第二十九話 鍛錬
◇鍛冶【かじ】
意能/技能強化系
原義の金属を打ち鍛える行為ではなく、特殊な鍛冶仕事を行うための意能。
習得することで、熟練の鍛冶師の如く金属の声を聞くことができるが、
この意能の真骨頂は、魔石鍛錬と進化鍛錬にある。
素材の融合、武具の昇華――
古代王国中期より、鍛冶師の仕事は一変した。
鋳造から鍛造へ時代は逆行し、
千の数打ちではなく、一の業物が戦況を覆したのだ。
◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・鑑定室、ヨア
「こりゃあ、限界じゃな。素材の限界に達しておる」
厳かで神妙な時間が流れた後、バラッド爺さんがそう鑑定の結果を告げた。
「なんでだよ! この剣はまだ戦える! もっとちゃんとよく見てくれよバラッド爺さん!」
「おごごごご、止めろ揺らすな! 話をちゃんと最後まで聞け!」
俺は無意識のうちにバラッド爺さんの肩を掴んで懇願していた。
辛い時も、苦しい時も、俺の戦いの傍にあった相棒の剣。
それをバラッド爺さんは寿命だと言ったのだ。
寿命……まるで生き物のような物言い。そう、この剣は血の通った相棒なのだ。ダメだからと言われたって、簡単に諦めることなんてできはしない。
「はあぁぁぁぁぁ……ったく、最近の若いモンは」
「ま、本当に若いしなあ! 探索者成りたてだぜ?」溜息を吐くバラッド爺さんを、壁に背を預けたギルが面白そうに見ている。「で……実際どうよ? ヨアの剣は」
「言ったとおりじゃ。長年使い込んだことで鋼自体が疲れきっとる。それでも騎士鋼じゃから折れはせん、大したもんじゃ。だが……これ以上は、刃が毀れたら砥いでを繰り返して、ゆっくりと剣が痩せていくだけじゃな」
「そんな……」
――切っ掛けは小さな違和感。
ユサーフィさんから命じられた進値上げ、そして特殊任務小隊の連携を向上させるため、俺はほぼ毎日〝外域〟に繰り出して魔物と戦っていた。
……だが、どうにも最近、剣の使い心地が変わったように思えてならなかったのだ。
魔物を斬りつけた時に伝わってくる感触が以前と違う。
素振りをしても重心の位置が乱れる感覚が拭えない。
俺個人の感覚的なことだから上手く伝えるのは難しいけれど――剣が俺に付いてきていないという表現が一番しっくりくるだろうか。
そのことを『終の黄昏』で武具の整備を担う支援部隊の生き字引ことバラッドの爺さんに相談したところ、先の鑑定結果を告げられたのだ。
「――だからこそ、魔石鍛錬か進化鍛錬が必要じゃ」
そうバラッド爺さんは言う。
魔石鍛錬? 進化鍛錬?
