表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

地域清掃活動の始まり1

「先輩!私は今、私の善さだけを取り除きました!今私に残っているのは悪だけです…!悪い人間なんです!」


 俺の目の前にいる、わけのわからないことを言っているのは、後輩の芦塚。下の名前はなんといったか...それを覚えていないぐらいには、こいつとの関係性は軽薄である。


「はぁ そうなのか どの辺が悪い人間になったんだ」

「体力、スタミナ、腕力、知力、HP、MP、運みたいなパラメーターが私にあったとしたら、その項目の中の”卑しさ”にスキルポイントが全振りされてますね!」


体力スタミナHPあたりが被ってないかと思ったが、口にはしない。芦塚が一見取り乱し、世迷い言のようなことを口にするのはいつものことだ。というのも、俺達が所属する部活は”哲学部”とかいう大仰な名を冠していて、それに見合う活動を、芦塚がしようとしているからだ。


「いつもの哲学かー 俺にはよくわからないからなー」


無知の知ですか?先輩、流石ですねぇと芦塚は口にする。俺にはそれが、俺を茶化しているようにしか聞こえないのだが…。どうやら芦塚は俺に対して都合の良い解釈をしているらしい。こいつは俺がこの部活に所属する先輩であるということだけで、哲学に精通していると思っているのだ。まぁ普通の部活だったらある程度そうなのかもしれないが、この哲学部ではそうはいかない。


 この哲学部は、俺が一年のとき、必ず部活に入らないといけないという校則がどうにもかったるく、ならば自分の居心地のいい部活を作ってしまおうと思い、作った部活だ。俺を含め部員を五人も集め、真面目な話より世間話が好きな、絶妙にやる気がありそうな先生を捕まえ説得し、俺の殊勝な努力によって、なんとか今日まで、のらりくらりとこの部活を存続し、今年で創立三年目を迎えたのだった。


 部員を五人集めたといったが、その内三人は見事に一度も来ない。後の一人はまれに来るぐらいで、もはや部員はと言えば、俺と芦塚の二人だけのようなものだった。看板だけがやたらでかいこの部活に入ってくるとは、飛んで火に入る…ではないか。とにかく、この哲学少女は可哀想なやつだ。


 当然、俺は哲学なんて興味がない。人の人生なんてたかだか80年かそこらだし、その80年の間に俺の力が及ばないところで、どんなことがあるかなんてわかったもんじゃない。…そこで俺の少ない脳みそで、”生き方”なんて考えても、それは家電製品の説明書よりも役に立たないものだと俺は思う。


 だから芦塚が熱心に哲学らしいことをやろうとするのは、俺にとっては無駄な頑張りにしか見えなかった。哲学部といっても、部室には、哲学が勉強できるようなものは一切置いていない。だから芦塚は、私物の哲学本を部室に持ち込み、読んでは机に積み…を繰り返して、今ではひじの高さまでその哲学本が積みあがっていた。


「先輩、信じてませんね?私が悪い人間になったこと。いいでしょう、では私は明日からの、”ある活動”によって、私の悪い部分を明るみにしてみせましょう!」


 ある活動って、それ大丈夫なのか?あまり深い間柄ではないとはいえ、知った顔から犯罪者が出るのか勘弁してほしいところだ…。って、芦塚はそこまで頭が悪いわけじゃないから大丈夫だろうとは思うが。


こいつがこの部活に入ってからというもの、こんな禅問答のような事が続くものだから、俺は退屈せずに済んでいる。以前、その退屈は、進学のための勉学に割り当てられていた。進学のための勉学も、それもまた退屈であったから、退屈が退屈を作るという、蛇が尾っぽを咥えるようなけだるいループに俺は食傷気味だった。…まぁこいつがいてくれれば、勉学の合間のリフレッシュになる。俺は芦塚の言う”ある活動”が俺の退屈しのぎになることを期待するのであった。


***


 次の日、俺が部室で勉学に勤しんでいると、芦塚がやってきた。


「先輩!これが私の言った”ある活動”です!」


芦塚はゴミを携えている。ペットボトル容器が二つ、パンの袋一枚、それと、消しゴムのケース…。これが一体どんな活動だというのだろう。


「ここに来るまでの間に見つけたゴミを拾ってきました!」


…?俺が何か勘違いをしているのだろうか、確か芦塚は昨日、自分は悪い人間になった、と言っていなかっただろうか?落ちているゴミを拾って、それを処理するというのは、どちらかといえば善い行為に当たるんじゃないだろうか?その疑問を俺は口にする。


「芦塚、俺にはその行為が悪い人間がやるようなことには思えないんだが、どのへんが悪いんだ?」


 芦塚は、やれやれといった感じで鼻をならす。口許はへの字に曲がり、だが目尻は下がり、なんとも言えない表情である。自分で考えてみてくださいってことか?


 ゴミを拾ってきてこれ見よがしに見せつけるという行為が、偽善行為ということを言っているのだろうか?いや、みたところゴミの量が少ないし、こんなもので良いことしたつもりになっているというのが傲慢だということだろうか?でも道端でゴミが落ちているのを見かけたとしても俺ならスルーするから、ゴミを拾うというのはそもそも立派な行為であると思う。だとすると、ゴミを拾うという行為そのものが悪いことになるかもしれないという可能性を考えるべきか…?


「先輩はどんな人が悪い人だと思います?」

「…そりゃあ人様に迷惑かけるやつじゃないか」


 この手の質問に対する模範的な回答だろう。自分の事を自分で解決できるようになるのが人間としてできている、というものだ。だとするなら、誰かに迷惑をかけてしまうことは、意図するしないにかかわらず、自分の事を自分で解決できる可能性を自他ともに損なうことにつながる。


「さすが先輩!わかっているじゃないですか!」


 いや、そういわれても、芦塚がやっている行為の悪さが一つもわかっていることにはなりはしないんだけどな。その日結局俺は、それが何故悪い行為に当たるのか、さっぱりわからないままだった。

 芦塚は次の日も少量のゴミを拾ってきた。紙パック一つ、ペットボトル一つ、おにぎりの袋一つ、お菓子の箱一つ。その次の日も似たような内容のゴミを拾ってきた。むしろこれだけ拾えるゴミが毎日あることに俺は驚いている。うちの高校の生徒って結構粗雑なんだな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