第百二話 巨竜再び
◇妖刀「鏖」【ようとう-おう】
武器/刀系統/太刀
遥か東の地、東荒の名工の手による
妖刀二十六本のうちの一振り。
手にした者に絶大な力を与えるが、理性を奪い、
目につくもの全てを斬りたい衝動を植え付ける。
決して抜いてはならない刀。
男は仲間を守るため、それを抜いた。
気がついた時には、敵も味方も血に沈んでいた。
しかしまだ、殺すべき命がある。
男は喜色を浮かべながら、自らの首を突いた。
「……俺まだ何も言ってないけど」
「知ってるわ、グラトナ大隊長に言われたんでしょ。当然だもの、アンタを説得するように頼んだのは私たちなんだから! アンタ、グラトナ大隊長の言うことなら素直に聞くでしょ」
「たちって……主にお前だろうが」とギルが呟く。
「本ッッッ当、不覚だったわ。ほんの出来心で勉強のコツを教えてしまったばっかりに、アンタが勉強にのめり込んだせいで、私は〝外域〟に行けなくなったのよ⁉」
「……? 俺が居なくても他の人を誘えばいいんじゃ」
という至極真っ当な俺の疑問に、
「ウェンブリーば、おでだち以外、に、友達、いない、がら、〝外域〟に、ながなが、行げ、ない」
ギニョルが言いにくそうに教えてくれた。遠慮がちに見えるのは体を縮めている姿勢だからだろうか。ゆったり広めな作りの談話室も、巨人族の血を引くというギニョルの巨躯にとっては狭そうだ。
「――まあ実際、ヨアがいないことで探索があまり捗っていないのも事実だ」香りの立ち昇る温かい茶を口にしながらカレンも言う。「ヨア抜きの皆で何度か〝外域〟に行ってみたりはしたんだが……戦いの効率が明らかに低い。君が考案した私たちの戦い方は、どうやら全員が揃っていないと機能しないらしい」
「ワハハハ! また最初のときみたいにめちゃくちゃになったのじゃ!」
なぜかは分からないけど、俺が来た時から壁を支えに倒立しているニコラもカレンの意見に賛同した。
「と・に・か・く! 〝外域〟に行く、魔物を倒す、お宝を発見する、売り捌く、儲ける――それが探索者の本分よ!」
「いや、俺は別に……」
「ぐだぐだ言わない!」
「はい……」
……と、記憶を回想し終えたところで、ギルが請負印の捺された一枚の紙を手に戻ってくる。
「ほら、これでいいんだろ」
『東部地下遺跡群の探索調査
指定探索範囲:なし
指定探索遺物:なし
指定討伐魔物:なし
探索結果報告:必須(有聴取・有罰点)』
「これが探索調査……」
「……そういやお前って探索系の依頼請けるの初めてだったか。言われてみれば今まで討伐系ばっかり選んでたな」
「これってどういう内容なんだ? 具体的な条件が無くて、指定なしっていうのが多いけど」
「やれやれ、またギル先生の出番か――」
ギル曰く、ギルドで請け負える依頼は三種類に大別できるという。
文字通り特定の魔物を倒すことが成功条件の討伐系。
これは追い返すだけの撃退も含まれるらしいが、概ね対象となる魔物を倒して討伐を証明する部位――牙とか耳とか――を持ち帰る理解で問題ない。
繁殖で増え過ぎた魔物の間引き、都市間を結ぶ街道を縄張りに入れてしまった魔物の処理、糸の切れた凧のようにあちこちを徘徊する凶暴な魔物の撃退などが代表的な討伐系依頼だ。
あらかじめ指定されている物の採取や、役務の達成などが成功条件になる成果系。
薬草を指定した数量だけ〝外域〟で採取してくるとか、他の都市へ移動する商会の馬車の護衛などが該当する。
俺が指名依頼で従事した地下水路の点検もこの成果系に分類される。
貼り出されている依頼の中で割合は最も多いというが、これは〝とある魔物の○○を手に入れる〟といった、内容的には討伐系の依頼もこっちに含まれるからのようだ。
