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第十五話 理想のカタチ

◇蟲の盾【むし-の-たて】

魔法/召喚魔法


その名の通り、虫を召喚し攻撃を防ぐ魔法。

羽を持つ小さな虫の群を操る。


盾と言いながら物理的攻撃への防御力はほとんどないが、

召喚魔法の中でも代償はかなり安く、火炎放射に対する壁、

目くらまし、虫嫌いへの嫌がらせなど、応用方法は幅広い。

 大蛇には尾が無かった――代わりにその先端にはもう一つの頭部があり、獲物を睥睨している。二つある頭部にはそれぞれ、三対の光の翼と光輪が背後に浮かんでいた。

 さらに全身は真っ白で色が無く、それは眼球ですら例外ではない。瞳孔の存在しない白い瞳が俺たちを睥睨している。


 こんな魔物は初めて見るが……これまで戦ってきた魔物とは異なる、相対した時のひりつく感覚。

 人間が存在することを許さない、憎悪の眼差し。


双大蛇(アンフィスバエナ)……ッ‼ しかも、」

漂白個体(・・・・)――‼」


 ウェンブリーが驚愕に目を見開き、カレンが呻くように呟いた。

 漂白個体という言葉の意味は分からないが、俺たちにとって非常にマズいということは声色で感じ取れた。


「クソ! どうするよ⁉」


 熱を帯びたギルの呼びかけに全員が目を見合わせた。

 だが――ギル以外の皆の瞳に〝戦う〟という意思はなく、悟った彼が諦めるように目を伏せ……。


「ギル――!」


 俺は意を決して叫んだ。


「アイツに攻撃して、能力と弱点を探ってくれ!」


「――、――任せろッ!」


 一転、

 歯をのぞかせ獰猛な獣のような笑みを浮かべたギルは、その俊足で双大蛇との距離を詰める。

 そして駆け抜け様に、閃く槍の軌跡。双大蛇の腹に赤い線が走り、白い体色にいっそう鮮やかな赤い血が噴き出た。

 双大蛇が苦悶にのたうち、二つの頭部の注意がギルに釘付けになった。


「アンタ……ッ!」ウェンブリーが俺の胸倉を掴み上げる。「何考えてんのよ! 狂暴な漂白個体に喧嘩売るなんて……まともに連携行動すらとれない私たちには荷が重すぎるに決まってるでしょ⁉」


 カレンに、そしてギニョルとニコラも不安そうに俺を見ている。


「普通の魔物なら、危険を感じれば逃げ隠れを考える。だが、漂白個体は違う。命の危機に陥ろうが、絶対に逃げずに敵を攻撃し続ける。手を出さず逃げに徹すればまだ何とかなったかもしれないが……もう、私たちが死ぬか、アイツが死ぬしかなくなった」

「白い魔物、は、づよい。普通のど、ぜんぜん、ぢがう」

「ど、どうするのじゃ……?」


 皆が口々に反論するように、それだけあの漂白個体というのは強いのだろう。あのニコラですらいつもの笑顔が曇るほどに。

 ――だけど、


「――俺たちだって、弱いわけじゃない!」


 声がピタリと止まる。

 何を……、という困惑の裏に、もう一つの感情が輝いているのが分かる。


「俺たちは強いんだ! あのデカい蛇を打ち倒せるくらいに!」


〝お前は強い〟


 無意識の奥底に仕舞っていた、誰かに言ってほしかった言葉。

 俺たちに欠けていたのは強さじゃない。

 強さを発揮するための適切な形に嵌まっていなかっただけなんだ。




「俺たちなら勝てる――‼」




 俊足の槍使いと戦う双頭の蛇を指差す。


「俺、ニコラ、カレンで前衛! ギル、ウェンブリーは中衛で遊撃! 後衛はギニョル! いくぞ!」


 皆の返事を待たずに駆け出す。

 双大蛇の片方の頭部が俺を向く。白い目が新たな敵を捉える。開かれる顎が丸呑みにせんと迫り来た。

 しかし、飛来した大矢が双大蛇の機先を制する。矢を避けたところに、地面から生えた氷の柱が双大蛇の顎をかち上げる。


「ワハハ! 絶好の機なのじゃ!」


 氷の柱を駆け上がって跳んだニコラ。

 彼女の手で軽々と振り上げられた超重量の大槌が振り下ろされる。


 ――ギアアアアア⁉


 大槌は双大蛇の左目を中心に頭部を破砕。片目を潰された頭部は悲鳴を上げた。

 片割れの悲鳴を聞きつけ、もう一つの頭部が地面に落ちていくニコラを喰らわんと大口を上げて跳びかかる。

 ――させるか!


