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第二十四話 教導の詩:導きの猛将ゲトリクス 1

◇足蹴【あしげ】

意能/行動強化系


踏めぬものを、踏みしめる意能。


邪魔なものを蹴り飛ばすかのごとく、その足裏は、

いかなるものも面を上げることを許さない

概念干渉にまで踏み込んだ力である。


踏むも踏まぬも自由自在。

だが、己の足が無敵になったわけではなく、

炎など踏んでしまえば、たちまち焼け、爛れるだろう。

   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層・廃宮殿、メリジュナ・レイン



「――ハッ!」


 数十度目の攻防、私の渾身の蹴りを槍の柄で受け止めたゲトリクスは大きく体勢を崩しながら後ずさる。

 猛追する私を猛将は横薙ぎで迎撃するが、跳躍で回避。空中で身動きが取れないであろうと、すかさず鋭利な穂先を突き込んでくる。


 その選択は正解だ。


 ――相手が私でなければ。


 私は空中を踏みしめ(・・・・・・・)、難なく槍を飛び越える。

 反撃に、体重を乗せた踵落としを肩に喰らわせる。ゲトリクスはまた大きくよろめいた。


〝エゴンの声痕〟を利用した最終訓練、ここまで辿り着いた訓練生への褒美に、私は自身の全力の戦闘を一度だけ見せる。必要なければ秘匿すべき意能も出し惜しみなく使用する。

 ゲトリクスの嵐のような連撃を、地を蹴り、宙を蹴り、変幻自在に躱しながら、翻弄されて生まれた隙を見逃さず蹴撃を捻じ込む。そんな私の戦う様子をヨアが食い入るように見つめていた。


 ゲトリクスは達人と称してよいほど槍の扱いに長けているが、その移動範囲はあくまで地上に限られたものでしかない。

 だが、立体的に機動が可能な私には、この空間全てが足場だ。

 宙返りで攻撃を回避し相手の頭上へ。足が真上に達した瞬間、天を蹴った反動で急降下――兜を踏み砕き、地にひれ伏せさせた。


 私の意能【足蹴(あしげ)】は、あらゆるものを踏みつける力。

 それが例え何もない空間であったとしても、私の足裏は物体があるかのように容赦なく踏んでいく。地味ではあるが、私はこの意能が気に入っていた。

 空を翔け、敵を蹴り殺す戦い方で、〝悪蹴〟という二つ名で呼ばれるほどに。


「――こんなところですか」


 ゲトリクスがまた動けることを確認して、私はとどめを刺さず、目を丸くしているヨアの下へと戻った。


「これから貴方には彼を戦闘不能にすることを目指してもらいます。ちなみに、今の戦いを見た感想は?」

「……スゴかった……。何かこう、スゴかった……」

「その幼児並みの感想しか出てこない頭を蹴ったら、少しはマシになるでしょうか」


 慌てて頭を庇うヨアに「冗談です」と続ける。

 ……時折場を和ませようと努めてはいるものの、やはり私はそういう方向には才能が無いようですね。


「それよりも! アイツ倒さなくていいんですか⁉」

「見てみなさい」


 視線の先では、〝エゴンの声痕〟は私という敵が消失したことにより役目を終えて解けていき、再び宙に浮遊する光の文字へと戻った。


「声痕はあくまで敵の排除が目的のようで、こうして姿を消せば文字へと還るのです。これを活用して、撃破する寸前で離れれば何度でも再利用(・・・)できます」

「な、なるほど……」

「さあ、次は貴方の番です。見ていたように、ゲトリクスは槍を使います。剣を使う貴方は間合いで負けていますので、相手の懐に飛び込む勇気が求められます。死にそうになったら助けますので、胸を借りてきなさい」


 ……とはいえ、殺されまではしないでしょうけど。

 私がこの声痕を訓練に使う何よりの理由は、ゲトリクスが私と同じ教官(・・)であることだからだ。

 古代文字が読める知人曰く、このゲトリクスは優れた指揮官であり、同時に優れた教導者でもあったようで、数多の戦士を鍛えて何人もの英雄を輩出した功績が声痕として詠われている。ゆえに、これまで叩きのめされど、命まで奪われた教え子はいなかった。こうした声痕は滅多にない貴重な存在らしい。


 意を決したヨアは緊張した面持ちで声痕に近づいていく。

 ヨアに反応し、声痕が再び解け、猛将の姿を形作った。


「――――オ――オ――」

「え……」


 ゲトリクスはヨアを見つめたまま、槍を構えもせず震えている。

 どういうこと? なぜ武器を構えない?

