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第十三話 理解したつもり

◇徒党構成論【ととう-こうせい-ろん】

用語/探索者


最も優れた徒党の組み方に関する理論。

何に優れるかによって人数構成は変わるため厳密な正解は存在せず、

日々、探索者たちの熱い議論が交わされている。


一般的に知れ渡っているのは、前衛二人、遊撃手一人、狙撃手一人、

魔法使い一人、治癒士一人の六人構成。

遊撃手は斥候役を兼ねることができればなお良い。

この構成は、突出した強みや弱みが無く、

ゆえに状況対応能力が最も高いとされる。


この構成が組めたからといって安心、油断して死なないよう。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、酒場『酔いどれ鳥の止まり木亭』、ヨア



「調子はどうだ?」


 夜、俺はグラトナ大隊長に誘われて酒場に来ていた。


 あの日以来、俺たちは〝外域〟に毎日のように繰り出し、今日も今日とてボロボロになって帰ってきていた。

 もう食べる気力も湧かず、寝台で泥のように眠りたかったが、奢ってやるからとこうして強引に連れてこられたのだった。


「……良いように見えますか?」

「いや? 訊いておいてなんだが、良くなさそうだから誘ったんだ」


 酒場では他の探索者が飲み物を片手に、今日の成果を語り合っている。何を見つけた、何を倒した、何から逃げてきた。内容だけ聞けば命辛々ものだが、彼らは笑い話を口にする表情だ。


 ――探索から笑顔で帰ってこれるなんて、羨ましい……。


 探索者と言うのは皆こうなんだろうか? それとも満足のいく成果を上げた人だけが酒場に来ているのだろうか?


「おい、目が死んでるぞ」グラトナさんは乾燥させた木の実を肴に、杯の中身をちびりちびりと舐めるように飲んでいる。「まあ何が起きてるかは予想がつくが」


 俺は悪夢のような連日の記憶を思い出す。ブルリと体が震えた。


「今日お前を誘ったのは……ん、これ結構イケるな……お前が団に上手く馴染めるよう、何か不安や心配事があれば聞いてやろうと思ってな。それに、監督役として働いているところも見せんといけん。解決法が出てくるのを期待しないでほしいが、聞くだけは聞いてやる」

「グラトナ大隊長――」

「だから、気になっている事や心配な事を、」




「なんなんですかあの五人は‼」




 周りの注目を集めるのにも構わず、俺は叫んだ。


「滅茶苦茶ですよアレは⁉ 皆好き勝手に動くから、いっつも誰かが危なくなるし、協力しようとしても癖があり過ぎて……なんかもう駄目なんです! なにが〝個性的な能力を持った団員〟ですか! 個性的過ぎてもう無理です! いつか死にますよ俺たち⁉」




 そう。

 あれから十日……俺は特殊任務小隊の仲間と共に連日〝外域〟に繰り出しては、こびりつくような敗北感を味わっていた。

 個性的すぎる仲間に振り回されていた。

 六人いる。探索者が六人いるんだ。六人協力し合えばそれなりの事ができるはずなんだ、普通は(・・・)


 だが――俺たちは協力し合おうとすればするほど、まるで運命に逆らっているかのようにことごとく上手くいかないという、致命的な問題を解決できないでいた。



 ギルは俺たちの小隊の中で一番進値が高く、風のように〝外域〟を駆け回り、変幻自在の槍捌きで鮮やかに魔物を仕留めていく……のだが、機動力があまりにも高すぎて周りを置き去りにしてしまう。

 しかも、手柄を立てるために一番魔物が密集する危険な場所にどんどん飛び込むものだから、こちらも迂闊に追随できない。



 ギニョルの大弓の射撃は地面を穿つほどの威力を秘め、加えて狙い違わず撃ち抜く正確無比な精度で頼もしい……けれど、魔物が近くにいると怯えて本領が発揮できない。

 魔物からも俺たちからも過剰ないくらい離れるから孤立しやすい。そして魔物に囲まれて動けなくなるか、狙いもつけず矢をブッ放すのだ。



 ウェンブリーは一人で数人分の働きをする。召喚術で様々な生物を使役して、宙から索敵させたり、魔物と戦わせたり、囮にしたり、小隊の中では最も卒なく立ち回る。

 ……とはいえど、それは自分のために上手く立ち回っているのであって、誰かが多少の危機に陥っても「自分で何とかしろ」の方針はブレない。稀に助けてくれても「なんでそれくらいどうにかできないのか」と説教される。



 カレンは見ていて安心感がある。攻撃、防御、支援、どんな役割でも淡々と遂行していく。できないのは回復ぐらいだ……としても、どんなに苦境に陥っても絶対に自分から助けを求めない。

