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第十一話 これだけは譲れない一つ

◇徒党【ととう】

用語/探索者


一致する目的のために複数人の探索者が組んだ集団。

人数の規定はないが、四人~八人の規模で結成されることが多い。


一般的に単独で〝外域〟を探索する事は自殺行為と見なされるため、

まずは同じ強さの者同士で徒党を組むことから始まる。


また、探索団の団員同士で組んだ場合は〝小隊〟と呼ばれ、区別される。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・会議室、ヨア



 空気が重い。

 空気が悪い。


 間違いなく俺は何もしていない。空気が重くなるような事を、悪くなるような事を働いていない。

 だって、部屋に入った瞬間(・・・・・・・・)からそうなっていたのだから。


「ほら、やっぱり斬込部隊からだ。俺の予想当たりまくりだろ」

「お、おでは、べつに、どっぢ、の、部隊でも、いい」

「はぁー⁉ その以前に、新入りが一番最後に来るって普通逆でしょ!」

「…………」

「ガハハ! 私は面白ければなんでもいいがのう!」


 その部屋の中にいたのは五人の男女。


「ヨア、これからお前が加わる小隊の仲間だ」


 彼らこそ、各部隊から選抜された個性的な(・・・・)団員たち。






 近撃部隊〝幻槍〟ギル・ラーゴット。


 遠撃部隊〝鉄槌〟ギニョル・ヴンダ。


 遊撃部隊〝悪門番〟ウェンブリー・アンガー。


 魔法部隊〝凍結庫〟カレン・ジュノ。


 治療部隊〝道化魔〟ニコラ・フコラ。




 これが俺たちの初めての出会いだった。




   ***




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・食堂、グラトナ・グストーナ



「グーラトーナちゃん!」


 食堂で汁物を味わっていると、同じ大隊長のバビが柱の陰からニヤニヤと私を見ていた。


「何だ?」

「聞いたでぇ……なんや内緒でおもろそうなことしてるらしいやん?」

「別に秘密にしているわけじゃないが……というか、そんなところでコソコソしてないで出てきたらどうだ」


 この女は大隊長のくせに、普段の物腰は噂好きの文屋としか表現しようのない。


 他の探索団のことは知らないが、『終の黄昏』で大隊長に昇りつめることは、敬意を払われると同時に畏怖を与える立場に立つことを意味する。

 別に傲慢になれとは言わないが、上の者らしい振る舞いは適度な緊張感、ひいては団の規律の維持のためにも必要だ。


 だが、無類のお喋りであるバビは団員たちの中に平気で混じりにいって、満足するまで喋りたおすと気儘に離脱していく、まさに糸の切れた凧。

 上がそんなのだから、遠撃部隊も傾向として気軽なヤツが多く、他の部隊の団員は空気感の違いに戸惑うことになる。

 総じてバビへの評価は、「恐るべき狙撃手」か、「お喋り好きな大隊長」に二分される。


「ふーん、おもろそうなことってところは否定せんのや」


 バビは私の真向いの椅子を引いてそこに座った。


「ああ、否定はしない。彼らは単独でも十分な力を持つ。それらが集まって組み合わさればどうなるか、お前は特に気になるんじゃないか?」

「いやーさすがグラトナちゃんやわ感心するでー……その言い方、まるで、あの子らが組むことが上手くいく前提みたいやん」


 下から覗き込むようなバビの視線。

「みーんな噂しとるでぇ。今グラトナちゃんが言ったような下馬評やなくって、いつ崩壊するやろ(・・・・・・・・)ーって。めっちゃ口が悪い奴は在庫処分とか言うてるし」


 バビと私は睨み合う。

 にんまりと笑った顔の奥底に隠しもしない、騒乱を求める無邪気な心が見えた。


「各部隊で持て余してる問題児(・・・)を集めて一つの小隊を作るとかぁ…………めちゃめちゃおもろいやん!」




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・会議室、ヨア



 その部屋の中にいたのは五人の男女。


「ヨア、これからお前が入る部隊の仲間だ」


 グラトナ大隊長が一人ずつ紹介してくれた。




「ほら、やっぱり斬込部隊からだ。俺の予想当たりまくりだろ」


 軽装の鎧を着た、長身の男。

 近撃部隊所属の槍使い、ギル・ラーゴット。




「お、おでは、べつに、どっぢ、の、部隊でも、いい」


 頭巾と鉄の仮面で頭を丸ごと隠した、天井に擦れそうなほど大男。

 遠撃部隊所属の弓手、ギニョル・ヴンダ。




「はぁー⁉ その以前に、新入りが一番最後に来るって普通逆でしょ!」


 右眼に眼帯、左耳だけを耳あてで覆った少女。

