第百四話 遺跡探索
◇三護草【さん-ご-そう】
素材/調合素材/生物由来
病に対する抵抗力を高める薬草。
どれだけ食べても害がないとして、
第一類薬草に分類される。
とはいえ、薬効には限度があり、
三食目を超えると、それ以上の効果はほぼ無い。
体の不調に三護草。
三度目までは三護草。
四度目以降は、いざ知らず。
◆◆◆◆◆
◆〝外域〟浅層、東部地下遺跡群・???、ヨア
「――…………ぅ……」
気怠さとともに、瞼を開く。
目と鼻の距離にニコラの顔が見えた。
「おっ! ヨアが起きたのじゃ! おーい、皆~……!」
どうやら俺は仰向けに寝転がっているようで、起き上がるのも億劫なほど全身が重い。
見上げている天井は高く、等間隔で光る石のようなものが埋め込まれているので周囲は明るい。壁はさっきまでの継ぎ目のないツルツルした質感ではなく、石材を組み合わせた造形だった。今寝転がっている場所も土の地面だ。さっきまでいた場所の方が異質というか、ここの方がよっぽど遺跡らしい造りをしている。
のっそりと上半身を起こす。
未だはっきり頭が覚めない俺の方へ、砂利を踏む足音が近づいてくる。ギルだ。
「おら、胃に何か入れとけ」
紙に包んである携帯食料を投げて寄越す。
「……ありがとう」
受け取ったはいいが……正直今は食べる気がしない。
穀物を挽いた粉末に小さく切った干し肉と水、植物の蜜を混ぜ合わせ、練って焼いて乾燥させた糧食。
疲れた体にこれは、正直胃もたれしそうだ。
ギルは俺の心境を見抜いたように、
「ニコラがお前に使った回復魔法は、肉体を活性化させて治癒する類のモンらしい。栄養が足りてねえだろうから、無理矢理にでも詰め込まねえとぶっ倒れるぞ」
「回復魔法? ……そう言えば、あの後どうなったんだ」
通路の穴に飛び込んで以降の記憶が途切れている。
「あの底なし穴は見せかけだった」ギルは不機嫌そうに顔を歪める。「飛び降りてからすぐに景色が移り変わって、よく分かんねえまま斜面を滑り落ちて、ここにたどり着いたってわけだ。どういう仕掛けか分かんねえが、穴の下がわざと見えねえようになってんだ」
「……もし穴に飛び込まずに戦いを選んでいたら……」
「物量で圧し潰されて死んでたかもな。悪辣すぎるぜ。飛び降りるのが唯一の正解とか、ここを作った奴はホントいい性格だよ」
「そうだったのか」
「――で、お前はどっか途中で頭を打って、星の彼方に意識をぶっ飛ばしてたってわけだ。足も折れてひん曲がってたし。まあ受身取れずに落ちたらそうなる」
……それは結構な迷惑をかけてしまったようだ。
俺は紙を破いて携帯食料に齧りついた。案の定水が欲しくなったが構わずに飲み下していく。
これ以上足手まといになることはできない。強引にでも咀嚼して体力を戻さないと。
「……ん?」
気配を感じ、視線を下げる。
俺の足下で、携帯食料から落ちた欠片を漁る何かがいた。
鳥のような細い脚と、翼膜の張った翼を持つ――爛々と濡れた目玉。
「うおわあああああ⁉ 気持ち悪ッ‼」
「あーはいはいそうですねー。所詮、私の召喚獣は気持ち悪いですよーだ」
――いつの間にか近くにいたウェンブリーは、俺が思わず漏らした感想にやさぐれた風に言った。
「あ、いや、別にそんな事は」
「取り繕わなくてもいいわよ、言われ慣れてるし。ていうかアンタ見るの初めてじゃないでしょ?」
「でも近くでマジマジ見るとなると……」
こう、目を走る血管とか、瞳孔の収縮とかが妙に生々しくて……。
その召喚獣は、地面に落ちた携帯食料の屑を足で蹴ったり掴んだり、興味深そうに弄っている。
コレを何て呼べばいいんだろう?
