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第二十六話 日常の引力

「――ブッ潰れろや゛ァァ゛ァアアア゛アア゛アアア゛アア!」


 咆哮と共に――凶悪な隕石の剛腕が、厳斉へと降り注ぐ。

 削っても削っても逃げられて再生されてしまうのであれば、いっそ――掴んで離さなければ、良いのではなかろうかとの結論を閃いたのだから。

 今までのように――漠然と玉を生み出すのではなく。

 恰も冥府より伸び出た奈落の(かいな)のような――一度掴めば二度とは離さぬ、地獄の亡者の如き悍ましさを引き寄せる高出力のエネルギーを注ぎ込むのだ。

 ――大切なのは、イメージである。

 周囲の塵や瓦礫からでも、好きな形を生み出し変身する紅絽絵の様な――想像力のその先に、更なる次元が存在するのだ。

 故に。


「――大きさなんて、今は要らなかったんだな」


 迫り来る巨人の拳を見上げながら――それに比べればちっぽけでしかない。

 己の掌大の黒玉を、その前へと創り上げて受け止めた。

 瞬間――馬鹿みたいに膨れ上がった拳の先が、少しばかり厳斉の珠へと引っかかっただけであるのだが、


「お゛ぉ……お、おおぉぉぉぉうぉォオオオオオオオ――!? は、離れんぞ全く!? わ、ワレぇ何しよったァ!?」

「そりゃあ、離れないさ。馬鹿みたいに突っ込んでくれたから、後は身体全部を吸い込むまで――冥獄の門は、離さないぞ」


 最早、勝負有り。

 拳の先を削っただけと思われた黒玉は、そのまま腕全体を、肩口を、そして――、


「ち、ちく、畜生ッ! 千切ることすら、出来やしねェ!?」

「此処で永劫のお別れだ。精々お望み通り、地獄の獄卒と楽しく殺り逢うんだな」

「クソォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ――」


 後は、胸まで吞んで――喚き散らすリーゼント頭すらも吸い込み消えるのは、時間の問題である。

 流石に再生力に自信が有ろうとも、頭を消し去られては如何にもならない。

 その時点で、残された半身は元の大きさへと萎んでしまい、力無く垂れた手足も直ぐに――結局、瓦礫以外を残さずに全て消滅させたのであった。

 あれだけ一人怪獣大戦争をやらかされたホールは、爆撃の跡のように凄惨な残骸を残して静まり返る。


「――途中、ちょっと冷や冷やしたケド、大きな怪我も無く終わったみたいだね」

「やれやれだ……。あんな戦闘狂と遣りあうなんて、もう二度と御免被る」


 ホール出入り口の開き戸より、ひょっこり顔を出した紅絽絵は――瓦礫への佇む厳斉へと、安堵の息を吐きながらそう言った。

 そしてこれ以上、こんな穴だらけの広間に居ても仕方がないが故に、迎えに来た彼女を伴いホールを後にする。


「……と言うか、キチンと巻き込まれないように離れてたんだろうな。あの莫迦の攻撃で、散弾みたいに床の破片が飛び散ってて危なかったんだぞ」

「えへへっ、心配してくれてありがとっ。でも、ちゃんと距離は取ってたし、瓦礫の残骸くらいなら飛んできても切り払えるから大丈夫だよ」


 無邪気に笑う叡躬璃であったが、確かに彼女の働きを見る限りではそれくらい容易に行えそうである。

 しかしながら、此処でふと――随分と所内が静かであることに気が付いた厳斉は、何か心当たりが無いかと彼女へと問い掛ける。


「あの時代遅れの暴走族の頭を潰した訳だが、もう残党はその辺で莫迦騒ぎしてないのか?」

「地震並みに揺れまくってたし、さっきの戦いは別の出入り口から覗いてるヤツもいたからね。近づいて来た相手はボクも斬ったケド、離れたとこにいたヤツらはあの迷惑な単細胞負けた瞬間――一目散に、逃げてったみたいだよ」

