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第三十三話 鏡写し

 ――怒りを露わにする双子の走り屋は、最早まるで言葉の通じぬ餓鬼のようですらあるだろう。


「この道路で……オレらよりも速いヤツなんて、居て良いワケねェだろォ! ――テメェらァ、あのガキ共を囲めェ!」

「その通りだ、弟よ――つまり、我等の先を行った貴様たちは、万死に値するッ!」


 金と銀の怒号に呼応するかのように――天上は快晴にも拘らず、辺りには台風宛らの強風が巻き起こる。

 自分たちが一番で、勝つのも何時だって当たり前。

 そんな子供染みた思考は、彼らのマシンと腕前――そして、其れを増長させるが如き、異能の獲得によって決定的なものとなる。

 正しく、二天を頂く傲慢とでも言えようか。

 自分たち兄弟が頂点で在り、それ以外の存在は自己を彩る環境に過ぎない――と。

 されども、その凋落は容易く訪れ――厳斉と叡躬璃と云う、一組の男女によって齎される次第となったのであった。

 故に、こうして敗北者たる様相を曝すのが自然の理となる筈なのであるが、其れを一向に鑑みる事無く――遂には、手下まで使って退路を塞いでしまったのだ。

 やはり真っ当な輩で無い以上、その身には各々が凶器となる物を携えている。

 ナイフ、バット、鉄パイプ。バールに手斧、ドライバーまで握り締めて――一体、何処に突き刺すつもりであろうか。

 此処数日で、あぁした道具の目撃率がグンと上がったような気がするが、間違いなく本来の用法からは懸け離れていることであろう。

 ――兎にも角にも。

 其方がやる気ならば、無論――厳斉にとっても、躊躇いは彼方へと追い遣られたのだ。

 抵抗も無く仲間や己が脅威に曝されるくらいならば、この手を汚してでも立ち向かう覚悟など、疾うに済ませていたのだから。

 故に。

 じりじりと囲い来る輩の群れへと、強力な引力を発する黒珠を放り込み――只、転がしてやるだけで良い。


「――うォッ!? な、なんだコ――」

「ひぃッ! 来る、来るんじゃね――」

「おいゴラァ!? こ、コッチに連れて来ると巻き込――」


 路面を回転させるようにして、雪だるまのように膨れ上がった影の球体門は――幾許かの地べたをも削り、手足の切れ端を溢しながらも。

 辺りに蠢いていた走り屋共を吸い寄せ続け、悲鳴と共に亜空間へと呑み込み散らせたのであった。


「多勢に無勢は、戦の常だが――相手と運が悪かったな。此れで見ての通り、此方と其方で二体二だ。残るは俺と彼女、そしてお前たちだ」

「オレの仲間たちを……許せねぇ!」

「仲間じゃなくて、舞台装置でしょ? 君らが天辺気取る為に誂えた、喝采を送るだけの仕込まれた観客さ」

「うッせぇんだよぉォォォオオオオオオオオオオオ!」


 叡躬璃に指摘された事実に沸騰するかのように、銀髪の弟からは大気を凍えさせるが如き寒波が吹き荒ぶ。


「大丈夫だ、弟よ――目の前のこいつらを片付けて、それからまたチームを再編すれば良い!」


 兄の金髪も熱波を吹き上げ、厳斉たちを自然の猛威に曝し殺さんと荒れ狂うが――、


「――僕は子供は好きだけど、敢えて此処で言わせて貰おうかな」

「あ゛ぁ!? ンだコラァ糞アマァ!」

「餓鬼に言葉が通じるか、ってね――人様を傷付けようとしたんだ。当然、その代償を被る覚悟は出来てるんだよね?

「代償を払うのは貴様らだッ! これからまたッ! 俺たちの勝利のロードが――」


 息巻く弟に、宣言を寄越す兄。

 されども、その台詞が最後まで紡がれる機会は――永遠に来ることが、無いのであった。


「もう――遅い」


 叡躬璃の艶やかな唇より、断罪の刃が墜とされたのだから。

 兄は、宛ら――そのまま静止画に閉じ込めたかのように固まり、風が吹くと同時に塵となって高架下へと流れ堕ちて逝った。

 弟は、恰も――顔面中の穴と言う穴から体液と共に焔を噴出させて全身を続け様に発火させ、一瞬の内に煤となって風の往くまま天へと連れ去られて逝ったのである。

 鏡写しの双子は、もう二度と。

 互いの姿を見合う事無く――永劫に隣り合い、何処までも続く道を走ることもないのだから。

 しかしながら、と。

 厳斉も決して人の事は言えないやり方に違いは無いが、目の前で引き起こされた現象へと驚愕の言の葉を溢していた。


「――何が、起こったんだ」

「別にウザかろうと、必要以上に苦しませる趣味も無いからね。さっさと終わらせるために――フリーズドライと電子レンジって感じかな?」


 いずせにせよ、と。

 此れで目先の脅威は去ったが故、何時までも此処で佇んでいては仕方が無いと。


「じゃあ、帰りも運転よろしくね」 

「まぁ、落ちないようにしっかり掴まっていてくれよ」


 来た時、同様――バイクに跨り、背に叡躬璃を張り付けた元就は。

 随分と静かになった高速道路を逆走するように、街へと向けて戻るのであった。


        *


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 【名前】間江田(まえだ) 伸隆(のぶたか)

