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第百六話 蠍の騎士、イグネイア

◇重撃衝【じゅう-げき-しょう】

意能/武器奥技系


剣の振り下ろしに、重い打撃の効果を纏う意能。


斬撃に耐性のある相手に対し、

別の対抗手段を持てることは大きな強みである。

固い敵に特に有効な意能。


しかし、剣を棍棒として使うので、

当然武器の寿命を著しく縮める。

愛着が無いなら、使い捨てるのも手だが。

 見上げた先、幾本もの鎖で拘束され、吊り下げられた何かが下降してくる。


 広大に造られた〝番人の間〟に見合うほどの巨体。

 それの正体を確認する前に――鎖は力を失ったように解け、物体は地面に落下した。

 土煙が収まったのが合図のように、それが動き出す。

 甲殻に鎧われた体が鼓動し、八本ある脚は錆を落とすように蠢き、人間を容易に断ち切る鋏が禍々しい音を立てた。


 なるほど……財宝の守護者は巨大な蠍というわけか。

 僕が戦ったことのある番人は働像ばかりだった。魔物が置かれているのは珍しい。まあそれはどうでもいい。何が出てこようと倒すだけだ。

 感嘆の裏で、理性は冷酷に戦術を組み立てていく。気をつけるべきは、鋏と、巨体による突進、尾の薙ぎ払い――それと毒針。


 しかし、最後の予想は外れることとなる。


 尾の先端に存在したのは、毒液の滴る湾曲した突起ではなく――人型の上半身だった。

 人型は頭部から何まで鎧で覆われ、右手には鞭のようなものを握り締めている。いや、違う……あれは鱗のような形の小さな刃を繋ぎ合わせた、鞭のようにしなる()だ。

 さながら、全身鎧の下半身が弾け飛び、蠍が生えた――としか言い表しようのない生物。


 その表現は、あながち的を外してはいないのだろう。

 そうやって生まれる怪物を、探索者は知っている。


「――騎士か」


 蠍の尾、前方に反り曲がったその先端へ、天地逆さまに接合された人型という異形。

 名付けるならばまさに――蠍の騎士(・・)


「う、嘘でしょ……」


 バネッサが顔を歪めて後ずさった。


「狼狽えるな。僕が前衛で相手をする。君たちはいつもどおり支援に徹するんだ。勝てない相手じゃない」


 だが、仲間から返事はない。


「散開しろ! 早く!」

「あ、ああ!」


 二言目でようやく動き出した。

 なぜすぐに行動できない。


 驚くのはいい、意表を突かれることを完全には避けられない。

 重要なのは、切り替えて行動に移すまでの速度だろう。

 そのわずかな差が生死を分ける可能性を考えないのか?


 苛立ちをぶつけるように、抜剣した流れのまま剣を振り抜き、迫っていた鋏を打ち払った。

 続く鞭の剣の薙ぎ払いを伏せて回避――折り曲げた膝の発条(バネ)を利用し、弾かれたように疾駆――さっきまでいた場所を蠍の突進が通り過ぎていく――擦れ違いに脚の一本を斬りつけた――硬い――次からは関節を狙う。


 そこまでの攻防を経て、ようやくシンディから支援魔法が飛んできた。

 魔法の効果により、熱を帯びたように活力が湧いてくる。

 しかし、肉体とは対照的に俺の頭は冷えていた。

 なぜもっと早く支援魔法を飛ばさなかった。いつもは開戦と見るやすぐに使えていただろう。


 ロンメルもだ。懸命に攻撃魔法を行使しているが、この蠍には君が得意とする火魔法ではなく、内部から熱傷を与えられる雷魔法を選択すべきだ。

 あの硬い甲殻を貫き、巨体を燃やすほどの熱量を生み出すには、それに特化した〝呪文〟を習得していなければ難しい。一般魔法で同じことをするには精神力の消耗が激しすぎる。