 遊撃部隊所属の召喚士、ウェンブリー・アンガー。




「…………」


 冷たい空気をまとった無言の少女。

 魔法部隊所属の魔法使い、カレン・ジュノ。




「ガハハ! 私は面白ければなんでもいいがのォ!」


 何が楽しいのかずっと笑っている少女。

 治療部隊所属の治癒士、ニコラ・フコラ。




「……なあ、さっきから何の話をしてるんだ?」


 気になっていたことを問うと、ギルと紹介された男が言う。


「次に入ってくるヤツがどこの部隊所属かで賭けまくってたのさ!」

「賭けまくる(・・・)……?」


 俺が首を捻っていると、


「ヨア、気にするな。それはギルの口癖だ。何でも大仰に言いたがる」


 とグラトナ大隊長が補足してくれた。


「賭けは俺の勝ちってわけよ。全員、俺に旨いモンを奢りまくれよ」

「私は別に参加していない」

「なんじゃあカレン! 往生際が悪いぞ! ワハハ!」

「じゃ、じゃあ、おで、が、ガレンの分、まで、奢る」

「バカじゃないのアンタ? お人好しにもほどがあるわ」


 と、そんな理由で五人は盛り上がっている。


「先に伝えてあるとおり、お前たち五人とヨアを含めた全員で小隊を組んでもらう。この六人で活動しろ。指示があるまで特に何をしてもかまわない。〝外域〟で狩りをするも良し、ギルドで依頼をこなすのも良いだろう。……あと、この小隊はどこの部隊の所属でもなく、ユサーフィ副団長直々の指揮下にあり、監督は私がすることを肝に銘じておけ」

「……つまり、グラトナ大隊長の不興を買えば、また元の場所で腐る日々に戻させるということですね?」


 それまでずっと無言だったカレンという女の子が口を開いた。


 元の場所で腐る日々というのはどういうことなんだ?


「どう捉えてもいいが、事実は事実だ。小隊長が決まったら報告に来い。じゃあな」

「え……グラトナ大隊長、行ってしまうんですか?」

「ヨア、面倒見てやりたいのはやまやまだが、私も他に仕事がある。この小隊にだけ時間を使うことはできない。とにかく、何かあったら報告に来い、くれぐれもだ」


 そう言い残して、本当にグラトナ大隊長は去っていった。

 振り返ると、全員が俺を見ている。


「えっと、新しく入団したヨアです。よろしく――」

「よろしくできるかは――今の段階じゃ分かんねえな」


 ギルは椅子にドカッと腰掛け、部屋の中を見回した。


「まあ見まくったところ……俺含めて各部隊の一匹狼や厄介者を押し込めたような掃き溜めとしか言えねえな」

「ワハハ! そのとおりじゃな!」

「よろしくやるためには、大事なことを先に決めようじゃねえか」


 大事なこと?

 ギルは指を一本立てた。


「〝これだけは譲れねえって一つ〟を全員が発表していくんだ。この面子だと衝突は避けられねえとして、よろしくやるためには仲直りが重要になる。なら互いを尊重して、踏み越えちゃいけねえ一線は最初から知っておこうぜって話」

「……あは! それ、面白いわね」


 ウェンブリーがパチパチと手を叩いて笑っている。


「一番面白いのがァ――――なんで仲良しごっこするのが前提になってんの? 頭沸いてる?」


 俺はウェンブリーと目が合って、無意識に一歩後ろに下がっていた。

 こ、怖っ……雰囲気が一瞬で変貌したぞ。

 だが、ギルは真正面から堂々とその視線を受け止めていた。


「頭沸いてるかって? ああ沸きまくってるさ。だから変人が集められたここにいるんだろ。だけどここで成果を出せなけりゃまた元どおり『あれをやれ』『これをやるな』って縛られまくるだけじゃねえか。だったらよォ、俺は降って湧いたこの機会に懸けるぜ」

「私は別に、あんたの言う『あれをやれ』の生活でも全然かまわないんですけど」

「それは|言われた事を出来てる・・・・・・・・・・・が言えるセリフだぜ?」

「はあ……まさか喧嘩売ってる?」


 マズい! これ以上悪くはならないと思っていた空気が、予想を超えてどんどん悪化していく!

 ここは何か話題を変えないと……!


「あの……とりあえずよく話し合ってから――」

「うっさいわね黙ってなさい! 元はアンタのせいでしょ!」


 ……俺は肩を落として引き下がった。

 するといきなりギルが肩を組んでくる。


「おいおい、こいつの言うとおりだぜ。試しもしないでやらねえなんてダサいぞ。ヨアだっけ? 良い事言いまくるじゃん」

「ど、どうも」

「じゃあ俺から発表してくぜ――」


 ギルはそのまま〝譲れない一つ〟を宣言する。


「『俺の戦いの邪魔をしないこと』。支援することも加勢することもダメだ」


 それは……なんとも理解の難しい条件だった。

 戦いの邪魔をしないことは分かるけど、支援するのも加勢するのもダメ?

 普通は誰かを助けたり、助けられたりするものじゃないのか?