そして今回俺たちが請け負った、決められた範囲の環境を調べることが成功条件となる探索系。
はっきり言って、ぶっちぎりで人気の無い依頼らしい。
成功条件である環境の調査――その定義を要約すると〝行って、見て、聞いて、分かった事を全て報告すること〟という風に曖昧なので、どこまでやれば達成なのかが分かりづらい。
内容も調査だから地味。
続けるには好奇心と根気強さが必要と面倒くさい。
おまけに場合によっては、探索中に見つけた物は依頼主に提出しなければならない……言い換えると自分のモノにならないから旨味が無い。
さらに言えば、危険なのだ。考えれば当たり前の話で、調査が必要な場所ということは、危険な存在が潜んでいる可能性があるということ。あるかもしれないし、ないかもしれない。行ってみなければ分からない。
総合すると、請けたくない理由の方が圧倒的な不人気依頼なのだ。
――では、なんでウェンブリーがヤル気満々なのかというと、
「『指定探索範囲:なし』……これは特に影響ねえからいいとして、だ。『指定探索遺物:なし』――こいつぁ美味しいぜ! 発見した遺物は自分のものにしていいって意味なんだからなァ」
「『指定討伐魔物:なし』ってのは?」
「〝探索中に見かけて討伐したら報酬が出るぞ〟ってことだ。今は特に害獣が増えまくってる状況でもねえらしいから、無しのままなんだろう」
もう一つ重要なのは、ここだ――ギルは依頼票の一点を指さす。
「帰還後の聴取あり、それを拒否すれば罰点あり。つまり、探索して判明した事項はギルドへの報告義務があるし、それをしなければ今後の昇級に響くような傷を経歴に付けるぞって意味だ」
「調査なんだから、結果を報告するのは当たり前なんじゃないのか?」
「聴取ってのは、探索者一人ひとりを個別の部屋で聞き取りするんだよ。結託して嘘を吐かねえようにな。時間もかかるし、普段はそこまでしねえんだ。応接室なんかで軽食を摘まみながら気楽に……ってのが普通の報告だからな」
「……ギルドがそこまでして探索させたい地域ってことか」
「気前よく遺物っつう餌までぶら下げてな」
「思ったんだけど、ギルドは調査をしないのか? 自分の目で見るのが早くて確実だろうし」
「……まあ手は入れてるだろうが、単純に人手が足りねえんだろ」ギルはひらひらと依頼票を弄びながら、内容を眺める顔は険しい。「『東部地下遺跡群』なんてのは聞いたことねえ。書いてある座標は何もねえ森だったはずだが……」
「――聞いたことがないのは、最近発見されたばかりの古代遺跡だからデース!」
ギルが手にした依頼票の上に影が落ちる。
大人を優に超える長身、日焼けした肌、ふわりと宙を泳ぐ銀髪。
極めつけは、真っ直ぐに伸びた双角。
「プルガ……さん?」
「ハーイ、あなたの未来の先輩、プルガさんデスよー!」
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・一階大広間、ギル・ラーゴット
まったく。
最近じゃあ慣れて、もうコイツに驚かされることもそうないと油断しまくってたが……いつの間にか、とんでもねえ大物と面識を持ってやがるな。
レアルム最強と謳われる探索団『蒼の天盤』、その鬼子。
――〝巨竜〟プルガ・ビッグスラー。
「お姉さんに会えなくて寂しくなかったデスか~?」
「いや、そもそもお姉さんでは――わぶっ⁉」
聞く耳持たず、ヨアは軽々と全身の武具ごと持ち上げられて、胸の中に抱きしめられる。
ヨアの野郎、あの豊満な二つの丘を堪能しやがって、うらやましい……!
