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第百三話 地下遺跡

◇帰路【きろ】

魔法/共通魔法


一度通った場所を思い出し、指し示してくれる魔法。

蝕業を問わず習得しうる共通魔法。


共通魔法の中でも当たりと考えられる魔法。

帰り道が分かるだけだが、行くよりも

帰る方が難しいことに気づいているだろうか?


〝片道〟は古くより決死を意味し、

ならば帰路とは、生きて帰る決意の現れである。

   ◆◆◆◆◆




◆〝外域〟浅層、東部地下遺跡群、ヨア



 その遺跡を発見したのは、完全なる偶然だった。


 地下深くまで巣をつくる魔物の討伐を請け負ったある徒党が巣の奥に侵入した際、戦闘の衝撃で土壁が崩れ、石造りの明らかに人工物の壁が現れたのだ。

 人工の壁を超えると、おそらく通路の途中に出たらしく、その先にも空間は広がっている様子だった。


 賢明にもその徒党は、欲をかいて一番乗りに未踏地域を進むのではなく、これまで発見されなかった遺跡の存在をギルドに報告した。

 これを受けてギルドは調査に乗り出したが――予想を超える遺跡の大きさに一旦調査を切り上げ、遺跡の区分を遺跡()に格上げする。

 正式に名称を『東部地下遺跡群』と命名し、探索者全員に向けて、その存在と調査依頼を公開するに至る……






 ……という話を俺はカレンから聞いた。


 (くだん)の遺跡群は、レアルムから足で一日かけていく距離に存在した。

 ギルドの先遣隊が確保していた突入口から侵入して以降、道中は何事もなく進んでいる。


 前衛は、先頭にギル、その後ろにウェンブリーだ。彼女にしては珍しく前に出ているが、目が金探しの目になっているから、そういうことなんだろう。ただ、召喚魔法で斥候を飛ばしてくれているから、何かあっても余裕をもって対応できるだろう。


 中衛にはギニョルとニコラ。今回は屋内ということもあって、ギニョルの強みである弓を活かしにくい場面が多い。だから、魔物と接触しにくい真ん中に居てもらっている。ニコラは回復役として、前方後方どちらにも行きやすい位置だ。


 そして、後衛がカレンと俺。カレンは、光球を出す魔法を照明として使ってくれている。俺は彼女の護衛も兼ねる。


 何事もないとはいえ、何か目ぼしいものはないか調べながらの道行きだから、自然と足は遅い。

 ギル以外の、目利きに期待できないとウェンブリーから早々に戦力外通告された俺たちは、やる事がしばらく無さそうなのでお喋りに花を咲かせている。いや、勿論周囲を警戒しながらだけど。


「それにしても」俺は遺跡の壁を撫でる。「こんな巨大なものを地下に作り上げるなんて、どうやったんだろうな。想像もつかないよ」


 気軽なつもりで、何気なく振った話。

 だが、カレンは真剣な眼差しで、俺が触れた遺跡の壁を見つめていた。


「これは間違いなく人工物ではあるが、人の手によるもの(・・・・・・・・)ではないだろう(・・・・・・・)


 俺の呟きに、カレンは妙な表現を口にする。

 人工物ではあるが、人間が作ったものじゃない?

