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第二話 虚の中

 ――人知れず。

 警官の死体漁りなどと云う、常識的に考えなくても中々以上に赦されない行為に手を染めながらも――其れは如何にか、己が生きる為であると心に棚を作って歩みを進めていた最中の事である。


「ぁ、お……おぁあぁ、ぉおお……」


 宛ら酔いどれの様に、街路の先を蠢く人型を発見したのであった。

 平時であれば、時間も時間であるが故に、酒をかっ食らって気持ち良くなっているサラリーマンか大学生辺りだと考えるだろう。

 別段、夜の街においてはそうした輩は珍しいものでは無いのだし、誰も彼もがけばけばしいネオンサインの下で一夜の夢へと耽るのだから。

 しかしながら、其れがこの未曽有の災害の最中に遭遇するとなれば、到底話は変わって来るものでは無かろうか。

 こうして住宅街を抜けて街路を進む中においても、此処まで人っ子一人とも遭遇してはいなかったのだ。

 まず訳の解らぬ危険な状況で警察も消防も助けに来ないとなれば、下手に動かずに自宅に篭るという選択肢は可笑しくも何とも無いだろう。

 己の様に物資を求めて夜の街へと繰り出す者も居ないことは無いだろうが、やはり人間である以上、日の光の下で活動した方が安心できるというものである。

 あくまで自分は、限られたパイにあぶれることのないように、こうして隙間を縫うように宵闇へと潜り込んだだけの話なのだ。

 子供や老人、力の弱い女性などを抱えた世帯であるならば――此度の災害により家族の無事が如何にか確認出来ていたとしても、だからこそ進んで夜の世界へと踏み込むリスクは採らない筈であろう。

 己場合は家族からも離れた単身により、友人たちとも連絡すら取れない状況だからこそ、こうして万一の餓死渇死を避けるために行動に移しただけなのだから。

 故に――視界の先で何やら呻き声を挙げながら千鳥足を隠そうともしない背広姿の男の後頭部と云うのは、これまた紛れも無く怪しげに映ってしまうものであった。

 敢えて酷な視点で想像を膨らませるならば、考えるまでも無く昼間の光景を思い出しても解る通り――大量に躯を晒した者の中に大切な人が居て、残された側の心が壊れてしまったが為に、あのような悼ましい姿を晒して居るのだろうか。

 もしくは、そうした悲哀を少しでも拭う為に酒に溺れ、ああした醜態を晒す羽目に陥っているとのケースも無きにしも非ず。

 とは言え、其れらは全て己の妄想でしか無く――他者を勝手に分析した上でレッテルを貼るなど、中々以上に失礼極まりない話である。

 したがって、目の前の男がどのような事情を抱えているのか無しる由も無いが故に、己も此処は彼を放って素通りするのが一番であると結論付けるのであった。

 冷たく思われるかもしれないが、暫くの食い扶持すら怪しい我が身であるのだ。

 この街で悲惨な事態に巻き込まれた他者同様に、命は助かったものの厳しい状況へと置かれていることに変わりはない。

 そう自分自身に言い聞かせるように足早に進まんとしたところで――己の足音を聞き留めたのか。

 ぐりん、と。

 道の先にてふらついていた背広の男の首が、思い切り背後である己の方へと向けられたのであった。

 ――血の気が失せるとは、きっとこのような心持を指す言葉なのであろう。

 宛ら、人間の頸の可動域を優に超えているのではないかと思わんばかりに不気味な捻じれを見せた男の顔には、その全面へと刺青のような黒い文様が奔っているでは無いか。

 加えて、その双眸には光が見えず、焦点の無い白目を剝き出しに晒しているのだ。

 口からはだらしが無く赤い舌が毀れたまま開かれており、端には鮮血交じりの唾液が止めど無く溢れているのであった。

 紛れも無く――姿かたちこそ人間の其れでありながらも、その出で立ちは不気味な怪物の出現に等しいのではなかろうか。

 恰も、恐ろし気な化け物へと遭遇したホラー映画のワンシーンのような光景であるものの――現実に自身が直面することとなれば、頭が真っ白に染まり思考がドン詰まりに陥るという事を、この時初めて知ることとなる。

 されども、時は止まらず――怪物の歩みは、決して己の心の安静を待っていてはくれないのであった。

 気色の悪い蛇のような刺青に顔面を支配されたような男は、よろめきながらも一歩ずつ着実に己の側へとにじり寄って来る。

 先程警官より拝借した拳銃があるだとか、使い慣れた果物ナイフを持っていただとか――そんなことは、目の前の異様に過ぎる人型の化け物を前にした瞬間から、既に頭の中より零れ落ちてしまっていたのだ。