「オオオッ‼」


 進路に割り込んだ俺は牙を掴み突進を受け止める。重量差に押し込まれていき、靴底が地面を滑る。


「行きなさい!」


 そこにウェンブリーが召喚した鳥が頭に纏わりつき、嘴や鉤爪で注意を逸らす。たまらず双大蛇が目を閉じた。


 ――そこへ、弧を描いて鉄槌の如く空から落ちてきた矢が双大蛇の胴体を貫通して地面に縫い留める。


 ヤツは痛みと混乱で身を捩ろうとするも、体を固定されては自由に動けない。


「――浮気してんじゃねえっつ、のッ!」


 敵が目標を変えて自由になったギルは、その隙を見逃さない。

 その長い体の上を恐るべき平衡感覚で駆け抜け、脳天に辿り着くと――槍を深々と突き立てた。

 双大蛇の頭部の一つはビクリと震え……すぐに動かなくなった。


「出来過ぎじゃねえのか……何もさせずに頭一つ潰しちまったぞ」


 ――フシュルルルル……‼


 半身とも言うべき片割れの頭が死に、片目となったもう一つの頭は――戦意を失っていない。逃走する気配など欠片も感じられなかった。

 これがカレンの言う漂白個体――自身の傷など省みず死ぬまで敵を襲い続ける魔物の恐ろしさ。


 ここで、双大蛇が思いがけない行動に出る。

 頭上の光輪が回転したかと思うと、いきなり口から光線を吐き出したのだ。

 蛇の姿からは想像もできない未知の攻撃に、誰も反応が出来ない。

 その光線の先には――ギニョルが。


「う、あ」

「ギニョル!」


 ――突如、ギニョルの前方に黒い霧が渦巻く。


 霧に見えたのは小さな羽虫の群で、身を呈し、次々と燃え尽きながら光線を受け止めている。


「後ろは気にしなくていいわ!」とウェンブリーが叫ぶ。その前に掲げた掌からは絶えることなく羽虫が放たれ続けている。あの虫は召喚魔法で呼び出したのか!


「さすがだウェンブリー!」


 ギニョルの無事を確認して、俺はただ前へ突き進むことだけを考える。

 死んだ頭の方を尾に見立てて薙ぎ払ってくる一撃を掻い潜り、その白い体を剣の間合いに捉え――


「ヨア!」


 カレンの声と同時に、剣を持つ腕に痛みが走る。

 咄嗟に制止した目の前を小さな光の刃が無数に通り抜けた。

 双大蛇と距離を取ってから腕を見ると、その光の刃が数本突き立っている。痛みを堪えて引き抜いたそれは、地面に落ちることなく双大蛇の下へ還っていく。


「これは……」


 双大蛇が背負う三対の光の翼――それが先端から小さく分解していき、小さな刃の嵐となって回転しながら奴の体を取り巻いていた。

 双大蛇の突進に合わせて、刃の嵐を纏った体が通過した地面は大きく抉られていく。まさに攻防一体の状態。

これでは迂闊に近寄れない。ならば……


「カレン!」

「任せろ」


 ここは遠距離攻撃の魔法の出番だ。

 カレンが向けた杖の切っ先から冷気が放射され双大蛇を包み込む。

 双大蛇の巨体を凍り付かせるまではいかないが、俺はカレンの狙いに気づいた。

 冷気によって小さな刃の表面には氷が纏わりついていき――次第に肥大化していく。

 その重さによって、ポトリと刃が墜ちて無力化されていく。

 これで奴の防御を剥した。ここで終わらせる……!

 まだ飛び回る氷の礫が体を打ち据えるが、痛みに構わず進む。


「無茶をするのじゃ――そら!」


 ニコラが回復魔法を飛ばしてくれるお陰で、ほとんど負傷なく礫の嵐を抜けられる。

 もはや、遮るものは何も無い。


「オオオオオオッ‼」


 ――シャアアアアア‼


 俺と双大蛇は真っ向から対峙する。

 迫り来る顎。その突進に合わせ、俺は剣を振り下ろす。

 俺の剣は――双大蛇に届かなかった。

 頭上にあったはずの光輪が移動し、俺の剣を受け止めていたのだ。

 ――ソレ、動かせたのかよ……!

