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第十四話 知り合うための

◇携行食糧【けいこう-しょくりょう】

道具/消耗品/食料系


〝外域〟での持ち運びを考えて作られた食糧。

肉、野菜、穀類などを砕いて練り込み、乾燥させたもの


軽く、嵩張らず、保存が効き、素早く食べられることに主眼が置かれている。

味も悪くない。

   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層、ヨア



 今日も今日とて特殊任務小隊で〝外域〟に来ている。

 十一日目にもなると口数も……ニコラ以外は……ほとんど無くなる。


 ――一番後ろを歩いていた俺は覚悟を決めて「あのさ!」と皆に声をかけた。


「今日は探索しないで、お茶でも飲みながらゆっくりしないか?」


 突き刺さる五つの視線。


「……それは何のために?」「ンなことしてる暇あるなら、俺が一匹でも魔物を多く狩りまくった方がいいぜ」「茶の前にアンタの頭が沸いてんじゃないの?」「お、おでは、よぐ分がん、ね」「おおー! いいぞ、お茶じゃな、ワハハハ!」


 賛成一票、反対二票、不明二票。

 やはりそう容易くはいかない。

 でも――


「――俺は、皆のことをもっとよく知りたいんだ!」


 俺は多少の気恥ずかしさを感じながら、本心を打ち明けた。

 皆のことを知りたいと思う。

 俺自身を知ってほしいと思う。


「俺が知ってるのは〝外域〟で戦う皆の姿だ。そこだけを見てそういうヤツなんだ(・・・・・・・・・)って判断していたんだ……ごめん。でも、誰にだって好きなものや嫌いなものがあるみたいに、皆にだって、今の戦い方を選んだ理由があることに気づいてなかった。それが他人から見れば不合理だって言われるとしても、俺はまず、その理由を知らないといけない……って思ったんだけど……どう、かな?」


 だんだんと自信が無くなって、最後は尻すぼみになってしまった。

 皆は、ポカーン、と魔法をかけられたように固まっている。


「……何か言ってくれよ……」

「あ、ああ……いや、まさか、ああもクサいセリフを真っ向から言われまくるとはな……」


 ギルは所在なさげに槍の石突で地面を叩く。


「ホント、茶じゃなくて演劇を始めたのかと思ったわ」


 ウェンブリーが両手を腰に当てて、はあ、と息を吐く。


「ヨア、その背中の大荷物は、このために?」とカレンが言う。

 そう、野外で腰を据えて食事となると結構色々と必要な物が多かった。

 敷物、鍋、食器、固形燃料、食材、飲み物等々。


「ワハハハ、楽しみじゃのう! 言われてみれば腹が減ったのじゃ!」

「おでも、おぢゃ、しだい」

「よ、よし! 決まりだな!」


 ニコラとギニョルに乗っかる形で宣言したことで、ギル、ウェンブリー、カレンは困惑しながらも武器を置いてくれた。

 こうして俺は強引にお茶会を開くことに成功した。


「よっと」


 俺が背負っていた荷物一式を下ろすのを見てギルが呟く。


「こんだけ揃えるとなると金が要りまくりだろ。お前そんなに手持ちがあったのか?」

「ああ、それは――」




   ***




◆自由都市グアド・レアルム、???、グラトナ・グストーナ



「…………っ……ぁぁ……」


 鈍い頭痛に目が覚める。

 窓から覗く陽の高さで、とっくに朝を過ぎていることが分かった。


 ……昨日は久しぶりに深酒してしまった。普段はあんな醜態を曝さないよう気をつけているつもりだったのに、『終の黄昏』に入団して日の浅いヨアの前だったからか、知り合いには言えないような鬱憤をぶちまけてしまった。

