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第十二話 初戦闘

◇巨人族【てぃたん】

人類種/巨人族


巨大な体躯を持つ人類種の一つ。

大きさ以外、外見的特徴は人間と変わりないが、

その肉体は人類種の中でも一二を争う強靭さをほこる。


かつては戦場において重宝され、災禍のごとく破壊を撒き散らし、

敵味方を問わず心胆を寒からしめた。

巨人族に対する無意識の忌避感は、かつての恐怖の名残であろう。


今やその血も細っている。

   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層、ヨア



 装備を整えた俺たちは〝外域(フィールド)〟に来ていた。


 人の住んでいない土地で、特に魔物が出る場所を〝外域〟と呼ぶらしい。

〝外域〟はいくつかに種類が分かれていて、危険度に応じて浅層、中層、深層と区分される。人が住む領域から離れて帰還が困難になるほど深い(・・)と表現し、そういう場所には強力な魔物や人外が出現しやすいんだとか。


 また、深層のさらに奥深くには〝迷宮(ダンジョン)〟という一際危険な領域が存在していて、並みの探索者では辿り着くことすらできないという。


「探索者は、いつか自分が〝迷宮〟を攻略して富と名声を得ることを目標にするのさ」


 ギルが言う。なぜそんな危険な場所に命を懸けて挑むのか――それは誰にでも大金を得る可能性を与えるからだという。


 稀少な魔物の素材。

 人外から摘出される進化石や、魔道具化した武具。

 不思議な力を帯びた古代文明の遺物。


 こういったものは非常に金になり、中には想像もできないような金額で取引される物品もあるという。

 実力と運さえあれば、どんな生まれだろうと等しく金持ちになれる――。

 だから探索者は皆命を懸けて〝外域〟を探索し、〝迷宮〟の攻略を目指す。


「――って、お前そんな事も知らねえのかよ。常識だろ、常識」

「俺はずっと魔物ばかり狩って、その日の分だけ稼いだら終わりにしていたから……外の世界なんて、気にしたこともなかったよ」


〝はぐれ街〟で似たような事をしている奴はいたが、それはあくまでも生活に役立つ物を見つけるためだったり、食料と交換できる価値がある物を探すためだ。

 ギルが言うような宝探しじみた行為をする人間は、少なくとも〝はぐれ街〟ではいなかった。……あの場所では、金持ちになるよりも、食う物に困らなくて安全であることが一番の幸福だったから。