 バネッサとアザマも、弓と暗器の遠距離攻撃が牽制にもなっていない。位置取りが悪いからだ。

 注意を引き付けるためには目のような弱点を狙うのが常道。攻撃力は低いが対処を疎かにすれば痛い目に合う……牽制とはそうして相手の集中を分散させ、精神の消耗により隙を作る行動だ。


 しかし、蠍の騎士は二人の攻撃に何の痛痒も感じていない。無視して構わないと端から捨て置かれている。

 無理もない。強固な甲殻を前にしては、大抵の飛び道具は無力だ。この状況で有効打を与えるには前に出て目や口を狙うしかない。当然、攻撃を食らう可能性は高まる。それを恐れて腰が引けているのだ。


 誰も彼も、判断や動きに精彩を欠いていた。相手が騎士ということだけで気圧されている。

 でも――、この敵は、今の僕たちに倒せない敵じゃない。戦ってそう確信した。

 図体こそ大きく、異形。

 しかし、厄介な能力も、戦況をひっくり返す破壊力も持っていない。蠍が狩るように、人間が振るうように、鋏と鞭の剣を扱うことしかできないんだ。


 蠍の騎士と互いの得物を激しく打ち合わせながら、声を張る。


「行けるぞ! 奴は有効な手を打てていない! いつもの僕たちの力を発揮できれば勝てる!」


 こちらが優勢であると信じ込ませ、士気を高める。

 自分たちが優位に戦えていると分かった彼らは、目に見えて動きにキレが戻ってきた。

 単純、しかし実力が拮抗しているときほど効果的な手段。

 このまま僕を主の攻撃役として力を集中させ、仲間は支援と牽制、攪乱を徹底する。これを続けることで勝てると見た。


 ――蠍の騎士の尾がしなる。


 大技が、来る。その挙手挙動を見逃すまいと正面に剣を構えた。

 だが、奴の狙いは僕ではなかった。

 頭部の方に反り曲がっている尾を、後ろへ伸ばすように引き戻し、

 地面に叩きつける勢いのまま人型が振り下ろす鞭の剣が、後方にいたシンディの左腕を肩の付け根から斬断した。


 弾き飛ばされ、血の轍を刻みながら転がるシンディ。


「――ああああああああああッ⁉」


 激痛に呻く悲鳴が〝番人の間〟に響く。

 僕は――


「――動け! 止まったら死ぬぞ!」


 蠍の騎士に連撃を繰り出して気を引きながら、吼えるように指示した。

 シンディは傷口を残った手で押さえたまま、震えてうずくまるだけだ。


 腕を落とされたからなんだ、怯むな! 俺たちは探索者だぞ!

 回復魔法なら後でいくらでも繋いだり生やしたりできるだろう!

 だが死んでしまえば終わりだ。

 君が使えない貴重な死者蘇生を、いくらでも替えが利く新人探索者に使ってもらえるか分からないというのに。


「動けッ! シンディッ!」

「アーサー殿、某が!」


 アザマが遠距離から暗器での牽制する手を止め、シンディのもとへ駆ける。


「――! やめろ、違うッ!」


 警告するも、遅かった。

 水平に横薙ぎにする鞭の剣を、アザマは斥候役として納得の身のこなしにより紙一重で回避してみせた。

 しかし攻撃はそれで終わりではなく、人型の兜の面頬が開くと、そこから緑色の液体が噴射される。

 回避直後の隙を狙われたアザマはあえなく直撃を受けてしまう。


「ぐ……が、ぇ」


 アザマは体を掻きむしるようにもがいた後、泡を吹いて痙攣する。

 毒液……蠍が尾の先端に毒針を備えていることを考えれば、人型が隠し持っている可能性は捨て置けなかった。だから僕も慎重に立ち回り、皆からの支援が十分に行き渡るまで踏み込んだ攻めは自重したのだ。


