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第三十話 路上遊戯

 ――朝一の路面にて。

 昨日の午後と同じく、厳斉は叡躬璃を後ろに乗せて――荒廃した都市の狭間へと、拝借したバイクを転がしていたのであった。

 こんな時であっても外気は爽やかさで満ちており、心地の良い風が頬を撫ぜると共に。

 未だ倒壊せずに済んでいた街路樹の上からは、起床を告げるような小鳥の囀りがちらほらと聞こえてくるのだ。

 そして、昨日の調査により得られた情報を精査し、今日は何処へ向かうかを決めるのだ。

 抗争のような空気を醸し出しているならば、正直そのような所へは進んで首を突っ込むつもりも無いのだから。

 ネットで友人が得た情報と脚で洗った状況を鑑みる限りでは、既に異能を自覚し使いこなす集団も現れているようなのである。

 無論、其れについては厳斉も自分たちのことを棚に上げるしかないのかもしれないが――流石に、これ幸いと、暴力を用いて好き勝手に振る舞うつもりは無い。

 されども、早いものであれば、災害初日から窺えたように――建物を倒壊させたり、車体を炎上させるような輩も存在することを念頭に置かねばならないのだ。

 何より、そうした諍いや暴力へと巻き込まれた一般人に加え、事態の鎮静へと当たった公務員たちすらも病院に担ぎ込まれるという例も珍しくはないようであった。

 付近の大型病院の敷地内では、外から見ただけでも引っ切り無しに負傷者が担ぎ込まれているようであり、如何やら建物の裏手には身元確認の為か死体袋も並べられているようなのだ。

 恐らくは、院内の安置所では最早収まり切らないだけの被害が出ているということは想像に難くない。

 放置車両だらけの路面状況を考慮すれば、碌に救急車も装甲車も通ることは困難である故、少し離れた場所からの患者は担いで連れて来るか――今の厳斉たちのように、二輪を旨い具合に活用するしか無いのである。

 こういう時にこそドクターヘリの出番なのであろうが、何処ぞの大莫迦者が面白半分に撃ち落としたと云う話すらも上がっていれば、空からの望みも実質的に絶たれたようなものであろう。

 ヘリすらも墜落させる能力者の台頭を恐れるべきか、それとも――災害時に、人の命を助ける為の存在を玩具の様に壊す神経を疑うべきであろうか。

 何より病院の近くであったとしても、少し耳を澄ませば銃声や爆発音のようなものまで聞こえてくると云う事は、其処から数ブロック離れた程度の地帯で争いが勃発しているとの事実に他ならない。

 此れでは、いつ何時多くの人間を抱える病院であれば猶更、この場所からであっても最低限の警備に割くべき人間は動かせなくなっているのだろう。その間に襲撃を受ければ、被害者の数も増え、事態は更に深刻な状態へと陥るのだから。

 故に、目と鼻の先で暴れている輩が居ようとも――病院を守る人間にとっても、その方面へ人々が往かぬ様に注意喚起を施すことくらいしか出来ないのであった。

 一方、湾口の近くではヤの付く自由業モロ出しの者達が倉庫地帯を占領し、其処を拠点に何やら怪しげな動きをしていると云う。

 人品や職種に関係無く。この異能が発現することを鑑みれば、そうした元より危険なタイプの人間に銃やナイフ以上の力を持たせても碌なことにならぬと云うのは、昨日の特攻野郎との経験上――厳斉たちも、十二分に理解させられることとなっていたのだから。

 そうでなくとも、密輸でもした小銃で武装しているような連中が居れば、厳斉にとってはやはり危険な相手であると言える。

 銃も鈍器も刃物であっても、肉体を雷撃へと変貌させられる織渼衛に――タンデム中の叡躬璃であっても、振動変動により非実在の焔や氷になれるのだから傷一つ負わない筈である。