 その疑問に答えるように、カレンは宙に指を踊らせた。


「周りの壁を見渡してくれ……燭台を置くために一部くり抜いたりしてあるが、無事な場所には一切の継ぎ目がないだろう。今歩いている床にさえも」

「……本当だ」


 石造りの家なら、適切な大きさに石を切り出して積み上げることで作られる。

 そうなれば石と石の間には継ぎ目の隙間が生まれるはずだ。

 ここにはそれが、まったく見られない。


「魔法で作ると、こういう無機質な建造物が出来上がると言われている」


 ……なるほど、さっきの謎かけは〝人間の手作りではない〟っていう意味か。


「カレンもこういうのを作れたりするの?」

「無理だ。氷魔法で簡単な遮蔽物ぐらいは造作もないが、ここまで複雑で、しかも巨大なものとなると、相当高い進値にならないと習得できない魔法だろう。……だけど」


 カレンが自身の想像に慄くように、息を呑んでから言った。


「……この遺跡は(・・・・・)実在している(・・・・・・)。だから、いたんだろう――魔法と意能全盛の古代王国には、天変地異にも等しい所業をなせる人間が」


 ――数多の命を屠り、膨大な死を積み上げて超常の位階に達した者。


 屍の山の頂上に立つ、血濡れた杖を携えた人間の姿を想像して、俺は身震いした。

 その恐れを遠ざけるために、話題を変えることにした。


「でも、いくら魔法でこんな大きい物を作れるとしても、ここに住みたいとは思わないよな」

「……確かにな。ここはただ通路のような空間が続いているだけで、人間の居住には難ありと言わざるをえない」


 そうなのだ。

 俺たちは遺跡に侵入して以降、延々と通路のような道を歩いている。

 途中に部屋のような空間はない。規則性なく曲がったり分かれ道があるだけで、それ以外に変化らしい変化はない。今はそこを主にウェンブリーの勘に従って進んでいるだけだ。


 そんな適当に道を選んで帰り道は大丈夫なのか……と思われたが、カレンとニコラが【帰路】という魔法を習得しているから問題ない。

 この魔法は、入口までの進むべき道を使用者の頭の中へ閃きのように示してくれるとのこと。魔法を覚えられる蝕業なら誰でも習得できる共通魔法というものらしい。効果は帰り道を教えてくれるだけとはいえ、羨ましい限りだ。


「しっかし……」俺は代わり映えのしない光景を眺めながら、何となく思ったことを口走る。「これじゃあ、遺跡というより迷路(・・)だ。入った人を迷わせるような造りにしてるとしか思えないよ」

「遺跡じゃなく、迷路……」

「そうそう……、カレン?」


 さっきまで隣に居たはずのカレンを探すと、彼女は後方で足を止めて何かを思案している。


「……そうだ……私はてっきり、遺跡と名が付くからには、人々が生活していた都市の遺構を勝手に想像していた。だが――大きさばかりに目が行って、論点がズレていたのか……? そもそもこの遺跡は、何のために作られた? 人が住むためとは考えにくいとするならば……」

「――あぁーもぉー! 何なのよ!」


 と、その時、先頭からウェンブリーの怒声が飛んでくる。

 何か異常が起きたのかと思い、俺とカレンは顔を見合わせながら近寄る。


「お宝の気配なんてまるでしないし、どこまで行っても通路ばっかじゃない! どうなってんのよ、設計者を出しなさい!」

「カリカリしまくんなって。しょうがねえだろ、無えモンは無えんだからよぉ」

「ギルッ! アンタちょっと一っ走り行って、この先に見込みがありそうか確認してきなさい! 無いなら引き返して別の道に替えるわ!」

「オイオイ、忘れたか? 自分で召喚獣呼んであるじゃねえか。そいつに探らせりゃいいだろう」

「そんなの――あれ?」


 ウェンブリーは急に静かになって、キョロキョロと視線をさまよわせている。


「どうしたんだ?」

「……おかしいわ」

「何が?」

「召喚獣よっ! 命令しても戻ってこないのよ!」

「勝手に帰っちゃったとか?」

「そんなわけないでしょ! 元からそういう特性ならともかく、私が使うのは呼び出した主に忠実な召喚獣だわ。それに、感覚は繋がってるから、消滅したらすぐ分かるの。……でも、そんな反応はなかったし、戻るように念じても姿が見えないのよ」