 どうすればいいのかとヨアが振り返り視線を送ってくる。だが私は指示を出すことができなかった。

 これまでこの声痕が見せたことのない反応に一番面食らっていたのは私だからだ。


「オ、オ、オ――――オオオオオオオオオオ――‼」


 ゲトリクスが天に咆哮する。

 この声に込められた感情は、知っている。

 これは……憎しみだ。


 だが、なぜ? 私ではなく、ヨアだから? 何が彼を刺激した?

 混乱に拍車をかけるように、ゲトリクスの背後、空間の歪みから新たに文字が這い出てくる。知らない、こんなものは知らない。

 それをヨアは熱に浮かされたように呟く。


「導き手、猛きゲトリクス……敗将の屈従……真なる獣の爪牙にかかり……教え子ら贄とならん……忘れざる屈従……いつか慈しみを捨て……再び猛きに狂じるを誓う」


 これは……そんな……、


「ヨア……貴方は古代文字を――」


 新たに現出した文字が解け、ゲトリクスに吸い込まれていく。


 まさか――今まで現れていたのは全ての文字ではなかったのか!


 何かが切っ掛けとなって、残りの文字が顕現した……目の前の光景はそうとしか言いようがない。

 加わった文字により、猛将の姿は、より精緻に再現されていく。

 半透明だった体は古の空気を纏い始め、戦士が時を超えて現世に再臨(・・)する。


「ヨア……ッ!」


 これはもう、訓練の領域を超えている。

 私は撤退を決断した。

 だが、それは許さないとばかりに、ゲトリクスが勢いよく槍を地面に突き立てる。直後、彼の後ろの空間に穴が開き、雷光を引き連れて何かがゆっくりと這い出てきた。


 それは巨大な騎馬だった。

 それも、私たちが知る馬を凌駕する巨躯。歯列は肉を裂くための牙が覗き、尻尾の代わりに大蛇が鎌首をもたげている。何より異常なのは、人が乗るべき背には巨大な一本の腕が生え、馬の体躯にも劣らない大槍を握りしめていることだ。


「召喚獣……」


 こんな異形の生命は召喚獣以外ありえない。

〝門の蝕業〟を持つことが確定したゲトリクスの、完全な戦闘形態。あまりにも未知数に過ぎる。


「ヨア、撤退しま――」


 ――私へと放たれた大槍の打ち払いを咄嗟に屈んで避ける。

 早い……! 続く蛇の噛みつきも回避する。騎馬の召喚獣は口から火炎すら吐き出し、明らかに私に狙いを定めていた。

 これは……この召喚獣の相手だけで手一杯ですね。ヨアを連れて退避するほどの余裕がない。


「メリジュナ教官!」

「自分が生き残ることだけを考えなさい! すぐにコレを片付けて加勢します!」


 ……そう宣言したものの、この召喚獣の相手は骨が折れそうだ。

 対峙するだけで、その強さが空気を伝播して私を震わせる。


「これは……蹴りがいがありそうですね」




   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層・廃宮殿、ヨア



 俺は油断なく剣を構えた。ゲトリクスが敵意に満ちた唸り声を上げる。


「――オ、オ、オ、オ」


 メリジュナ教官は俺に逃げろと言ったが――背を向けた瞬間、串刺しにされている幻視が頭の中で克明に浮かび上がる。


〝導きの猛将、ゲトリクス〟

 槍を操る古強者。


 メリジュナ教官とコイツの戦いぶりは見たけども、戦いの次元が高過ぎて理解しきれたとは言えない。

 それでも俺は生き延びなければならないのだ。

 こんなところで死んでいる暇は――


「ッッ⁉」


 神速の踏み込み、そこから突き出される刺突を、俺は辛うじて剣の腹で防ぐ。そのあまりの衝撃に足が浮く。


 ――これと俺を戦わせようとしてたのかよ……!


