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金の星  作者: 舌についてる白いのってどうやったら取れる?
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人とは

あんあんあん

クティア王国。それは大陸の中央に位置する軍事国家。領土の北部に軍馬の名産地が広がっており、それを早期に活用した初代国王リーフェの尽力により、クティア王国は騎馬民族として軍事力を伸ばしていった。国土が広く、四方を敵国に囲まれていて、戦争が多かったのもその要因の一つだろう。ともかくクティア騎兵の勇名は周辺諸国に知れ渡り、密集陣形で突撃してくるクティア騎兵の大軍を見た敵軍が武器を捨てて逃げ出してしまうというのはよくある話だった。また、クティア王国は大陸の中心に位置するということもあって東西南北から行商人が訪れ、経済面でも他国を上回っている。軍事と経済の両輪によってクティア王国は五世紀の歴史の進みとともに版図と国力を増強し続けてきた。しかし光差す栄光の裏には輝きと同じだけの暗黒面が生み出された。理想と救世を掲げて戦い、偉大なる王となった聖王リーフェの血筋は断たれることなく第二十七代国王ゴルドラ二世まで脈々と受け継がれてきたが、長き年月とともに血は少しずつ濁り、豪華絢爛な宮廷もまた腐臭を漂わせる淀みを抱えている。王侯貴族、自由民、奴隷。過剰なまでに厳しい階級の差は数世紀に亘って怨恨と破滅を溜め込み続けていた。

だが歴史の暗がりにこそ新たな英雄を生み出す。かの王の名はアレン。戦乱に満ちた大陸を駆け巡り、新たな時代を築く英雄の名である。



遥か遠い東の夜空を一条の流星が駆け抜けて消えていった。夜空にちりばめられた数々の星たちの中でその星だけが輝きと命を代償にして最期に漆黒の海を駆けていったように見えた。流れ星がどこから来たのか、どこへ行くのか彼には分らない。視界から消え去ってしまったその星がどこへ行ったのかを想像すると得体の知れない虚しさと不安が彼に思考をやめさせた。実体のない寂しい感情がこう言っているようだ。考えても意味のないことをむやみに考えるな、この美しい星々の海を見上げよ、と。

少年は薄汚れたボロ服を纏い、川のほとりの石造りの橋の下にいた。特にすることもなく、何の気もなく夜の空を眺めていた。彼が持っているのは一振りの直剣。貴族の持つそれとはことなり、宝石や黄金の装飾こそないものの、その剣の真価は鋭い光を放つ刃にあった。

「キレイだなあ。」

美しく散った流れ星を見て、煌々と夜空を彩る無数の宝石を見て、朝日の光の束のような金髪をそよ風に揺らす少年は虚空に手を伸ばした。

三か月前、突如発生した大震災によって記憶を失った彼はただ一人、町中の川岸で目覚め、貧しい暮らしを強いられていた。震災以前のことを思い出せない。自分が何者かもわからない。けれど孤独な人生でなかったことだけはわかる。なぜかそんな気がするのだ。

ルビーの瞳で宙を見つめる少年の言葉に答える者は誰もいない。以前はどうあれ今の彼は独りぼっちなのだ。頼れる者も支えあう仲間もいない。こんな天涯孤独な生活をあとどれくらい続ければよいのだろうかと思うと寂しさで涙が出そうになる。

しかし、そんな孤独との戦いは彼が予想するよりもずっと早く決着を迎えた。

「ねえ。」

透き通るような優しげな少女の声が背後の暗闇から投げかけられた。驚いて少年は振り返る。自分に話しかけるようなもの好きがいるとは思わなかったからだ。

月の光も届かぬ闇の中から姿を見せたのは万年雪のように白い髪が目を引く一人の少女。少年と同じような粗末な服だけを纏っている。またその腰には一振りの剣を帯びている。少女は不安げに続けた。

「わ、私はローズ。」

震える声で名を告げる。

「あなたも帰るところはないの?」

少しの間をおいて少年は短く名乗り返した。アレン。ただのアレン、と。あいにくそれしか記憶にないのだ。

「見ての通りここが俺の家だ。」

それ以外に紹介すべき事柄はない。現在のところは、だが。今の彼に過去はなく、望む未来もない。とはいえいささか無愛想すぎる自己紹介だったかなと思い返し、急造りの微笑みを向けた。