鳥脚翼眼球……はそのまま過ぎるな。
「気持ち悪いと思う前に、アンタは〝たまちゃん〟にもっと感謝なさい。〝たまちゃん〟のお陰で私たちは生きてるんだから」
「〝たまちゃん〟⁉」
名前付けてるの⁉
「そ、ずっと一緒に戦うんだもの。愛着ぐらい湧くわよ。可愛いでしょ? ねー〝たまちゃん〟」
「う、うん。そうだね。か、可愛いね……………………名前は」
目だまだから〝たまちゃん〟なんだろうか……。
まあ可愛いかどうかはともかくとして、
「もしかして、この……〝たまちゃん〟が帰還しなかったのって?」
「この部屋に迷い込んだからみたいね。〝たまちゃん〟は飛行できるから、私たちが落ちた穴みたいな場所を探ろうとしてたどり着いたんでしょ」
その〝たまちゃん〟の居場所目がけて進んだことで、俺たちは窮地を脱することができた。つまり、間違いなく命の恩人だ。
ありがとう〝たまちゃん〟。
可愛いかどうかはともかくとして。
「さあ、グズグズしてる暇はないわ!」ウェンブリーは拳をギュッと握り、ヤル気を充溢させている。「ようやく見所のある場所にやって来れたわ。ここならお宝がありそうじゃない? 他の連中に先を越されないようガンガン行くわよ!」
ああ、そう言えばそんな目的でこの遺跡に入ったんだった。
宝探しに熱中するあまり、さっきみたいな事態に陥らないよう十分気をつけねば。
場合によってはウェンブリーを引きずってでも帰還を選ぼう。
「――皆こっちじゃあ~! カレンが道を見つけたんじゃぞぉ~!」
「ご、ごっぢ」
遠くでニコラとギニョルが呼んでいる。
ギルとウェンブリーが声の方へ歩いて行った。
俺の足を〝たまちゃん〟がつつく。行かないの? とでも言いたげに。
「……行くよ。ありがとう」
俺が立ち上がるのを見届けてから〝たまちゃん〟はパタパタと羽ばたいて飛んでいった。
「ここは何の場所なんだろう?」
誰もが疑問に思っていたことを代表するようにカレンが呟く。
地下――であることは間違いないように思う。
光源があるから地上と変わらず明るさは保たれているけど、ジメッとした空気やカビ臭さが地下特有の澱んだ雰囲気を作り出している。
「天井のあの照明も、どういう理屈で光っているのか」
「理屈なんてどうでもいいわ。重要なのは、金になるかどうかよ」
「また君は……。少しくらい興味は湧かないのか?」
「湧かないわね、これっぽっちも。私が関心あるのは、硬貨に換えたとき何枚分の重さになるかだけ。理屈の解明に精を出す道楽は、研究者の領分でしょ」
カレンの呆れた様子を気に留めることもなく、ウェンブリーは忙しなくあちこちへ視線を凝らしていく。
「第一、そんな事に関心があったって、今の時代何の役に立つってのよ」
「いや――そうでもない」
カレンは近くの壁に歩いていくと、その表面に茂っている植物の葉に触れる。
「ウェンブリー、君が何気なく眺めている壁だが、蔦が這っているのを見ておかしいと思わないか? 地下なら根が伸びているはずだ。それに、ここは地上で見かける植物が偶然と言うには多すぎるほど自生している」
「それがどうしたのよ」
「自然の作用でこうなることはありえない。つまり、この植物は人為的にここへ持ち込まれたと見るべきだ。それに生えている植物をよく見てくれ」
生えている植物?
