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第二十三話 最後の訓練

◇依頼難度【いらい-なんど】

組織/探索者組合/制度


ギルドが仲介、斡旋する依頼に付される達成の難易度。

探索者等級制度と同じく、一から十等級に振り分けられる。


原則、探索者が請け負うことができるのは、

自分の等級と同じ難度までの依頼である。


ただし、一から三等級の超高難度の依頼は特別であり、

請負うには、依頼ごとにギルドの許可状の発行が必須となる。

   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層・廃宮殿、ヨア



 辿り着いたのは遺跡群の中心部。

 そこは踏破訓練の最中にも遠目に見えていた、一際巨大な構造物だった。半球状の屋根が特徴的で、おそらく大勢の人々を収容するために建てられたのだろう。今やその人々は消え去り、建物だけが風化しながら孤独に存在し続けている。


「今から行うのは対人戦の訓練です」


 建物内の回廊、メリジュナ教官の声が木霊する。

 建物は内部も相当荒れ果てていて、細かい瓦礫が散乱している。調度品の類やその痕跡もない。年月の経過で壊れたのか、ここが遺跡となる際に運び出されたのか。今のところ特筆して目立つ物は無い。


「貴方は魔物との戦いは幾度も経験しているようですが、人と戦ったことはほとんどないでしょう?」


 言われてみれば、そうだ。


「ギルドの講義では対魔物、対人外に重きを置きますが、私は対人戦も探索者に必要な経験であると考えます。自分の身を守るために。……ああ、先に言っておきます。この対人戦訓練は見習い生課程において必修ではありませんが、受けたくないという泣き言は聞きませんので」

「今さらそんなことを言うつもりはないですけど……」

「私の指導を受けた見習い生は〝もう嫌だ〟と、揃ったように同じことを口にしましたので、念のためです」

「……そんなに今から行う訓練は厳しいんですか?」

「何分、私が匙加減をする立場にはないので、頑張ってもらうしかありませんね」


 メリジュナ教官の言葉に違和感を覚える。

 まるで、自分以外の誰か(・・・・・・・)が教えるような……。


「ここです。中央部を見なさい。物陰から姿は出さないように」


 回廊を抜けて辿り着いたのは、おそらくこの巨大な建物の中心。真ん中にある広い空間を石段が取り囲んだ擂り鉢状の空間だ。上は吹き抜けになっており、天井は半球状になっている。外から見た屋根の形と同じだから、最高まで高さが確保されていることになる。


 その中心部、闘技場の如き場所の真ん中に、何かが浮かんでいた。


 それは薄く緑色に輝く光であり、幾重にも連なった線であり――書き残された文字(・・)であった。

 不思議なことに文字の周囲の空間は歪んでいて、その様はまるで、文字の浮遊する方へと空間自体が引き寄せられているようだ。


「〝エゴンの声痕(せいこん)〟――存在を知る者たちは、そう呼んでいます」


 エゴンの、声痕……。俺は繰り返し呟く。


「遥かな過去、エゴン教団の司教たちが空間へ直接、失われた歴史の一部を綴ったものと言われます。古代の文字で記されているので読み方を知っている者は極少ないですが、学者は言わずもがな、これを血眼になって探し求める探索者もいるほど貴重な歴史資料(・・・・)です」

「……それが今からの訓練と、どんな関係があるんです? まさかここに来て歴史の勉強ってわけじゃないんでしょう?」


 ここに連れてきたメリジュナ教官の意図が分からずそう返してみる。

 だが、教官は神妙な顔で、


「実際に見せた方が早いですね。そこで観戦していなさい」


 長髪を翻し、颯爽と〝エゴンの声痕〟とやらに一人で近づいていく。


「エゴン教団は歴史をこのように残しましたが、逆に言えば石碑や本の形では残せなかった。歴史を失わせんとする存在に抗するために、彼らは物質ではなく、空間に直接文字を刻むことで真実を伝えようとした。その証左に、声痕には常に守護者が侍り、歴史に触れようとする者に立ちはだかる――」


