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第十八話 踏破訓練

◇遺跡群【いせき-ぐん】

地名/外域/遺跡


古代王国の遺跡、その集合したものの総称。


多くは、集落や街の名残であるとされ、

構造などはほぼ朽ち果て、石材などが残存するのみである。


かつての文明の遺構は、今や敬意を払う者も久しく、

人の営みなど与り知らぬ野生動物たちの揺り籠となっている。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、西の大門前、ヨア



「思っていたよりは早かったですね」

「ハァ……ハァ……」


 全力疾走で探索団の拠点に戻った俺は、話しかけてくる団員にも構わず大急ぎで準備を整え、レアルムと外を隔てる西側の大門に駆け付けた。なんとなく、この人より遅れたらとんでもないことになりそう……、と本能が告げていたのだ。


 その警告も、石壁に寄りかかって小さな冊子を読んでいたメリジュナ教官を見つけた時点で無駄になったけれど。

 教官が栞を挟んだ位置は本の三分の一とまではいかないが、最初から読み始めていたと仮定するならばかなり早く到着していたことになる。どれだけ足が速いんだ、この人……。


「急いできたのは良い心がけです。さて、行きましょうか」


 あっさりした態度でスタスタ歩いていこうとするメリジュナ教官。


「あの! ……怒らないんですか?」

「怒るとは何に?」

「俺、教官より遅く着いたんですけど……」

「私の足が速いのは当然です。並みの相手に速さで(おく)れを取るつもりはありません。それに、遅く着いたら罰を科すとも言っていませんしね」


 そ、そうか……。どうやら俺の取り越し苦労だったようだ。


「安心してください。罰を科すときは前もって明言します。そうでないと公平ではないので」


 それは多分これから、達成できなかったら罰がある課題が出されるということなんだろう。

 何も安心できない。


「行きますよ」


 俺とメリジュナ教官はいよいよ〝外域〟へ繰り出していった。


 改めてメリジュナ教官の格好を見る――体の急所や各部を守る装甲は勿論あるけれど、あとは体に密着するような服装で、戦うというより隠密行動に向いた装いだ。強いていうなら脚部の装甲が多い。

 そして気づいたが、武器も見当たらない。魔法で戦うのが得意ということなんだろうか?


「メリジュナ教官、〝外域〟に行くのにそんな軽装で大丈夫ですか? 武器も持たないで……」

「貴方は質問が多いですね」歩く速さはそのままに、けれどメリジュナ教官は俺の質問に答えてくれた。「私の戦い方は、速さと回避に重点を置いています。だから、身軽な方が適しているのです。第一、私のような華奢で繊細な女に無骨な鎧は似合わないでしょう」

「…………」

「冗句です。何か反応しなさい。防具が少ないのは、魔物や人外の攻撃を受けなければいいという私の個人的な主義によるものです」

「は、はあ……」

「武器に関しては常に持ち歩いています(・・・・・・・・・・)。無くす心配もありません。貴方も、武器が無ければ戦えないという思考から脱却しなさい。武器を無くしてから(・・・・・・・・・)どう戦うのかが本領を問われますよ」

「すいません……」


 まだ訓練場所に辿り着いてもいないのに、早くも指導は始まっている……。

 メリジュナ教官は自分の番とばかりに質問を繰り出してきた。


「魔物との戦闘経験はありますか? あるなら、今までどんな魔物と戦ってきましたか?」

「戦ったことはあります。種類は虫みたいなやつとか狼みたいなやつとか、まあとにかくいろいろ」

「その中で苦手な魔物はいますか?」

「苦手……。あんまり考えたことないですけど、鳥とかはそうですね。空を飛んでいて仕留めにくいし、取れる肉の量も多くないしなあ……」

「では蝕業は? どんな意能、魔法を使って戦いますか?」

「蝕業は剣で、意能は基本的には【身体強化】と……えーと、それしかなかったんですけど、最近は【咆哮】とか【獣創】っていうのを覚えました。魔法は一つも持っていないです」

「……はあ……」


 教官は盛大に溜息を吐いた。


「講義中の貴方の様子は噂として耳にしていましたが、本当に何も知らないようですね」


 いいですか、とメリジュナ教官は前置きして、


「他人に蝕業、進値、魔法、意能の情報をみだりに明かしてはいけません」


 足を止めて振り返ってまで、諭すように言う。


「今ぐらいの会話でペラペラと喋っているようでは先が短いですね」

「な、なんでですか? 別にこんな事、誰が知ったって……」

「探索者の相手は魔物だけではない(・・・・・・・・)からですよ」


 ……魔物だけではない?


