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第二十二話 冷血な女

◇見習い生訓練課程【みならい-せい-くんれん-かてい】

組織/探索者組合/制度


探索者を志す者に、最低限の知識と戦闘技能を身に着けさせる訓練。

見習い生課程などと略されたりする。


時として、熟練の探索者すら飲み込む〝外域〟は、

言わずもがな未熟者であれば、容易くその命を散らすであろう。

そうならないよう、生き抜く力を培わせるのだ。


通常は全ての課程を修了しなければ九等級へ昇級できないが、

教官一人からの特別の推薦があれば、この訓練は省略できる。

   ***




◆   ――自由都市グアド・レアルム、探索者組合・会議室、メリジュナ・レイン



「……では、お互いに非はないと?」

「そうです! 見つけたのは俺たちが早かった!」「ふざけるな! アレは明らかにお前たちの横入りだろうが!」


 両者譲らない主張。

 机を挟んで向かい合った彼らの間で、私は音の無い溜息を吐いた。


「……水掛け論ですな」


 隣に座る調停官が私にだけ聞こえるように呟いた。私は頷く代わりにもう一度溜息を吐いた。




 事の発端は、狩場を巡る争いだ。

 偶然目当ての魔物が同じで、偶然魔物の生息地を見つけるのが同時だった。

 こういう場合は譲り合い……というわけにもいかない。

 せっかく見つけた魔物を相手に譲っても、次に同じ魔物を見つけられる保証などない。こればかりは運だからだ。

 それがギルドから請け負った依頼であれば、万が一の失敗は己の実績に泥を塗ることになる。

 そう思えばこそ両者退くに引けない心情に陥る。特に若い探索者はその傾向が多い。


 ……正直に言えば、この手の紛争は別に珍しくもない。

 この程度の諍い全てに首を突っ込んでいては回らないから、普通は調停官が両者から話を一応(・・)聞くだけだ。

 そして特に裁決を下すのではなく、両者それぞれに異なる指名依頼を出し、別の事で気を逸らさせて有耶無耶のうちに終わらせるのがほとんどだった。


 ――なのに、なぜ調停官でもない一介の教官である私がこの場に呼ばれているかといえば。


「……メリジュナ教官! 教官も何とか言って下さいよ! ……まさか、俺たちを疑ってるんですか!」


 険しい目のラペル(・・・)が口角泡を飛ばす。

 そう、争っているのは私の元教え子たちなのだ。


 ラペル、カンネラ、セルバンス、ビーロック、タンタ、ルリィ。

 彼ら彼女らは見習い生課程を卒業した後、『青き盾』という名の徒党を組んで活動していた。


「……そういうわけではありません」

「だったら何でメリジュナ教官がここに呼ばれるんです? 俺たちを弁護してくれるためじゃないんですか⁉」

「私は公平に話を聞くために呼ばれたにすぎません」


 納得のいっていないラペルに私は心中で彼に謝った。

 私はラペルに嘘を吐いた。

 ギルドは『青き盾』を疑っている(・・・・・)

 彼らの徒党は活動を始めてからというもの、諍いの噂が絶えない。今回のように狩場で揉めるのも一度や二度ではない。功を焦って迷惑をかけるのが新人の常とはいえ、その範疇を超えている――噂が全て真実であれば、だが。尾鰭がついたものも……きっとあるはずだ。


『青き盾』と机を挟んで向かい合っているのが、三人組の徒党『黒い刃』。

 彼ら少年三人も見習い生課程を終えてから日が浅く――全員が打撲の傷を負っていた。

 狩場争いで乱闘になった時の傷らしい。対する『青き盾』は誰一人さしたる負傷は見当たらない。人数差によるものだろうか。

 まるで一方的に殴ったような……審議は定かならずなれど、調停官の印象は明らかに悪い。


 ……私が呼ばれた理由は、ギルド職員の中でラペルたちの為人(ひととなり)を一番知っているからだ。当然だ、教え子と教官なのだから。

 嘘を吐いているかどうか、私の感触を知りたいのだと。

 愉快ではない役回りを、それでも引き受けてしまったのは、


「――あのっ……!」


 気まずい沈黙を破る声。


「ルリィ……」


 見つめた先、ルリィは震えながらも意を決したように、


「今回のっ、魔物を先に見つけたのは、『黒い刃』さんの方です……私たちは後ろから、」

「オイッ、ルリィッ、お前何を!」

「ラペル、もう止めようよこんなの! 間違ってるよ……」


 ルリィを驚愕の表情で見る五人。


 裏切者――五対の瞳がそう物語っているように見えた。


 調停官の気配が真剣味を帯びる。ルリィの、彼女の言い方は余罪を想起させるに十分だからだ。

 事態についていけない私の鼓膜に、ルリィの叫びが飛び込む。




「――これじゃ、私たちを探索者に認めてもらったメリジュナ教官に申し訳ないよぉ……」




 あ…………………………。

 そう、だ……。

 私が認めた、私の教え子たち……。


 認めた……から?