 しかも、蠍の騎士は、重傷を負い隙だらけのシンディを殺さなかった。

 助けに来るだろう仲間を狩るべく誘っていたのだ。

 その狙いは、いつもの君ならばとうに見抜けていたはずなのに。


「アザマ……!」


 唯一、解毒の魔法を習得しているシンディは動けない。

 つまり、アザマも戦力として数えることはできなくなった。


 もはや四の五の言ってはいられない。

 短期決戦でコイツを討伐しなければ。


「攻撃の準備をしろ! 最大火力で一斉に――」

「う……あああああああああ――‼」


 息もつかせぬ火球の連射が蠍の騎士に着弾する。


「ロンメル!」


 呼吸を合わさなければならない場面で、単独で攻撃をしかけている。

 仲間が死にかけて頭に血が上ったか。

 だが――俺の想像通り、その攻撃は最悪(・・)を招いた。

 連続で命中した火球は激しい煙を発生させ、一時的に蠍の騎士の巨躯を覆い隠す。


「はあっ……はあっ……!」


 急激な魔法の連続行使により、精神力を大きく消耗したロンメル。

 ふらつくほど弱り切った彼を、煙を引き裂いて現れた巨大な鋏が打ち据える。

 たとえ十全の状態だったとしても避けることは困難だっただろう。あれでは自分で目隠しをして不利になったようなものだ。


 何かが折れ、何かが砕ける音とともに、ロンメルの体はあちこちに衝突し跳ね跳んだ挙句、壁際でようやく停止した。起き上がる気配はない。


「あ……あ……」バネッサが弓を手にしたまま崩れ落ちた。「罰が当たったんだ。アイツらを押しのけてまで挑んだから……」


 戦意を失った敵……いや、息をする肉に鞭の剣が振るわれる。


「――――」


 だが、空気を鳴らすほどの一閃は、地面に一筋の痕を刻んだだけだった。


「……戦えないというなら、仲間の手当てをしていろ。君の戦力は期待しない」


 僕は肩に担ぎあげたバネッサをシンディの傍に放り捨てると、蠍の騎士へと向き直る。


「【百式・赤靴(せっか)】――」


 補助魔法を展開。飛躍的に上昇した移動速度で一気に詰め寄る。


「【百式・見器(けんき)】――」


 補助魔法を展開。襲い来る鋏と鞭の剣を掻い潜る。


「――【重撃衝(じゅうげきしょう)】」


 蠍の頭部の真ん中に、何倍にも増幅された重い一撃を叩き込む。

 たまらず後退する蠍の騎士。

 攻撃を受けた頭部の甲殻にヒビが入っている。


「やはり、頭は尾の先(そっち)か」


 頭を揺らされて、動きが鈍ることも震盪(しんとう)を起こした様子もない。

 つまり、意識中枢を司るのは人型の方だ。蠍の体は見かけだけに過ぎない。


 さて、仲間たちから一定距離引き離すことはできた。

 支援は期待できず、守りながら戦わなければならず、長引けば仲間は死ぬ。

 想定していた状況の中で、最悪の中の最悪。


「――だが、俺は死んでいない」


 であるならば、やらねばならない。


 俺一人で挑み、守り切りながら戦い、仲間の命が尽きる前に決着をつける。

 不可能ではない。足手纏いがいなくなったと、前向きに考えた。

 大槌の如く、部屋を揺らす鋏の叩きつけ。


 しかし、その場に僕は既におらず、


 ――八本ある脚の一つが関節から切断されている。


 蠍の騎士はきっと〝いつの間に〟と思っているはずだ。不思議だろう。だがタネを理解する前にお前は死ぬ。


 さあ、道のりは狂ったが、たどり着く結果は変わらない。

 僕はお前を倒し、お前が守り続けているものを奪わせてもらう。


「抵抗せずさっさと死ね」


 僕に無駄な時間を使わせるな。

◇百式【ひゃく-しき】

魔法/補助魔法


様々な効果を持つ百の補助魔法の総称。


効果そのものは単純で、劇的なものはない。

行使の消耗も低いので愛用する者は多い。

なお、確認されている種類は六十五種。


 新効果、発見、報告、求む。

          ――疲れ切った研究者の伝言

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