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第五話 群れ

 実銃による射撃など初めてであるが為に、如何にか胴体を狙っただけであり――四体とも旨い事その衝撃で、教室の床へと机をなぎ倒しながら倒れていった。

 されど、少年の体格をしていようとも、既に人とは言えぬ存在となってしまった為であろうか。

 銃弾をその身へと受けても尚、藻掻き立ち上がろうと試みているのは、流石に人から逸脱してしまった様相としか思えぬ光景であった。

 痛覚も恐怖も、常軌と共に消え去ったのか。

 もぞもぞと身を捩っている以上、未だその化け物としての生の灯は残されているのだろう。

 昨夜の様に黒玉を用いれば、恐らく銃撃よりも容易で確実に命を狩り獲ることも可能であると思われる。

 しかしながら、現在動きが鈍くとも一対四の状況なのだ。

 数で負けている以上、あまり近付きたくは無い状態と云うのは言うまでも無い。

 加えて、相手がどれだけの力を持っているかも不明となれば――捉まれば最後、覆うように襲い掛かられ、そのまま食い殺されるようなことになっては目も当てられぬ。

 故に、こういう時にこそ――想像力を働かせるべきであるのだ。

 恐怖の矛先を削り取ったように。持ちきれない物資を仕舞い込んときのように。

 今にも起き上がらんとしている学生服の異形へ向けて、左手を向けたまま空間を意識するのである。

 目の前の空間に座標が目視できるかのように、怪物が居る場所を圧縮するイメージを以って――握り潰す。

 ――すると。

 一体の化け物呑み込む様にして現れた黑玉は、そのまま下半身を残して胸から上を綺麗さっぱり消滅させたのであった。

 腹を残して下半身の身が残された身体は、さも其れが自然であるかのように地べたへと力無く倒れ伏して動きを止めたようである。

 と、なれば――自身へ向かって迫り来る残りの怪物たちも、同じように始末を着けるべく試みるのだ。

 二、三、四……と。

 そのどれもが、半身を削り取られるかの如く消し去られた後に、糸が切れたように力無く崩れ去る。

 消失した断面からは、今になって思い出したかのように嫌な臭いの漂う汚液が毀れるだけであった。

 そうして脅威の消失を確認した後に、異様な現実感を帯びて来た己以外動く者の居なくなった教室を後に廊下へと戻ることにしたのだから。

 体力、負傷共に損傷は皆無。四発だけ撃ち出した分の拳銃の弾は、そのまま渦より取り出して装填し直せば進行を再開出来るだろう。

 学生服を纏った――最早目を背けることも出来ぬとばかりに、明らかに人間から変貌してしまったらしき怪物たちは、動かなくなった以上放置しておく他あるまい。

 パトカーは漁ったくせに何をと言われるかもしれないが、流石に彼らの懐を漁るのは気が引けてしまったため、そのまま背を向け歩き出すだけである。

 廊下を進む際にちらほらと各教室なぞを覗き込めば、其処では意味無く同じような制服姿の化け物たちが多寡はあれども、集まっている様子も見受けられた。

 校舎を更に進むことを考えれば、此処で発見次第片付けて往くのが良いのかもしれない。

 何か有事の際に、この先で物音を大きく立ててしまうようなことがあれば、彼ら彼女らは一斉に己へと引き付けられるかもしれないのだから。

 銃弾には限りがあるし、一度に六発迄連射できるとしても、弾倉が空になればその都度再装填しなくてはならない。

 しかも弾は有限である上、人間からは逸脱してしまったらしき――漆黒の墨模様に顔面を支配された若者たちは、銃弾の一発を喰らったところで怯むことなく立ち上がって襲い来るのだ。

 故に囲まれれば己の命が危険に晒されることは容易に想像できるが為、此度は教室外より内部を此方から視認しながら件の異能を行使して処理して征くのが、最も安全性が高いとの結論へと至るのであった。