 【性別】♂

 【征痕】噴き上がる西風(ハード・ゼピュロス)

┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫

 【暴力】C【耐力】D【応用】D【敏捷】A

┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫

 【☑唯我の熱波】

  ┗周囲へ熱風を引き起こす。

   自身の敏捷上昇。火傷・転倒付与。

 【❍嫉妬に狂う熱情】

  ┗敵対者の能力値が高い程、自身の能力値にボーナス。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 【名前】間江田(まえだ) 伸克(のぶかつ)

 【性別】♂

 【征痕】吹き荒ぶ北風(ヘヴィ・ボレアス)

┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫

 【暴力】C【耐力】D【応用】D【敏捷】A

┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫

 【☑独尊の寒波】

  ┗周囲に冷風を巻き起こす。

   自身の敏捷上昇。凍傷・転倒付与。

 【❍只管に貪る粗暴】

  ┗敵対者の能力値が低い程、自身の能力値にボーナス。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


        *


「――やはり、そう簡単に脱出路何て見つからないものか」


 予想はしていたけれど、と。

 やや残念そうな声色にて、織渼衛はそう零すのであった。

 はた迷惑な双子を処理してから、別段の問題も無く――厳斉は叡躬璃を伴って、無事拠点へと帰還出来ていた。

 当然の如く、拠点ビルへの襲撃なども見られず、留守番組の彼女たちも傷一つ負うことも無く。

 こうして再び、皆揃って顔を合わせることが出来ていたのであった。

 

「しっかし、厳斉も災難だねー。昨日に続いて、今日も頭の可笑しい異能者に絡まれることになるなんてさ」

「だが、対処自体は殆ど叡躬璃一人でやってくれたからな。俺が行ったのは、精々露払い。レースも異能の処理も、彼女のお手柄だよ」

「自分たちで挑んできた癖に、負けたら負けたでグズグズ始まるとか……。正直、かなり面倒な手合いだったからね」

「齢だけ取って身体が大きくなっても、何時まで経っても子供みたいな中身のヒトっているよね」


 紅絽絵の言葉に手を振って応える厳斉であったが、先の一連の出来事を思い出すかのように。

 叡躬璃は用意されたカップの中の液体で喉を潤しながらも、少々嫌そうな表情を浮かべて話すのだった。


「それにしても、昨日の今日でそうした手合いに遭遇するとは、厳斉も中々にツイていないと云うか――何か、厄介な相手を寄せ付ける磁力でも放っているのではないのかな」

「……あぁ、そうかもしれないな。今もこうやって、変わり者のお嬢さんたちに囲まれている次第なのだから」

「あーっ、失礼しちゃうなぁもぅ! 織渼衛は露出狂だしえみりんは不思議さんだけど、ボクはフツーのオンナノコでしょ!」

「いやいや、其れを言うなら私は精々がミステリアスな深層の令嬢だが――紅絽絵はもう、スケベな身体持て余したあざとい痴女みたいなものじゃないか。ボクっ娘の癖にむちむちぷりんぷりんな爆弾おっぽりだして振り回すなんて、これもう如何しようもないサキュバスだよ」

「わがままばでぃの淫魔二体が何か言ってますねぇ……。やれやれ、平凡なのは僕だけか」

「えみりんは平凡じゃなくて、平坦の間違いでしょ?」

「いや、アレはあの控えめな肢体で男の庇護欲を誘うんだよ。何時もの厳斉の対応を見ていれば、その辺りは明確だろう」

「今し方、火蓋は切って落とされた――覚悟は、良いかい? 余分な脂肪諸共、燃やしてあげるよ」


 年甲斐も無く飛び掛かり、乳を掴み、服を捲り上げるように取っ組み合いが始まった。

 きゃいきゃいと姦しく始まるキャットファイトを尻目に――。

 ソファへと深く身体を沈ませた厳斉は、この束の間の平穏を享受すべく――心地の良い喧騒の中で、静かに瞼を閉じるのであった。

 ――第一部、完。

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