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第六話 裸の王様

 ――乱痴気騒ぎ何度と云う言葉では、到底納められない惨状が其処には在った。

 教室内の机や椅子は全て壁際へと押し遣り、中央に生まれた空間は宛らリングであろうか。

 派手に髪を染め上げピアスを空けながらも、白目を剝いたまま虚ろな表情で――同じように顔中に刺青のような痣を這わせた学生服姿の二体の幽鬼が、只管に殴り合っているでは無いか。

 既に手の甲からは骨が飛び出し、辺りには折れた歯が散乱している。

 そして、其れを主導しているのは恐らく――声を引きつらせるように不気味な笑い声を上げる、教壇の上の男子生徒に違いない。

 彼の周りには、此処までに屠って来た相手同様に、無気力に舌を出して意識の見られぬ幽鬼と化した女子生徒が何体も転がる様に侍らせている。

 宛ら、この異様な光景は悍ましい程に悪趣味な人形遊びに相違無かった。

 そうして漸く、己の思考も纏まった辺りで――この場で自分以外に唯一意識を保っている、件の男子生徒が新たなる侵入者へと気が付いたようであった。


「……は? 誰、アンタ?」


 卑屈そうな見目とは裏腹に、やや高めの声からは随分と高圧的な感触が飛び出した。

 己は別段礼儀に厳しい方では無いと自認するが、見ず知らずの糞餓鬼にアンタ呼ばわりされる程、陳腐な人生を送って来た覚えは無い。

 そんな風に自然と眉を顰めていた様子を見られたためであろうか――礼儀知らずの少年は、再び口端を歪めるようにして喋り出すのだ。


「あぁ、アンタわざわざこんなとこまで避難してきたのか。でも、ココは俺の城だから部外者はとっとと出て行けよな。食い物とか、別に分けてやる気ねーから!」


 さも。この公立高校の敷地全体が自分の物だと云わんばかりに傲慢な物言いをする少年は、しかし話相手を見つけて気分が高まったかのように話し続けるようである。


「それとも、アンタもコイツらの壊し合い見てくか? 馬鹿で乱暴で腕力くらいしか取り柄の無い社会のゴミ共だけど、今になってはこうやって俺を愉しませることが出来るようにしてやった(・・・・・)んだから、ホント有難く思って貰いたいもんだよな!」