「常識じゃろ~! 常識じゃあ~!」

「お、おで、も、詳じくは、知らな、い。おで、も、魔物をい、射るだげ、で、いい」


 ギニョルの肩に乗ったニコラは楽しそうに足を揺らしている。


「……なあ、ギニョルってなんであんなに大きいんだ?」

「そりゃあアイツは巨人族(ティタン)だからな。図体がデケえのは当たり前だ。見たことねえのか? 巨人族は少ねえがグアド・レアルムにはそれなりにいまくるぜ」


 それなりなのか、いまくるのか、よく分からないが……俺が今まで見たのは獣人族(ビスト)だけだった。世界にはいろんな種族がいるらしい。


 ちらっと後ろを見ると、ウェンブリーとカレンが距離を開けて歩いている。

 二人は何を話すでもなく微妙な距離間のまま、ただ黙々とついてきている。ウェンブリーはどこかつまらなさそうで、カレンは何を考えているのか分からない。


「……あの二人は仲が悪いのか?」

「アイツらと仲が良い奴を、俺は知らねえ」


 それは……なんとなく分かるというか。

 どっちも自分の意思が強そうだ。誰かに迎合しそうな性格とは思えない。


「ギルは親切なんだな。見ず知らずの俺にいろいろ教えてくれてさ」

「そう見えるか。そりゃよかった。俺はお前には感謝してるんだぜ?」

「え?」


 感謝している? どういうことだ。


「お前が来てくれたおかげで、こうやって新しい小隊が組まれることになった――俺が成果を出して上に昇りつめる機会をくれたんだ」


 困惑する俺に、ギルは朗らかに笑って、


「だから――魔物が出てもお前は手を出すなよ。俺が全部殺すから」


 交わした視線。

 覗き込んだ目の奥に、刃物のように鋭く尖った光があった。


 ――戦いの邪魔をせず、支援も加勢もしないこと。


 そこにどんな意味がこめられているか。

 俺はまだ知らない。






「お、アレなんてちょうどいいんじゃないか」


 鬱蒼とした森の中。

 木陰に身を潜めたギルが指差す先には、水場でたむろする魔物の群の姿があった。


小鬼(ゴブリン)か」


 小鬼……大人の腰ほどの上背しかないが、道具を扱う程度には知恵が働く人型の魔物。臆病ではあるが、数で勝る相手には人間だろうと積極的に襲う習性のため、小規模な集団なうちに倒すことを推奨される。〝はぐれ街〟にいた頃もよく戦った。

 まあ、さほど強くはないので、進値が5もあれば仮に一対二でも後れを取る相手じゃない。

 ……じゃないのだが。


「数が多過ぎる」


 沈黙の多いカレンが苦言を呈するほど、目をつけた小鬼たちは大規模な群だった。

 何百匹とわらわらいる。こんなに大勢の小鬼は見たことがない。……奴らの習性を考えれば、たった六人の俺たちは良い獲物に見えるだろう。


 さらにカレン曰く、小鬼たちは単純に狩りに出ているという様子ではなく、普通なら巣の奥にいる子供の姿まであった。


「わ、わだり(渡り)だ」推察を述べるギニョルの声が震えている。「獲物、が、多い場、所を、ざがしで、巣を、かえでる……ううう」


 ……ということは、ヤツらは総出で引越しをしている最中か。

 俺たちは偶然にも集落の大移動と遭遇したらしい。


「ちょうどいいって……いくら雑魚でも、この人数であの数は面倒よ!」

「私も賛成だ。少なくとも、策も立てずに戦うのは無謀すぎる……」


 ウェンブリーとカレンが反対の意を示す。ギルもむっと口を結ぶが、しかし小鬼たちから視線を逸らさないでいるからに、討伐を諦めているわけではないようだ。


「えーと、ニコラ。ニコラはどう思う?」俺はまだ意見を口にしていないニコラに案を求める。「ニコラ……あれ、いない……?」




「――ワハハハハ! 私、参上!」




 ニコラの姿が無い……と思ったら小鬼の大群に突っ込んでいくところだった。

 というかいきなり何やってるんだ! 恐怖をどっかに捨ててきたのか⁉


「このニコラが一番乗りじゃあ!」


 名乗りを上げながら、ニコラは自分の武器を振り下ろす。

 それはニコラ自身よりも重いだろう金属製の大槌だ。

 余計な装飾は一切無く、ひたすら大きくて武骨。振り回して敵を殴り殺す以外のことを削ぎ落したら、きっとこうなるんだろうと思わせる簡素な外観。それが得も言えない迫力と恐ろしさを醸し出している。

 同じく槌を武器にするイムリに負けた苦い記憶が蘇るが、それがすぐにブッ飛ぶぐらい衝撃的な事態だ。

 大槌は小鬼二匹をまとめて叩き潰し、飽き足らず地面に深々とめり込んだ。


「こうなったらしょうがねえよなあ! いくぜお前ら!」


 仕方ないと言うより嬉しくてしょうがない感じでギルが槍を掴み飛び出していく。


「結局こうなるのか……」

「マジ最悪!」


 カレンとウェンブリーも悪態をつきながら木陰から飛び出す。

 魔法使いのカレンは杖の先から氷柱を生成、発射。小鬼の急所を的確に撃ち抜いていく。

 召喚士のウェンブリーが手をかざすと、目の前で異形の鳥が出現する。空に舞い上がった鳥は、嘴から火の玉を吐き出して襲い掛かる。

 よし、俺も――


「んゴッ⁉」


 俺の服の端をギニョルが掴んでいた。おかげで盛大に転倒する。


「何するんだよ!」

「ご、ごわい……」

「はあ⁉」

「魔物、ごわい……ううう‼」

「こ、怖いって……ギニョルは探索者だろう?」


 探索者は〝外域〟に出るんだから、必然、魔物と戦うに決まってるじゃないか。いまさら何を言ってるんだ?