聞き慣れない言葉に眉根を寄せる俺を、バラッド爺さんは怪訝そうに見ている。
「爺さんよォ、だから言いまくってるじゃねえか。ヨアは俺ら探索者の常識を知らねえ……いや、常識を超えようとしてくるのよ! 鍛錬のこと知らなくても不思議じゃねえのさ」
「ふむ……それは、なんとも歪な有様じゃが、まあ、知らぬなら教えてやれば済む話か」
「そうそう」
バラッド爺さんは部屋の隅にある幾つも木箱の中の一つから石を取り出した。
それは紫色をしていて、目を凝らすと仄かに光を放っているようだ。
「魔物から採れる魔石を繋ぎに同系統の素材を練り込むのが魔石鍛錬で――」
解説を始めようとするバラッド爺さんに、俺は聞かねばならない重要な事を訊ねる。
「その前に、魔石って何なんだ?」
「――このドアホがっ! そんな事も知らずに探索者と名乗っておったのかっ! ギル! お前らは何を教えておったのじゃ!」
「いやいや……俺もまさかここまでとは思ってなくてよォ。つーかヨア、お前ら俺らが魔石採取してても何も質問しまくらなかったじゃねえかよ」
「あー、何か変な事してるなとは思ってたけど……」
俺が魔石のことを知らないと言うと、バラッド爺さんはしばらく口をポカンと開け、そして烈火のごとく怒りだした。
魔物の体内には魔石というものがある、その事実は知っている。正確には、魔物の体からは必ずそういう石が出てくるということだけだが。
〝はぐれ街〟の頃から魔物を狩ってはいたけれど、それは肉を採って食べるためだ。魔石は正直、その分だけ可食部が減るから要らないとさえ思っていて、実際そこら辺に捨てていた。小隊で〝外域〟に行った時も、皆が魔石を集めるのは、まあ、宝石みたいに収集してる物好きに売りつけるためだと考えていたのだ。
だがバラッド爺さんは、魔石は俺たち探索者だけじゃなく、人々の生活になくてはならない存在なのだと言う。
「魔石は燃えるのじゃ。鍛冶師の炉は高温を保つために魔石を大量に使う。一個で大きい魔石は、今言ったようにに魔石鍛錬や、効力の無くなった魔道具の充填に使う。小粒の魔石でも使い出はある。薪が十分に採れないような地域は、屑魔石を燃料として暖炉の火に焼べたりな。他にも爆弾の材料にしたり……まあ用途は色々とあるんじゃ」
次に、バラッド爺さんは部屋の隅に置かれた工具箱へと向かい、
「鍛冶にも種類がある。職人技術としての鍛冶と、意能としての【鍛冶】」
金槌と小刀、そして小刀より小さめの金属の板と魔石を取り出した。
「技術としての鍛冶は大まかに言うと、素材を叩いて物を打ち出すことじゃ」
そう言って小刀を金床に置くと軽く叩いてみせる。
次に小刀の上に魔石、魔石を覆うように金属板を置いた。魔石を小刀と金属板で挟んだ形だ。
「そして、これが魔石鍛錬じゃ!」
金槌が振り下ろされる。
真上から叩きつけられた金属板は、普通なら何も起こらないはずだが、唐突に光を発し始めた。
「見てみい」
バラッド爺さんに促され横から覗き込むと、魔石全体と、小刀と金属板の魔石に接触した部分が同じように輝いている。しかも、それは互いに融け合うかの如く癒合している途中のように見えた。
続けて押し込むように金槌が振るわれる。カンカンと小気味良い音が響く度、まるで魔石を糊にして小刀と金属板は融合し一つになっていく。
――そうして光が収まった時、そこには元の小刀があった。だが、その色合いは幾分か金属板の色が混ざっているように見える。
「魔石鍛錬は魔石を媒介にして、同系統の素材を融合させる方法じゃ。単純に合金を作るだけなら炉で鋳溶かせばいいだけじゃが、この方法なら武具の形を損なわないまま鍛えることが出来るのじゃ!」
自分がこの方法を発明しました! と言わんばかりにふんぞり返るバラッド爺さん。
目の前で実演してくれた魔石鍛錬の様は吸い込まれるような不思議な光景で、俺は素直に感動していた。
