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第三話 禿鷹

 ――たったの半日で、世界は予想だにし得ない様変わりを見せたものであろう。

 炎上、崩落、損壊――死骸。

 人気の無い夜の街を歩むだけで、嫌でもそのような光景が視界へと入って来るのだから。

 本当に。如何して己は、このような環境へと放り込まれてしまったのであろうか。

 街をぶらついて休日を適当に過ごし、帰宅してからは積んであったゲームでも消化しようと思っていた矢先の出来事である。

 こうなってしまえば、大学の単位の心配などはしなくて良いのかもしれないが、それ以外の問題点が大き過ぎてリターンなぞは皆無と云える。

 加えて、未知なる化け物との遭遇に始まり――己の身へと引き起こされた、超常に等しい変貌であろう。

 左手に刻まれた紋様の如き痣が引き起こすのかは不明だが、其れによって先に命が救われたという事もまた事実なのだから致し方あるまい。

 瓦礫と化した平穏の残骸を尻目に、相も変わらず人気も皆無な街路を独り寂しく進み往く。

 周囲の家屋から人の気配は何と無しに感じるような気もするが、このような訳の解らぬ危険で溢れた夜になど、まず真っ当な物であれば早々に顔を出すことも無いだろう。

 そして、ふと改めて意識してみると――物質を削る、先の異能染みた黒玉の出現同様に。

 如何したことやら。何時の間にか、随分と明瞭な視野が確保されていることに気が付いたのであった。

 何時電気も断絶して切れるかも怪しい、加えて所々で割れ、倒壊しているような――疎らに灯った街頭のみに照らされた頼りなさげなアスファルトの上を進んでいる最中において、初めは暗がりに目が慣れて来たのかとでも思っていた。

 しかしながら、それにしてはまた随分と視界の先まではっきり見えていた自身には驚かされるばかりであったのだから。

 眼鏡を必要としない程度には視力があろうとも、流石に明かりの乏しい遠く先まではこの宵の下で見通すなど困難を極めると言えるだろう。

 にも拘らず、こうして視界に何ら不便が生じていないという事は、先程の己が齎した闇色の消失同様に――何らかの形によって発現された、超能力然とした異能であると納得せざるを得なかった。

 問うように左手の甲へと緯線を落としても、其処に刻まれた紋様同然の痣は口を利くことは無いのだから。

 但し、初めて確認し得た時よりも――はっきり、と。

 恰も、咎人への入れられた刻印であるかのように、より色濃く明確な輪郭を以って刺青の様に浮かび上がっていると思えたのも、決して気の所為などでは無いだろう。

 兎にも角にも、そうこうしている内に。

 如何にか件の化け物が再来することも無く、無事コンビニエンスストアへと到着することが出来たのであった。

 正直な処、やっとの思いで訪れた店舗は凄惨に過ぎる有様で――入口である自動ドアは割られ、既に店内も棚を引っ繰り返すほどに荒らされ切っているようである。

 配電盤でもやられたのか――店の電気は死んでいるようだが、今や夜目が存分に利くようになった己にとっては、その点に関して何ら問題は皆無と云えよう。

 恐らく、己が倒れるようにして自室にて休息を採っていた日中において、既に暴徒と化した与太者が我先にと物資を持てるだけ持ってしまたのであろう、と。

 平時においては割かし平和な都市に暮らしていたつもりで在ったにも拘らず、今更ながらに何とも言えない物悲しさをも感じる羽目に陥っていたのであった。

 とは言え、これから自身もまた、生きる為に何かしら残された物を拝借するつもりなのだから、あまり高い場所から他者へと偉そうに言えた筋合いは無いだろう。

 情けなくも自分が残飯を漁る鼠になったかのような錯覚と僅かな羞恥を覚えながらも、如何にか心へと棚を作って使えそうな物を集める次第であった。

 そうしてみると、意外と言うべきか――取り尽くされていたと思った店内であったが、意外と有用な品々は残っているのだから。

 棚の下敷きとなった携帯食や、変に倒れ扉がつっかえてしまった冷蔵庫の奥に残った飲料水など。

 多少力が強い程度では建具を動かすのも一苦労であることだろうし、何より昼間に暴徒が押し寄せたことを考えれば、一人一人がじっくり店内を片付けながら捜索するなど不可能であったのだろう。