 正直、安全面だけを考慮するのであれば、今すぐ校舎を抜け出してこの高校の敷地を後にするのが一番で在ろう。

 されども、この先も似たような脅威に晒された際、必ずしも余裕を持って脱出出来るとは限らない。

 そして通信設備やらの希望が残っている以上、このまま背を向けて逃げ出すことにも歯止めが掛かっていたのであった。

 したがって、背後からの奇襲の可能性を潰す為にも――目に付いた教室内の化け物たちを、黒玉を以って呑み込むように削り殺して逝く。

 勿論、背後からでは完全に人間と区別が付く訳でも無いという点も残っている為、ひと声かけてから反応を伺い攻撃へと至るのだ。

 もしも、この状況へと意気消沈して気力を失っているだけの避難者を間違ってでも殺すような事があれば、もう自分自身すらも言い訳が利かなくなってしまうのだから。

 兎も角――細心の注意を払いながらも、神経を尖らせて。

 化け物に塗れた異界と化した、この校舎内を進んで往く。

 加えて、先程の銃撃の際には運が良かったのか――他の教室や廊下より増援などは来なかったが、やはりこっそりと侵入している以上、あれ以上派手な音を立てることも良くないだろう。

 そして有難いことに――己が異能によって生み出す黒玉は、発生時にも対象の消滅時にも一切の音を立てることが無いというのも大きなメリットであると言えようか。

 これならば隠密活動内において、行使可能な距離はそれほど無いと云う欠点も抱きながらも、中々以上に有用な攻撃手段として確立される物とも成り得ているのだ。

 仮に人間の力では動かせない様な重量のある障害物に道を塞がれていることがあろうとも、時間さえ掛ければ――己の腕一本で削り取り、文字通り道は拓けるのである。

 そうして一階一階静かながらも手早く探索を進めて往くと、三階へと階段を上った際に――廊下の奥の方より、何やら鈍い音が聞こえて来るではないか。

 あの幽鬼のような化け物たちは、己の知る限りでは自主的に激しく動いていた覚えは無い。

 昨夜の背広姿の幽鬼もまた、酒に酔ったかの如き覚束ない足取りでふらついていたことを思い出す。

 と、なれば――まさか、廊下の奥の教室には誰か逃げ込んでいるのではなかろうかとの希望も見いだせるでは無かろうか。

 それでも、何やら肉を討つような鈍い音が聞こえる以上、件の幽鬼たちに避難者が襲われながらも何とか応戦しているのかもしれない。

 利く利かないは別として、此処は学校であるが故に、バットや竹刀、木刀などを運良く見つけることが出来ていれば、如何にか足止めくらいは出来るかもしれないのだ。

 そうと決まれば、耳にしてしまった以上、己も放っておくことなど出来やしない。

 別段、顔も知らない相手を助けられるような正義感へと酔っている訳では無く――こうして嫌な感触を耳にしてしまった以上、無視して帰ることとなれば、中々以上に引き摺ってしまいそうなのである。

 そんな己の小心に嫌気が差しながらも、来てしまった以上いたしかたあるまいと。

 途中の教室で屯している幽鬼たちが起動しないことを願いながら、音の発生源と思わしき廊下突き当りの教室へと飛び込んだのであった。

 ――しかしながら、其処では。

 決して、己が想像していたかのような状況が発生していることは無く。


「――はははははっ! 如何したクズ共! もっと気合入れて殴り合えよッ!」


 黒板の前――教壇の上で踏ん反り返っているのは、べっとりとした黒髪に分厚い眼鏡が特徴的な陰気そうな少年であろうか。

 そんな彼がまるで暴君の如き下種な笑い声を上げながら、呻き声を挙げてよたよたと動く同じく学生服を着用した幽鬼を殴り合わせているという――実に奇妙で悍ましい光景が展開されているではないか。

 状況を理解しようと目まぐるしく思考を回しながらも、己も流石に――目の前の不気味な現状に、思わず固まってしまったのであった。

 ――この世で最も醜い物の一つは、きっと人間の悪意なのだろう、と。


        *


┏【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 【☑虚空を食む(クロックミテーヌ)

  ┗僅かな時間差で、指定座標上の物体を消失させる

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

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