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第十九話 成長の実感

◇〝外域〟浅層【〝ふぃーるど〟せんそう】

地名/外域


村や都市などの人類可住圏以外の土地のうち、人類側と接している領域。

〝外域〟全体のうち二割を浅層が占めると目されている。


魔物の中でも比較的弱い種が多く生息しており、

魔物同士の、生息地を巡る争いに敗北し、追いやられたものと考えられている。


浅層を超えたその奥には中層が存在し、本物の魔境が広がっている。

   ***




◆   ――〝外域〟浅層、メリジュナ・レイン



「今日は皆気づいての通り、戦闘訓練を行います」

「よっ、待ってました!」


 セルバンスが調子良く拍手をする。

 他の仲間も彼を白い目で見ながら、けれど期待で目は輝いています。


「まずは戦いの基礎を覚えてもらわないといけませんね」

「つっても、俺たち毎日模擬戦闘してるしなあ……」

「模擬戦闘と実戦はまったく異なります。甘く見ていると死にますよ。貴方たちはまだ進値1なんですから」

「でも、メリジュナ教官が守ってくれるんでしょ?」


 と、屈託なく笑うカンネラに、「……命懸けの気持ちで臨まねば訓練の意味がありません」と私が苦言を呈する。


 今日は探索者を目指す彼らが初めて本格的に〝外域〟へ出る日だった。

 本当はレアルムの周辺の自然地形を走り込む訓練を実施して、〝外域〟を踏破するための足腰を鍛える訓練から始めたかった。

 しかし、それを伝えたところ、


「えーもっと派手で面白い訓練がしたいぜ!」「走り込みなんて地味過ぎる!」「正直、もっと先に進んだ訓練を受けてみたい」


 ……そう強固な反対を受け、結局私は折れてしまった。

 本当は断固とした態度を取るべきですが……私も甘いですね。それとも初めて教え子を受け持って緊張しているのでしょうか。


「日頃の訓練の成果を見せてやるぜ!」「今日という日が俺の栄光の第一歩目になるわけか……」「ああ、私ったらどんなスゴい魔法を覚えちゃうのかドキドキするわぁ」


 私とは対照的に、既に壮大な皮算用をしている彼ら。まったく、いい気なものです。

 戦闘を前に気炎を吐く教え子たちの中で一人、俯き加減で暗い表情を浮かべた彼女。


「ルリィ、何か心配事があるのですか?」

「…………」

「不安に思うのは悪い事ではありません。遠慮なく言いなさい」


 私が促すと、ルリィは周りに申し訳なさそうに口を開いた。


「……私たち、今日、魔物を殺す……んですよね……」

「……怖いのですか?」

「それも……ありますけど、私のために、何か悪い事をしたわけでもない魔物を殺すのが、本当にいいのかなって考えちゃって……」


 喋りながらルリィはどんどん俯いて声も小さくなっていく。

 その肩がびくりと跳ねた。ラペルが大きく溜息を吐いたからだ。


「ルリィ、何度その話を蒸し返せば気が済むんだ? 俺たち探索者になろうって一緒に誓ったじゃないか。その約束を破るのか?」

「違っ……そんなつもりはなくって……」

「……ルリィ、君は優し過ぎる」普段口数の少ないタンタも言う。「君の言う悪い事をしていない魔物だって、生きるためには悪い事をしていない魔物を殺して食う。人間だけが残虐だと罪を負う(いわ)れはない」


 カンネラも、セルバンスも、ビーロックも、

 口々に同じような説得を行って、最終的にはルリィも首を縦に振って、〝外域〟を進むことに合意した。


「……さあ皆、今から気を引き締めて。ここからは本当に冗談抜きですよ」


 微妙な空気を払拭するように、私は力強い声音で注意を投げかけた。

 彼らが頷くのを確認してから、私は魔物の生息域へと足を踏み入れていった。


 ――その日、彼らは初めて魔物と戦い、自らとどめを刺すことで進値上昇を体験した。

 おそらく進値上昇の感覚は、人間が知りうるどの快楽とも異なる、まるで魂に直接注がれた甘露のようなものだろう。特に初めての場合は、常識が塗り替わるほどの衝撃に違いない。それに溺れないよう釘を刺すのも私の役目だ。

 想像を超える歓喜に爛々と輝くラペルたちの瞳を注意深く見ながら、私はただ、彼らが間違うことのないよう正しく導くことだけを考えていたのだった。




 ――あるいは、あの時。


 ――ルリィの迷いを放置せず、寄り添っていたならば。


 別の未来もありえたのかもしれない……そう思わずにはいられなかった。




 ルリィは震える手で魔物を殺し、進値を3つ上昇させた。




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・食堂、ヨア



「…………………………」

「――うおッ⁉ ……ってヨアかよ! こんな時間に何やってんだ。ビビらせまくなよ」

「…………………………」

「……お前大丈夫か? まるで死ぬほど走らされたみたいにゲッソリしまくってるが。……いや、まるでじゃねえか。メリジュナの訓練でずーっと〝外域〟走りまくってんだったな。同情するぜ。俺? 俺はさっきまで飲んでたんだけどな、ハッハッハ。え? なんで食堂に来たかって? そりゃお前、飲んだ後って小腹が――」

「……聞いてないって」


 朝、メリジュナ教官の踏破訓練で精魂尽き果てるまで〝外域〟を走り込む。

 夜、帰ってきてからは座学の勉強を寝落ちするまで続ける。

 ここ最近はずっとこんな生活を続けていた。


 メリジュナ教官の背中は、遠い。

 見失わないよう泥臭く食いつくのが精一杯で、追いつける気配は微塵も感じない。

 声も出ないほど体力を振り絞り、訓練が終わると「では、また明日」と同じ事を続ける。探索団の拠点に帰ると急いで担当の雑務をこなし、共同の食堂で教科書を片手に夕食を食べる。食べ終えてもそのまま勉強を続ける。襲いかかる眠気は魔物よりも強敵だ。戦いに敗れて卓に突っ伏し……朝を迎えて同じ一日を繰り返す。