 お陰で精神的にはスッキリしているが、後でしっかりと(・・・・・)口止めをしておかねば。


 改めて部屋の中を見回す。なかなか贅を尽くした装いだ。探索団の隊舎ではないな、造りが違う。

 ヨアの姿はなかった。酔いつぶれた私を宿に寝かせて、自分は帰ったのだろう。


「迷惑をかけたのに文句を言うようで申し訳ないが……もっと安い宿でよかったんだがな」


 明らかに富裕層向けの価格帯。もしかしたら、大隊長を安宿に放り込むことはできないと、ここを選んだのだろうか。見れば寝台が二つもある部屋だ。夜も遅かったならアイツも泊っていけばよかったものを。私は気にしないとはいえ、気を遣わせてしまったな……。

 せっかくなので、私は豪奢な風呂を頂戴し、さっぱりしてから部屋を出た。


 会計の値段を見て驚く。本当に良い宿に泊まっていたようだ。まあ、これでも私とてそれなりの探索者だ、並みの連中よりは遥かに稼いでいる。たった一泊の支払いごときに窮することなどない。


「お客様、予定の退室時刻を過ぎておりますため、延長分のご宿泊の料金をお支払い願いたく」


 む、そんな時間まで寝過ごしてしまっていたか……。

 私は財布を開いた。




『グラトナ大隊長へ


 昨日の助言のお陰で次に何をすればいいか分かった気がしました。ありがとうございます。

 あと、お金貸してください。後で返します。


  ヨア』




「――――――――――」

「あの、お客様?」


 本来あるはずの硬貨の代わりに、そんなクソみたいな手紙が入れられていた。

 素寒貧の財布を前に、私はこの事態をどう乗り切るべきか、二日酔いの頭を全力で回転させる。楽な採取依頼を単独で受けたら、予想外の強力な魔物と出くわした時と同じ緊張感が全身を襲っていた。


 奢ってやると言ったが前言撤回、

 アイツにも昨日の飲み代を請求してやる……!




   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層・丘陵、ヨア



 見晴らしの良い丘を見つけて、敷物を広げる。

 俺が持ってきた道具や食材の数々はグラトナさんの力……というかお金を借りていなければ用意できなかった。

 頼ってくれていいと言ってくれていたが、早速厚意に甘えることになった。頑張ってお金を返さないとな!