「よければだけど私もここに住まわせてもらえないかな。前にいたところは使えなくなっちゃって。」

「いいよ、ここに住みなよ。」

と言って橋の下に作った小屋を指す。木の板や葉で建てた家だ。多少狭くなってしまうが小柄な少年と少女の二人が眠る分には大した問題はない。不便になるようなら改築すればいい。

一人より二人のほうがやれることも増えるし、作業効率も上がる。それに口に出して言うのは恥ずかしいので言わないが本当に寂しかった。心が冷え切り、凍っていくような心地に恐怖さえ感じていたのだ。そんな日々とは今日でお別れだ。苦労を分かち合える仲間ができる喜びに本物の笑みがこぼれた。

少女はほっと一息をついた。

「ありがとう。よろしくねアレン。」

こうして二人は出会った。



過ぎた日々の数だけ太陽が昇り、沈んでいった。いったいどれくらいの月日が流れたか彼らが知る術はなかったが二人が出会ってから実に一年が経っていた。二人は互いに支えあい、何とか暮らしていた。馬を使って狩猟や採集を行ったり木材を集めて小屋をリフォームし、捨てられていた汚い布を縫い合わせて服や布団を作って厳しい冬を越えた。アレンもローズもかなり体力がついた。 

夜、月光差し込む川沿いの草原で二人の少年少女が剣を交えていた。用いているのは互いにむき出しの真剣。少しでも手元が狂えば重い怪我を負いかねない。といってもこれは訓練であり、実戦ではない。双方に殺意はなく、剣術の腕比べを通して心を通わせることを目的とする。朧げにしか思い出せないが記憶を失う以前もこうして剣を交わす友人がいた気がする。音すら切り裂く斬撃を絶えず放ち続ける姿はまるで舞いを踊っているように見える。二人の顔には笑顔が浮かんでいる。

刃の激突が生み出す火花が暗闇に散り、わずかに周囲を照らす。激しい運動によって汗が流れ出て、湧き上がる闘志が剣戟の交わりを加速させる。惜しげもなく披露される剣術はまさに熟練の戦士のそれだった。

二人の放つ剣は自由にして自在。決まった型を持たず、敵を倒すために日々進化を続けている。目にもとまらぬ雷光の如き速さの刃の応酬が繰り広げられる。屈強な戦士が持つ頑強さはないが全身の筋肉を活用するしなやかな剣術はどこからでも無数に鋭い打突や斬撃を放つ苛烈なものだ。

今晩の戦いはローズの剣を叩き落したアレンの勝利に終わった。

「ひゃほー 俺の勝ちー。」

アレンはガッツポーズを決める。

敗れたローズも悔しがったが笑っている。出会ってしばらくの間、彼女は笑顔を見せず、遠慮がちだったが今では何でも言い合える間柄だ。二人はこの一年間、暇さえあれば剣の腕比べをしている。彼らの将来の目標はいつか兵士になって戦場で活躍し、出世して大きな屋敷に住むことだ。その資本は健康な体と剣だけ。それでも将軍になって豪華な暮らしを手に入れるのは不可能ではなかった。彼らが暮らすクティア王国の初代国王リーフェも生まれは奴隷の身分でありながら戦場で卓越した槍術と戦術眼によって台頭し、悪魔王ドルべラスの率いる軍勢を倒し、王位に就いた。そんな彼の輝かしい伝説は王侯貴族の尊敬と平民階級の崇拝と奴隷身分の羨望を集めた。 



アレンとローズはいつものようにボロ小屋の中で毛布にくるまって床に就いた。幼いながらも同年代の異性と密着して眠るのは当初彼らを躊躇させたが冬将軍の猛威にやられて無様に屍を晒すよりは幾億倍もマシだった。一年は想像を絶するほど過酷ではあるものの、二人で過ごした日々はそんな苦しさを吹き飛ばしてしまうほどに楽しく、幸せな時間だった。

心地よい疲労と同居人の体温を感じながら眠りに落ちようとしたとき、隣に転がるローズが口を開いた。

 「ねぇ、アレン。聞いてほしいことがあるの。」

彼女の声はどこか強ばったような感じがあった。出会って数日はそんな感じだったが今は優しくやわらかな声で話してくれている。だから久しく聞いてなかった緊張を帯びた声にアレンはただならぬものを察知した。すぐ横にある少女の横顔を見る。傷一つない美しい顔にはアレンには窺い知れない苦悩が色濃く映っている。

