悲報:世界は滅びません
「この世界は地球と違い、魔界と人界と精霊界が同じ大地に存在します。魔界の空気も精霊界の空気も、人界に生きる生物には有毒です。それを浄化するため、わたし達は浄化の能力を与えた魂を誕生させているのですが、上手くいっていません。アリアナ、あなたがそうだったように使い潰されてしまう事が多いのです。そこで、わたし達は考えました」
両手の平を合わせて楽しそうに話し続ける女性。
多分神様なのだろうとアリアナは思う。
「地球から魂を転生させ、世界の浄化のために力を使ってもらおうと」
「いえ、結局使い潰されてるんですが」
どういう事でしょう、と真面目な顔で確認する。
すると女性は怯むことなくにこにこと続ける。
「前世の記憶を消さずに何かのきっかけで戻りやすくしたはずなのですが、それがなぜか死ぬ間際になってしまったのです。ですがこうして無事思い出すことができたので、もう1度生まれ直して頑張っていただこうかと」
「いやです」
「まあそんな」
ひどい、と女性は眉をひそめて悲しそうな顔でアリアナを見つめる。
いやひどいのはどっちだ。
「もうあの世界に戻るのは絶対にいやです。地球に返してください」
「でももう地球のあなたの体は死んでますよ?」
「それは仕方がありません。なのであれから数年先の未来でいいので、地球の日本……もしくは安全で豊かな国に生まれさせてください」
まさか日本が滅んだり、戦争で負けて悲惨な事になってないとは思うが念のため。
「でもこの世界を助けてほしくてあなたを選んだのに」
「お断りです。こんな世界、滅んでしまえばいい!」
これまでの仕打ちが思い出され、つい強い言葉を吐いてしまう。
しまった、と思ったがもう遅い。
だが女性は怒らなかった。
「滅びませんよ?」
「え?」
「この世界は滅びません。滅ぶ前に時間を巻き戻してやり直すので」
「え、やり直すって……何度でも?」
「何度でも。これまでにもやり直してますし。新しく作るよりはずっとお手軽ですしね。わたし達は全ての存在を救い、進化させたいのです。1人残らず、どのようなものも全て。なので、世界を滅ぼしたりはしません。もしかしたら、途中で飽きることはあるかもしれませんが、そのときはきちんと全て対処します。人間も同じですよね? ペットを飼うときは最後まで責任を持ちますでしょう? 飼えなくなったら最善を尽くす。どこまでが最善で責任かは人によるでしょうが。同じことですよ」
アリアナはゾッとした。
そんなことを笑顔で言う目の前の美しい女性が恐ろしい。
「でも、基本大切にずっと世話をします。そのために力を貸していただきたいんです」
「……どうしてわたしなんですか。別にこの世界の誰かでもいいですよね」
「この世界はまだ進化条件を満たしていませんから。そこに存在する魂もまた、進化の制限下にあるのです。なので、大きな能力を与えるには魂の容量が足りません。地球には名があって様々な条件を達成していますし、しかも魔法が存在しない条件下の世界ですので、使われていないスペースが魂にたくさんあるのです。ですから、地球の魂にお願いするのが最適だったのです。それにわたしの故郷ですし」
故郷というのが1番だったんじゃ、と思いながらアリアナはため息をついた。
「じゃあ、その魂の空き容量に聖女の浄化能力が入っているというわけですか」
「はい」
「それでも、地球に帰りたいと言ったらどうしますか」
「困りますね」
ふふ、と女性は笑う。
「それだけですか。それだけならお断りしたいんですが。こんな世界でもう一回生活する自信ありません」
「確かに、あなたにメリットはありませんよね」
うんうん、とうなずく女性。
「ですので、地球に残してきたご家族に幸運を与える事をお約束します。お金に困らず、健康で穏やかに過ごせるよう手配いたしましょう。いかがですか?」
それを聞いて、アリアナは心が揺れた。
死んでしまってもう戻れないなら、家族にはせめてその先、幸せに暮らしてほしい。
けれど、もうあんな人生はいやだ。
教会とも、あの国とももう関わりたくない。
ああだけど、村のみんな、お父さん、お母さん、お姉ちゃん。
そんな彼女の心の揺れを見抜いたように、十二単衣の女性はそれをつぶやいた。
「ショートケーキ」