「それで、私は何をすればいいんじゃ?」

「えーと、それじゃあまず、敷物を……」

「待て待て待て」


 早速背中の荷物を広げようとする俺にギルは呆れたように頭を振った。


「ヨア、ここは〝外域〟だぜ。本当に無警戒でおっぱじめる気か? 一人ぐらいは見張りに立ちまくってねえとダメだろ。魔物が出た時、咄嗟にどうすんだよ?」

「あ……」

「ま、言い出しっぺだからな、見張りは俺に任せとけ。魔物が出ても気にせず準備しろ。一番に突っ込んで蹴散らしてやるよ」


「ちょっくら見回ってくるぜ」と言い残し、ギルは風のような速さで周囲の警戒に行った。

 確かに、見渡す範囲に魔物はいないとはいえ、無警戒は危険だったな。俺は心中でギルに礼を言いつつ畳んでいた敷物を広げた。


 さて、それでは料理に取り掛かるとしよう。

 献立は、野外で食べやすいよう葉物野菜と魚の切り身を、調味料を塗った麺麭(パン)で挟んだお手軽なものだ。

 工程として、麺麭を切る、野菜を手頃な大きさにちぎる、魚を捌く、調味料を塗る、挟む……料理慣れしていない俺でもなんとかなる、はずだ。

 魚だけは見様見真似で捌くしかないから不安だが……。


「とりあえず時間がかかりそうな魚を先に……」

「下ろしといたわよ」

「え?」


 ウェンブリーの目の前には、調理台の上に綺麗に乗った魚の切り身があった。


「アンタ見るからに捌けなさそうだし、ここまではやっといたから後は自分でやんなさい」

「あ……ありがとう……」


 俺が料理下手なのを見越してか、一番自信のない魚を捌く工程をいつの間にかウェンブリーが片付けてくれていた。なんて手際の良い……。

 なら次は野菜を準備しようと、持ってきた食材を確認する。

 うーん……今気づいたけれど、人間なら腹は満たせる量だけど、巨人族のギニョルには物足りないかもしれない。悪いことをしたな……。


 ――バシュッ


 背後の音に振り返ると、ギニョルがいつの間にか空に向けて弓を構えていた。

 少しして離れた場所へ、矢が生えた鳥が一羽、墜ちていくのが見える。


「ど、鳥も、あ、あれば、豪、華に、なる」


 そう言って、ギニョルはノシノシと獲物の回収に歩いていく。

 弓を手に取る時も、矢を番える動きにも、まったく気づかなかった。

 上を向けば、墜とされた鳥の仲間が空の向こうへと消えていく姿が。あんな豆粒みたいに遠い距離に飛んでいたのを一射で仕留めたのか。

 ギニョルが持ち帰った鳥はなんと、大人一人分ぐらいの大きさがあった。

 お陰でギニョルも中途半端に空腹になることはなさそうだが……


「これを解体するのは、かなり骨が折れそうだな」

「なら、私がやろう」

「え、カレン?」


 上着を脱いで袖をまくったカレンが短刀を手に鳥の首を掴む。


「こういうのには心得がある。羽は綺麗に毟れば飾りとして売れるし、余った肉は燻製にすれば保存がきく。しかも、この鳥の髄液は薬の素材にもなる。死んで体が腐りだすと髄も駄目になるから、私が採取して凍らせておこう。少し時間をくれ」