「探索者は協力して魔物を狩るじゃないですか。だったら、誰が何をできるか知っているのは良い事じゃないですか」

「――ヨア、貴方は今までどんな場所で暮らし、生きてきましたか?」


 それは話の流れから逸脱したような質問だったけれど、メリジュナ教官は「大事なことです」と回答を促した。

 俺は困惑しながらも、記憶にあるこれまでの出来事を掻い摘んで話した。


「なるほど。平和な場所で育ったかと思いましたが、逆でしたか――人間同士で争い合う余裕もない場所(・・・・・・・)で生きてきたようですね」

「……それじゃあ、まるで――」

「人と人が殺し合いになることなど、あるに決まっているでしょう」


 ――物を投げれば下に落ちるでしょう、とでも言うように、


 その言い方は、当然の事実を突きつけてくるものだった。


「探索者だから争いになるというわけではありません。関係の軋轢、成果の奪い合い、嫉妬、復讐、愛憎……人が人である以上、殺しの理由に窮することはありません。貴方だって思い当たる節くらい、あるんじゃないですか?」

「それは」

「魔物の特徴を知っていれば戦いやすいように、貴方の特徴を知っていれば貴方と戦いやすいでしょう? それだけの話です。……人を信頼したい気持ちは分かります。それは尊い願い(・・)です。けれども、世の中がそう上手に回っていないことは、探索者の服装が雄弁に語っています。探索者が上半身の肌の露出を少なくする理由が分かるでしょう?」


 蝕業、進値、魔法、意能。

 人から隠すべきもの。

 強さであり――弱さになりうるもの。

 俺が当たり前だと思ってきた事が、ゆっくりと崩れつつあった。






 俺とメリジュナ教官は〝外域〟浅層にたどり着いた。


 この前、ギルたちと食事をしたなだらかな丘陵のような地形が広がっている。遠くには鬱蒼とした森と、その中から屹立する古びた塔のような建物があった。

〝外域〟を歩くと、ああいう打ち捨てられた建造物にはよく遭遇する。大抵は建物のガワのみ残っているだけで、中はボロボロだ。しかし、雨風を凌ぐ野営場所には最適だ。こうした建造物は遺跡らしく、古代の、名前も伝わっていない王国が存在した名残らしい。


「さて、これから貴方の素質を見極めさせてもらいます。」メリジュナ教官が言う。「私が貴方に課す訓練は――あまり時間をかけられないらしいので、二つ。最も大事な訓練と、最も厳しい訓練です。その結果によって、貴方が探索者に相応しいか判断します」

「二つ……」


〝大事〟と〝厳しい〟か。

 内容はまるで想像つかないが、とにかく気を引き締めねば。


「まず、今から〝外域〟を踏破する訓練をします。課題は簡単です、『私に振り切られず、追いかけ続ける』こと」

「え……魔物と戦ったりしないんですか?」

「そういう訓練まで進むことができるといいですね」


 今まで無表情に近いメリジュナ教官が、薄くだが笑みを浮かべた。

 これは、あれだ、嘲笑されている、というやつなのだろう。

 お前はそれ以前の領域にいるのだ、片腹痛い……と。


「では、行きますよ」

「あっ、ちょ――」


 言い終えるや否や、メリジュナ教官は踵を返して駆け出した。

 俺も慌てて後を追うが――


「早っ……!」


 長い髪を靡かせながら、風を切るようにグングンと進んでいく。

 その後ろ姿を目指して俺は全力で走るけれど、一向に距離が縮まらない。

 丘陵はすぐに終わり、先ほどまで遠目に見ていた森の中に突入。


「……ッ! クッソ!」


 ここから一気に走りの難易度が跳ね上がる。

 丘陵も、整備された街路と比べたら走りやすいとは言えなかったが、まだ走る分に支障はなかった。

 だが、これは次元が違う。

 木の根、窪み、濡れた落ち葉、突き出た枝、大きな石……それら全てが足を絡め取ろうと牙を剥いてくる。

 何度も転び、枝に打たれ、足を挫きそうになり、ごりごりと体力を削られる。


 メリジュナ教官は――速度を落とさず走っていた。

 進路を小刻みに変えながら、見えない何かに導かれるように迷いなく森の中を駆け抜けていく。

 あとはもう意地だった。傷だらけの不格好、満身創痍になりながら、俺は懸命にメリジュナ教官を追い続けた。


 そうやって前に進むことを考えていたせいか、急に眼前が開け――崩壊した街並み、遺跡群の光景が現れた。


 そして俺の足は空を切る。


 森のすぐ先は崖になっていたようで、勢いあまって飛び出した俺は当然、真っ直ぐに下へ落ちていく。


「おああああああああああ⁉」


 し、死ぬ――いや考えろ!