 一歩、また一歩、確かな足取りで中心部に近づいていく。

 浮遊する光の文字に動きがあった。

 文字が解れて糸となり……画家が描画するかの如く糸たちは寄り集まって、その姿を象っていく。

 頑強な全身鎧、無骨な槍、兜に挿した赤い飾り羽。

 すなわち――古に謳われた武人を。


「これが〝エゴンの声痕〟の守護者、真実の番人」


 半透明の姿で顕現した戦士が雄叫びを上げる。建物全体が、時を超えて放たれる武威に震えた。 


「――この〝導きの猛将ゲトリクス〟が、貴方の最終試験官です」




   ***




◆メリジュナ・レイン



 厄介な見習い生を引き受けた。

 しかも、ユサーフィに命じられて。

 どうやら『終の黄昏』に入団した新人について、早々に見習い生課程を終わらせて本登録までもっていきたいという魂胆らしい。


 ギルドでは、依頼の難度と、探索者の実力、この二つの組み合わせが適切でない斡旋を防ぐため、探索者の等級制度を導入している。一等級の難易度をほこる依頼は一等級の熟練探索者へ、素人でもこなせる依頼は素人並みの探索者へ……ということだ。


 最初は誰もが十等級の見習い生から始まり、その後はギルドで規定の訓練課程を修了し、九等級になると辛うじて一人前と見做され本登録になる。

 この道程の例外があるとすれば、現役のギルド教官が実力を保証し本登録の推薦を行い、認められればいきなり九等級から開始となる。あの女は私にこれをしろと言ったのだ。私の性格を見抜いたうえで。

 たとえどんな事情が介在しようとも、私ならば私情を差し挟まず公正に判断する、公正に判断することしか出来ない、と。


 正直思うところは多々あるが……それ以上に、今教室の話題を攫っているこの少年に対する興味が勝ったこともあり、私は依頼を引き受けることにした。勿論、推薦に値しなければ容赦なく落とす条件で。


 指導を行う前からヨアという少年の噂は聞いていた。直接の講義を受け持ったことはないけれど、同僚が頻繁にぼやいているのを耳にしていたからだ。

 曰く――見習い生課程に編入する生徒としては既に異常なほど進値が高く、直近では双大蛇の漂白個体を協力して討ち取った――その割には相当な辺境から出てきたといわんばかりの物の知らなさ――と。

 これに関して、実際にヨアから育った境遇を聞けば、噂の内容に納得せざるをえなかった。

 魔物と人外の脅威から身を守るために人口が都市に集中した時代にあって、彼は近隣に小さな村もない隔絶した場所で、常に死と隣り合わせになりながら魔物を狩ってきたという。


 ヨア……復讐に身を焦がす少年。

 ……はっきり言って彼は、私の目には凡庸にしか映らなかった。


 一流になる探索者は、どれだけ隠そうとしても周りに染み出すような異質さを纏っている。その異質さの正体が何であれ、それを持つ者は例外なく大成していた――かつての教え子、今は〝天器〟の二つ名を馳せるあの子と最初に会った時に感じたものが間違いでなかったように。


 ――だというのに。

 私の直感は理性に反して、無いと断じたはずの、彼の中に眠る才覚を見い出そうとしている。


 あのユサーフィが特別目をかけているのだ、何もないわけがないだろう……そう本能が訴える。

 不可解さと義務感、そして直感と理性の矛盾を孕みながら、訓練は始まった。

 私はかつての教え子たちにそうしたように踏破訓練から始めることにした。


〝外域〟の踏破は、生存に必要な基礎技術の集大成が試される。

 歩き方、走り方、腕の振り方、足場の見つけ方、重心の移動の仕方、目線の置き方、呼吸の仕方。

 ひたすら地味で、しかし全ての基礎。

 なぜならば、〝外域〟では魔物に勝てなくても逃げれば助かるかもしれないが、走れなくなってしまえば死を意味するからだ。安全で疲れにくい走り方は、戦闘技能より真っ先に身につけなければならない。

