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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
序章 愛しい君の心に剣を
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第二話 ライカ

◇身体強化【しんたい-きょうか】

意能/身体強化系


習得者の肉体を常に強化する意能。


筋力や耐久力、神経伝達や自然治癒力が満遍なく上昇する。

獣の蝕業を持つ者が特に習得しやすい。


特化しない分、その効果量は微弱でもある。

だが、この意能の痣が濃くなるにつれ、

恩恵は、目に見えて現れることだろう。

   ***




◆〝はぐれ(がい)〟、ヨア


「今日の報酬だ」


 目の前の台に、硬貨が詰められた重い皮袋が置かれる。

 枚数を確かめることなく、皮袋を引っ掴むと手早く背嚢に押し込んだ。


「ヨア、ちょっと待て」


 さっさと帰ろうとする俺を呼び止める声。

 振り返ると〝はぐれ街〟の魔物狩りを仕切る男――ガルマクがニヤニヤとこちらを見ていた。周りには数人の取り巻きがたむろしている。

 ……どうせまたいつもの話だろう。溜息を堪えてガルマクに向き直る。


「今日は手柄だったな。誰も彼も殺しはやりたがらねえが、人外だけは取り合いになる……他の連中が随分羨んでたぞ?」

「そうか。でも、早い者勝ちだろう」

「この辺りに人外は滅多に出ねえ。だから、トロスみてえに進値上限を超えて人外になってくれるアホもいなきゃ世界は回らねえとつくづく思うぜ」


 そう言ってガルマクは豪快に笑った。取り巻きたちも追従する。

 正直、聞いていて気分の良い話じゃない。トロスだって自分から人外になるつもりはなかった。あれは精一杯生き足掻いた結果だ。

 ……そうガルマクに言っても余計な反感を買うだけだろう。

 無反応を貫くことが、この場でできるせめてもの意思表示だった。


 ――とはいえ、狩れる人外が滅多に出没しないのは大きな問題だ。


 ここ以外の場所のことは知らないけれど、少なくとも〝はぐれ街〟の周辺に人外はほとんどいない。

 ここから遠く足を伸ばせば、人外に遭遇するのもそう珍しくはない。そんな話は前から流れていた。

 だが、それはトロスが成ったような肉の塊とは違う、明確に姿形を得た強力な人外だという。即ち、狩りはいつも以上に命懸けとなる。

 それも、確かめに行く恐れ知らずはいないから本当のところは分からない。


 ガルマクは、つまり……仲間同士で喰い合うことが〝はぐれ街〟で魔物狩りとして生き延びる唯一の方法だと言いたいのだ。

 進値の上限を延ばすためには、進値の限界を迎えて人外化した魔物狩りを狩るしかないと。

 人外の黒い肉の中にしか、進化石(・・・)は存在しないのだから。


 だけど、人外を倒し苦労して手に入れた進化石を、自分の一存で勝手に使うことは許されない。

 個人の独占を防ぎ必要なところへ適切に分配する――そういう名目でガルマクに上納することが〝はぐれ街〟の決まりだ。ここで魔物狩りを続けるための、絶対にして強固な掟。


 しかし、実際のところ、適切な分配(・・・・・)とやらが正しく行われているのか知れたものではない。

 ガルマクの評判が決して良くないことを考えれば、お察しというところだろう。


 だが……俺は他の魔物狩りと違い、自分の手に入れた進化石の行方に興味はなかった。

 ガルマクには俺の態度が物珍しく見えるのか、事あるごとに絡んでくるのだ。


「それで、あんたが俺を呼び止めてまで言いたかったことは、トロスの間が抜けていることか? だったらもう行っていいよな」

「そうじゃねえよ、分かってんだろ。ヨア、お前、ウチに来いよ。他の使えねえ穀潰しどもは願い下げだが、お前なら歓迎してやる。文句も言わず黙って狩りをこなすお前を俺は買ってるんだ」