 それでも本人の技量が高いから結果的に切り抜けられているけれど、ハラハラさせられることに変わりはない。見かねて手を出すと「構わないでくれ」と睨まれる。訳が分からない。



 ニコラは……もう何と言うか、ニコラだ(・・・・)としかいえない。

 小隊で唯一の治癒士なのに前に出てくる。下がれと言っても戦い続ける。傷を治しながら戦い続ける。笑いながら戦い続ける。以上。




 これが延べ十日間、戦いを通じて知った彼らの戦い方だった。

 一人でも癖が強いのに、それが五人も集まってあまつさえ協力しろというのは無謀と言っていい。

 俺たちは何度も死にそうな目に遭いながらも、戦いの中で皆が上手く連携できる方法を模索したのだが、結局、小隊として活動する以前のところで停滞していた。


ほうはほうは(そうかそうか)はいへんふぁっふぁな(大変だったな)

「ちょっと‼ 真面目に聞いてくださいよ!」

「んっく……ちゃんと聞いてるじゃないか、飯を食いながら」


 グラトナ大隊長は骨付き肉を齧りながら相槌を打つ。


「アイツらは多少個性的だからな」

「仲間を置いて前に進んでいったり、よく見ないで誤射しそうになったり、一人だけ安全になるように動いたり、助けを無視して戦ったり、支援の役割を忘れて出てきたり、いくらなんでも個性的で片づけられないでしょ⁉ 命の危機ですよ!」

「私は、お前らは良い小隊になると思うんだがな」

「どこが⁉」


 あんなの誰とだって組み合わさるか! 目ん玉腐ってるのかこの人!

 という俺の怒りもどこ吹く風のグラトナさんは、酒精で顔をほんのり赤く染めながら、


「お前が感じている問題の解決方法は、なにも頭を捻るほどのことじゃない。至極簡単な事だ」


 そんな事をのたまったのだ。


「これはお前に限った話じゃなくて、団のヤツはほとんどがそうなんだが……」グラトナ大隊長は切れ長の目で俺を見据える。「ヨア、お前は誰かと協力、連携するうえで一番大事な要素はなんだと考える?」

「それは……相手への理解、とか?」


 まず相手の事を知らなければ話にならないだろう。

 果たしてそれは正解だったようで、


「誰に聞いても大抵はお前が言ったような答えを持っている、答えを知っている。なら訊くが、お前はあの五人に対してどれだけ理解しようと努めた」

「そんなのもう、この十日間ずっと――」




「たった十日間、命を預け合って戦いを共にしただけ(・・)だろうが」




 息を呑む。

 目の前の歴戦の探索者からは、生半可な反論を捻じ伏せる迫力が発せられていた。


「お前は理解したつもりになっているがな、それは永い時間の内の、たったの十日間でしかない。それの何百倍もの時間を、お前も、私も、アイツらも、生きている。それまでの人生があったから、今に至っている。全ての過去が今を作っているんだよ。良くも悪くもだがな」


 全ての過去が、今を作る……。


「私の言う事は極論だと思うか? だがな、お前が知るあの五人は、今までずっと戦ってばかりの人生なのか? アイツらには戦いしかないのか? 何に喜び、怒り、哀しみ、楽しむのか……考えたことはあるか?」

「……いえ」

「個性は、必ず戦い方の癖に表れる。アイツらが悪くないとは言わないが、拒絶する前に理解から初めてみろ。……まったく、最近は順番を間違えるヤツが多すぎる」


 すべてを言い終えたのか、グラトナさんは続きを喋ることなく、杯を傾けるだけだった。


 理解、個性、過去。グラトナさんの言葉を反芻する。


 俺は皆のことを何も知らない。

 俺が知らないように、皆も俺のことを知らない。

 俺は……俺を知ってもらうための努力をしていなかった。


 ギルが、ギニョルが、ウェンブリーが、カレンが、ニコラが――戦いではどうしてそんなことをするのか訊いたことは、なかったはずだ。

 ただ、やめろ、ちゃんとしてくれ、と一方的に言葉をぶつけていただけだった。

 皆はそれを無視して自儘に動いていると思っていたけど……俺がしていたのは会話じゃなくて命令だ。理解とは程遠いことだったんだろう。


 ……でも、こうしてグラトナ大隊長と話せたお陰で、次に何をするべきか、少し分かった気がした。


「少しはマシな顔つきになったな」

「ありがとうございます、大隊長」

「フン……さんざん私も偉そうに講釈を垂れたが、今のはただの受け売りだ。私が自力で悟ったことじゃないんだよ」


 グラトナさんは自嘲するように吐き捨てて、杯の底に残った酒を一気に呷る。


「その教えてくれた人は……?」

「さあな。昔たまたま会った探索者だ。名前も聞きそびれたから知らん。そう言えば、背格好とかは少しお前に似ていたかもしれん。だから私もこんな話をしたのかもな……。お前はもっと人に頼ることを身に着けろ。私も、出来る範囲のことなら力を貸してやる」