 一目見ただけで鳥の活用方法を余すことなく述べたカレンだが、そこまでやろうとすれば、かなりの作業量になるのではないか。


「でも、」


 一人では――そう言おうとして、グッと言葉を飲み込む。


「……じゃあ任せたよ、カレン」

「ああ、任された」


 カレンは手早く、しかし丁寧に羽を毟り、血抜きをしていく。氷魔法で創った作業台で肉を冷やしながら捌くため、肉の鮮度も下がりにくい。

 ……そう言えば戦闘でもカレンは、魔法以外に氷の武器を使った近接戦もできるし、小鬼みたいな人型で小さい相手には格闘術で応戦したりもしていた。本当に引き出しが広い。


「ギニョル、アンタはカレンが捌いた肉をここで焼きなさい」

「わ、分がっだ」


 切り出された鳥肉は、ウェンブリーがこれまたいつの間にか拵えていた焚火で焼くようだ。

 そうして準備を進めながら……戦いの時とは打って変わり、今やっている共同作業は、何の支障もなく円滑に進んでいることに、俺は気づいた。

 いざ戦いになると誰も彼も動きが噛み合わないのに、この違いはなぜだろう……。


「……痛っ⁉」


 考え事をしていたせいで調理用の刃物を仕舞う際に手を切ってしまった。


「おお! 私に任せるのじゃ!」


 と思ったら、ニコラが麺麭に具材を挟む作業をしながら回復魔法を飛ばしてすぐに治してくれる。


「私が近くにいてよかったのう! ケガをしたら私を呼ぶのじゃ、ワハハハハ!」


 このくらいのケガで魔法を使ってもらうのは申し訳ないけれど……やはり回復魔法が使える治癒士が近くにいるというのは安心だ。

 ニコラは才能なのか器用なだけなのか、普通なら使用に集中が必要なはずの回復魔法をすぐに使ってみせた。しかも別の作業に意識を割きながらだ。


「おーい、料理はできまくったかよ?」


 その時、ちょうど良い頃合にギルが戻ってきた。


「とりあえず一周してきたが、ヤバそうな魔物はいなかった。これなら(くつろ)いでも大丈夫だろうよ」


 そう言ってさっぱりした笑顔を浮かべるギルは本当に頼もしかった。




 広い範囲を単独で哨戒できて多対一ができるギル。

 弓矢に関してなら並外れた腕前をほこるギニョル。

 物事を予測して先回りしながら卒なく進めるウェンブリー。

 豊富な知識と技能で大抵のことは難なくこなせるカレン。

 集中力の要る回復魔法を作業と並行して行使できるニコラ。




「――これって……」


 瞬間、何かに気づきそうになって――


「おおー! 良い匂いじゃのぉー! ヨア、早く飯にするんじゃ!」

「あ、ああ、分かったよ」


 嬉しそうに声を上げながらニコラが飛び跳ねる。


「肉、焼げ、だ」

「おっ、美味そうじゃねえか」

「こちらも処理は終わった」

「まあ……〝外域〟じゃ簡素な携行食ばっかだし、たまにはこういうのもいいかもしれないわね」


 皆でかぶりついた料理は、普段の食事と比べて豪華というわけではないけれど、驚くほど美味しかった。塩を振った焼きたての鳥肉を頬張ると、言葉にできない幸福感が満ちてくる。


 焚火で沸かした湯でカレンが茶を淹れてくれた。蒸らし方や、味が均等になる注ぎ方など、茶は奥が深いのだと言う。

「私は付け焼刃程度にしか知らないけれど……」と謙遜していたけど、傍目には十分慣れた手付きで振る舞っているように見えた。

 ほぅ……、と思わず息が漏れる。

〝外域〟でこんなに長閑な時間を過ごせるなんて。


「……こういうのも、なんだ、悪くねえかもな」


 あれほど魔物と戦うことに拘っていたギルも、認めざるをえないといった風に呟いた。すぐに「たまに、だぞ?」と誤魔化すように茶の入った杯を呷ったのが面白かった。

 お茶にすると言った時は最初しかめっ面だったウェンブリーも「そうね。まあ悪くはないんじゃない?」と相槌を打つ。二人とも素直じゃないな……。


「皆は今までこういう事、したことはなかったの?」


 気になった俺は二人に訊ねた。


「その前に他の探索者が反対するわよ」ウェンブリーが吐き捨てる。「古参ほどうるさいのよね、〝外域〟じゃあれをするなこれをするな……って。古臭い迷信でしょってのも混じってるから、いまいち信用できないし。〝外域〟で足を北に向けて寝ると呪われるとか、洞のある大木は精霊の住処だから近寄るなとか、どう考えても迷信だっての。何よ精霊って。見たこともないわ」


 へえ、そんなものが……。面白いな。


「他にもあるのか?」

「|美味を憎んで不味を愛せ《・・・・・・・・・・・》なんてのもあるぜ。意味は知らねえが」

「美味い飯は匂いに釣られて魔物も寄って来るから喰うな――ということじゃ。ギルはそんな事もしらんのか、ワハハハハ!」


 ニコラ以外の全員が手元の美味い料理に視線を落とす。

 嫌な沈黙が満ちた。


「……迷信だよな」

「そ、そうよ。所詮、古臭い連中が偉そうに威張って言ってることよ。……ギル! アンタちゃんと周りの確認してきたんでしょうね!」

「お、おう、俺が見回った範囲では何も――」


 ――シィアアアアアアアアアア‼


 その音は他でもない、天空から降ってきた。

 細長い何かがのたうちながら高速で俺たちに突っ込んでくる。


「さようなら憩いの一時よ、だな」

「……さすがに空は無理って話だぜ」

「カレン、ギル、言ってる場合か!」


 全員がその場を飛び退る。

 飛来したソレは勢いのままこちらに突っ込んできて、地面に激突した。破壊された調理器具の破片が宙を舞う。


 土煙が晴れたそこには、こちらを見下ろすほど高く鎌首をもたげた大蛇がいた。

◇美味を憎んで不味を愛せ【びみ-を-にくんで-ふみ-を-あいせ】

ことわざ/探索者


古くから言い伝えられる探索者の教訓。


美味い飯を作る……すなわち、その時間だけ隙を曝すことに繋がるので、

たとえ不味かろうと、食に拘ってはならないという戒め。

また、強い香りで魔物が寄ってくるのを防ぐ意味合いもあった。


携行食糧の開発が進み味が改善された今では、

主に後者の意味が広く伝わっている。

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