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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
序章 愛しい君の心に剣を
1/101

第一話 呼び声

 4 → 3


 まず初めに、魂が引き戻される。

 浮かび上がって、初めてその深さに気づくほど(くら)い闇の中から。


 3 → 2


 骨が根を張り、血肉が芽吹く。

 魂を守るように、隙間を埋めるように、血が満ちていく。


 2 → 1


 皮膚が瑞々しい肉体を覆い隠し、壊れた装備は、時が巻き戻るがごとく形を取り戻す。

 ここでようやく――俺は地面に横たわっていることを知った。


 新鮮な皮膚が、夜明け前の大地の冷たさを感じ取る。

 張られたばかりの鼓膜が、残り火に舐められた木材が静かに爆ぜる音を聞く。

 喉が、空気の乾きに不快感を訴えた。


「…………ァ」


 脳が体を認識しない。

 神経が上手く伝達しない。

 筋肉が力を発揮しない。

 それでも。


「……ィ、カ」


 俺の魂がその名前を呼ぶ。


「ラ、イ、カ」


 永い復讐の旅が、産声を上げた。




   ***




◆無辺の荒野、ヨア



 ――獣の王子よ――


 夢を見ている。


 そうと分かるのは、いつもと同じ声がするから。

 いつもと同じ……辛くて苦しい夢。


 乾いた薄暗い大地を一人で歩き続ける。

 太陽の日差しは分厚い雲の向こう側だ。


 風が前から強く吹き付けてくる。

 砂が体に当たる度に、心も一粒ずつ削れていくようで、どんどん意識が曖昧になっていくのだ。

 喉はとっくの昔に渇ききって、いつから食べ物を口にしていないか忘れたけれど、止まったら死ぬかのように体は歩き続ける。


 朦朧とする意識、霧のかかった頭の中に、同じ言葉だけが焼き付いたように離れない。

 誰かがずっと、俺を呼び続けている。


 ――獣の王子よ。


 ――一にして十の獣よ。


 ――全ての爪を、総ての牙を、あまねく御前に束ねたまえ。


 ――世界の果てまで、翼の届く限り、


 ――叫びで踏みにじり、顎にて切り拓き、


 ――境界を引き裂き、我らが楽園に導きたまえ。




 ――獣の王子よ。




 いつもここで、俺は目覚める――


「――っ……あ……」


 気絶していた。

 剣戟と魔物の唸り声を目覚ましに意識が覚醒する。

 途端に、魔物と奮戦している探索者の怒号も響いてきた。


 俺たち魔物狩りは、大型の魔物を標的に全員で攻撃をしかけ、俺だけ運悪く反撃の蹴りを一発もらってしまったことを思い出す。頭に当たっていたら絶対に死んでいただろう。


 状況は、攻撃を仕掛けた時の混沌のままだ。俺が気を失っていたのはほんの少しの間だけだろう。痛みをこらえて体を起こす。

 高くなった視界に、離れた岩陰でブルブルと震え続けている魔物狩りの男が映り込んだ。


「おい、あんた」


 話しかけても、その男は怯えるばかりで、一人で何かを呟いている。


「なあ、おい」

「俺は大丈夫……大丈夫なんだ……絶対に人外(・・)にはならない……俺が殺さなければ(・・・・・・・・)、大丈夫……大丈夫……」


 ……どう見ても大丈夫ではなさそうだけれど、俺も人の心配をしているどころじゃなかった。

 ちょうどいいので岩陰に隠れて戦況を見る。


 魔物は周囲に群がる武器を持った人間を蹴散らすと、逃走するつもりか、こちらに向けて駆けてきた。

 馬の首から上に人間の上半身を乗せたような魔物。馬とも人間とも違うのは、全身がびっしりと鱗に覆われている点だ。

 頭のような部位も口以外は鱗が守り、目も鼻も耳もない。腕は先端が一本の大きな爪だけで、今まさに血に濡れて光を反射している。仲良くなれたとしても握手は遠慮したい鋭さだ。


