第二十一話 うわさ
◇魔石灯【ませき-とう】
魔道具/生活用品
魔石を燃料に光を放つ照明器具。
持ち運べる小型のものから、街路に設置する大型まで、幅広い。
魔石内に含まれた力を光に変換して放出する単純構造のため、
製造は簡単で、費用も安価と、最も一般に普及した魔道具。
魔石灯の発明によって、人類は夜間でも活動が可能になり、
生活様式が一変したことは間違いのない事実である。
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、市場・市民通り、ヨア
「ここか」
フェルム大隊長に指示された場所は、市民通りと呼ばれる場所に面した店だった。
通りは荷馬車が余裕をもってすれ違えるほど道幅があり、多くの往来がある。そんな場所に立地しているのだから、さぞ繁盛しているだろうと思いきや、窓から覗いた店内は店番含めて誰もいない。だが、寂れている雰囲気はなく、屑石と呼ばれる極小の魔石を燃料とする魔石灯で店内は明るい。
店頭に突っ立っているのも怪しいので、とりあえず中に入る。
「すいませーん。配達に来たんですけど……」
奥に向かって声をかけると、足音が近づいてくる。
「すいません。あの、荷物を――」
暖簾から出てきた女性に声をかけると、
「あ、私、店員じゃないの! ごめんなさい紛らわしくて……ん?」
「あれ?」
お互いに目を合わせて、時間が止まったように固まった。
記憶の表面を何かが掠めるような感覚。
俺は確かに、この人に見覚えがある。
〝――さっき貴方のことを羨ましいって思ったけど、今は世界で一番可哀そうに思うわ〟
〝――〝悪蹴〟のメリジュナのしごきは地獄だったらしいからね。精々頑張りなよ〟
「あ……」
思い出した! ギルドで同じ見習い生の――
「なんとーか、なんとかーの!」
「アニエール・クロイツァーノよ! 雰囲気しか合ってないし!」
そうそう、そんな名前だった。
アニエールがキッと俺を睨む。いや、聞いたらちゃんと分かるんだよ。
「名前ぐらいちゃんと憶えときなよ。仮にも同じ講義受けてるんだから」
「ごめん……。俺、講義受けるだけで頭一杯で……」
「それは……うん」
もういいよ、とアニエールは嘆息する。
ひとまず許してもらえたようだ。
「……そういえば、『終の黄昏』期待の見習い生さんはなんでこの店に? 探索者が特に来るところじゃないと思うけど」
「俺は配達を頼まれただけで、ここが何の店かは知らないんだ」
「ここは薬屋、市民向けの商品を販売してるんだよ。進値高いとほぼ効き目がないから、探索者はここじゃない専門店に行くの」
「? アニエールは? アニエールも探索者じゃないか」
「……あのねえ、私はまだ進値1なの。し・か・も、まだ見習い生で探索者でもないし。……自分は先に進んでるっていう嫌味?」
「い、いや、そんなつもりは!」
じとーっと見つめてくるアニエール。
俺は話題を変えようと、さっきの会話内容を思い出す。
「えーっと、さっきの期待の見習い生って、俺のこと?」
「そりゃあそうだよ。女ばかりの『終の黄昏』に男が入るなんて……、それも〝千貌〟の肝煎りでしょ? あのメリジュナ教官が指導して――」
「――メリジュナ?」
不意に、昏い声が響く。
「アンタ、今、メリジュナの指導を受けてるの?」
奥の暖簾を掻き分けて、作業用の前掛けを身に着けた女が現れた。店員だろう。
「そう、ですけど」
「……へえ。あの女、まだ性懲りもなく……」
「あ、これ、フェルム大隊長から配達を頼まれてもってきました」
俺は飲み薬の瓶が入った鞄を渡す。
店員はそれを受け取るも一瞥すらくれず……まるで仇でも見るかのように俺へ険しい視線を固定している。
「なんで」店員が口を開いた。「なんで、よりにもよって、メリジュナに師事するの」
なんで、と言われても、成り行きでそうなったとしか言えない。
けれど、この人は……それで納得しないような仄暗いものを感じる。
「アンタ、今すぐ逃げて、他の教官に指導してもらいなさいよ。じゃないと、大切なものを失うわよ」
「……えっと」
「あのメリジュナって女は最悪よ。アイツは意味の分からない、それでいて狂ったように過酷な訓練を課して、見習い生を何人も何人も再起不能にしてきた。心を折って、夢を踏み躙って、何とも思わないような冷血が体に流れてるの」
「……いきなり何なんだ。メリジュナ教官は確かに厳しいけれど、そんな事をするような人には見えなかった。どういう関係か知らないけど、そんな事を――」
「私がそうだったから!」
窓の硝子を叩くような怒声。
「私がかつて見習い生だった時、担当があの女だったからよ! 私はっ……探索者になるのがずっと夢で……それを、アイツは訓練に落第した私に、たとえ探索者になったところで無駄死にするだけだって、一方的に指導を打ち切った……!」
店員からは、堰を切ったように、過去の行いを糾弾する言葉が幾つも吐き出される。
