第三十一話 西風と北風
――爆音を響かせながら、厳斉の運転するバイクを包囲するように集まり来る。
其れは紛れも無く違法行為宛らなのであるが、前回の輩とは少しだけ違う様相を見せていた。
「ん……何だ、こいつら? 区役所の奴等より派手さは無いけど、アレの仲間じゃないのか」
「どっちだって良いけど、こうも囲まれちゃ走り辛くない?」
見定めるように並走しながらも、未だ此方へと攻撃してくることはないのであったが――、
「――来たぜ来たぜ来たぜ兄貴ィ! チャレンジャーが、またやって来たぜ!」
「――其の様だな、弟よ! 此度の挑戦者は、我らを愉しませてくれるかな!」
囲んでいたバイクの集団が輪の広がる様に散って往くと――その両側に着くように、これまたバイクへと跨った二人の青年が現れたでは無いか。
己の両サイドへ並走するのは、まるで鏡写しの様にそっくりな男たちである。
同じ顔立ちに、同じライダージャケット。
同じ車体に、同じ声質――唯一異なるのは、その髪色であろうか。
其処だけが互いを対比するかのように、金と銀に別れているのであった。
雰囲気としては暴走族とは少々異なる感触を抱くのだが、こうして群れを創り危険走行へと興じているらしい以上、真っ当な輩で無いことに違いは無い。
そして、如何した物かと考えていると――弟と呼ばれた銀髪の男が、未だ走り続ける厳斉へ向かって興奮気味に口を開いた。
「ヒャッハー! オマエ、ココがオレらのシマだって判って来たんだよなぁ!」
「いや、如何考えても公共の場所だろ。道路の意義、理解してるか?」
「その上、女連れで走るたァ――全く、度胸のあるバイカーだぜ!」
「あっ、駄目だコイツ。昨日の特攻脳筋と同じ臭いがする……」
人の話をまるで聞かない。
もう、この時点で嫌な予感しかしないのだから。
続け様に逆側からは――声色は幾分落ち着いているものの。
兄の金髪もまた同じように、嬉し気な表情で続くのだ。
「俺たち『アネモイ兄弟』のテリトリーへ、ようこそ諸君! デートの舞台に此処を選んでくれるとは、君たち中々風情があるじゃないか」
「神の名を自称するなんて、随分と愉快な頭をしてる人たちなんだね」
「――しッ! 下手に丸キを刺激すると、何されるか判らんだろ!」
「僕たち既に、現在進行形で迷惑被ってるでしょ」
ぽつりと溢す叡躬璃と、其れを嗜める厳斉の言葉など気にもならないのか。
金髪兄は流れるような口調のまま、一方的にこれまた迷惑な事態を押し付けて来るのだ。
「此処に来た以上、俺たちと走りで勝負して貰う決まりになっている!」
「此方はあくまで、道の先が如何なってるのかって知りたかっただけなんだが……」
「……んん? 高速は途中の河を渡る辺りで崩されて断裂してるから、この道から他県に出ることは出来ないぞ」
「あっ、そう――じゃあ、僕ら此れで引き返して帰りたいんだけど」
此度の調査は、奇しくも終了することとなる。
脱出路でもと考えたが、そうなっているならばこれ以上の長居は御免である。
このまま走っても終着点は途切れた高架が残されているだけらしく、街からの脱出にも使えそうは無い。
したがって、このまま回れ右して高速道路よりおりたいところであるのだが、
「――それじゃあ、ルールの説明だァ!」
「この、言葉は通じても会話は通じない感覚――理解不能で、やんなるね」
「馬鹿の言葉は馬鹿にしか理解出来ないんだから、厳斉が理解出来ちゃ駄目でしょ。お願いだから、あんな深淵を覗くことなく――君は今のままでいてね」
「深淵と言うには、随分と底も浅そうだけどな。精々、痰壺くらいしか深さも無さそうだろ」
「ルールは、終点までオレと兄貴とバイクで競争して、速く付いた方の勝ちィ! 以上!」
「マイペースが過ぎる。通知表に『人の話を良く聞きましょう』って書かれたタイプだわコイツ」
「良くそんなコトまで分かったなァ! オマエ、エスパーかよ!?」
「此れで判らない奴が居たら、そいつ脳味噌ミドリムシだよ」
この悪魔会話をしているような――実に、頭の痛い遣り取りであったのだが。
ふと――笑い声を上げた銀髪の周囲が、不思議な様相に変貌し始める。
「エスパーって言やァ、オレらも何か凄ェモン使えるようになったんだよ――なァ、兄貴ィ!」
「ははははははッ! そうだな――冥途の土産に、見せてやろうぞ弟よ!」
――冥途?