「……迷子になってるとか?」

「そんなバカなわけ――!」

「いや、ウェンブリー。その可能性はあながち捨てきれない」


 怒りの表情で詰め寄るウェンブリーをカレンが窘める。


「この遺跡は想像以上に入り組んだ構造をしている。もしかしたらその可能性もあるかもしれない」

「はぁ~⁉ 互いの位置が分かるのよ、ありえないでしょ……」

「だが、現に召喚獣は帰還していない」


 すると、道中無言だったギニョルまでもが、「お、おでも、おがじい、ど、思う」と声を上げ違和感を訴える。


「ごごっで、今、探索者が、いっばい、いる、ばずな、のに、誰ど、も、会わない。気配も、感じな、い」


 話では、この遺跡は未発見だったゆえに思わぬお宝が見つかる可能性があるとかで探索者が押し寄せているはずだ。

 なのに、これまで誰とも擦れ違うはおろか、俺たち以外の物音すら聞いていない。


「……とりあえず、一度引き返してみよう。違う道を行けば何か変化があるかもしれない」


 小隊の長として俺はそう皆に提案する。

 このままじゃ埒が明かないのは事実だ。ウェンブリーも渋々といった風に頷いた。


 ――だが、歩き始めてすぐ、俺たちの足は止まった。


「道が…………塞がってやがる」

「こんな場所に壁なんて無かったわ、間違いなく……」


 ギルとウェンブリーが呆然と呟く。俺も理解不能な状況に開いた口が塞がらない。

 俺たちは行き止まりに当たることなく、時折現れる分かれ道を無作為に選んで進んできたはずだ。引き返せばまた延々と通路が続くはずなんだ。


「……入り組んだ構造……戻らない召喚獣……遭遇しない他人……塞がれた出口(・・・・・・)……」

「お、おい……」


 不吉な事を羅列するカレンを思わず制止してしまう。


 だが……


 だが、これだけ状況証拠を揃えられてしまっては、もう、認めざるをえない。

 この遺跡は、


「――中に入った者を捕えて、逃がさないためじゃな!」


 ニコラが場違いなほど明るい口調で結論を下した。


「「「「「…………」」」」」


 一人のニコニコ笑顔を除いて、全員の背中に嫌な汗が伝う。


「で、でもさ、最初に発見した徒党やギルドの先遣隊は無事に帰還してるじゃないか! だったら――」

「それは、入口から近い位置で引き返したからじゃないか? ……もっと奥に入り込んで、確実に逃げられなくなった獲物を、ゆっくりと……」

「カレン! お願いだからもっと希望があるような推測をしてくれ!」


 心を折るような事を言わないで!


「……ま、落ち着けよ、全員」


 この中で最も年長者で経験豊富な男、ギルが壁にもたれかかりながら口を開く。


「まだ帰れねえとも死ぬとも決まったわけじゃねえんだ。冷静に状況を把握しよう。冷静さを無くした奴から死んでいくんだぜ。「だからアンタは博打でいっつも負けてるのよね」うるせえぞウェンブリー。……幸いにも魔物の姿は見当たらねえ。腰を据えて考える時間は、たっぷりありまくるんだからな」




 ――ピシィィッ!




「ん?」


 ギルがもたれかかった壁、継ぎ目のない不自然なそれに、唐突に人型(・・)の線が走る。


「おおあぁッ⁉」


 その人型の枠の形に壁が勢い良くボコンと飛び出た。当然のように吹き飛ぶギル。


 飛び出た壁……いや、壁に埋まっていた(・・・・・・・・)人型の何か(・・・・・)には、さらにいくつもの継ぎ目が走り、分離した。離れた部位を繋ぐように、間には球体の関節が覗いていた。


 ――ピシィィッ! ピシィィッ! ピシィィッ! ピシィィッ!


