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第七話 ひとでなし

 ――王命の如く発せられた少年の怒号は、幽鬼たちが尚も殴り合いながら肉を打ち続ける音の中へと消えて逝った。

 当然、己の身に何ら変化は現れず、叩き付けれた命令は木霊の様に虚しく消えた。


「は……は、ハァ!? な、何でだよッ! 何で、お前はデク人形にならないんだよォ!?」


 何度も繰り返し叫ぶ姿は憐れみをも覚えるほどに滑稽に映るが、己に術が掛からぬ凡その理由は理解出来ていた。

 宛ら、癇癪を起して息を切らす様に苦し気な様子を見せる彼へと、左手の甲をこれ見よがしに見せつける。

 理屈はとんと判らぬが、こうした異常性を発露した者相手には、お得意のお人形遊びも通じないとの仕組みで在ろう。

 すると――目を見開いて驚愕の色を浮かべた少年であったが、次の瞬間には唾を飛ばしながら吐き棄てるように叫びを上げた。


「ぁ、お……お前にも、ソレ(・・)が刻まれてんのかよ!」

「――そんなに、此れが意外か?」


 人間は誰しもが自分だけは特別でありたいと願う物であり――彼の様に今迄特に虐げられてきた者であれば、猶更自身へと授かった優位性を唯一の物だと思い込みたかったのだろう。

 自身としては痣を見つけた時ならばまだしも、昨夜初めて異能を発現させた際において――恐らく、こうした超常の力がばら撒かれているが故に、街の中が荒廃し切っているのだろうとの当たりを付けるに至ていた。

 だからこそ、たったの一日も立たぬ内に巨大な都市が見るも無残に荒れ果てたのだと予測することが出来ようものだが、目の前で狼狽える少年には自己の絶対性以外に目を向けるだけの余裕は、如何やら生まれなかったらしい。

 されど、既に己へと得意の術は利かぬと理解した彼もまた、異なる手を以って招かれざる客を排除しようと試みたようである。


「利かないってんなら、しょうがない……! オイ、屑共ッ! お前らの手で、あのいけ好かない野郎を――叩き殺せェ!」


 錯乱と羞恥が綯交ぜとなったように顔を真っ赤に怒らせた暴君少年は、下僕と成り果てた肉人形たちへと号令を下す。

 意識が無い様な風体にも拘らず、彼の命に従うようにのそりと起き上がった幽鬼たちは、ゆらゆらと不安定な体躯を以って己の方へと向かい来るのだ。

 先程まで殴り合っていた血まみれの二体から、暴君に侍る様に教壇周りに転がっていた女性との姿の者達まで。


「好い気になってんのも今の内だぞ! このまま取り囲んで、コイツらのサンドバックにしてから食い殺してやるッ!」


 既に正気を失っているかのように平然と凄まじい文言を吐き出す暴君であるが、此処までの会話によって時間は充分過ぎるほどに稼げていたのだ。

 己にも――何を以って人の尊厳と云うのかは、この短い人生においても完全に理解できた訳では無い。

 しかしながら、あのような人から外れた醜態を晒す羽目になりながらも、好き放題に操られて玩具にされるなど――決して、赦されるものではないだろう。

 故に、今の自分に出来ることは――この惨状を、逸早く収束させることだけである。

 左の指でなぞる様に、最も近くまで迫っていた男子生徒であった筈の、二体の派手な髪色の幽鬼を巨大な黒玉を発生させて消失させた。

 此処に来るまでの経験上、上半身を虚空へと削り取れば、その行動を完全に停止させることが出来るという事は判っていたのも幸いであったのかもしれない。

 最低限の出力で空間ごと削るようにしながら、指揮棒を振る様に彗星の如く漆黒の虚を操り――残りの女学生服を着用していたものたちをも、下半身残して消失させていたのであった。