 そんなに忙しい毎日を過ごしていても、前に進んでいる感覚は正直、ない。

 特殊任務小隊の連携が手探り状態だったときよりドツボに嵌っているような思いが湧いていた。


「……なあ、ギルはどうやって探索者になったんだ? やっぱり訓練とかあったのか?」


 ふと、俺は気になって訊いてみる。


「んあ? そうだなあ……俺は地元が田舎で過疎ってたからなあ。近隣にはギルドの支所――支部より()っせえ施設すらなかったもんよ。だから槍一本担いでレアルムに来た。探索者の基礎は、当時の先輩に引っ付いてって無理矢理覚えたもんだ」


 ギルは昔を懐かしむように頷いた後、「だからお前が羨ましいぜ」と言った。


「羨ましいって……どこがだよ」


 俺は理解できず頭を振った。

 ギルドで教わった。探索者とは魔物と戦いながら〝外域〟に潜む未知を明らかにするのが本業だと。

 それなのに毎日ただ走らされて、おまけに何の助言もない。一日ごとに自分が弱くなっている気すらする。


 しかし、そんな俺の憤懣に対してギルは、


「俺も探索者になる前に、お前みたいにみっちり基本から教えてほしかったぜ」


 少しだけ遠い目をしながら呟いた。


「訓練と比べりゃあ、実戦で得られる経験はそりゃ多いけれどよ、経験を活かせるほどの基礎が出来上がってないと悲惨だぞ? 俺は先輩の言うがままにやって、酷いケガを山ほどしまくった」

「…………」

「ま、所詮は今頃になって実感するようなことよ。俺が今のお前の年でお前と同じ状況なら、同じように鬱憤が溜まってたんじゃねえか? ……しっかし、メリジュナの野郎も可愛げがねえな。なにが足腰が大事だよ。足じゃなくて胸だろ! 俺たち男は巨乳が、」


 ゴンッ!


 と鈍い音が響き、頭に鍋を振り下ろされたギルが悶絶する。


「――女は心よ、バカ男」


 いつのまにか、先輩団員のネルリハさんが後ろに立っていた。

 この人は百人を超える『終の黄昏』、その食を支える三人の厨房係の一人だ。


「ヨア、残り物を温めただけだけど食べなさい。最近の夕食、あんまり喉を通ってないでしょ君」


 暖かい汁物が注がれた碗を渡される。


「肩の力が入り過ぎよ。もうちょっと気楽にやってみなさい」

「あ……ありがとう」


 ゆっくり啜れば……肉と野菜の旨みが口の中に広がり、体が芯から温まる。


「なあ、俺の分は?」

「酔っぱらいは自分でよそってきなさい」

「俺にも優しくしてくれよ……」


 トボトボ厨房へ歩いていくギルを見送りながら、俺は黙々と料理を口に運んだ。

 その間、ネルリハさんは卓の向かい側に座って、昔の話を聞かせてくれる。


「私も厨房係を任された頃は、やってやるぞ! って感じで自分で考えた献立を作ったんだけど、悉く不評でね。やっきになってどんどん新しいのを作るんだけど、やっぱり美味しいとは言われなくてへこんだものよ」

「……そういう時はどうしてたんですか?」


 簡単な話、とネルリハさんは笑って、


「ひたすら当時の先輩の真似をしたの」

「真似?」

「そう。調理法は勿論、使う道具から料理前に行う験担ぎまで。自分の考えとかは一切封印してね。正直楽しくはなかったけど、しばらくしたら味は格段に良くなってたの。不思議よねえ……」

「その先輩が丁寧に教えてくれたんですか?」

「いいえ、まったく」ハアとネルリハさんは息を吐く。「忙しい、って相手にしてくれなかったから、ずーっと傍に張り付いてやったわ。怒られても止めずに。先輩の技術を盗むまでね」

「盗むって、そんなのどうやって」

「だから真似よ真似、徹底的に真似するの。考えるのは二の次ね。そうすると先輩の行動の意味が少しずつ理解できてくる、それを自分のものにしたら、盗んだ技を使ってみたくなる、盗んだ技をずっと使ってると自分の色が加わって、最初の頃とはかけ離れた技術に成ったりする。成長するって、案外そういう事の繰り返しだったりするんじゃない?」


 真似をする、技術を盗む……か。

 ネルリハさんが語ってくれたことの意味を完全に理解できた自信はないけれど、今まで真っ暗だった道の先にぼんやりと標が見えたような気がした。


「元気出た?」

「……はい。それと、おかわりください! なんだか急にお腹が空いてきて」

「夜食はあんまり良くないけど……若いうちはそれくらい食欲旺盛なのがちょうどいいかもね。私はもうこの時間はあんまり食べらんないわ」

「ネルリハさんも十分若いと思いますけど……」

「――オイオイ、ギルドでおべっかも教えてもらったのかヨア。ネルリハは今年でたしか――ホガッ⁉」


 厨房から顔を出したギルに吸い込まれるように投擲された鍋が直撃した。

◇厨房係【ちゅうぼう-がかり】

職業/料理人/その他


業としての調理に従事する者の役職の呼称の一つ。

業に関わらず、〝調理の担当者〟という意味合いで用いられることもある。


一般的に、拠点を有する探索団は、探索業に関係のない雑務について、

一般人を雇用するなどして対応しており、料理ものそれに該当する。


しかし、『終の黄昏』は無関係な者を拠点に立ち入らせない方針のため、

必然、料理も団員たちで作っているのである。

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