「この鍛錬なら、元の武具と同じ素材を融合させることで摩耗した部分を甦らせたりできる」
「じゃあ俺の剣も……!」
「無理じゃ。言うたじゃろう、同じ素材があればと。お前の剣は騎士鋼で造られとる。この都市にはそんなものありゃあせん」
俺は盛大に肩を落とした。今の話の流れは完全に、これで何とかなる雰囲気だったじゃないか……。
「なんなんだよ騎士鋼って。ただの鉄じゃないのか? 他の金属じゃダメなのか?」
「ダメじゃ。騎士鋼はある意味……求める者によっては、同じ重さの宝石より価値が上かもしれん。――それ以前に、なんでお前がその剣を持っとるのかじゃが……」
急にバラッド爺さんの目つきが険しくなり、静かだが凄みをきかせた声で問う。
「ヨア、お前まさか――剣宮の剣士か?」
その真剣な様子に、俺は咄嗟に答えることができず唾を飲み込む。
「おいおい爺さん、コイツがそんなタマに見えるかァ? 物も碌に知らねえ奴だぞ。その剣だって落ちてたのを拾っただけだろ、どうせ」
「……まあ、そうじゃろうな。剣宮の剣士がそこらに剣を打ち捨てるとは信じられんが……この小僧があの冷酷な人外狩りの連中と同じだと言う方がもっと信じられん」
「そうそう。コイツが連中の隊服着てたら似合わなさ過ぎて笑っちまうぜ!」
「さもありなん」
なんだろう。よく分からないけど、何かの嫌疑が晴れた代わりにバカにされているような気がする。
「話が逸れたけど、つまり魔石鍛錬では同じ素材が無いから、俺の剣は直せないってことなのか?」
「うむ……。【鍛冶】意能が強くなれば、たとえば熱と冷気、異なる性質の素材すら組み合わせることすらできるというが、その騎士鋼は素材として未知過ぎる。下手な事はせんほうがいいじゃろうて」
バラッド爺さんの話を纏めると、限界が来た武具を蘇らせるには、魔石鍛錬か進化鍛錬を行う必要がある。
魔石鍛錬は元の武具と同じような素材、【鍛冶】の意能、魔石を使い、素材同士を打ち合わせることで耐久力を延ばしたり、違う素材同意を組み合わせることで新しい性質を持たせたりする。
だけどこれには適合する素材自体が無ければどうしようもないという――
「そこでもう一つの方法――進化鍛錬じゃ」
残された希望に、俺の期待は高まりを禁じえなかった。
「進化鍛錬は今言った魔石鍛錬とは比べ物にならんほどの領域まで武器を昇華させる。それはもはや武器の範疇に収まらんほどのな。そうして鍛えられた武具は〝神器〟と称されるのじゃ!」
「おお! またさっきみたいなスゴいのを見せてくれるんだな!」
「それは無理じゃ」
「え?」
「無理じゃ。これもまた、素材が無い。――ヨアよ、なぜ進化鍛錬と呼ぶか分かるか?」
なぜと言われても――と一瞬悩むが、答えの切っ掛けは既にあった。
魔石鍛錬は、魔石を使うから魔石鍛錬。
ならば進化鍛錬は……。
「あ……」
「そうじゃ。この鍛錬は、魔石の代わりに進化石を使うのじゃよ」
進化石――探索者が、いや、進値の上昇を避けられない者が求めてやまない物。
進値の上限を延ばすことができる唯一の延命手段。
人外に成り果てる未来から遠ざかる最後の道。
「そ、そんな貴重な物を、武器に使っちゃうの……⁉」
「まあ、それが普通の反応じゃろうな」
じゃが、と。
「進化鍛錬は、魔石鍛錬とは根本的に違う。進化石を取り出した元の人外の形質を引き継ぎ、新たな力を与えるのじゃ! しかも、人が進値の上昇で新しい魔法と意能を取得するように、進化鍛錬で鍛えられた武具も使い込むほどに強くなっていく! まさに武具を進化させる神秘の技法! 鍛冶を生業にする者なら生涯に一度は進化鍛錬を己が手で行うことを夢見るッ!」
熱に浮かされたようにバラッド爺さんは進化鍛錬の素晴らしさを語った。
武具を進化させる進化鍛錬……この方法なら俺の剣を直すことができるという。だが、そのためには貴重な進化石を消費しないといけない。