 グラトナ大隊長は思い出を懐かしむように笑ってから、傍を通りかかった給仕に飲み物のお代わりを頼む。


「あ、俺も酒飲んでみたいです」

「ん、飲んだことないのか。そう言えばお前いくつだ?」

「分かりません」

「はあ?」

「俺、一年前より昔のこと、何も覚えていないんです。でも、今は多分十七歳ぐらいかな。俺の……大切な人がそれぐらいの年齢だろうって」

「ふうん……。何にしろ、お前は今日は酒を飲むな」

「な、なんでですか⁉」

「初めて酒を飲んだせいで、きっとベロベロに酩酊するお前の世話をするのは嫌だからだ。お前はおとなしく牛の乳でも飲んでおけ」


 牛の乳って、そんな……!


「――そんな貴重なもの飲めるんですか! 〝はぐれ街〟じゃ滅多に手に入らないのに……レアルムはスゴいな……!」

「い、いや、からかいのつもりで言ったんだが……まあいいか。おい、こいつに牛の乳を出してやってくれ」


 俺とグラトナ大隊長は料理と飲み物に舌鼓を打ちながら、他愛のない話を続けた。


 俺が団員が着替えているところへ頻繁に出くわしてしまって怒られる話だったり。

 グラトナ大隊長が他の探索団の女性に告白されて一悶着あった話だったり。

 俺がレアルムで初めて見たあれこれに驚いたり興奮した話だったり。

 グラトナ大隊長が都市のいたずらっ子たちに敏感な尻尾を狙われてカンカンになった話。

 グラトナ大隊長がなぜか他の大隊長から頼み事をよく言われるから一番自分が働いているんじゃないかという話。

 グラトナ大隊長が色んな人に相談されることが多いけど、自分が相談できる相手がなかなかいない話。

 グラトナ大隊長が……――






「おかしいやらいか! なんれわらしだけがいっるもめんろうにまきこまれるんら!」

「………………」

「おい! なんろらいっひゃらろうらんら! よら! きいへるのか!」


 グラトナ大隊長はベロベロに酩酊していた。

 話の主題がグラトナ大隊長の愚痴になった段階から予感はしていたが、いつの間にか隣に座って俺の肩を抱きながら延々と日頃の鬱憤を吐き出している。

 当然、酒場でも目立つ。強面の男がちょっかいをかけてきたが、大隊長の裏拳一発で店の外まで吹っ飛んでいき、それを見た客はもう誰も声をかけようとしなかった。

 俺は勿論、この場を逃げ出せるわけもなく閉店時間までずっと、もう何を言っているか分からないグラトナ大隊長の愚痴と思われる話を延々聞かされた。






「……すぅ……すぅ……」


 グラトナさんの財布を借りて支払いを済ませ、大隊長を背負いながら夜のレアルムを歩く。奢ってくれる話だったので問題ないだろう。


 俺の知っている夜は、明かりは早々に消えて、重くのしかかるような暗闇と静寂の世界だった。

 でも、この都市ではこんな遅い時間でも明りが絶えることなく、出歩く人がちらほら見受けられる。人と物が集まる場所という意味をまざまざと思い知らされる。

 昼と夜。俺の知らない世界。同じ場所でも、時間が変わればまったく違う姿を見せる。


「……人も、同じなのかな」


 今夜、グラトナ大隊長が俺に言おうとした事は、こういう事なんじゃないかと漠然と思いを馳せた。

 俺が見ていた小隊の仲間たちが戦う姿を昼と例えるなら、俺は夜の姿を見たことがない。

 俺はグラトナ大隊長の誘いに頷いたことで、大隊長の、初めて会った時の印象からは想像できない一面を知ることができた。

 大隊長は、探索者以外の俺を……戦うこと以外の俺を知ろうとしてくれたんだ。


〝――命を預け合って戦いを共にしただけだろうが〟


「…………」

「すぅ……すぅ……」


 俺はグラトナ大隊長を背負い直して、明日やるべきことを頭の中に思い描いていた。

◇酔いどれ鳥の止まり木亭【よいどれどり-の-とまりぎ-てい】

地名/都市/酒場


自由都市グアド・レアルムにある酒場。

探索者の社交場の一つ


大衆向けの店であるが、客層の行儀は良く、荒事が起きることは滅多にない。

それは、店主が名うての元四等級探索者だったこともあるだろうが、

熱心な愛好者が、品性の悪い客を密かに排除しているからだとか。


いかな強者とて、憩いの場所は必要なのだ。

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