俺も周囲を見渡して気づいた、これは――
「一起草と……六肋草、あっちは二壊草に三護草も!」
ああ! どうして気づかなかったんだろう。
どれも今勉強している薬効のある植物の本に出てくるじゃないか。
「そう、どれも有名な薬草ばかりなんだ。狭い範囲に、様々な種類が、満遍なく生えている。これもおかしい。となれば天井の照明も、光る理屈は分からないが、照明が存在する理由は予想できる」
「植物を育てるため……」
カレンが頷いた。
「ここは地下に作られた栽培施設――あるいは栽培した薬草を用いて何かの実験をする施設だったのだろう。ここが武器庫でない以上、古の武具が見つかる可能性は低いんじゃないか? 代わりに探すとしたら書物の類だ。……ウェンブリー、そう目に見えて落胆するな。昔の本だって価値は高い」
「本はねぇ……価値を理解できる奴を見つけないといけないから、捌くのが面倒なのよ。武器なら分かりやすくって買い手も多いからよかったんだけど。ま、確かにアンタの言う古臭いものへの関心も、たまには役に立つことが知れてよかったわ」
「私も、君がそんなに商売熱心だと知れて嬉しいよ」
「ふん」
そこで二人の会話は途切れ、息苦しい無言が始まった。
つられて俺たちも喋ってはいけないような空気感になる。
……さっきのウェンブリーからは攻撃的な雰囲気を感じた。
単に自分が気づかなかった点を指摘されたことにいじけたのかとも考えたけれど、あれは何かもっと……触れてほしくないという拒絶の怒りに見えた。
何に、というのは勿論分からない。
それはとても私的な事だろうし、他人が気軽に踏み込んでいい場所でもない。
――俺はまだまだ皆の事を知らないな。
〝外域〟での茶会をきっかけに皆と仲良くなることができたと思っていた。
だけど、仲良くやることと、人を知ることはまた別の話なのだろうか。
気心を知ったつもりになっていても、深くなるほど水底を見通せないように、見えているものは水面だけだ。表面のさざなみの動きが、普段の俺たちが知っている――知ったつもりになっている他人像なのかもしれない。
その奥の深い場所を知るためには、水面に飛び込んで向こう側を見るしかない。
さっき、俺たちが暗闇に飛び降りて九死に一生を得たように。
だけど、許しを得ずに飛び込んだなら、それは相手を蔑ろにしていることになるのではないか。
けれど、飛び込まなければ知ることはできない。
「……難しいなあ」
「ああ……この部屋は何の場所なのか、さっぱり分かんねえ」
「え?」
ギルが難しい表情で頭を捻っている。
ここでようやく俺は、自分が初めて見る場所にいることに気づいた。
どうやらウェンブリーの事を考え込んでいる間に、いつの間にか遺跡の新しい場所に到達したらしい。
さっきの、おそらくは栽培施設より小ぢんまりした広さ。
家具のような物が設置されており、それは全て石で作られている。書き物作業をするにはちょうどいいだろう、机と椅子のような台座。ボロボロの紙が散乱するアレは書棚だったのだろうか。
とりあえず俺は、台座の上を眺めているカレンに声をかけた。
「何か見つかった?」
「台座の上にガラスの容器がある。形状からして、やはり実験に使用していたものだろう……フェルム大隊長の温室で同じような容器を見たことがある」
「これはお宝になりそうかな」
「相当昔のものであることは間違いないけれど……あくまでもただの容器でしかない。そこまでの値打ちにはならないと思う」
たとえ大昔に作られた物であっても、用途的にはありふれた入れ物としか見なされないということか。
次の目ぼしい物と言えば……ウェンブリーが目を凝らして調べている書棚のようなもの。
中に収まっているのは吹けば粉々になりそうな変色した紙だ。保存状態が悪いというより、ただそのまま放置してこうなったように見受ける。
文字も、ほとんどが読み取れなかったが、辛うじて、意味のある単語がわずかに残っている。
〝番人〟