「……俺を奴隷か何かと勘違いしているなら、考えを改めた方がいい。金だとか縄張りだとか、そういうのはそういう事が好きな奴で勝手にやってくれ。俺は興味がない」

「ああ、そうだったな。確かに、お前はあの薄汚い獣人族(ビスト)にしか――」


 ――地面を蹴って、一息でガルマクに目の前に踏み込む。


 喉元に伸ばした手は、ガルマクの両腕に掴まれ防がれていた。

 取り巻きたちには俺の動きが見えなかったらしい。腰を抜かすか、慌ててようやく抜剣するところだった。


「ライカは汚くない……! もしライカに手を出せば――」

「そうムキになるなよ。進値が高いお前を敵に回すほど焼きが回っちゃいねえさ」

「俺は、今が続けばそれだけでいいんだ。余計な干渉をするな」


 ガルマクにつかまれた腕を振り解くと、俺は踵を返し、今度こそこの場を離れた。


「今は諦めといてやるよ。――でもなァ、ヨア。いつまでも同じ、なんて幸福はどこにも存在しねえんだぜ」


 姿が見えなくなるほど遠くに離れても、去り際のガルマクの言葉は、耳にずっとこびり付いていた。




   ***




 ガルマクの拠点からしばらく歩き、中央通りに出る。

 中央通りなんて大層な名前が付けられているけれど、実際は最も露店が並んでいるというだけだ。

 勝手に店を出したり家を作ったり、皆好き勝手やっているから、道は蛇行して幅も狭かったり広かったりと統一感がない。


〝はぐれ街〟は、どこもかしこもそんな風景が広がっている。

 都市や村に居られなくなった人が流れ着いてできた街だから、犯罪者や後ろ暗い事情がある人が多い。


 それ以外の理由でたどり着いた住民は皆、力の無い弱者だ。

 追われる理由は、単に悪事を働いたというだけではない――建物の間や雨風を凌げそうな隙間を覗けば、ボロを着た親のいない子供や、まともに働けない後遺症を負った怪我人、手の尽くしようがない病人などが横たわっている。


 この街はどこにも居場所が無い人が集まるどん詰まり……ライカはそう言った。

 歩いているうちに、見覚えのある建物が見えてくる。近づけば近づくほど俺の心は浮き立つ。

 何かの残骸である石積みの壁を利用し、足りない分の柱は木を立てて、魔物の皮を何枚も被せただけの家。これでも周りに比べればまだマシな住処なのだ。


「ただいま、ライカ」

「あっ、おかえりだな!」


 丸い獣の耳がピクリと震え、鍋を掻き混ぜる手を止めてくるりと振り返ったのは、顔の左半分に火傷の痕が刻まれた、小さな女の子。


「見てよライカ、今回はこんなに貰ったんだ」


 硬貨の入った皮袋を鳴らすと、ライカはそれに目もくれず抱き着いてきた。

 ライカはあまり背が高くないから、俺の胸の高さに彼女の頭の天辺があった。


「ライカ……?」

「お金よりも、ヨアが無事だったことが嬉しいだな……」

「……うん」


 何と言えばいいか答えに悩む。

 魔物狩りを続ける以上、今後に差し障るような大きな怪我をしなかったのは良かった。

 でも、多少の無茶をしてでもお金がたくさんあった方がいいんじゃないかなと思う。

 しかし、ライカは「そういうことじゃないだな」と怒った。


 ライカが温めていた鍋を覗くと、いつもはなかなか食べられない肉がたくさん入っている。屑肉ではなく、腐ってもいない、新鮮で大きな肉がだ。


「どうしたんだ、これ?」

「今日は久しぶりに奮発しただな。噂になってるだな、ヨアが人外を倒して手柄を上げたって。それのお祝いだな!」

「でも、そんな蓄えはなかったと思うけど」

「…………」


 嫌な予感がした。


「ライカ、まさか」

「……ちょっとだけ、だな。たまたま、たまたま募集があったから……」

「ライカ! 〝とどめ刺し〟はもうやらなくていいって言ったじゃないか!」


 肩を掴んで問い詰めると、ライカは気まずそうに目を逸らした。


「でも、私にできるのはそれくらいだな……」

「そんなことない! お金は俺が稼ぐから、ライカは進値が上がるようなことしないでくれって……!」

「…………」


 ライカは俯いたまま、「分かった」とも「嫌だ」とも言わなかった。

 鍋が噴きこぼれそうな音に邪魔されて、この話は終わりになった。


〝とどめ刺し〟……〝はぐれ街〟では弱者がやる仕事だ。魔物狩りが生け捕りにした魔物に最後の一撃を与えて命を奪う。


 だから誰もやりたがらない。魔物を殺すことで進値が上がるから。

 こんな痩せた荒地にはまともな植物は生えない。だから植物を餌にする動物も、その動物を食べる動物もいない。

 存在するのは、荒地でも生き抜く生命力を持った狂暴な魔物だけ。その魔物を狩って食べるしか、俺たちが生きる方法はない。危険だと分かった上で、でもそうするしかなかった。