 私が彼らをもっと見極めていればよかったのか?

 探索者の資格なしと、そう判を押せばよかったのか?

 分からない。




 自分が教官として相応しいのか、分からなくなった。




   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層、ヨア



「踏破の訓練はこのくらいでいいでしょう。今日走る時に意識したことは、明日以降も忘れずに実践するようにしなさい」


 地面にへたり込む俺にメリジュナ教官が終わりを告げた。

 相変わらずへとへとになるまでの走り込みだが、もう体を痛めることはなかった。メリジュナ教官を真似て体の負担が少ない走り方を習得した賜物だ。


「今日からは二つ目にして最後の訓練を始めます」

「最後……」


 ひたすら走る訓練の次がいきなり最後か……。

 一体何をするのだろう。立ち上がり、固唾を飲んで言葉を待つ。


「…………」

「――その前に、少し歩きましょう」


 だが、メリジュナ教官は訓練内容を告げず、遺跡の方へスタスタと歩いていく。俺も後を追いかける。

 最近、観察していて気づいたことだが……メリジュナ教官は走り方だけでなく、歩き方も非常に綺麗だ。体幹にブレが無く、荒れた大地すらも住み慣れた自分の部屋のように、何がどこにあるか完璧に理解しているかのように足を進める。


「訓練の一環ということで見逃しますが」メリジュナ教官は振り向かずに言う。「淑女をいつまでも、穴が開くほど見つめるものではありませんよ」


 俺はビクリと視線を正した。


「振り向かなくても分かるんですか?」

「振り向く一瞬が惜しいと思うようになれば、貴方にも出来るようになります。探索者として長じたいなら、気配ぐらいは追えるように――そうそう、ユサーフィの挑発のせいで気が逸れて忘れていましたが、大事なことを訊ねていませんでした」

「大事なこと……?」


 訝しむ俺にメリジュナ教官は言った。


「ヨア、貴方は何のために(・・・・・)生きていますか?」


 さらりと放たれた質問はひどく抽象的な問いかけだった。


「その質問と、この試験に何か関係があるんですか?」

「ええ、大いにありますとも。質問の答えによっては――貴方の見習い生課程の修了を認めません(・・・・・)

「な――ッ!」


 驚きのあまり足が止まる。

 メリジュナ教官の背中からは、冗談を言っている雰囲気も、俺に対する悪意も感じなかった。

 ただ、真剣に、俺に問うている。


「……なんで」ゴクリと唾を飲み下しながら、俺は逆に訊かずにはいられない。「今になってそんな大事な質問を……」

「これまでの走り込みは探索の基礎を押さえる意味もありますが、一番は心を鍛えるためです。魔物との戦闘など、進値を上げればどうとでもなりますが、心の強さはそうはいかない。そこで折れる程度ならば、心を試す価値すらありません」


 メリジュナ教官が振り向いた。

 俺を見定めんとする一対の瞳。


「心を、試す……」

「ヨア、嘘偽りなく答えなさい。貴方は何のために生きるか」


 何のために生きるのか――

 その疑問に応える、心の奥底で熾火のように燻る感情。




〝――行くよ、ライカ。ありがとう。俺を拾ってくれて〟




〝――必ず……殺すから〟




「……大切な人を殺した人外を、殺すためです」

「……………………復讐、ですか」


 今日、初めてメリジュナ教官は表情のようなものを浮かべた。


「そういう人間には大勢会いました。親を殺された。子を殺された。兄弟を殺された。妻を殺された。大切な人を、殺された。魔物に。人外に。――人間に。貴方はどれでしょうか?」

「……そのどれかだとして、だからなんだっていうんですか?」

「――失望した(・・・・)、そう言っているのです。本当に……くだらなかった」


 ――俺はメリジュナ教官の肩を掴んでいた。


 お前に何が分かるんだ、と、そう言ってやろうと直前まで頭の中はそればかりだったはずなのに、意に反して言葉が出てこない。

 無感情に俺を見下ろす、あの冷めた瞳に射抜かれて。


「お前に何が分かる、とでも言いたげですね」メリジュナ教官は俺の手を振り払わない。「分かりませんよ(・・・・・・・)そんなものは(・・・・・・)。――復讐を否定する考えは私にはありませんが、それは本当に、貴方が自分で行う必要があるのですか?」

