第二十八話 困惑
「――そうそう。取り敢えず、二人にも此れを渡しておくね」
食事を終え、一息吐いた後。
そう言った叡躬璃から手渡されたのは、蒼く透き通った細い腕輪であった。
厳斉同様、紅絽絵にも同じ物が与えられたようであり、すぐさま左腕に嵌めた彼女は興味深そうに口を開いた。
「ありがとー、綺麗だねコレ! でも、えみりんも織渼衛も付けてるみたいだけど、何か意味ってあるの?」
「うん、僕の異能で形作った上に織渼衛にも協力して貰ったんだけど――通信端末のような物だよ。特殊な製法だから、別に冷たくは無いでしょ?」
「――あぁ、そう云う話か」
納得が要ったとばかりに、厳斉は一つ溢して理解を示した。
詳細までは熟知していないが、要するに――この腕輪は、異能を駆使して作り上げた受信機か何かであろう。
その厳斉の予想は概ね正しかったようであり、紅絽絵は一つ頷いてから説明を続けた。
「僕の異能で生み出した氷に解けないように振動の制御で付与した後、織渼衛が特殊な電波で遣り取り出来るようにしてくれたんだ」
「勿論、誰彼構わず使えるわけじゃないから、私たち専用の装備でしかないのだけれどね。この腕輪と云う媒介を通して、皆の脳波にあれこれ合わるように干渉すること的な――」
「ふんわりし過ぎだろ……。まぁ、使ってるだけで脳や身体に悪影響が無いなら良いさ」
「ふふっ、心配性だなぁ。でも、大丈夫だよ厳斉――別に着用したからと言って、頭の中で考えていることが私に透けてしまう訳でもないのだからね」
「其処まで往ったら、流石にヤバ過ぎるってレベルじゃないんだよなぁ」
とは言え、常識では測れないのが自分たちに宿った異能なのだ。
其れに、こうした道具があれば、通信端末も機能しない現在であっても遣り取りが出来るであろう。
何から何まで知らずとも、飛行機だって飛ぶ世の中だ。生きる為にも、使える物は擦り切れるまで使い倒してやるとの気概は必要なのかもしれない。
されども、そんな不安感など何のその。
「だから安心して、何時の通り――私たちを妄想のネタに使っても良いんだよ?」
「あ、ボクの脱ぎたても使う?」
「春のパイパン祭り開催かな。僕だけだけだから、お揃いにならないのが残念だけど」
「――せんわ! 借りんわ! ツルツル集めた所で皿は貰えねーよ! はしたないことばっか、言うんじゃない」
結局、下ネタではないか。もっと、慎みを持ちなさい。
隙あらば、此処のお嬢さんは厳斉を弄りに来るから始末に負えない。
兎にも角にも、一通り現時点において集まった情報のすり合わせをするべきだろう。
「――で、明日以降の行動方針だけど」
「ボクたちが外回りした範囲ではだけど、やっぱ治安維持の為の人手なんかは全然足りてなかったよね」
人が集まる街中のコンビニやスーパーと云った、食料を扱う店の周りには警備の姿も見て取れた。
が、それでも数ブロック先では当然のように強盗宛らの破落戸すらも身を潜めて獲物を狙う始末である。
機能している機動隊などより暫く離れた場所ともなれば、区役所ですら与太者の巣窟と化していた程なのだから。
あの暴走族の集会所へと変貌を果たしていた建物での話をすれば、如何やら彼女たちには中々に受けていたようである。
「ははっ、いやいや失礼――厳斉も、其れは其れで災難であったんだね」
「笑い事じゃないんだからな、本当に……。ゴミ掃除だけならまだしも、あんなバトルジャンキーなんて二度と勘弁だ」
「凄かったよね、絵に描いたような前時代の不良ってカンジでさ。人の話全然聞かないで、いきなり厳斉に襲い掛かって来たんだもん!」
「似たような連中には男気って奴に映るのかもしれないけど、僕だったら絶対一緒に居られないタイプの男だね」
