日本人でした。あ、言われなくても分かりますよね、すみません、すみません。
気がつくと、真っ白で眩しい場所にいた。
彼女は少しばかり動揺して辺りを見回す。
確か先ほどまで魔物の森にいたはずだ。
誰かに助けてもらったのだろうか?
だとしてもここは一体どういう場所なのだろう。
ただ広く、どこまでも広く、何もない。
広いと言っても、真っ白なのでそう見えるだけで、感覚がつかめないだけなのかもしれない。
彼女は戸惑い、そして自分の体が動く事、どこも痛みがない事に気がつき、更に戸惑った。
教会で暮らすようになって以来、ずっとあった体のだるさや不快感、死にたいという意識が無くなっている。
ゆっくりと立ち上がって、今なら走れそうなくらい体が軽く、動くことに厭わしさがつきまとわない、と驚いた。
なぜだろうと嬉しいよりも不思議で仕方がなく首をひねっていると、上方からくすくすと笑う声がした。
見上げると、そこには十二単衣を着た美しい女性が浮かんでいる。
……浮かんでいる?
いやというか十二単衣?
彼女の頭の中で2つの意識が混乱した。
片方は人が浮かぶとか有り得ない、と混乱している。
そしてもう片方は十二単衣って何? と初めて見る衣服を理解している自分に混乱している。
あんぐりと口を開けてただ呆然としている彼女に、その女性が微笑みを向けた。
「大丈夫ですか?」
「いえ、あまり」
「そうですよね、分かります。ひとまず座って、お茶でも飲んで?」
「あ、はい」
彼女がその場に座ろうとすると、座布団が現れた。
その上に座るのだと知っている自分に悩みながらも座る。
十二単衣の女性がゆっくりと降りてくる場所には、いかにもそこが上座であると言わんばかりの畳に屏風、角形の白い雪洞。端には香炉があり、そこから良い匂いが漂ってきた。
童姿の小さな子供が運んできた飲み物を受け取り、その緑の不思議な香りに懐かしさを感じる。
「まずは混乱しているようですから、記憶をひとつにまとめましょう。あなたはガルトニア王国の教会に属する治癒師のアリアナですね?」
「はい」
「3才のときに癒しの力が使えるようになり、その後、魔物に村を襲われ、村を助けてくれた教会に入ったのが5才のとき。それ以来人々のために還俗もせず教会で治癒師として働き、世界のために祈り続けて35才で力を使い切り、死体を公にできないからと魔物の森に捨てられ死亡。合っていますか?」
「……はい」
あまりに簡単にまとめられた彼女の35年。
しかしそのどこにも間違いはない。惨めな一生だった、とうつむいて唇を噛む。
だが目の前の女性はアリアナをさらに奈落に突き落とした。
「実はその認識は間違っています」
「え」
「あなたはわたし達があの世界に送り届けた聖女でした」
「え、え」
「辺境の貧しい村で生まれた農奴の子供が聖女であるとなれば国は困ります。聖女は王家、もしくは王家に近しい家から生まれるべきだと、ガルトニアではもう長いこと本物の聖女を教会の奥深くに閉じ込めてきました。聖女は使い潰してもすぐに次が生まれますからね。そのほうが都合がいいというわけです」
「な、ん……」
「続いてあなたの中にあるもうひとつの記憶についてですが」
怒るべきか泣くべきか、混乱しすぎて自分の感情に追いつけていないアリアナに、女性は畳み掛けるように話す。
「あなたが生きていた世界以外にも、この世にはたくさんの世界があります。まだアリアナの世界は自身を説明する名を持ちませんが、名を持つ事でその世界の格は格段に上がります。成長し、存在が進化し、そして多くの知的レベルの高い生命を有し、進化した魂は他の世界へと行く事ができるようになる。ここまではいいですか?」
「は、はあ」
よく理解できないまま、アリアナは流されるように返事をした。
「あなた、アリアナの魂はもとはそうした世界のひとつ、『地球』という場所で生まれた魂です。ここへくる前は、そこの日本という国で暮らしていた女性でした。40才のとき、ジョギング中に子供をかばって暴走車に轢かれ死亡、こちらで転生してあなたになった、というわけです」
「トラック転生……」
アリアナは頭を抱えた。
知らない単語が普通に理解できている。
そして頭の中で2つの記憶が融合したのか、すんなりと、地球の女性もアリアナもどちらも自分でひと繋がりの存在であると認識できた。
あの日、ダイエットのためにジョギングを始めてちょうど1週間目だった彼女は、帰って冷蔵庫の中のショートケーキを食べるのを楽しみにしていた。
出かけるときに母を訪ねてきた隣人がお土産に持ってきたものだ。
駅前の有名店のお高いショートケーキ。
うきうきしながら走っていたら、交差点に突っ込んでくる暴走車が目に入った。その先にいた子供も。
彼女の筋肉がつかない体質が幸いして、かばって抱き込んだ子供は無事だった。
しかし彼女のそんな優秀な脂肪も、暴走車の衝撃を全ては受け止めきれず、そのエネルギーは内蔵を傷つける。
最後に思ったのは、『苺のショートケーキ』だった。
ちょっと褒め難い人生である。
「やはり日本人は理解が早いですね。さすがわたしの子孫」
にこにこする十二単衣の女性に、アリアナはなんとも言えない笑顔を返す。
今どき……いや、あの時代であれば日本以外の国でも通じるだろう、トラック転生。
異世界転生から悪役令嬢、俺tueee、ビッチヒロインまでなんでもござれな気がする。
ハーレムだけは、本場イスラムの人は「なんだそれ! 全然意味違うからな!」と怒りそうだが。
てゆうかこの人やっぱり元日本人か。
アリアナは『転生前じゃなくてなんで転生後に死んでから説明されてるんだろう』とお茶をひと口すすった。