 魔物はところどころ傷を負っているが、まだ死ぬほどの深さじゃない。なにより四本ある脚は無傷のまま。

 脚の長さだけで大人の身の丈を超えるほどの巨体だ。まともに正面切って戦いを挑んでも蹴り殺されるだろう。それは賢い選択ではない。


「ふぅぅぅ……!」


 右腕(・・)に刻まれた痣の一つが発熱する。

【身体強化】の意能(スキル)が、俺の意思に反応して全身に力を送る。


 魔物が岩陰の横を駆け抜ける――その瞬間に飛び出し、脚を剣で薙ぎ斬った。


 完璧な不意打ちが深い傷を刻み、姿勢を崩した魔物はたまらず転倒する。


「う――ああああああああああッ‼」


 震えていた男も剣を抜いて、魔物を斬りつけた。

 それだけにとどまらず、男の左腕(・・)の痣がある箇所が陽炎に揺らめく。

 強い熱を帯びている証拠……魔法発動の予兆だ。


 突き出した左腕の先、何もない虚空から瞬く間に火球が生じ、放たれる。魔物に着弾した火球が爆ぜて鱗の防御を貫き、肉を深々と焼いた。


 ここでようやく追いついた他の魔物狩りが群がり、次々と攻撃を加えて仕留めにかかった。

 勝負の趨勢は決し、問題は最後……誰がとどめをさすか(・・・・・・・・・)になる。


 ――その時、このまま殺されて終わるはずの魔物が、攻撃を喰らいながら跳ね起きる。

 最後の力を振り絞ってなのか、魔物なりに状況を打ち破る狙いがあったのかは分からない。

 だが結果として、魔物はあの怯えていた男を押し倒し、覆い被さって――ガクリと腕を垂らして止まった。


 魔物の背中から刃が生えている。男が構えていた剣の上にのしかかったことで胸を貫通し、それが致命傷になったのだ。


「は、はッ……ヒッ……俺が、殺した……! あ――これ、進値(レベル)、上がっ、気持ちい――」


 ――男の体が膨らんで、内側から破裂する。


 明らかに体の大きさを超える量のどす黒い肉が溢れだし、地面に広がっていく。近くにいた魔物狩りが慌てて一歩二歩と後ろに跳ぶ。

 黒い肉は何本もの筋がより合わさって、さらにそれが何本も捻じれて巻き付いた形していた。はっきりとした姿を取らないまま蠢き続けており、見る者に強い不快感を与えてくる。


「トロスが人外化したぞ!」「やりぃ! 稼がせてもうらうぜ」「おい分かってるな! 進化石は最後にとどめを刺した奴のもんだ!」「ふざけんな! 進化石の割り当てはガルマクさんが決めるんだ!」「じゃあそのガルマクに殺させろっつってんだよ! 雑魚は黙ってろや!」「ああッ⁉」


 狩りに参加していた魔物狩りたちが色めき立つ。


 不定形の人外は弱い。

 つまり、人外を打ち倒し、その体内にしか生じない進化石(しんかせき)を手に入れる絶好の機会というわけだ。

 進値が限界に近い人間にとって、進値上限を引き上げる進化石を手に入れられるかどうかは、そのまま魔物狩りとしての寿命に直結する問題でもあった。


 彼らが言い合いをしている間にも、人外は変態を繰り返す。

 一部が瘤のように盛り上がり、生々しい音を立てながら上下に割け、瞳孔の無い赤色だけの目が二つ浮き上がった。


 ボ――ボ、ボォオ、オ、オ、オォオオ、オ、オオオ――‼


 人外の、悍ましい声が荒野に轟く。頭が出来上がったのだ。


 ――攻撃が来る。


 人外は大小無数の触手を地面に引っかけ、這いずるように移動した。

 這いずるとは言っても動きは素早い。特に、言い合いに夢中になって注意が疎かになっていては避けられないほどに。


「が――っ⁉」


 男が一人、飲まれる。

 人外の顎の内側で肉が潰れ、骨が砕ける音と――恐怖を激しく掻き立てる絶叫が響いた。

 殺生を生業にする人間は、進値が高いお陰で肉体は強靭になるが、言い換えれば死ぬまで時間がかかる(・・・・・・・・・・)

 致命傷を負っても治療が間に合う可能性は高くなり……気が狂うほどの苦痛を長く永く味わってから死ぬ未来もすぐ隣にある。

 魔物狩りは、持たざる者が身を立てるには一番手っ取り早い代償に、およそ人らしい死に方は望めない。


 生き延びるため、この場にいる全員が武器を手に取り人外に向かっていく。


 対する人外も触手をあちらこちらに伸ばし、次の哀れな餌を探している。


 俺も向かってきた触手の一本を剣で打ち払った。

 そして近くの岩に飛び乗ると、空中に大きく跳躍する。

 渾身の力を込めて、人外の真上から思い切り剣を叩きつけんとして。


 戦いはまだ、始まったばかりだ。

◇魔物狩り〟【まもの-がり】

職業/戦闘職/その他


〝はぐれ街〟で魔物を狩ることを生業とする者の呼び名。


命を懸けて食い扶持を手に入れんとする彼らは、

はぐれ者たちの中で最も立場が強く、一部を除き、

暴力を笠に着た横柄な性格が多い傾向にある。


〝はぐれ街〟以外で、この呼び名は通じない。

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