「どした?」

アレンが問う。

彼の声に少女は一つ深呼吸した。好奇心の強いアレンが反応したことでもう引き下がれないと悟った彼女は彼女なりの覚悟を決め、謀略と裏切りに満ちた自身の残酷な過去を語った。



白銀の少女の告白によって知った彼女の苦しい過去にアレンは眉をしかめた。年端もいかぬ少女が背負うにはあまりに過酷なありし日の出来事に少年は絶句し、同情した。

「えーと、要するにローズはこの国の王女だけど叔父が両親を殺して、ローズまで殺そうとして王座を奪ったと。で、何とか五年間逃げ回ってたんだ。」

何か気の利いた言葉を言うべきだが、残念なことに文学に優れているのでも、同じ体験をしているのでもないアレンは彼女を慰められる台詞を持ち合わせていなかった。傷ついた彼女を癒す言葉を探すアレンを無視してローズは徐々に怒りを孕む声でさらなる思いを告げた。

「私、どうしても叔父を許せない。父上と母上を殺したあの男が許せない。今でも怒りがこの胸の中に焼き付いてる。」

碧い瞳に憎しみの炎を燃え滾らせて彼女は言った。一緒に暮らした日々で一切見せることのなかった感情だ。アレンとの生活でローズは激しい憎悪を欠片も見せることなく穏やかな微笑みを浮かべて過ごしていたのだ。

アレンは彼女の手を握った。力も知恵もない少年にはこれくらいしかできることはなかった。

それでも、と少女は続ける。

「苦しくて辛い五年間だったけど、私はあなたに出会えた。不器用だけど優しいあなた。この出会いをもって私の苦難に満ちた旅は終わったの。」

少女は笑う。その瞳にはもう怒りはなく、いつもの表情に戻っていた。

「だから復讐はやめる。復讐なんてできっこない。そんなことをしたらもう二度とあなたと笑いあえなくなるから。」

彼の手を握り返す力が強くなる。握り合った手は離れない。少なくとも今の彼らにとってはそうだったし、遥か未来でもそうであってほしいと願っていた。互いに互いが必要で不可欠な存在であり、運命を共にする決意をどちらも決めている。

「じゃあ、一緒に国を作ろう。俺たちの国を作ろう。」

「国?」

とっさにアレンが口にした言葉にローズは目を白黒させた。

彼女の父王は弟との政争に敗れて死に、彼女も排除されそうになった。今も追手が彼女を探しているだろう。そんな彼女が安心して暮らせる場所などどこにもない。ならばどうする?暗殺者の脅威に怯えながら逃げ回るか。それとも無尽蔵に湧いてくるであろう追手を倒し続けるか。そんなこと許されない。なんの罪のない少女が恐怖に苛まれながらいつ終わるとも知れぬ生涯を生きるなどあってはならないことだとアレンは思う。もしそれが罷り通る世の中なら世界が間違ってる。

「俺たちが、理不尽に苦しめられてる誰もが笑って暮らせる楽園だ!」

アレンは叫ぶ。途方もない夢物語であることは幼く、世間を知らない彼でもわかっている。それでも願わずにはいられないのだ。

ローズは驚いた。

「そんなの…無理だよ。できっこない。」

「でも願わなきゃ叶わない。挑まなきゃ手に入れられない。大丈夫、俺と、お前がいる。これまでたくさんの苦難を一緒に乗り越えてきたんだ。きっと、うまくいく。」

少年は不敵に笑う。

少女はクスリと笑う。

「ふふ、そうね。私とあなたなら作れるよね、私たちがずっと一緒にいられる夢の国。約束よ?」

「ああ、約束だ。」

二人は誓いを交わす。

月の光を見上げて結ばれた約束は二人だけの宝物で他人が知りうるものではなかったし、二人以外にとって何の価値があるものでもない。しかし、この誓いは多くの障害に阻まれても決して折れず、いずれ世界を変える希望になる。そう遠くない未来に生まれる楽園の胎動が今始まった。


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