 紅絽絵も異能の関係上、如何やら矢であろうと銃であろうと、はたまた大砲であっても問題無く。それ以外の被害すらも、文字通り見てから対処するなど朝飯前に違いない。

 ――と、なると。

 最も仲間内で脆いのは、まさか男の己なのではなかろうか。

 問答無用で物体を削り取る亜空の虚を操れども、この肉体自体は紛れも無く人の其れだ。

 無論、何やら黒玉を用いて呑み込めば、身体の調子も良い様で――負傷すらも快癒することは、先日の最中証明されている。怪我くらいで在れば、周りの物体を取り込んで癒せるということだ。

 が、しかしながら――例えば、問答無用で頭部を撃ち抜かれるだとかすれば、命の保障は何処にも無い。

 そう考えると、やはり判り切っていたこととは言え、厳斉は無敵のヒーローなどではないのである。


「……もしかしなくても、俺が身内で一番脆いのか」

「え、何、急に……?」


 思わず溢してしまった独り言へと、腰に細い腕を回したままの彼女が聞き留めて問い返す。


「いや、能力的な話でさ。有事の際に対応誤れば、普通に殺されそうだってことを――今、改めて気付かされたわ」

「ははっ、大丈夫だよ。その為に、こうして皆で一緒に居るんじゃないか」

「男尊女卑思想なんて持っていないが、場合によっては女の影に隠れることになるかもしれないって考えると、中々に情けなく思えてな……」

「そんなの別に、気にすること無いのにな。其れに人間、何れは死ぬんだし――取り敢えず、杭の無いようにやりたいってことで。僕たちは、今もこうやって動いてるわけでしょ?」

「皮肉でも無く、叡躬璃のその思い切りの良い所は俺も好きだよ」

「僕は、君の一所懸命な所に惹かれるけどね。お互いが足りない所を補い合えば、良いんじゃないかな」


 相も変わらず――随分と男前な台詞を寄越してくれた叡躬璃へと照れ臭さを感じながらも、そのまま事故を起こすことだけは無いようにと。

 ハンドルを握り締め、路面の亀裂にタイヤが捕られぬ様にバイクを走らせ続けるのであった。


        *


「――で、だ。もしや郊外の高速道路を使えば、この街からも脱出することが出来るかもと思って見に来たが……」

「あー……此れは、酷い。こう云うの、珍走族って言うんだっけ? あぁ、昨日厳斉たちがぶつかったって云う、区役所の連中とはまた別物なのかな」


 既にインターチェンジのバーは捥ぎ取られたかのように端へと転がっており、その先では改造バイクを噴かせた若者たちが好き放題に走り回っているでは無いか。

 出入り口に封鎖の後はあったものの――見ての通り、愉快に倫理観の外れた奴らが撤去してしまったのではなかろうか。

 高速上にも幾らか車両は放置されていたが、その大部分が炎上し、真っ黒なフレームを剥き出しに晒しているのだ。

 更に度し難いことに、逃げようとしたが遅れて何かしらの餌食にでもなってしまったのか。

 そうした車体の付近には、凡そ黒く固まった血液と共に倒れ伏す遺体があちこちへと放置された儘なのである。


「流石に大人から子供まで塵みたいに転がってるのを見せつけられるのは、全く気分が良くないな」

「脱出時に事故に遭ったって言うなら、ある程度不幸な話で終わったのかもしれないけど――背中から刃物や鉄パイプが指されてるのなんて、明らかに人為的なものだろうからね……」


 厳斉同様に背の叡躬璃もまた、そんな凄惨な光景へと不快感を露わにした声色を漏らす。

 何とも悲惨な路面状況の中――其れでも仏さんを踏まぬ様に気を付けながら、速度を落としてタイヤを転がすのだ。

 暫く暫く走っていると、バイクの具合は兎も角、風体よりお仲間では無いことに気が付いたのであろう。

 周囲より、並走するように何台もの二輪を繰る族が、威嚇するようなエンジン音を上げ乍ら迫って来たのであった。


「――まーた、こんな輩に絡まれるのか。嫌になるな、色々と」

「まぁまぁ、厳斉。優しい君はそう思うのかもしれないけど、もっと楽に考えれば良いんだよ――そう、害虫駆除のような物さ」


 柔らかな感触の背にした彼女からは――凍て付く様な言の葉と。

 燃え盛るような激情を感じたのは、間違いなく気の所為などでは無いのであった。

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