「ギニョル! うだうだ言ってないで戦いなさい!」

「うう……」


 ウェンブリーに叱咤されて、ギニョルは伏せていた大弓を手に取り、矢を番える。

 弓も矢も、俺の知っているそれより規格外の大きさだ。巨人族のギニョルにしか絶対に引けないだろう。

 ギリギリと弦がしなる音で、どれだけの力が込められているか分かる。

 矢は小鬼の群に向けられているが、先端がふらふら揺れて不安定だ。

 まるで、|見ないようにして狙っている《・・・・・・・・・・・・・》ような。


「うう、魔物、ごわ、い……」

「お、おい。なあ、怖いかもしれないけど、せめてちゃんと見――」


 言い終える前に、矢が放たれる。

 バンッ――と大気を切り裂く音を立て、矢は射線上の全てを射抜いていく。


「お?」


 矢はニコラの頭の上スレスレをかすめ、


「ぬあああああ――⁉」


 上機嫌に槍を振り回していたギルの近くに着弾。

 その威力で地面が捲り上げられ、近くにいたものを吹き飛ばす。ゴブリンも、ギルも。


「うう……ざっざど、いなぐ、なれ」

「ギニョルさん⁉ 頼むから前を見てから撃ってくれ‼」


 発射、着弾、爆発。


「おおおおお――⁉ ワハハハハ!」


 吹き飛んで空を舞うニコラが笑っている。


「ウェンブリー! カレン! 何とかしてくれ! ギニョルが!」

「ほっときなさい。アイツらは慣れてるから何とかするわ」


 ウェンブリーは落ち着き払った様子で、召喚魔法で呼び出した鳥で自分に向かってくる小鬼だけ(・・)を的確に処理していた。

 お、おい……譲れないことを訊かれて「助けを求めず自分でなんとかしろ」と言っていたが、本当にそのつもりなのか……!


 ――だったら、俺が行くしかない!

 とにかく走り出してギルとニコラを助けよう――と、その途中、カレンが小鬼に囲まれながら奮戦しているのが見えた。


「カレン! 今助けに――」

「来ないで。来なくていいから」


 そうは言っても危機を見過ごすわけにはいかない。

 だが、駆け寄った俺の足下に氷柱が撃ち込まれる。


「来ないで――私は大丈夫だから」


 後ろから跳びかかる小鬼へ振り向き様に一閃。

 杖の先に生成した氷の刃が血に濡れ、数瞬遅れて小鬼の首が落ちる。

 近接戦闘に不得手な印象のある魔法使いだが、カレンは魔法と氷の武器を巧みに組み合わせ、さらに小鬼の足下を凍らせて動きを封じたりと、巧みに立ち回っている。

 ……誇張抜きで本当に助けが要らなさそうだ。


「……じ、じゃあ俺、他の二人を助けに行くから――」


 俺のすぐ近くにギニョルの撃った矢が着弾した。


「ああああああああああ――⁉」


 気持ちの悪い浮遊感。

 俺の落下する先では、小鬼たちが粗末な武器を手に待ち構えている。


「――ッ、ああああああああああ!」


 俺は生き延びるために、落ち様、小鬼の頭を剣で叩き割った。






 そこから先の戦いは、あまり覚えていない。

 気がつけば、ところどころ陥没した地面の上で、俺は仰向けに倒れていた。

 小鬼の血と土埃にまみれ酷い有様。皆も似たような状態だ。

 離れて一人淡々と戦っていたウェンブリーだけは戦闘前とさして変わっていない。


 日が落ちる前に俺たちは岐路に着いた。

 帰りは誰も喋らなかった。

◇小鬼【ごぶりん】

魔物/鬼目/小鬼科


鬼目に属する魔物。〝外域〟浅層を主な生息域としている。

推奨討伐等級は九等級以上。


一般的に大人の腰ほどの矮躯であり、戦闘能力は低いが

環境適応能力と繁殖力が高く、近縁種は魔物の中で最も数が多い。


人間を攻撃して捕食する行動が確認されているので注意が必要。

ただ、弱いのは弱いので、新人探索者によく討伐される。


周辺の餌が少なくなると、巣穴の全個体ごと住処を移動する

〝渡り〟を行うことが知られている。

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