 素人こそ蔑ろになりがちな技術を、普通ならギルドの訓練場で泣くまで叩き込んでから〝外域〟に行く。


 でも、私の方針は違う。最初から〝外域〟で試す。

 教え子の心を試す。

 一日中走らせると、当然彼らは早々に音を上げる。この訓練に何の意味があるのか、魔物との戦闘経験を積むべきではないかと。私は取り合わない。来る日も来る日も走らせる。


 この永遠のような踏破に終わりはある。だが、そこへたどり着く前に、彼らは心折れて探索者の夢を諦めていった。

 その恨み節を浴び、立ち去っていく後ろ姿を見送る度に、私の胸の内には昏い安堵が生じる。


 ――彼らの探索者になりたいという願望は所詮その程度だったのだ。


 ――なら、後悔する前に諦めさせる(・・・・・)ことができてよかった。


 あの出来事以来、教官としての私の存在意義は、探索者として生き抜く覚悟の無い者を(ふる)い落とし、安全で人並みの幸せのある道へ戻していくことになった。

 当然ながら私は忌み嫌われ、畏怖された。教官に私があてがわれないよう、見習い生たちは祈るほどに。


 でも、それでいい。

 私は間違っても慕われる人間ではない。

 慕われていい人間では、ない。


 今までの教え子たちと大差なく、ヨアの走りは酷いものだった。

 しかし体力はあるようで、すぐに音を上げるかと思ったが、手加減した私に食らいついてきた。

 だが、それも最初までだろう。その辛さからほとんどの訓練生が逃げ出してしまうこの踏破訓練が延々と続けば、この少年もやがて心折れ、退屈で安穏な日常に戻っていく……。




 ……意外なことに、ヨアは踏破訓練を一日も欠かさず受けていた。

 それどころか、途中からは積極的に私を模倣し、飛躍的に動作を洗練させている。その学習速度は、乾いた砂に水を垂らすかのごとく圧倒的だ。


 刻が進むごとに、別人に生まれ変わるように変貌していくヨア。

 私は速度を上げて彼を引き剥がすが、その度に背後の足音は、以前より力強さを増して私に近づいてくる。後を追わせているつもりが、私が追われているかのように逆転した気分を味わう。

 一日の訓練を終え、満身創痍ながら自身の成長に笑みを浮かべたヨアを見る度に――私の胸中には期待と恐怖が同時に湧き上がった。


 私が課してしまった過酷な訓練を乗り越えてくれるかもしれないという期待。

 残酷で救いのない探索者の世界に送り出し、彼を変えてしまうかもしれないという恐怖。


 相反する二つに苛まれながら……しかし、私が彼に対して強く抱いていたのは期待だったのだと、今ならば分かった。


 ――ヨアの生きる動機が復讐と聞いて、私は、己でも御しきれない失望を感じたからだ。


 ああ、またこの子もか……そんな諦観が心を塗り潰す。

 私はヨアに期待した。訓練を乗り越え、そして探索者になった後も、世の汚さや人間の汚さに染まらず立派に生き抜いていく姿をいつのまにか希求していた。

 同時に、それを為すためには、一切の穢れを寄せ付けない高潔な理想を胸に宿していなければならないと。私の過酷な訓練を乗り越えるということは、俗人とは一線を画す、燃えるような願いを抱いているだろうと、勝手に期待していたのだ。


 ――そして勝手に失望したのだ。


 この荒れ果てた世界で、復讐という感情はなにも珍しくない。

 そんな極めてありふれたものがヨアの動機だったことに、私は……本当にがっかりしたのだ。


〝――――貴方は、私の何を知っているんですか?〟


 つい先刻、私が吐いた言葉。

 まったく、どの口が言うのだと我ながら思う。

 私こそヨアの何を知っているというのか。

 何も知らないくせに、勝手に期待して、勝手に自分の願いを押し付けて、勝手に期待を裏切ったと失望する。理不尽極まりない。


 いっそ教官なんて辞めて逃げてしまえばいいのに、期待を捨てられない自分。

 私が送り出してしまったことで、教え子たちの人生を捻じ曲げてしまう恐怖から逃れなれない自分。

 そんな自分を――私はもう変えることができない。


 私の役割は、自分が進もうとする道がいかに険しいか理解させ、心を折ること。

 だから、存分に見ていなさい。

 貴方がこれから挑む壁の途方もない高さを示します。


 束の間の、私の全力を披露することで。

◇〝エゴンの声痕〟【えごん-の-せいこん】

学問/歴史学/エゴンの声痕


遥かなる過去、エゴン教団によって残された歴史の息吹。

空間に直接綴られた古の記録。

古代文字で記されているため、読み解くには知識が必要となる。


声痕は世界各地に点在し、その傍には例外なく、

真実の番人として、古強者たる守護者が刻まれている。


力なきものが、真実を知ることを阻むかのうように。

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