 当然だけど、食べるためには殺さないといけない。魔物を殺して食べればその日を生きることはできても、ずっと続けていれば上昇した進値が限界を迎え――いつか人は必ず人外になる。


 自分の手で殺したくないなら、他の人にやらせればいい――そういう発想が出てしまうのは必然の流れだった。


 一番やりたくないことを、最も弱い者たちに押し付ける。


 無理矢理やらせているわけじゃないとしても、金銭を稼ぐ手段が無い人にとっては〝とどめ刺し〟のような仕事しか選びようがない。選択肢なんて初めから与えられていないのだ。

 ライカはずっと〝とどめ刺し〟の仕事をして生きてきた。

 古傷のある小柄な体は、進値が上がって強化された肉体だとしても〝とどめ刺し〟以外の重労働に耐えられないからだ。


「そういえば、もうすぐ一年ぐらいだな」

「え?」

「ヨアを拾ってからもう一年経つんだな」

「……そう、だな」


 そう言われても、一年という長さを今まで意識したことはない。

 ライカとは、もっとずっと前から会っていたような気もするし、昔から家族だったかと思うぐらい今の生活に俺は馴染んでいた。


「〝はぐれ街〟で行き倒れは珍しくないだども、いざ家の前で行き倒れてたのはさすがにビックリしただな! 心臓が止まるかと思っただな」

「そんな見ず知らずの奴にご飯を食べさせてくれたライカは、すごくお人好しだ」

「フフ、本当だな。あのときはなんだか、そうしなきゃって思っただな」


 ――昔のことは自分の名前以外、よく覚えていない。

 気づいたらどこかをさまよっていて、気づいたらライカの家の前に倒れていた……らしい。

 きっと、何かが俺をライカのところに導いてくれたんだ。心の底からそう思う。

 だから、今の生活を大切にしたい。

 崖の縁ギリギリを歩くような危険と隣り合わせだったとしても、ライカと一緒なら大丈夫だと信じることができるから。


「ヨア、背中を拭いてあげるから服を脱ぐだな」


 夜。ご飯を食べた後の、いつもの日課。

 手早く上半身の服を脱ぐと、ライカが濡らした布で一日の汚れを拭いてくれる。

 今となってはこうしてもらわないと一日が終わった感覚がしない。

 いつも拭いてもらってばかりで悪いから、以前「俺も拭いてあげるよ」と言ったら、顔を真っ赤にしたライカにひっぱたかれた。その日はずっと口を利いてくれなかった。なぜだろう?