 故にこうした隙間や入り組んでしまった場所へと、手付かずの物資が遺されているのだ。

 無論、今の己にはその程度の障害などはまるで関係が無いと言えるだろう。

 電気もイカれ、防犯カメラも壊され機能していないことも相俟って、自己に芽生えた異能を行使することを躊躇する必要性も薄いのである。

 他者にこれほどの異常性を見られる心配も激減し、なれば出来得る限り有効活用してやるしかない。

 漆黒の球体を生み出した手の先でなぞる様にすれば、其処は鉄で在ろうと堅固であろうと――意図も容易く消し去ることが出来るのだから。

 棚を削り、冷蔵庫に穴を開け、バックヤードも捜索してみる。

 すると、結果として――己が持ってきたザックには入りきらないくらいの量の物資を確保するに至ったのであった。

 しかし、これほどのお宝を発掘したにも拘らず、大量であるが故に持ち帰れないという苦悩に直面するとは、流石に此処に来るまで思っても居なかった。

 はてさて、其れでは出来得る限り必要な物から手早く厳選してと考えたところで――そんな意識と共に、此度は右手の方へと闇色の渦が生じていた。

 流石に持ち帰れないからと云って、それ以外を消そうだなどと云う事は考えて居なかったが為に、突然の異常性の発生へと驚きを隠せずにはいられなかった。

 続け様に、瞬く間にと――目の前へと広げられた物資の数々を、右手の渦へと全て吞み込んでしまったのである。

 此れには流石に焦りも生まれ、折角集めた品々を消し去るなんて冗談じゃないと慌てふためくのも束の間。

 すわ、吸い込んでしまった缶コーヒーが欲しいと念じれば、またしても現われ出でた右手先の黒渦より――当たり前のように取り出すことが出来ていたのであった。

 ――続けて念じれば、携帯食に、使い捨てマスク。ペットボトルのお茶に栄養ドリンク迄、先程店内より目の前へと集めた物資が、実に容易く吐き出されたでは無いか。

 試しにもう一度仕舞おうと試みれば、同じように渦の中へと物資が吸い込まれて片付けられたのである。

 ――本当に。

 相も変わらず、訳の解らぬ仕組みの下に成り立っているようであるが――この力があれば、良い物を見つけて持ち帰ることが出来ないと泣きを見る可能性も無くなるのだ。

 されども、この異能を人前で無暗に使うのも如何な物であろうか、と。

 一応、何処かで他者に見られた際の対策として、背にしたザックへとボトル入りの飲料水やお菓子の箱を幾つか入れて持ち運ぶことにすれば良いだろう。

 代わりに――果物ナイフや拳銃に弾なぞを渦の中へと隠しておけば、まず自分以外誰にも見つけられない形となる。

 襲撃を受けた際など必要になって初めて、右手の渦より吐き出して、そのまま用いれば良いのだから。

 そして取り敢えずは、と――。

 意外と思っていた以上の物資を持ち帰れそうであることから、現状においては誰の助けも得られない様な危険な夜の探索を続ける意味も薄くなりつつあった。

 なれば、本格的な活動は日が昇ってから再開すれば良いだろう。

 幾ら夜目が利くようになろうとも、夜闇が良からぬものを運んでくることに変わりは無いのだから。

 したがって、一先ずの用事を済ませたと踵を返してコンビニを後にし――自宅へ向けて、暗がりの中へと戻り往くのであった。


        *


┏【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 【❍ボリバラの渦】荷重ペナルティを受けない。

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