「何を……」

「仇の人外を殺したいならば、貴方が探索者にならずとも、他の探索者に討伐を依頼すればいい。その方が命の危険もありません。貴方は探索者にならずとも、別の道を模索することも出来るのです。わざわざ人生を棒に振ることもなく」


 それは……本気で言っているのか。

 復讐を願う人間に、復讐は他の人間に任せて、自分は違う道を選べなんて。


 ――ああ、この人は俺を探索者にしたくないんだな。


 メリジュナ教官が言わんとする事が容易に透けて見える。

 そんな言葉、到底受け入れられない。


「ご心配どうも。――俺の未来は俺が選ぶ。アンタに指図される謂れはない」

「そうですか……であれば」


 メリジュナ教官は肩を掴む俺の手を包み込むように優しく触れ、ゆっくりと剥がす。

 冷めていて、悲しい目になっていた。


「精々、私に認められるよう訓練を乗り越えることです。評価に私情は挟みませんが、達成できなければ話になりませんからね」


 そうしてメリジュナ教官は再び歩き始めた。


 ――俺は自分でも、なんで今、この時、よりにもよってソレを口走ってしまったのか。


「俺も訊きたいですよ。教官のこと。教官の……噂のこと」


 長い髪が翻って宙に広がるほどの速さで、メリジュナ教官は振り返った。

 その顔は、一切の変化を表に出さないよう強張っていたけれど、唇だけが引き結ばれていた。


「何を」

「噂を聞きました。メリジュナ教官の教え子が六人死んだって。それ以外にも、多くの人を探索者に相応しくないって、訓練の修了を認めなかったこと」

「…………」


 俺は無意識に両の拳を握りしめていた。


「本当なんですか?」


 メリジュナ教官は、

 口を開きかけて……俺の視線から目を逸らした。

 そうして、実に涼やかにその台詞を吐いた。


「――本当ですよ(・・・・・)

「――‼」

「ええ、私がかつて訓練した見習い生が五人、無惨な死を遂げました。それ以外にも、私の指導を受けた見習い生は、探索者になることを諦め、この都市を去って行きました。そういう冷血な人間なんです、私は」

「……本当……なんですね」


 噂の本人が認めたのだから、覆しようのない事実なのだろう。


 けれど……噂から見える人物像と目の前のメリジュナ教官。

 二つの間に、俺はどうしても食い違う部分を感じていた。


 教官と交わした言葉は少ない。毎日、前を行く姿を必死に追いかけていたにすぎない。

 だとしても、駆け抜けてきた時間の中で、お互いを理解するための、言葉以上の何かを交換し合っていたように思うのだ。


「教官のこと……冷たい人間だとは思えません。走り込みの訓練は確かにとても厳しいですけど、俺が乗り越えられる難易度を常に用意してくれました。俺のことをちゃんと見て、気遣ってくれたから――」

「――貴方は、私の何を知っているんですか?」


 まっすぐ伸びた手が、俺の顎を掴み、視線を固定する。

 メリジュナ教官が真正面から俺を見据えた。


「私がそんな事するはずないと、自分の幻想を押し付けていたのではないのですか? もう一度言います。私はそういう女ですよ。見習い生を厳しい訓練に放り込み、ついてこれなければ早々に切り捨てる。噂通りの人間なのです」


 俺の眼球から心まで真っ直ぐ貫くかのような鋭い怒り。

 今まで感情をほとんど露わにすることのなかったこの人の、剥き出しの心。

 怒りを滾らせる瞳に圧倒されながら――その奥に覆い隠されていたものが一瞬姿を見せる。


 ――恐怖。

 ――怯え。


 その感情を見つけた途端、俺の中で何かが結び付こうとしていた。


「……俺を探索者にしたくない……」

「ええ、その通りです」




「――いや……なってほしくない(・・・・・・・・)……?」

「――――――――」




 乱暴に俺の顎と掴む手が振り解かれる。

 揺れる視界に体勢が崩れ、前へと向き直った時には既にメリジュナ教官は歩みを再開していた。


「……最後の訓練を開始します。結果で全てを示しなさい」

「……ええ」


 俺は短く返事をし、なぜか小さく見えた背中を追いかけた。

◇調停官【ちょうてい-かん】

組織/探索者組合/役職


探索活動に起因する紛争の解決のために介入、合意のもとの和解に携わる者。

腕が立ち、経験豊富で、公正公平に物事を見るギルド職員が選ばれる。


血気盛んな探索者の世界は揉め事が多く、流血沙汰に発展する場合もあるため、

最悪の事態を避けるべく、紛争の早期介入と合意和解を目指す。


ギルドは探索者に私闘を禁じているため、紛争解決は調停官を恃むべきだが、

完全に命の安全が確立された〝模擬戦〟の勝敗により、話をつけることもある。

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