 メリジュナ教官の様子から、今のゲトリクスはいつもとは違う狂猛な状態なのだろうが、だとしても見習い生に相手をさせるなんて指導方針が厳し過ぎる!

 俺は果敢に何度も斬りかかるが、奴の攻撃と比較してあっさりと受け止められてしまう。


「ヨア、破れかぶれの攻撃は止めなさい! 落ち着いて相手の動きを――クッ⁉」

「メリジュナ教官‼」

「私はいいから!」


 メリジュナ教官は異形の馬の相手をしながら俺に助言を飛ばしてくれる。自分も余裕がないはずなのに。


 ――俺がメリジュナ教官の足を引っ張っている。


 そんな思考が頭を(よぎ)った。腕がわずかに鈍り、敵の槍を受け止めるはずだった剣が大きく弾かれる。


「しまッ……‼」

「オオ――‼」


 目で捉えることすらできない連続突きが体の各所を抉る。

 身を投げ出すように全力で後退するが、傷を負った箇所が猛烈な痛みと熱を発する。右脇腹、左腿、左肩、右胸。特に左肩が深手だ。剣を振るのに痛みが邪魔をする。


「ヨアッ……‼」


 メリジュナ教官が悲鳴に近い声を上げる。

 でも、


「俺は大丈夫です! 意能があります!」


 右腕の痣が活性しているのが分かる。【自然回復強化】が傷を治し始め、同時に【獣創】の効果で傷を負った分だけ力が増す。普通なら傷だらけになるほど動きは悪くなるが、痛みさえ気にしなければ俺は戦い続けられる。


「来いよ、槍使い!」

「オオオオ――‼」


 見た目には満身創痍でも、嘘のように体が軽い。

 つまり、強化度合いが大きいほど傷も深いという意味でもあるが、だからといって気にかける余裕はない。

 技巧は向こうの方が明らかに上。練り上げられた技を攻めに使われたら防ぎきれないだろう。

 ならば、防戦一方にさせるほど俺が攻め続けるしかない。


 俺は全ての力を攻撃へ注ぎ込む。守りは一切考えない。相手の攻め手ごと潰すように剣を叩きつける。

 反撃の一刺しを受けるほどに、俺の体は加速していく。体から血が噴き出て、減った分だけ見えない力が全身を流れていく感覚が強まっていく。


 ゲトリクスも負けじと、鮮やかに槍で攻撃を捌いてくる。だが、もう反撃に転じる様子はない。俺の強化が、奴の技巧を捻じ伏せ始めている!

 気合と共に放った上段からの振り下ろしを、槍の柄で受け止められた。


 ――今ここで決める!


「アアアアアアアアアアッ‼」


 裂帛の気合でもって剣を握りしめる腕を振り抜く。

 ゲトリクスの槍は、柄の中心から真っ二つに切断された。


「やっ――‼」




 ――衝撃。視界の半分が消える。右頬に感じる極寒の冷気。




 奴が、ゲトリクスが、左腕を突き出していた。

 その手には、刃も何もない、ただ槍だった棒しかないはずだ。

 残った左目(・・)で奴の腕の先をたどる。


 ――折れた槍の片割れ、失われた部分を氷で形成した二本目の槍(・・・・・)がゲトリクスの左手に握られていた。


 その氷の刃が血濡れている。あれで右目を抉られたのか。

 魔法、意能……いや、何だっていい。

 ああ、そりゃあそうだよな。

 俺が意能を持っている以上、お前がそれを持っていない道理はない。

 むしろ意能を使用している相手に、これまで素の力だけで(・・・・・・)戦っていたわけだ。

 それとも、意能を使うに値すると、この見習い生を認めてくれたのか。

 さらなる負傷に、俺の全身はさらに力を漲らせる。


「オオ、オ、オオオオオ――ッ‼」


 半分になった視界の中に、猛り狂う双槍(・・)の戦士を睨む俺は、その湧き上がってくる力が心細く感じてならなかった。




   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層・廃宮殿、メリジュナ・レイン



 もう何度目かも分からない蹴りの一撃。

 それは音と衝撃を通じて充分な威力が込められたことを伝えてくるものの、召喚獣である騎馬は未だ健在。

 火の吐息、蛇の尾の噛み付き、そして召喚者と同じく槍による攻撃。馬という形態からは想像できない巧みな連携に、私は攻めあぐねていた。こうしている間にも、ヨアは傷を負い、着実に窮地へ追い詰められている。