「最後の訓練なんて……何が導きよ! あんなの、突破できる奴がどれだけいるか……! 最初から……最初から、私の事なんて探索者にする気、なかったんだわ……」
「……俺、もう行きますから」
「あ、私もー……」
俺はこれ以上ここに居てもどうにもできないと思い、俯く店員に背を向けた。アニエールもそれに続く。
「――もう一度言うけど、あの女に師事するのは止めなさい。命が大事ならね」
店を出る直前、店員が俺に忠告する。
「あの女の教え子が六人――過去に死んでるんだから」
「…………」
「…………」
俺とアニエールは賑やかな通りの隅を黙々と歩いている。
帰る方向が一緒だったらしく、それを短い言葉で確認してからは、会話を交わしていない。
やがて、道が二又に分かれる。
「じゃあ、私こっちだから」
スタスタと去っていくアニエールの背中を、
「あのさ!」
俺は意を決して呼び止めた。
「何?」
「アニエールは……」心の中で燻っていた質問を投げかける。「さっきの人が言ってたメリジュナ教官の噂のこと、知ってた……?」
「知ってたよ。当たり前じゃん。メリジュナ教官が初めて担当した教え子が訓練中に死んだって話」
アニエールの返答には、何の感慨も込められていない。
ただ、事実を事実として確認したという響きしかなかった。
「調べたのは別に私だけじゃないから。同期は皆知ってると思うわ。自分が探索者になれるかは教官からの評価が命運を握ってるんだから、少しでも厳しそうな教官と距離を離して、優しい教官に当たりたいでしょ? 私がアンタの立場だったら、すぐに指導教官を変えてもらうか、他の都市のギルド支部で探索者になる。自分の教え子をぶっ壊すような噂が立つ時点で、接しちゃいけないって、分かるでしょ」
俺は無性に反論したく、でも、何と言い返せばいいのか言葉が出ない。
自分でも、なんでこんなにメリジュナ教官のことでムキになるか分からない。
俺とメリジュナ教官の関係は、教官と見習い生。やる事と言えば、今のところ一緒に〝外域〟の走り込みをしてるだけ。
たったそれだけの関係性でメリジュナ教官の何が分かるのかと言われてしまうだろうけど、心の奥の部分が、そう決めつけるのは間違っているんじゃないかと違和感を告げてくるのだ。
「……良いとか悪いとか、それは実際に会って、話してみないと分からないじゃないか」
結局、俺はそんなありきたりな反論しかできなかった。
「そうね。そうなんでしょうね。でもさあ――本当に厳しい教官だったら、誰が責任を取ってくれる? それで私の夢が叶えられなくなってしまったら、誰が私の夢を補償してくれるの?」
雑踏の中、立ち止まっている俺とアニエールを、通りすがりの名前も知らない人々は、そこに誰もいないかのように避けて歩いていく。
「そんなことは…………誰にも出来ないよ」
「でしょ? 誰だって無意識に人生は失敗できないって、言わないだけで思ってる。だから、万が一にも自分が歩く道の下らない石ころに躓かないように気をつけてるの」
「失敗って……。生きることって、そういう風に言うものじゃないだろ。俺だって嫌な事はいっぱいあったけどさ、だからって今の毎日が不幸せってわけじゃ……」
「私は嫌よ。わざわざ悪い噂の立つ人間にかかずらって、自分の成功の確率を下げるなんて。失敗したくないから」
「……アニエールは、失敗した人はもう意味が無いって思うのか?」
彼女はその問いに直接的には答えなかった。
「……私は何が何でも探索者になって、自分の思い描く人生を生きたいの。少なくても、あんなどこにでもあるような薬屋の店員として人生を消費するんじゃなくて、自分の意思で自分の人生を使いたいの。他人から言われるがままに生きるなんて、真っ平ごめんだわ」
ねえ、ヨア――アニエールが俺に言う。
悪戯を思いついた子供のような笑みを滲ませながら。
「そんなに気になるなら、そんなに噂が事実か知りたいなら――本人に訊けばいいじゃない。それが一番手っ取り早くて、確実な手段でしょ。アンタが知りたがる事実が、否応なく分かるんだから」
「それは……」
そうだろう。アニエールの言うとおりだ。こんな事は、真実を確かめてしまえば解決する話なんだ。
――訊いてしまったら。
でも、
――知ってしまったら。
その噂が、噂のとおり、メリジュナ教官の過去なのだとしたら、
――俺はどうしたらいいんだ?
口籠る俺に、アニエールは嫌な笑みを貼り付けたまま、俺が答えられないと分かっているだろう疑問を投げかけたのだった。
「私は頭が悪いから是非教えてほしいんだけど――本当のその人を知りたいと思うのは、本当に善いことなの?」
◇薬屋【くすり-や】
地名/都市/薬屋
業として薬品の販売を営む店舗。
その取扱商品によって、一般大衆向けと、探索者向けに大別される。
通常の薬が年齢や体重などによって服用量を調整するように、
探索者向けの薬は、同じ商品がさらに進値に応じても細分化されている。
進値上昇で強化された、強靭な肉体を前提とした薬効は激烈であり、
身の丈に合わない薬は、時として毒になるからである。