 来るな来るなと念じても、怪物の足取りは止まる気配は見られない。

 戦わねばと思考を漸く手繰り寄せたは良いものの、この身は金縛りにあったかのように少しも動いてはくれないのだから。

 一歩、一歩、一歩――また、一歩。

 悍ましき存在が己へと迫り、遂にはこの身を捕らえるべく。

 だらりと伸ばされた腕より、爪の剥がれて骨まで露出した赤黒い指先が己へと触れようとした瞬間――意識と感覚を取り戻していた自身の左手を以って、思い切り目の前の化け物の腕を払い除けた。


「ぉ、お゛……ぁ゛ぁぉ、ぉ゛お……!」


 呻き声が、余計に苦し気に聞こえるのはきっと気の所為ではないのだろう。

 気が付けば、呻く奇妙な人型はよろけた衝撃で地べたへと転がり這っているでは無いか。

 如何にか凶を打ち払ったまでは良かったものの――目の前で引き起こされたらしき次なる現象へと、目を疑わざるを得なかったのだから。

 伸ばされ、己が払い除けた筈であった化け物の腕が――何と、肘より先がごっそりと消失していたのである。

 無論、その辺に千切れた腕の先が転がっている訳でも無く。そもそも、力任せに叩いたぐらいで人体の一部を吹き飛ばせるほど、己には人間染みた怪力など備わっては居ない筈である。

 まさか。此れが火事場の馬鹿力という物なのかとも一瞬考えたが、やはり其れなら其れで辺りに残骸が落ちていないと不可解な状態に違いなかろう。

 いずれにせよ――この一連の衝撃的な様相により、幾許か自身にも平静が戻って来た様子であった。

 脚も動くし、手も動く。呼吸も落ち着き、やろうと思えば辺りへ助けを呼ぶべく叫び声も挙げられることであろう。

 しかしながら、未だ見下ろすようにアスファルトの先では、もぞもぞと呻き声を溢したままの化け物が、片腕となったその身を以て立ち上がらんと藻掻いている。

 そして何より、己が意識した左手の先へと――不可視の黒玉が、この指先へと付き従うかの如く浮かび上がっているのであった。

 宵闇を凝縮するが如き。掌大の奇妙な縁の無い珠は、其処にある空間を歪め――まるで辺りの景色を呑み込むかのように佇んでいるのだ。

 先の人型の肘先が消失した様を思い出し、そのまま近くの石塀へと黒玉を翳してみると――その球体の形の儘に、堅牢な石造りのブロック塀の一部がすっぽり消え失せてしまったのである。

 音も無く。己の手から先は、微塵の抵抗感すらも感じぬ儘に。

 心なしか手の甲に刻まれた痣すらも、ぼんやりと夜の帳の下で寂光を燈しているかのように見えるのは、決して気の所為では無い筈だ。

 意味も理屈も不明に尽きるが、この際使える物は使うべきだと気持ちを切り替えたのは、果たして生きる為に湧き上がった活力の為であろうか。

 思い立ったが、とばかりに――何度も転げながらも。

 如何にかふら付く身体で立ち上がった化け物へと手を翳し、再び現われ出でた夜半の欠片の如き球体を以って――彼奴の頭部を、刈り獲ったのであった。

 瞬間――頭を半分以上消失させた人型は、白目を剥いたまま音を立てて地べたへと倒れ伏したのだ。

 頭の断面から体液と脳梁のような物を垂れ流しながら地に伏せる其れは、もう二度と動き出すことは無いようであった。

 ――本当に。

 何が何だか全く判らぬ状態なれども、今し方、己の命は確かに助かったという事だけは紛れも無い事実なのであろう。

 あのまま穢れた指先より肌を蹂躙されて居れば、果たしてどのような末路を辿ったかなどと――考えるだけでも、身震いするほど悍ましい。

 兎にも角にも、化物と云えども人の形をした相手であるが故に。この場面を第三者に目撃されることは、決して良い物であるとは考え難い。

 したがって、背を揺らしてザックを背負い直した後、初めの目的である商店廻りを済ませるべく。

 己は独り、再び宵の内へと姿を溶き混ぜて往く。

 得体の知れない脅威を不可思議な力で乗り越えた為であろうか――既に、怯えは殆ど薄らいでいたのであった。


        *


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 【名前】???

 【性別】♂

 【征痕(ダァトム)虚の円環(ヴォイドサークル)

┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫

 【暴力】A+【耐力】C【応用】B【敏捷】D

┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫

 【❍モランの瞳】暗視ペナルティを受けない。

 【☑黑い腕(シュバルツェマン)】手元の対象を消失させる。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

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