じゃあ進化石を手に入れればいいじゃん……と、簡単な話にはならない。
人外は探索者同士の狩り合い。激しい競争になる。
先に見つけることができても、倒せるかどうかはまた別の話。
人外は強い。そのためには武器・防具の装備は万全であることは言うまでもない。それこそ比類なきほどに強力な武器……バラッド爺さんが言う〝神器〟でも使わないと倒せないかもしれない。
それに装備が十分でも、使い手本人が弱ければ話にならないだろう。進値を上げて純粋に戦闘能力を高めることも選択肢に入れないといけないかもしれない。それだといつかは必ず進値上限がやってくる。
つまり、進化石を入手するためには人外を倒さなければならないが――そのためには強い武器が必要かつ進値を上げることで人外と渡り合えるような強さも手に入れなければならず、それには両方とも進化石の存在を避けて通ることはできないわけで……。
「じゃあ進化石を手に入れるために進化石が必要ってこと……?」
「まっ、あんま難しく考えまくるなって話よ」頭を抱える俺の肩にギルが手を置く。「普通は〝神器〟なんて持ってる奴の方が少ねえんだから。デカい探索団の団長とか大幹部ぐらいだ。進値上限に余裕のある一部の強者、その中でも運にも恵まれた探索者だけが手にする超贅沢品なのさ」
「……ギルは、その〝神器〟っていうの、欲しかったりするのか?」
「くれるっつーなら貰いまくるけどよォ、その前に自分の進値の心配をしなきゃなんねえよ。ウチの探索団だって、団長とエルマキナ副団長だけが〝神器〟持ちだ。大隊長級でも持ってねえんだぞ? ただの平団員が持てるもんかよ」
『終の黄昏』で〝神器〟を持っているのはその二人だけ。
ユサーフィさんですら手にしていないという事実に、〝神器〟がいかに稀少で強力な武器という事実に現実味が増した。
「そう言えば、その団長とエルマキナ副団長の二人ってどこにいるんだ? 俺、黄昏に入ってから一回も会ったことないんだけど」
「団長はまたいつもの患いじゃ」バラッド爺さんが嘆息する。「どっかの都市の旧貴族の屋敷から古文書が大量に出てきたとかいう噂を聞いたその日に飛び出していきおった。まったく、あの娘っ子は幾つになってもアレだけは変わらんわい。自分が団長だという自覚があるのか疑わしい」
「エルマキナ副団長はしばらく前からウチの腕利きを連れて〝外域〟へ遠征に行ってるぜ。もうそろそろ帰ってきてもいい時期なんだがよぉ……」
……ということらしい。
その気になれば長距離間の情報伝達ができる魔法や意能があるから、連絡自体はいつでも取れるという。主にそういう役割は支援部隊が担っているのだとか。
そんなこんなで俺はバラッド爺さんの鑑定室に来たことで、思いがけず色々と勉強になった。
素材を融合させる魔石鍛錬。
武器を昇華させる進化鍛錬、それにより生み出される〝神器〟。
俺が探索者として長くやっていくならば、この二つは絶対に覚えておかないといけない。
そして現状から導き出される答えは――
「結局、俺の剣の問題は当分解決しないってことか……」
背中に吊った剣の重みを思う。
俺の記憶がある時から常に傍にあった剣だ。出来ることなら何とか使い続けたいのが本心だけど……。
「――というわけで、だ」
ギルががっちりと首に腕を回してくる。
「新しい相棒を見つけに行きまくらないとなァ」
◇魔石鍛錬【ませき-たんれん】
用語/鍛冶
魔石を用いて武器を強化する鍛錬方法。
魔石を触媒に、様々な素材と武器を融合させる。
多くは、掛け合わせた素材の性質を武器に反映させる。
武器と同一の素材を掛け合わせれば、再生させることもできる。
どんな素材でも掛け合わせられるわけではなく、
素材の系統、魔石の品質、掛け合わせる種類、
なにより、【鍛冶】意能の強度によって成功率は大きく左右される。
これだから、鍛冶はやめられん。