 人一人、磨り潰せるほどの巨躯が迫る――




「――死にたくねえなら避けまくれ!」




 反射的に、その瞬間にできる精一杯、体を傾ける。

 俺の防具の脇腹を掠めるように、投擲された槍が光輪に衝突し、つんざくような音を立てて輪の盾が砕ける。


 そして、間髪入れず放たれていた矢が双大蛇の口に飛び込み――全身を一直線に貫いた。


 交錯する瞬間、俺の目と、双大蛇の目が重なり合い……今際の際にあってなお消えない憎悪をそこに見た。

 轟音を立てて勢いのまま地面を滑る双大蛇の漂白個体。

 回避に投げ出した身を起き上がらせた俺が見たのは、大量の血を吐き出し、息絶える直前の巨体だった。

 最後の命まで振り絞るように威嚇の声を上げる白い魔物の眼球を、俺は剣で貫き、完全に息の根を止めたのだった。






 ――帰り道の足取りが軽いのは初めてだ。


「ほら、言ったじゃないか。俺たちは強いって」


 ギル、ギニョル、ウェンブリー、カレン、ニコラ。

 皆疲れた様子だけど、表情は明るく晴れ晴れとしている。


「ど、どうや、っで、思い、づいだ、ん、だ?」


 ギニョルが問いかけてくる――その背中には今日の戦果が乗っていた。

 双大蛇から取り出した何か石のような物と、討伐の証明になるという切り出した二つの頭部。石はまだしも、この大きな頭を担いでレアルムまで帰れるのはギニョルくらいだ。


「料理の時、皆の様子を見ていて閃いたんだ」俺は得意気に言う。「本当は個人ごとの役割を決めた方が効率が良いんだろうけど、いざ戦いになると、皆それを意識し過ぎて上手く噛み合わなくなってた」


 でも、茶会の準備をした時は、誰に何を言われるでもなく、自分が出来る事を率先してこなし、周りを助ける余裕すらあった。


「だから思ったんだ――それぞれ自由に考えて動くのが最適な形だって。それが俺たちにとって一番の連携なんだよ」


 わざわざ型に押し込めなくたって、自分に出来る事、出来ない事を理解し、状況に合わせて動くことができる。

 それが可能なほど皆は強く、能力が高い。


「……要するに戦いの方針としては、各自で良い感じによろしく(・・・・・・・・・)ってか?」

「ほとんど無策じゃないか……」


 呆れた様子のギルとカレン。


「仕方ないだろ――」


 だって、




「――多分五人とも、人の言う事を聞くの、嫌いでしょ?」




「――な~に自分は違いますみたいな顔してんのよ!」

「痛⁉」

「この小隊にいるってことはアンタもそうに決まってるでしょ!」


 ウェンブリーにゲシゲシと脛を蹴られた。


「……はあ」


 カレンはむくれたように眉根を寄せて、


「ハッハッハ! 違えねえや」


 ギルは腹の底から大笑いし、


「ワハハハハ! 私たちは言う事聞かんのじゃー!」


 ニコラは楽しそうに両腕を突き上げ、


「おでも、ぞうなの、がな?」


 ギニョルは不思議そうに首を捻っていた。




 ――夕日が照らす帰り道。

 戦いを終えて〝外域〟を去りゆくこの時間が、俺は無性に好きになった。

 彼方に見えるレアルムの灯りが、俺たちの帰還を祝福してくれているようだった。


「双大蛇の漂白個体、ギルドに持ってけば皆腰抜かしまくるんじゃねえか」

「魔石も大きさと質、申し分ない。六等分しても結構な額になるだろう」

「私は美味い飯をいっぱい食うのじゃ。ヨアはどうするんじゃ?」


 ……と、そんな話が飛び交っている。

 へえ、あの変な石は魔石っていうのか……と思いながら、俺はただ純粋に疑問を口にした。




「なあ、皆がよく言ってるギルド(・・・)って何なんだ?」




「え?」「お?」「は?」「……」「ん?」

「……え?」


 俺は何か変なことを言っただろうか。

◇漂白個体【ひょうはく-こたい】

用語/魔物/特殊


通常あるべき生態から逸脱した魔物の個体。

種の垣根を越え、あらゆる魔物において漂白個体が目撃されている。


体は白く塗り潰され、六枚の光の翼を背負い、輝ける光輪を冠する。

南方都市連合地域に多く出没するという。


それは環境によって生まれるにあらず。

ただ憎悪によって、人類を殺戮せんとす。

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