 落下中に横切る崩れた石柱を蹴る。落ちる軌道を逸らし、壁が崩れたような斜面に叩きつけられるが痛みを無視、勢いを殺さず転がり落ちる。落下の力を回転に変えて少しでも減らす。止まるな、動け!

 斜面が終わる。また空中に投げ出される。だが今度は落ちるがままじゃない。

空中に張り出した蔓に手をかけて鉄棒を回るみたいに回転。体を捻る。とにかく落下の力を動作に変換する。


「ッッ――――はっ……はっ……!」


 そうして、どうにかこうにか着地する。無理矢理に動いたせいで節々が悲鳴を上げる。

でも壊れてはいない(・・・・・・・)


「メリジュナ教官は……!」


 ……いた! もう点のように先だけど、まだ見失ってはいない。追いかけろ!






 この遺跡群は――駆け抜けるには最高に最悪な場所だ。

 足下に散らばる瓦礫、崩れやすい足場、似たような景色で狂いそうになる方向感覚は、森に負けず劣らずといったところ。


 結局……最後に俺はメリジュナ教官を見失ってしまった。

 足場の悪い場所を走るコツを掴み始めたと思ったら、どうも構造の弱い場所を踏み抜いてしまい、地上から地下に墜落してしまったのだ。

 這い上がった頃には辛うじて見えていた教官の姿はなく、一度調子を崩したせいかその後も散々だった。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「思っていたよりは早かったですね」


 真っ直ぐ走り続けた先、遺跡群と森の境目で、メリジュナ教官は待っていてくれて、本日二度目の台詞で迎えてくれた。

 俺は返事をする気力も残っておらず、引っ繰り返って荒い息を吐くことしかできなかった。


「今から魔物と戦う訓練をしますか?」


 とんでもない! と俺は力を振り絞って首を横に振った。見事、己の浅はかさを思い知らされた。


「そのままでいいので聞いていなさい」


 メリジュナ教官は腰かけようと手頃な瓦礫を探すも見当たらなかったらしく、


「ハッ――‼」


 近くに生えていた大木へと足を振りかぶり、横薙ぎに蹴り斬った(・・・・・)のだ。


「…………⁉」

「さて、今貴方に課した試験は」ささくれ一つない綺麗な断面をサッと払って座るメリジュナ教官。「実践したとおり『〝外域〟を駆け抜ける』というものです。ただ漫然と歩いているだけでは見えないもの、感じないものがあったでしょう。〝外域〟を歩く行為は探索者にとって、最も地味で、最も必要なことが凝縮されています。何か分かりますか?」

「……………………探、索……?」

「今まで同じ質問をした中で、一番程度の低い答えが返ってきましたね」


 つ、疲れ果てて、頭が回っていないんですって……。


「探索者にとって重要な事は死なない(・・・・)生きて帰る(・・・・・)、これしかありません。危険を避ける、と言い換えてもいいでしょう」

「……? い、言ってる、ゼェ、意味が……」

「探索者の生業は魔物討伐など多々ありますが、一言で表せば〝危険地帯への侵入〟。長生きできる探索者は地形に殺される(・・・・・・・)ことを恐れ、その対策に余念がありません。たとえ千の魔物を薙ぎ払う力があっても、毒沼と知らずに踏み込んで命を落としてしまえば意味がありません。罠のように自然に溶け込む危険な場所の見分け方、その回避法、回避が無理ならどれだけ安全に突破できるか、引き返す判断は何を基準にするのか――貴方が学ぶべきことはまだまだ多いですよ」

「…………」

「その前に、自分が死なないようにすることが先ですけれどね」


 さあ、踏破訓練を続けますよ――と地獄が再び幕を開ける。

◇蝕業の秘匿【しょくごう-の-ひとく】

慣習


腹部に刻まれた蝕業は、みだりに明かしてはならないというならわし。


徒党や探索団の仲間に教える分には眉を顰められはしないが、

中には知られることを嫌い、一人で活動する探索者もいる。


それは、蝕業によって何を習得し、何ができないか、

生まれた時から決まっているがゆえである。


また同時に、進値、魔法、意能も、秘すべきものであるとされる。

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