 人間が必ず生まれ持つ蝕業。

 蝕業それぞれの特徴――剣なら直接戦闘能力、杖なら魔法――がある中、〝門の蝕業〟の真価とは、異界より生物・非生物を呼び寄せ使役する召喚魔法にある。

〝門の蝕業〟だけが使える召喚魔法……行使する代償は大きいが、召喚物が有する能力は時に戦況を一変させることすらありうる。


〝門の蝕業〟持ちは人数も少ないことから戦力として常に有望だ。

 だからこそ(・・・・・)私は一縷の希望に賭けた。

 私が召喚獣の相手を引き受けることで、ヨアがゲトリクスに勝つ可能性を。


〝門の蝕業〟の特徴が召喚魔法と召喚物ならば、まるでその代償とでもいうように魔法行使者本人の戦闘能力は低い。正確には、直接的に相手を攻撃したり、自分を強化する手段が乏しい傾向にあるのだ。


 蝕業の原則に従うなら、確かにゲトリクスは卓越した槍の使い手ではあるが、【槍術】のような攻撃強化系意能は獲得できない。あくまで人間の範疇においての強さであり、人を超えた動きはできない。そこに勝機があると踏んだのだ。


 ――しかし、片目を奪われたヨアの姿を目にしたことで、私のその考えは途方もなく甘いことを教えられた。


 七つの意能系統のうち、〝門の蝕業〟でも習得できる武器奥技系。氷槍の生成はその能力以外にありえない。

 そも、声痕に昇華されるような古代の傑物の強さが、こちらの常識に収まるはずがなかったのだ。

 私の判断の誤りが、未来ある少年の命を失わせようとしている。


 ――ならば私は、私の命を懸けてでも、彼をレアルムに送り届ける責務がある。


「ふぅ…………」


 深く、息を吐く。


 まず腕一本……私は四肢の一つを失うものとして切り捨てる。


 この腕一本分失う隙を曝す大技で、召喚獣からどれだけの損傷(戦果)を得られるか。

 この異形の騎馬の要は、多用な攻撃手段。そして馬、蛇、腕が各自連携して動くことで、自分たちの攻撃の隙を潰すこと。


 ――ならば狙うべき場所は。


「――シャアアアア‼」

「一番鬱陶しいお前から!」


 蛇の尾の飛びつきを避けて、放つ!

 下から上へ、跳び上がるように放たれた私の右足が、鱗に覆われた胴体に喰い込み、蹴り斬った(・・・・・)

 格闘奥技系意能【弧月刈り】――その大技直後の硬直を狙い飛来した大槍に、左腕を差し出して防ぐ。

 刃と柄の継ぎ目で槍を受けたことで切断は免れたものの、骨が散々に砕ける激痛が襲う。

 これで私は片腕が使えなくなり、引き換えに狙い通り、召喚獣の攻め手を一つ潰すことができた。


「これで……、――‼」


 ……ぞわり、と探索者の勘が警鐘を鳴らす。


 直感が知らせる方へ、視線だけを向ける。

 切り飛ばした蛇の尾が、ずるずると這っていく姿が、見えた。

 私を狙ってではなく――


「――ヨアッッッ‼」

◇氷錬槍華【ひょうれんそうか】

意能/武器奥技系


氷の槍を錬成し、相手を刺し貫く意能。


魔法のような自由さはなく、己の触れているものからしか

氷槍は創り出すことができない。


だが、通常、武器奥義系の意能は、技を放てば効果は終わるものであるが、

これは行使後も氷槍が残る珍しい意能である。

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