狂信者、爆誕(ただし都合により背信者)
ガガン! と、雷に打たれたような衝撃がアリアナを貫く。
「地球での最後の瞬間、思い浮かべたものでしたね。こちらでの最後でも記憶を取り戻したのはそれのおかげ」
にっこりと微笑む女性に、アリアナはごくりと唾を呑み込んだ。
なぜ?
ショートケーキの味を、あのぴかぴかの苺のショートケーキの味を思い出したからだ。
「なかなか前世の記憶を取り戻してくれないと、ずっと思っていたのですよね……」
悲しそうに女性は言って、そして扇をぱらりと開いて艶然と微笑んで見せた。
「こちらでの一生を一度終えたあなたには、前の分も含めて、聖女の能力を与えてもまだたっぷり空きがあります。そこに『お取り寄せ機能』をつけてあげましょう」
ピシャア─────ンッッ!!!
アリアナの脳内に再び雷が落ちる。
それは先ほどよりもさらに凄まじい衝撃だった。
そう、それはまさに天啓。
「神……」
アリアナはふらふらと立ち上がる。
「あら」
そして女性の座る畳の前まで近づいていき、身を伏せた。
「お名前をお教えください、女神様」
「あらあら、そうですね。わたしが生きた時代は女性の名は秘密にされたものです。秋津姫とでもお呼びなさい」
「かしこまりました、秋津姫様。ところで、あの世界の教会、アルフェドラ教の神と秋津姫様はどのようなご関係でしょうか」
「アルフェドラ教はガルトニアを建国した初代国王を神格化していますが、神としてはまだ成りたて。しかも長く続くとはいえ小国、1国のみの宗教で信者もそこまで数がいません。信者がいなくとも己の神格を保てるようになって初めて、神界で立場を認められます。世界の運営に携わることも稀で、そういった若い神々はわたし達とはあまり関わりがありません」
顔を上げたアリアナの目がギラリと光る。
「では例えば、もしもあの国やそこの宗教が無くなったとしたら」
「新興の小さな神がひとつ減るだけです。世界にとって問題ではありません」
「ありがとうございます」
アリアナは深々と頭を下げた。
人にとって、自分を愛し、守り、導いてくれる、そしてなんらかの利益を与えてくれる神こそが正義。
己を虐げ、さらには命を奪い、世界を危機に陥れる真似をする宗教とその神など無価値。
神を名乗るのも烏滸がましい存在である。
「秋津姫様、姫様の仰せに従い、わたしはあの世界に戻ろうと思います」
「まあ、ありがとう。ではあなたがアリアナとして生まれた瞬間に戻しますので、今度はうまくやってくださいね」
「え」
「言っていませんでした? あなたが死んだときに世界は巻き戻されているのですよ」
「初耳です……」
「でも問題はありませんでしょう?」
問題? 問題……しかないような気がしないでもない。
「いや、それはちょっとマズいような」
「なぜです?」
「いやだってあの村貧乏だし、辺境だし、魔物に襲われるし、すぐに教会がやってくるし」
「ああそうでしたね。そこは上手くやってください」
いや上手くってあんた。
思わずツッコミそうになったアリアナだが、脳内で誰かが彼女に『ビークール、ビークール』とささやく。
多分魂のどこかに残された、日本人オタクの残像だろう。
彼らは彼女が死んで転生したのちもなお、こうやって支え、助けてくれる。素晴らしきかなオタクの絆。
「いやでもわたし浄化と治癒しかできないので、教会にバレないよう隠した場合、あの村では治癒魔法ないとわりとすぐ死んじゃう気がするんですが」
父親が魔物に襲われて死にかけたのを治癒魔法で救ったのが、教会に目をつけられた原因だった。
その後は聖女どころか教会所属の治癒師として登録され、世界のために祈りを捧げる毎日だったのだ。
そしてそれでもいいと思っていた。
教会は魔物に襲われた村を助けてくれた。
今後も村の力になってくれると言った。
なら自分は村のため、教会のため、世界のために働いて祈りを捧げよう。
そう考えていたのだ。
まさかエネルギーが枯渇して動けなくなったら魔物の餌にされるとは思ってもみずに。
「そうですね。ではあなたの空き容量はもうあまり無いので、かわりに手伝いを寄越しましょう」
「手伝い、ですか」
「ええ。これから神選をしますが、あなたが生まれたらすぐにそばに行くように手配します。それでどうですか?」
「そうですね……」
不安は残るが仕方ない、と思い直したところへ女神が続ける。
「それから、あなたの村が魔物に襲われたのは教会が主導してのことです。あの国に長居すると厄介事に巻き込まれますから気をつけてくださいね」
「はいっ!?」
「あと、長生きして聖女という存在について正しく周知してください。何ができるのか、なぜ生まれるのか、どう見分けるのか。よろしくお願いしますね」
「え、え、いっぺんに言われてもなんかよく」
と、そこへ童姿の子供がやってきて姫に耳打ちした。
「あらもうそんな時間? ごめんなさい、もう時間切れみたい。詳しいことはまたそのうちに話しましょうね」
そう言って姫は手を振る。
途端、急激な眠気がアリアナを襲った。
待って、まだ訊かないといけないことが、たくさん……。
そして瞼が落ち、アリアナの意識は闇に呑まれていった。