「考えてる場合でもなくなったのじゃ、ワハハ!」

「――全員、戦闘態勢ッ‼」


 左右の壁、等間隔に人型の継ぎ目がどんどん生じていく。

 獣噛みの大剣の柄を掴もうと、背中に手を伸ばし――


「バカッ、後ろが袋小路だぞ! 前に逃げるんだよ(・・・・・・・・)!」


 気づいたら、全速力で走るギルの肩に担ぎあげられていた。

 皆は――ギニョルがそれぞれの手にカレンとウェンブリーを、背中にニコラがしがみついている。


 ――その背後から、大量の人型が追いかけてきていた。


 その数は数え切れない。しかも俺たちが走った後から壁に継ぎ目が走り、人型は今もどんどん増えている。

 ギルの判断が正解だった。行き止まりであの物量に迫られていたら最悪の未来になっていたかもしれない。


「こ、この遺跡っ、俺たちを殺そうとしてるッ!」

「見りゃ分かるっつーのッ!」


 ギルの肩から飛び降り、並走する。

 クソッ、最悪だ! この壁の全てが敵になる可能性が出てきた。

 だったら、このまま逃げ続けたところで……。


 まとまらない思考のまま、何度目かの角を曲がったところで、


「――行き止まり、か」


 考えるべきだった、この遺跡が自在に壁を作り出せるなら、逃げ道を塞ぐこともできるのに。


「しゃあねえ! ヨア、()るぞ!」

「おうッ!」




「――ギニョル、そのまま突っ込みなさい!」




 後ろへと振り返った瞬間、視界を覆い尽くす人影。


 ――空中に放り投げられたカレンとウェンブリーを、俺とギルがそれぞれ反射的に抱き止める。


 その間をギニョルが駆け抜けていき、


「オォ、オ、オ、オオオオオオオオ――‼」


 一切速度を緩めないまま壁に突進――そのままブチ破ってしまったのだ。

 その奥へ続く通路へ俺たちは一目散に飛び込み、再び走り出す。

 あれが巨人族の本気の力なのか……なんて凄まじい。


「ギニョル、突き当りを右! ――分かれ道を左!」


 次々と出現する分かれ道に対し、ウェンブリーは迷いなく進む方向を指示し、ギニョルが立ち塞がる障害物を破壊していく。


「道が分かるのかウェンブリー!」

「召喚獣に近づく道を選んでるの! ――あのツルツルの壁が無い場所を発見したみたいだわ」

「……‼ 帰ったらご飯奢る!」

「フン、安っい報酬だこと。財布は重くしときなさいよ」


 ウェンブリーが放ったままの召喚獣が安全そうな場所を見つけ、そこを目がけて俺たちはひた走る。

 脱出できるかもしれない、差し込んだ一つの光明。

 だが、嘲笑うかのように、遺跡は絶望を叩きつけてくる。


「――道が……」


 ギニョルが呆然と立ち尽くしている。

 その向こう――真っ直ぐ伸びた通路の床が全て消失し、底の見えない暗闇が待ち受けていた。

 足の踏み場すら奪われた、完全な行き止まり。


 こんなの、もう――




「――飛び込んで‼」




 ――行き場など無いはずの断崖から跳躍する影。


「ウェンブリー⁉」

召喚獣はこの真下よ(・・・・・・・・・)!」


 真下――墜ちた先の闇。

 光の無い、闇の穴……。


「――私を信じてッ!」

「……っあああああ!」


 恐怖を殺し、前へと踏み込む。


 体を絡め取る浮遊感。

 落下していく肉体。


 ――闇が、


 生物の本能的な恐怖を掻き立てる深淵の黒色が、目の前に迫り来た。


◇埋め人【うず-め-びと】

魔物/無生物目/働像科


魔法によって作り出された命なき兵士、働像の一種。

建物の壁と一体化した防人である。


働像は人間に代わる労働力に始まり、

次に戦場の兵士として活用を見た。

働像文化は花開き、埋め人もまた、

その中で発展した見えない芸術(・・・・・・)の一つである。


違和感なく室内に溶け込ませた埋め人は、

不届きな侵入者にとって終わりなき恐怖を与えた。

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