〝蠍〟
そして――〝プライゼン〟〝研究〟〝おこぼれ〟
「プライゼン……」
その音の響きに、
俺の心は、理由も分からずざわめいた。
「アンタ、これ読めるの⁉ それも、プライゼンって……」
呆然と呟いた俺に、ウェンブリーは開いた口が塞がらないとばかりに驚愕している。
「え、読めないの?」
「読めるわけないでしょ、古代文字なのよ! 逆にアンタはなんで読めるのよ!」
「……分からない。なんでだろう?」
「なんでだろうって……まあいいわ、どうでもいいし。肝心なのは、プライゼン由来の何かが見つかるかもしれないってことよ!」
「なあ、そのプライゼンって何者なんだ。スゴい人なのか?」
ウェンブリーの喜びようからして、何か偉業を為した人なのは間違いないんだろうけれど。
問われたウェンブリーはさっきの険悪さはどこへやら、鼻高々に説明してくれた。
「〝天文のプライゼン〟――空の星を読んで世界を識ると言われた大賢者。古代王国文明において魔法意能研究の第一人者だった英雄の一人よ。彼が直接手掛けた魔道具は、いま私たちが同じものを作るより精巧で高性能。超一流の探索者が、金庫を丸ごと差し出してまで欲しがる逸品らしいわ。そんな物を発見できたなら……フフ、ウフフフフフフ……!」
あ、ウェンブリーがまた金探しの目になった。
けれど、一財産を投げ捨てるに等しい価値があるお宝。
それが眠っていると言われれば無理もないだろう。俺だって、売るかどうかは別にして見てみたいと思う。
その後。
しばらく探索を続けたものの、結局お宝と言える物を見つけることはできなかった。
石材の家具があったのと似たような場所をいくつも通り過ぎる。
そして俺たちは、終点と思しき扉の前に到着した。
重厚な金属で造られた両開きのそれは既に開け放たれており、奥にはかなり広い空間が広がっている。
その空間の奥の壁にも、また別の扉が存在していて、そちらは閉じられている。
頭の中で警鐘が鳴る。
この開かれた扉を超えると、必ず何かが起きる。
それは、俺たちのような侵入者にとっては、間違いなく危険で好ましくない何かだろう。
「こりゃアレじゃねえか。いわゆる〝番人の間〟ってやつだ」
ギルが感触を確かめるように槍を手で軽く回し始めた。戦い前の、いつもの慣らしだ。
「これが……」
本当に偶然だが、探索に出る直前に勉強していた昇級試験の範囲が〝番人の間〟に関する知識だった。
曰く、古代王国文明の遺跡には、財宝を守護するために番人が置かれた部屋が見つかるという。それが〝番人の間〟。
多くの場合は働像のような、永い時を存在できる非生物が設置されているらしい。
そうして番人を倒すか、あらかじめ決められた手順で停止させることで、宝物庫に続く奥の扉が解放される。
後者はそもそも番人を設置した財宝の主にしか分からないので、俺たちのような侵入者は――
「――番人を倒して、お宝を奪うしかない……」
「あら、珍しく分かってるじゃない」
主の好戦的な気配を感じ取ったのか、〝たまちゃん〟が辺りを活発に飛び回り始めた。
カレンとも、ニコラも、各々の得物である杖と大槌を握り締める。ギニョルもこれまで活躍の機会が封じられていた大弓を手にし、矢をつがえる。
戦闘前の状態――体力は十分、ケガもなし、装備に異常もない。
この扉の先に何が待ち受けているかは未知数だけど、何が出現しても立ち向かえるほど気力は充溢していた。
――挑戦するに、不足はない。
「よし、行こう――」
「――待ってもらおう」
その出鼻を挫くように、
俺たちの後方から何者かの制止する声が飛んできた。
◇刃の中の刃【やいば-の-なか-の-やいば】
魔法/付与魔法
武器の切れ味を飛躍的に向上させる魔法。
この魔法があれば、血肉にまみれた刃物も
卸したての新品のごとく鋭さを取り戻す。
ただし、武器の強度には寄与しないため、
できるだけ頑丈な武器を選ぶことを勧める。
古くは働き者の処刑人の斧によく付与されたとか。