冥途と言ったか、こいつら。
じゃあ、何か。このトンチキレースで負けたら、ペナルティは死と言う話なのであろうか。
「此れは闇のゲームですね、たまげたなぁ……。てか、こんな山猿たちに負けたら、貞操の危機と言う意味で心の傷負いそうなんだけど」
「指鉄砲で死にたくは無いし、たまげてる場合じゃ無いだろ。つまりコイツら、異能を使って――人殺しにすら、抵抗が無いってことが問題なんだよ」
「賭けてるモンがねェと、ゲームは楽しくないからなァ!」
言うや否や――金と銀の兄弟は、バイクの跨ったまま。
其々が、自身の車体ごと人ならざる変貌を遂げたではないか。
兄は揺らぎすら発する、金色の熱風に。弟は冷気が噴き出す、白銀の暴風に。
ふざけた風体なれども、その身は正しく自然の暴威を凝縮させた――神の颶風に等しかった。
「――兄のゼピュロス!」
「――弟のボレアス!」
「「俺たち二人で――アネモイ兄弟だァ! 往くぜ! スピードの向こう側へ!」」
――日朝ヒーロー劇場に登場する、敵役か何かであろうか。
しっかりとハンドルを握っていないと、その風圧にて車体が横転しそうな程の勢いを抱く超常だ。
しかしながら、背後の叡躬璃からは実に冷めた声色が寄越される。
「……汚いぷぃきゅあだなぁ。全くぷりてぃでもきゅあきゅあでも無いんですけど」
「どっちかって言うと、地獄兄弟とかじゃないのか?」
「今、俺の弟を笑っただろ――って、やつ? 全然、あんな格好良くないでしょ」
「全国百億のライダーファンに怒られそうだな。てか、割と詳しいじゃないか。何時の間に男の教養を学んだんだ?」
「君ん家で紅絽絵共々、しょっちゅう垂れ流してたからでしょ」
圧倒的な変貌を見せつけながらも、こんな風に軽口を叩き合う厳斉たちを不審に思ったのか。
ある意味で――余裕癪癪な様相に、面白くなさそうな北風の弟が叫びを上げる。
「オイオイオイオイ――! 良いのかァ、オマエらァ!? 風に成ったオレらのスピードは、スデにフツーのバイクよりもずっと速いんだぜぇ!」
「――待てッ、弟よ! 彼らも俺たちと同じで、まさか……ッ!」
直情莫迦の弟よりは、多少なりとも鷹揚莫迦の兄の方が、目端も利くものなのであろうか。
人知を超えた現象を目の当たりにしながらも、微塵も怯む様子の見られぬ厳斉たちより――その真意を、理解していたようであった。
背中に感じる柔らかさを超えて――さも、期待に応えるかのように。
叡躬璃もまた、宣戦布告を切って落としたではないか。
「特別何て、意外とその辺に転がってるものだよ――特に、こんなイカれた世の中ならば猶更ね」
「お、おいッ! 兄貴ッ! あの後ろのオンナ……何か、様子がヘンだぜ!?」
「――気を抜くな弟者ッ! 来るぞ――ッ!」
「ってな訳で、僕はサポートに回るから――運転の方は、引き続きよろしくね」
厳斉が返事をする前に――己の腰に回された華奢な腕より、青白く煌めく冷気が噴出し始めたのであった。
同時に足元のタイヤには、橙に吹き上がる焔に包まれ始めるのだから。
超常へ踏み入れた――デッドヒートの、幕開けである。




