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第二十九話 経過

「――仮にこれ幸いと見出した政治家のご機嫌取りなのか何なのかは知らないけど、助けるならさっさと皆を助けて欲しいよね」


 暫く聞か無かった叡躬璃の辛辣な台詞であったが、逸早く多くの無辜の者の命が救われるのであれば、其れに越したことは無いだろう。

 いずれにせよ。これからも時間を掛ければ掛けるほど、この街は益々の窮地へと追い遣られるに違いない。


「破落戸は増え、与太者が徘徊し、平気で強盗働きもする。時が経てば其れに伴って、生き残った異能者たちが頭角を現し始めるってところか」

「まるで荒れに荒れた、群雄割拠極まる戦国時代の其れみたいじゃあないか。困ったね」

「本当に、困った処の騒ぎじゃないぞ。超常まで蔓延ってる分、脅威も被害も――箍の外れ具合も一等度し難い」


 厳斉としても嫌になる程、事態は刻一刻と悪化と混迷に堕ちて逝く。

 軽い口調で追随する織渼衛だって、その様相以上に此度の深刻さを理解していることであろう。


「と言っても、僕たちの目的は此処の一人も欠ける事無く如何にか生き延びて、また何時もの日常に戻ることだしね」

「幾ら異能を持ってたって、ボクらは別に――誰かが困ってたら助けに参上するような、日朝ヒーローなんかじゃないんだもん」


 叡躬璃と紅絽絵もまた、生き延びることこそが第一であるとのスタンスに揺らぎはないようで安心するものである。

 言っては何だが、此処で降って湧いた様な異能に感けて、正義の味方ごっこでもすると言われても――其れは其れで、困ってしまうのだから。

 ある程度の友人連中を助ける位ならば兎も角、誰にでも手を差し伸べるだけの余裕は無いし――理由も、無い。

 我が身が可愛いのは、人間である以上、誰だって同じなのである。


「――では、取り敢えずは探索時に遭遇した無法者を片付ける程度に留めて、後はやはり行政の皆様に任せると云う方向が無難なのかもな」

「まぁ、どれだけ活躍してくれるかは判らないけれど、此方が無駄に張り切って――其れこそ、異能者として目でも付けられては堪らないからね」


 ちょっかいを掛けて来た相手は、処理する。

 道を塞ぐ輩は、しばいて退ける。

 少々野蛮に思われるかもしれないが、降り掛かる火の粉を払うのは生きる為に必要なのだから。

 こうして軽く話し合った限りでは、仲間たちと厳斉の意識にも、そう差は無いようだとも安心することが出来る。


「何であれ――明日もまた、朝日は昇るのだからな」


 やれることを精一杯――。

 努力は免罪符にはならぬけれど、しない後悔だけはしたくはない――と。

 自分たちも、また。此れから先へと向けて、着実に生存率を高めるべく動き続けるだけなのであった。


        *


 ――季節的なこともあり。昼下がりで在ろうとも。

 未だ、陽は高く昇ったままであった。

 なれば。根を詰め過ぎて失敗しても仕方が無いが、時間の許す限り出来得るだけのことはしときたいと考えるのが人情で在ろう。


「それじゃ、午後は僕とバディってことで」

「あぁ、よろしくな」


 本日の日暮れまでの探索においては、叡躬璃を伴って街へと繰り出す次第となったのである。

 区役所で族を駆逐した後、逃げ出した残党は多数いれども――敷地内には、其れなりの数のバイクが残されていたのであった。

 杜撰なのかは知らないが、割かし鍵が付けられたまま放置されていたものの在った為、帰りの脚として一台紅絽絵と共に拝借してきたのだ。

 あぁした輩の所有物により、残念なことに車体の近くにヘルメットは見つからなかった。

 しかしながら、役所からの帰り道は放置車両の隙間を縫うようにしてノーヘルで二人乗りをして来た状況であったのだが――用意が良いと言うべきか、何と言うべきか。