「同性だろうと、俺だって絶対あんな野郎と友達にはなれないし、機会があったところでなる気も無いな」
うんざりと吐き棄てた厳斉であったが、アレは相対した者にしか苦労も判らないだろう。
知能や道徳心以前の問題であり、自分の要求ばかりを押し付けて相手の気持ちを微塵も汲もうとしない輩は、何処へ行っても鼻摘まみ者である。
コミュニケーションを取る気が無いのだから意思の疎通など動物以上に不可能であるし、あの男の周りに爪弾き者が集っていたのも――やはり、絶対的な暴力性を笠に着る為でしかないのであろう。
いずれにせよ。もう、二度と会うことの無い相手に頭を悩ませる必要もないだろう、と。
次は織渼衛たちへと、本日の成果を訪ねてみるのだ。
「俺たちの気疲れは、さて置き――居残り二人の方は、腕輪の作成以外にも収穫があったんだろ」
「勿論、と言えども。未だ、ある程度でしかないのだけれどね」
「普通なら違法回線を使える奴以外はネットすら駄目なんだから、其れでも充分さ」
そして織渼衛の形の良い花唇から紡がれたのは、やはりと言うべきか――あまり良い内容の物では無さそうであった。
「私たち以外にもこうした回線で遣り取りしてる人間が要るみたいだし、そこそこそうした辺りから拾えたものでしかないのだけれど――やはり、君たちが見てきた通り、何から何まで人手は足りていないようであったよ」
「警察も軍人も全然数が足りてなかったし、あの様子だと末端までまともに命令系統も機能してないんじゃないかな」
彼女の語り口へと、己と共に行動をしていた紅絽絵も言葉を添えて続けた。
其れに加えて織渼衛も、更に難度も厄介な情報も続け様に寄越し来る。
「此処からだとちょっと距離はあるみたいだけど、場所によっては災害救助ヘリが何者かに撃ち落とされて炎上してたり、装甲車すらも引き裂かれて転がっている様も写真付きで掲載されていたよ」
「愉快犯なのか力の誇示なのか知らないけど、間違いなく異能を使った形跡だろうね。しかし、誰がやったか知らないが迷惑なもんだよ。此れで間違いなく、助かる命も助からなくなったことだろうし」
度し難い遊び半分が如く――別の地域で引き起こされた惨状へと、一見すると表情の変化は薄いながらも。
明らかな不快感を浮かべた叡躬璃は、心底軽蔑するするとばかりに吐き棄てていた。
「隕石やら他国からの攻撃やらテロやら情報が錯綜したままだけど、その中でも異能者らしき者の書き込みやらアップロードも残されていたから――事態はますます、収束どころか拡大の一途を辿っているのだよ」
「初動で避難し切れなかったら、その後はどんどんジリ貧になっていくだけだからな……」
物資は減り続けるし、脱出の為の助けも望めない。
滅茶苦茶になった路上にはバスも救急車も望めぬし、ヘリが飛べば面白半分に射撃ゲームまで始まる始末だ。
此れでは当然、何時まで経っても悪化以外の道は望むべくもないのだから。
しかしながら、行政もまた手を拱いているだけではないと織渼衛は告げる。
「体制側も余所からの応援は募っているみたいだし――如何やら、異能者の確保にも動いているみたいなのだよ」
「うぇえっ!? ボクでもどう考えても無謀だって思うもん! 異能者集めたって、そいつら……ちゃんと、お偉いさんとやらの言うコトなんか聞くのかな?」
「俺が出会ったタイプの奴等なら、まず絶対的に無理だろうな。誰も彼も、自分が一番のお山の大将なんだから」
「うーん……。前例の無い緊急時だし、報酬でも出すのか。そもそも、お上が今回の事態に絡んでるって仮定するなら、もう誰が真面で誰が黒幕なのかも解んないじゃないか」
皆、それぞれが冗談のような事態へと頭を痛めて唸っている。
情報が入り乱れ、情勢は混乱を極めるのだ。
――まだまだ、昼下がりの会議は始まったばかりである。