 これらは時間にすれば、実に一瞬の出来事であったと言えようが、呆気にとられる少年からすれば――まるで、認めがたい悪夢の来訪に等しいのだろう。


「ふっ……ふっざけんなよお前ェェエエ! 何だよソレ! 如何やって、俺の人形全部壊しやがったんだよォ! そんなのチートじゃねーか! ズルいぞ! チートだチート!」

「やれやれ、まるでゲーム感覚だな。此処は紛れも無く現実だぞ、小僧」


 恰も子供が駄々を捏ねるかの如く、地団駄を踏んで何振り構わず発狂するように暴れ回る。

 彼の足元に転がっていた空き瓶を投げ付けて来るものの、其方もタイムラグ無しで己の左手の先へと消し去った。

 自身の理解の及ばぬ光景に納得できなかったのか。

 それとも、自分だけが持っている筈の特別な力を――意図も容易く打ち破られたことが、到底信じられなかったのだろうか。

 いずれにせよ、目の前の光景が紛れも無い現実なのだ。

 既に教室内に暴君に傅く兵隊はおらず、裸の王様は空の玉座で無防備を晒すのだ。


「は、へ、……ッ! ま、まだだ! まだ、別の教室にも山ほど人形は居るんだから――このまま呼び寄せて、お前を圧殺してやるよォ!」


 気を持ち直す様に意気込み紋様を輝かせる少年であるが、既に状況は詰んでいるのだ。

 問答無用で亜空へと消し去る己の異能もさることながら――今も尚、右手へと握られた得物の存在を忘れているのかもしれない。

 ――自分は別に立派な人間だと自負したことは無いけれど、今迄当たり前のように非行に走ることも無く真っすぐに生きてきたつもりである。

 子供の頃には友人と取っ組み合いの喧嘩もしたことは記憶に残っているものの、無為に他者へと暴力を振るった覚えは無い。

 されども、此度の相手は既に放置出来ぬ外道へと成り下がった相手であった。

 己の知る由も無い所で幾ら辛い目に遭おうとも、こうして無関係の人間にまで災禍を振り撒く凶悪さは見過ごすことなど到底出来ない。

 逆恨みに晒されるやもしれぬ自身や周りの人間の安全と云う面を鑑みただけでも、最早通り過ぎることの出来る段階は遥か彼方へ消え去ったのだ。

 ――何より、一から十まで異能に頼れば、きっと。手応えも無く、まるで障害物を消すかのように目の前の狂った少年を屠ることが出来るだろう。

 精神安定上其れが悪いとは言わないが、確固たる敵対者より命を奪う感覚は、其れこそ人として誤魔化してはならないのではなかろうか――と。

 だからこそ、初めの一手は――間違いなく、自分の意思を以って。

 硝煙の残滓と共に鉛の暴威を吐き出した末に、生きた人間の肉を食い破る感覚を忘れてはいけないのだから。

 撃鉄の落ちる音と共に鳴り響くのは、たった二人の戦場とかした躯転がる教室の内――火薬の炸裂音が、鳴り響いた。


「――ぇ゛っ? ぁ、ぁ゛、ぁあ、あ゛ァァアアアアアアアアア!?

「痛いか――そりゃあ、痛いだろうよ。お前は今、銃弾で撃ち抜かれたんだからな」


 良く狙って撃ち出された銃弾は、少年の腹部を意図も容易く抉り抜いた。

 一瞬、響き渡った炸裂音に何が起こったか解らぬという表情を浮かべていた彼も――地獄の如き灼熱を発する傷跡の存在を認めたが故に、急襲する激痛による絶叫を上げたのでああろう。


「ひ、……は、っ、……ひ、ひ、ひとっ……人殺しィ!? う、撃ったな゛ァ! 撃、ち゛やがっ……た、なぁ……! ひっ、ぃ゛、ひぃィイイイ!?」

「相手を一方的に嬲り殺す気であったのに、自分はやられる覚悟も無かったのか」


 まさか、己が致命的な反撃を受けることまで想定していなかったのであろうか。

 止めどなく流れる流血と痛みと衝撃に腰は砕け、暴君の仮面を剥がされた少年は小便をも撒き散らしながら、苦痛に歪んだ顔色にて教室奥へと尻で這うように後ずさる。


「ぃ゛、ぃ痛ぇ゛よ、ぉ……ちく、しょ゛う……! た、助け……ぎぃッ! ひ、人殺しッ! 人、殺しッ! ひとごろじぃぃいィイイイイイ!」

「お互い様だな。お仲間だなんて、思いたくないが」


 絶望に苛まれるようにのた打ち回る少年へと、一歩一歩近付き見下ろすように言葉を返す。

 そうだ――己はこれから人を殺すのだ、と。


「や、やっ、やめ゛……ッ! ヤ、メロぉ! ひ、ヒィ……いぎッ……痛ェ、よぉ……」


 因果は廻って、結実する。

 今の彼の様相は、この一日にも満たない時間の中でやってきた悪行が――まるで死神の鎌のように督促を抱いて刈り取りに来たように感じられるのだ。

 正義の為などと云うつもりは微塵も無いが、これは紛れも無く己の意思で行うのだ。

 ――喚き散らす少年の頭部を掴むように左手を翳し、そのまま断末魔ごと斬り落とすかのように。


「此れならきっと、痛み無く逝ける筈だ――じゃあ、な」

「あ゛っ――」


 首から上を――その悪意を凝縮したかの如き黒玉を以って、抉り取った。

 力の抜けたように教室の床へと倒れた首無し死体は、もう二度と――悪意を吐き出すことは無いようであった。

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