「ギニョル、お前も言えよ」

「お、おで、は、別に……」

「大事なことだぜ? お前だって、言っとかないと後で困りまくることになるぞ」


 ギニョルは圧倒的な巨体をもじもじと揺すった後、


「……『おでに、魔物、を、近づげ、ないで、ほじ、い』……」


 仮面の奥からくぐもった声でそう言った。

 これも分かるようで、少し違和感のある〝譲れない一つ〟だった。


 確かに弓矢や魔法など、離れた場所から攻撃できる手段はある。

 弓の使い手だという彼に敵を近づけさせないのは至極まともな要望な気がするが、それは言われるまでもなく当たり前な事だ。わざわざ気がするお願いするところが引っかかる。


「ふん――『私に助けを求めず、自分で何とかすること』」


 机に頬杖を突いたウェンブリーが、どうでもいいようにさらりと呟いた。

 俺は彼女の〝譲れない一つ〟に驚いてウェンブリーを見るが、彼女は既に興味を失ったのか自分の髪をくるくると指で弄んでいる。

 小隊を組むということは他人との協力を意味するが、それに真っ向から反する内容だ。


 視線をさまよわせていると、カレンと目が合う。

 カレンは俺をしばらく見ると、ふうと息を吐いて〝譲れない一つ〟を口にする。


「『私が襲われていても助けないこと』。これが私の条件だ」

「い、いや、さすがにそれは」

「気にしないでほしい。大丈夫だから。一人でも戦える。譲れないことを尊重するんだろう?」


 話は終わりと、カレンは壁にもたれかかって目を閉じた。

 今の私に何を言っても無駄……って感じだ。


「ついに私の番じゃな!」


 ニコラが待ちかねたと腰に手を当てて胸を張る。


「『私が前に出て戦うのを許すこと』じゃ!」


 何が来るかと身構えていると、出てきたのは特に変哲もない内容だった。

 ……いや、待て。安心するのはまだ早い。


「ニコラは戦闘では何を担当しているんだ?」


 魔物と直接切り結ぶ前衛なら何も問題ないんだが……。


「治癒士じゃ!」

「――――、……君は傷ついた人を癒す治癒士、なんだよね?」

「そうじゃ!」


 そうじゃ、じゃないだろう!

 治癒士なら後衛にいて、いざという時に回復魔法を使ってもらわないといけないじゃないか……。


「こればっかりは譲らんのじゃ! 大丈夫、戦いながら回復魔法を使えばいいのじゃろう? 間違えて魔物に使ってしまうかもしれんがのう、ワハハハハ!」

「笑えない……」


 これで俺以外の全員の譲れないことが分かった。


 ――戦いの邪魔をせず、支援も加勢もしないこと。

 ――魔物を近づけないこと。

 ――助けを求めないこと。

 ――助けてはいけないこと。

 ――積極的に戦ってもいいこと。


 短くまとめると、こんなところだろうか。

 まるで謎かけのようだ……頭がグルグルしてきた。


「それで、お前の譲れないことは何だ?」


 ああそうか、皆が言ったってことは俺が最後だ。

 皆ははっきりと望むこと、願うことを持っていた。

 対して俺はどうだろう。

 これをしてほしい、これをしてほしくない。絶対に譲れない何か。

 胸に手を当てて考える。


「……分からない」


 思いのようなものはあるのだけれど、それを口にできるほど形にはなっていなくて、まだ心の中で霧みたいに立ち込めているだけのような気がする。


「ふーん、欲がねえんだな。とりあえず意思確認も終わったとこだし、これからどうするよ」

「――〝外域〟に行こう」


 これまで積極的に喋っていない印象のカレンがそう提案する。


「あら、アンタにしては珍しくヤル気じゃない」とウェンブリーが呟く。


「〝外域〟で魔物と戦ってみれば――この小隊を組んだ無謀さも肌で理解できるだろう?」

「ああ、そういうことね」

「おで、弓、取っでぐ、る」

「ワハハ! 久しぶりの戦闘じゃ! 胸が躍るのう!」


 ギニョルがのそのそと部屋の出口へ動く。踏みしめる度に床が軋みを上げた。

 それに続いて皆が外へと出ていく。


「皆、個性的だな……」

「なにを他人事みてえに」


 無意識に漏れた俺の呟きに、ギルが振り返った。


「魔物や人外に殺される危険ありまくりで、おまけに進値も上がるような探索者にわざわざなろうなんざ、元から個性の尖りきった狂人ばかりだぜ」

◇治癒士【ちゆ-し】

用語/治癒士


他者の負傷を治癒する魔法・意能を習得し、

その能力を主にして活動する探索者の俗称。

需要が高いのと相まって、回復魔法を習得できる〝像の蝕業〟持ちは、

その多くが治癒士を志す。


戦闘において、即効性のある回復手段は必須であり、また希少である。

それは〝像の蝕業〟を持って生まれる人間の少なさと等しいと言える。

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