 聴こえてんのかクズが、と――。

 そう云い放った少年は、虚ろな儘に相手と自分を壊し続ける幽鬼の後頭部へと、思い切りジュースの入った瓶を投げ付けた。

 中身を溢しながら鈍い音を立てて頭部へと瓶が命中しながらも、派手な髪色の彼らは殴り合いの手を止めることは無い。

 今も尚、血反吐を撒き散らしながら、その拳や顔面を損壊し続けているのだから。

 正しく、此れは現代に蘇ったソドムの所業だ。

 恰も人間を死体の様に操り、その崩れ逝く様を眺めて愉しむ鬼畜の行いに相違ない。

 にも拘らず、地べたへと転がる瓶を尻目に教壇へと踏ん反り返ったままの少年の顔色には、罪悪感の欠片も滲んではいないのだ。

 寧ろ、より愉快だとばかりに馬鹿笑いを加速させて吐き棄てる。


「あっはっはははははッ! 見ろよ、この馬鹿共! 自分の手足が折れようとも、ずっと殴り合う事しか出来ないんだぜ!」


 笑えるだろ――なんて。

 不愉快な物言いをする少年は、既に道を外れてしまっているのだ。

 少年の首元には、やはりと言うべきか――己の左手甲と似たような色彩の紋様が、痣となって刻まれている。

 此れは、紛れも無く己同様に発現してしまった異常性の行使に依るものなのだから。

 だからこそ、このような事をして何が楽しいのかと問うたところで、真面な答えなど帰って来る筈も無いのであった。


「……はァ? 何言ってんの? コイツらは、人様の事を散々いびってきたクズ共なんだよ! こうなった以上、今度はコッチが玩具にしてやってるだけの話だろ」


 過去に何かしらの仕打ちを受けたからと云って、其れを理由に外道を働いて良いなどという法は無い。

 更に言えば、こうして自我を亡失し、生ける屍と成り果てた者達全てが君に何かをした訳では無いだろう――と。

 確かに己が酷い仕打ちを受けた訳では無いが故の台詞かもしれないが、そうした言葉を聴かせたところで、少年は一層興奮して怒りを露わにするだけであるのだ。


「見て見ぬ振りも同罪なんだよッ! 俺が虐められてんのを笑って見てた奴らも、止めなかった教師も――全部全員有罪に決まってんだろォ!?」


 ヘラヘラとした成りを潜めて、激昂するが如く叫びを上げた少年は、目を血走らせて此方を睨み付けている。

 その双眸には憎悪が滾っており、初めて此処へと訪れた無関係な己で在ろうとも、意見する者は容赦しないと云わんばかりの形相であった。

 確かに――。

 己は彼の置かれている境遇に関係は無いし、見ず知らずの虐めの話を聞かされてところで出来ることも極めて限られているだろう。

 しかしながら、目の前で教壇から飛び降り、肩で息するように興奮し切った少年がこの幽鬼の群れを創り上げているとするならば、流石に見過ごすことは出来ないのである。

 事実、昨夜も背広姿の化け物に襲われたばかりなのだから。

 そう伝えると――一瞬呆けたような表情を浮かべた少年は、吹き出しながら破顔して狂ったような笑い声を上げるのだ。


「は――ははははははッ! それってもしかして、草臥れた茶色のスーツを着た脂ぎったオヤジだろ? 多分、俺の腐れ担任の教師だわ!」


 復讐の一環であったのだろうか。

 事の顛末を実に愉しそうに話し始める少年は、最早人の顔をしているとは思えなくなってきていたのは――果たして、自身の気のせいなんかでは無い筈だ。


「人が何度助けを求めても、面相臭そうにあしらった罰だよあの野郎ッ! その辺の奴に襲いかかる様に命令して適当に校舎の外に向かわせたんだけど、何? じゃあ、アレにアンタ会ってたんだ。へぇー、如何やって殺して切り抜けたんだよ? 其れとも、アンタってショボそうだし戦わずに逃げて来たのか! そうだよなァ、あっはははははははッ!」


 壊れたように――心底愉快とばかりに狂った笑いを続ける少年であったが、ふと己の手元の拳銃の存在に気が付いた様に指さしたのだ。


「あっ! 何だよオイ、鉄砲持ってんじゃねーか。死んでる警官からでも拾ったんだろうけど――そう言えばさっき校舎の中に何か破裂するような音響いてたけど、アンタだったのか! てか、それ俺にくれよ」


 当然のように言い放つ少年は、良い事を思いついたと言って、度し難い提案をして来たのである。


「ハハッ、流石にタダなんて言わねーよ。この屑共的にしてさ、一緒に射撃ゲームしようぜ! 商品は、そうだな……アンタが勝ったら、此処に転がってる女子の()好きに使わせてやるよ! 顔面はこんな状態だから見れたモンじゃないけど、下の締まりは……ヒヒッ、悪くなかったぜ」


 まるで物のように、積み上げられた呻き声を上げる――異形と化した生徒たちを指して、下種な笑いを上げていよう。

 子供の様に無邪気に――悪魔の様に下劣な遊びを試みる少年であったが、当然そのような莫迦げた遊びに付き合い気など毛頭無い。

 故に、返す言葉は此れだ。


「――寝言は寝て言え、糞餓鬼」

「あ……あ゛ぁ? 折角人が誘ってやってんのに、何だよその態度はよォ!」


 恐らく使い慣れていないのであろうドスを利かせんと気炎を上げ乍ら、まるで野良犬が威嚇するかのように陰気な少年は吠え猛るのだ。

 されど、虚勢すらまともに晴れない様な外道に怯える程、己の神経は細くは無い。

 ましてや、このような世界へと変貌してしまえば、もう暫くで肝を据わるものだろう。

 だが、そんな態度が気に入らなかったのか――降って湧いたような力に取り込まれた裸の王様と化した仮初の暴君は、駄々を捏ねる子供の様に癇癪を上げて暴れるのだ。


「もう良いッ! 拳銃一本で粋がってられんのも今の内だッ! お前も俺のゾンビにしてやるッ!」


 喉仏へと憑りついた様な紋様が鈍い光を放つと共に、狂った少年より――己へと向けて、幽鬼を浚うが如き怒号が発せられたのであった。

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