ろ姿を見失わないように後を追う。


「ついてったらいいんじゃねえか? 鍛冶屋の前に寄り道する時間くらいありまくる」


 ギルが後押ししてくれたので……とりあえず俺はイムリの後ろを黙々と歩いていくのだった。

◇〝神器〟【じん-き】

武器/〝神器〟


進化鍛錬により昇華した武器の総称。

探索者にとってなにより貴重な進化石を消費して造られる。


その特徴は、使い込むほど馴染み、成長していくことであり、

まさしく〝生きている武器〟と言うに相応しい。

〝神器〟もまた、敵を殺し、進値を上げていくのだ。


英雄がゆえに〝神器〟を手にするのか、

〝神器〟を手にしたがゆえに、英雄へと至るのか。

それはまだ、誰にも分からない。

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