 ゴシゴシと体を擦ってくれるライカ。

 彼女は時折手を止めて、俺の胸の辺りを指でなぞってくる。

 纏う雰囲気が少し、悲しみを帯びたことを感じる。

 ……また俺の進値が上がったことを気に病んでいるのか。

 ライカが気にすることじゃないのに。




 人は、生まれながらに体に紋様が刻まれている。

 また、生きるにつれ、その紋様は増えていく。

 胸、腹、左腕、右腕――それぞれに意味のあるものが。


 俯いて視線を落とせば、文字にも図形にも見える、くっきりと黒い痣が自分の体に刻まれている。

 誰かに教えてもらったわけでもないのに、その痣が何を表しているのか、まるで誰かが頭の中で囁いているかのごとく理解できてしまうのだ。




 胸に刻まれているのは、進値(レベル)――俺の胸には11を意味する痣が広がっている。


 魔物や人外……そして人間を殺しても進値は上がる。

 誰もが進値が上がることを恐怖している。

 なぜなら、進値には上昇できる限界があり、人によってその上限はバラバラだ。

 ただ一つ共通するのは、それを超えて進値が上がったとき――人は人間の姿を失い、人外という化物に成り果ててしまうからだ。


 人外に成ることを防ぐ方法はたった一つ。

 人外を打ち倒し、その肉体から一つのみ摘出される進化石を手に入れ、自身に取り込むことだ。

 そうすることで進値の限界は取り込む以前より上昇し、人外と成り果てるまでの猶予を再び取り戻すことができる。

 人外に成らないために、人外を殺さねばならない――それこそが俺たちの抱える酷い矛盾の正体だ。




 そして、腹部に大きく広がる痣は、蝕業(しょくごう)と呼ばれている。


 蝕業には種類があり、その痣の形に見立てて呼び名が付けられている。

 俺の持つ痣は、それが剣の形に似ていることから剣の蝕業と呼ばれていた。

 この蝕業を持つ人は、剣や槍といった武器の扱いに習熟しやすくなり、極まれば、人間を超越した神のごとき技すら会得するという話だ。




 両腕には、それぞれ魔法と意能(スキル)が刻まれる。


 左腕には魔法が。

 右腕には意能が。


 その痣の形を見るだけで、誰に教わったわけでもないのに魔法、意能の名称が浮かび上がってくるのだ。

 何を習得するかは分からない。ただ、蝕業の種類によってある程度の傾向は決まっているらしい。


 魔法と意能はとても大きな力だけれど、この二つは進値を上げることでしか習得する手段はない。

 魔物を簡単に狩れる強力な力が欲しいという渇望と、人外に成ってしまうまでの猶予が短くなるという恐怖。魔物狩りはいつも気持ちの板挟みに囚われていると言える。


 今、魔法は一つも覚えていないから俺の左腕には何も痣はない。

 右腕には【身体強化】という名前通り肉体の力と耐久力を向上させてくれる意能、それと【捧命】というよく分からない意能があるだけだった。




「また進値が上がってるだな。この前は10だったのに……」

「おっ、そうなのか?」

「喜ぶなっ、だな! 進値が上がって強くなっても、その分だけ人外に近づくってことだな。もっと自分を大事にしてだな――」


 そうして汚れ拭きと同じく恒例の説教が始まった。

 ライカは進値が上がることをとても気にする。

 それは当たり前のことではあるけれど、魔物狩りをしている以上は仕方ないと割り切らなければならない。それに、人外になりそうな感覚(・・)は、まだないのだから。

 ……でも俺はライカを悲しませたくないから「うん、分かった」と明るく言う。


「――いつかさ」


 一つの寝台の中で寄り添い合って、夜の冷たさを二人でごまかしあう。


 俺とライカ、二人だけの空間。

〝はぐれ街〟の中でこの場所だけが、俺たちにとっての特別だった。

 体の温もりを感じ合いながら、俺はいつも未来の話をする。いつかこうしよう、そうしたら次はあれをするんだと。

 そう語る度にライカは楽しそうにうんうんと頷いてくれた。


「いつか〝はぐれ街〟を出て、旅をしよう」


 ずっとずっと歩き続ければ、魔物がいない安全な場所が絶対にある。

 そこでライカと二人で暮らすのだ。


「ご飯を食べて寝て、その次は……ご飯を食べ、て……寝て……ご、飯……を……」

「食べて寝てばっかりだな。……おやすみ、ヨア」


 ライカが優しく頭を抱きしめてくれる感触を最後に、俺は眠りの世界に旅立つ。




 それからも、大変だけど幸せな日々が過ぎていった。


 いつまでも、こんな毎日が続くと思っていた。


 傍から見たら厳しい生活でも、俺たちは間違いなく満ち足りていた。


 いつまでも、いつまでも、いつまでも……




〝――いつまでも同じ、なんて幸福はどこにも存在しねえんだぜ〟




 ――獣の王子よ。




 荒野から俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

◇〝はぐれ街〟【はぐれ-がい】

地名/都市


無辺の荒野の中に佇む、はぐれ者たちの漂着地。

かつての都市の遺構をそのまま利用しているため、

立ち並ぶ住居は簡素であり、みすぼらしい。


罪、怪我、病、差別。

あらゆる理由により、はぐれ者たちは迫害され、

故郷を追われ、漂流する。

そうして最後に行き着いた場所は、

いつしか〝はぐれ街〟と呼ばれるようになった。


〝はぐれ街〟は、迫害されし全てを受け入れる。

弱き者にとっての、まことの安息の地である。

しかしそれは、はぐれ者たち同士の

新たな迫害の芽吹きも意味していた。

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