歯噛みする俺をよそに、二人は周りの探索者の耳目を集めていく。
プルガが色々と目立つ外見をしてるってのもあるが……、
この女は、単純にデカい。
「わあ、お仲間デスね~! 同族を見るのは久しぶりデス。お名前は?」
「ギ、ギニョル、で、ず……」
「同じ巨人族同士、これから仲良くしましょ~。まあ私の引いてる血は四分の一だけなんデスけどね!」
恵まれた体格は噂の通り、ギニョルと同じ巨人族の血が入ってるからみてえだ。
頭の角を見る限り、他の種族の血も混じってそうだが……今は重要じゃねえ。
「おいおい、ヨア。そこの姉ちゃんとはどういう関係だ? お前も隅に置けねえな」
「……ぶはっ! どういう関係って言われても! 一方的に向こうが俺を知ってるだけで……」
――ふむふむ。ヨアの方から絡んでいったわけじゃねえらしい。
仮にそうだとしても、格が違い過ぎて普通は相手にされねえからな。
つまり、プルガから何らかの目的を持って接触してるわけか。
ただの茶飲み友達ならいいんだが……。
格上が格下に親切に目をかける意味は、大概の場合――
「だってヨア君はウチの、」
「――まだ決まってもいないことを、吹聴するべきではなかろうて」
幼い響きの声が割って入る。
現れた人影は、巨躯のプルガと対照的に、俺らの腰くらいの背丈しかない。
着膨れしたガキみたいな厚着した格好と鍔広帽子、地面を引きずるほど長い首巻。
「え~! ムシューも賛成してたじゃなーい」
「曲解するな。反対しなかっただけで賛成まではしておらん。儂にはどうでもいいことじゃからの」
年寄りめいた口調を話すのは、声変わり前のガキの声。
ここまで特徴が揃ってたら間違えねえぜ。
――〝棺飼い〟ムシュファ・クルシェダッド。
また『蒼の天盤』と来やがったか。
不釣り合いにめかし込んだ幼女の見た目に騙されちゃいけねえ。
プルガ・ビッグスラーの仲間ってことは……化物連中がひしめく三等級以上であることは確実なんだからな。
下手に対応して不興を買いまくっちまえば――
「君、ギルドにお遣いかな? 偉いねえ」
「おい早速ぅッ⁉」
ヨアの奴はムシュファの帽子を撫でて完全に子ども扱いしてやがる、言わんこっちゃねえ!
俺はヨアの頭をド突いて引き剥がしてから詫びを入れる。
「は、ハハハ、すまねえな。アイツはその、かなり常識が無えから、気を悪くしたなら謝るから許してやってくれ」
「…………」
ムスタファは、痛えと涙目で頭をさするヨアを見ていた。
その間ずっと無言だったが、不思議と怒っているような空気は感じなかった。
「別に怒ってはおらぬ。もし、儂をバカにするつもりで幼子扱いしたなら、足の一本ぐらいは切り落としてやるところじゃったが、あれは本心から心配して儂に接しておった。悪気が無いならあの程度、寛恕するに吝かではない」
「……そう言ってくれると助かるぜ」
ふう……なんとか治まったようだ。
つうか、出発する前からなんでこんなに気をすり減らさなきゃならねえんだ。
「お主が少年のお守り役かの」
ムシュファのその言葉が俺に向けられていること、少年というのがヨアを指していることに、俺は少し遅れて理解する。
「儂もな、今日からプルガのお目付け役よ。最近外に出さなんだから、内心、大分と憤懣が溜まっておるようじゃ。できるだけ暴れんようにはさせるが、出くわしてもあまり近づかんようにしてくれよ」
「……何の話だ?」
「ほれ、行くんじゃろう?」
ムシュファの視線の先は俺の手の依頼票に固定されている。
まさか――コイツらも東部地下遺跡群に行くのか!
今さらせこせこ〝外域〟探索だと?
遺物でも何でも、金で叩けば手に入るぐらいの財産は既に築きまくってるだろうに。鉱石なり魔物素材なりを武具に鍛え上げてくれる名匠との繋がりもあるはずだ。
それ以外の何かがここにはあるってか。
行って帰って報告してお終い……で済めばいいんだが……。
◇首狩り【くび-か-り】
意能/武器奥技系
鎌の武器を使用時のみ発動できる意能。
鎌で首を狙う時のみ、威力が大きく上昇する。
並大抵の鎧であれば、そのまま斬断できるほど。
勿論、相手も手強く守りを固める部位であるため、
この意能の有無が勝敗に直結する場面は多くない。
鎌を首に添えられた者に出来る事は、
命乞いか、落としやすいよう頭を垂れるのみ。