 叡躬璃のセーフハウスとして招かれたこの拠点には、防災アイテムとして――乗車用では無いにせよ、頭を守るための安全メットが倉庫で見つけられたのであった。

 故に、現在二人そろってバイクへと跨りながらも、如何にか形の上での対策は施すことが出来ていたのである。

 無論、其れはこの状況であっても、警察などに見咎められることなく移動するための物でしかない。

 厳斉は兎も角、己の腰へとしっかりと抱き締めるように掴んだ彼女であれば、非実在形状への変換により交通事故くらいでは怪我すら負わないのだから。

 空は相も変わらず快晴で在り、こんな時であろうとも日差しは暖かに降り注ぐ。

 気温的にもエンジンを温める必要も薄く、これならばすぐに出発することが出来るだろうと発進したのだ。

 借り物(・・・)故に文句を言うつもりは無いが、デザイン的には比較的あの中でも大人し目のものを選んだつもりだが、其れでも所々に改造の仕様が見受けられるのは致し方の無いことであろう。

 一番の問題は排気音であるのだが、其処はもう自動二輪に乗っている以上、割り切って使うしか無いだろう。

 背中からは、華奢な体躯でありながらも――確かに女の子らしい、叡躬璃の仄かな柔らかさが伝わって来る。

 紅絽絵を後ろに乗せて居た時に比べると、正直その感触には大いなる差異が生じていると言わざるを得ないが――そんなことを口に出せば戦争だと云うことくらい、己にだって容易に理解することが出来る。


「――カブしか乗ったことが無いって言ってたけど、問題無く運転出来てるじゃないか」

「多少不安はあったが、いざ運転してみるとやれるもんなんだな」


 帰路にて、ある程度コツは掴んでいた為だろうか。

 二輪の経験自体はあったことも相俟って――既に普通に運転するくらいで在れば、問題無く放置車両の隙間を縫うようにしながらも、路上を進み往くことが出来ているのであった。

 しかし、先の思考を読み取ったかのように。

 叡躬璃は己を揶揄うように、先程よりも少々強めに抱き着き囁くのだ。


「俎板を括りつけたような退屈さでしょ――折角のタンデムだけど、紅絽絵みたいに愉しめる感触じゃなくて悪いね」

「紛う事無き美女を後ろに乗せてるんだ。俺は、其処に優劣なんて存在しないと思ってるけどな。綺麗な女の子と二人乗りなんて、青春においては限られた特権なんだからさ」

「まぁ、そう云う事にしておいてあげるよ……ありがと」


 運転中により後ろを向くわけにはいかないが、何処か弾んだような声色で彼女からの言葉が返される。

 柔らかな温かい外気を切る様に走る車上にて、一層背中に熱を感じたのは厳斉の気の所為であろうか。

 兎も角――路上を進むバイクは滞り無くエンジンを回し、途中で見掛けた警察らしき者からも別段の警戒を受けることは無かった。

 この()を用いて本格的に遠出をするのは、時間からしても明日の朝一にした方が良いだろう。

 移動するだけならばまだしも、陽が落ちれば夜目が利こうとも――其れだけ治安も悪化の一途を辿ることくらい、最早火を見るよりも明らかなのだから。

 故に今回の試運転においてはこの周囲をぐるりを廻り、明日への慣らしだと思えば良いだろう。

 軽く見回っておくだけでも、通行しやするルートや人々の活動域が判ることだし、これだけでも得るものは大いにあると言えようか。

 幸いなことに其処まで危なそうな地帯は周辺には窺い知れなかったが、ビルなどの建物内までは外からでは目も届かぬというのはネックでもあるのだが――その辺りは、今後の課題となるのであろう。

 したがって、本日は夕暮れ迄出来うる範囲で叡躬璃を載せて走り回り、拠点の周囲における情報をより正確なものとすることに努めたのであった。

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