「あぁ、ボス――だと思ってた奴がやられたから、子分は三々五々と散ったのか」

「そゆこと! だから多分、もうこの建物の中にはチンピラもほぼ居ないだろうし、これならゆっくり資料なんかを漁れるね」

「ちょっとあるかすらも判らんような調べ物をしに来ただけだってのに、随分と苦労させられる羽目になったもんだ……」

「まぁまぁ、取り敢えず手早く済ませてさ。今日は帰ったら、ゆっくりしようと」

「そうだな――早く、そう有りたいものだ」


 ――とは、言ったものの。

 駄目元であったことから失望は薄かった次第であるが、一通り事務方を調べてみても目ぼしい資料などは見当たらなかった。

 机には鍵が掛かっていようが己の異能があればオープンセサミな話であるものの――区長室まで漁ったのだが、やはり有用な情報は湧いて来ない。


「うーん……。やっぱ高くても区長程度じゃ、此れ程の災害に関係してる筈も無いかー」

「役職持ちの机やパソコンを漁った所で何も出てこないなら、恐らく今の俺たちで手に入れられる範囲を超えてるんだろうよ」

「そうだよねぇ……。あのチンピラたちが書類に何か興味示すとは思えないし、実際この部屋は全然荒れてる感じもなかったもん」

「割れたガラスやら歪んだ扉程度なら、職員は死体も見当たらないし、普通に避難して往ったとしか思えんな」


 こうして区役所くんだりまで足を運んで無収穫ではあったのだが、同時に――この時点において、何も得られなかったこと自体が収穫であったとも言えようか。

 つまりは、自然災害と云うにも怪し過ぎる現状なれども、誰かしらの意図が働くことによって引き起こされた事態であると言うならば――其処には、一つの街くらいで収まることの無い意志が介在しているということに他ならない。


「――其れもまぁ、本当に人為的な何某ならばの話だけどな」

「結局、今の所、隕石なのかミサイルなのかすら分かんないってんだもんね」


 紅絽絵の云う通り、原因が何にせよ――まだまだ、自分たちの課題は尽きぬものであると言えよう。

 何だかんだで要らぬ諍いと家探しのお陰で大層な時間も食ってしまったが故、一度拠点へと還ることにするのであった。


        *


┏【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

 【❍奈落への階段(ティオ・サイン)】反重力の力場を形成し、空中を移動可能

 【☑冥府の大喰門(ルル・コルコレ)

  ┗掌大の強力な引力を有する黒珠を生み出し、

   接触したものを中へと引き摺り込み消滅させる。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


        *


「――おや、お帰り」

「おいおい……、服くらい着なさいなお嬢さん」

「あぁ、此れは失礼。私も一働きした後に、ひとっ風呂浴びていたものでね」

「昼間っから風呂たぁ、良いご身分だなオイ」

「ふふっ、まぁ余裕が有るのは良いことじゃあないか。其れに君も、私の裸体を拝めて得しただろう?」

「俺の自宅で、しょっちゅう晒してたんですがそれは……」

「価値或る物は、それだけ見ても下がることなど無いのだよ」

「……やれやれ、大層な自信だ」


 ――吸ってくかい、なんて。

 自慢の乳房を寄せ上げながら揶揄うように笑みを浮かべる織渼衛であるが、その誘惑に乗ろうものなら容易に真昼のおしゃぶり君の称号を頂く屈辱に塗れることとなることは明白である。

 其れに悪乗りするように、共に帰還した紅絽絵もまた下らぬ戯言を吐き出すのだから堪らない。


「……しまった! パイとパイでパイが被っちゃったじゃないか」

「いきなり、何を言ってんだ……」

「ボクのと織渼衛ので二重じゃない!」

「だから何だよ!」

「きょぬーときょぬーで胸焼けしちゃうから、えみりんの薄い――じゃなくて、軽い口当たりので箸休めしないとねっ」

「この娘、自分の友人にも失礼千万過ぎるだろ」


 ショーツ一枚で。濡れた髪をバスタオルで拭きながら迎え出た織渼衛と共に、隙あらば厳斉を揶揄う女共である。

 しかしながら、こうした日常の残滓が確かにあるからこそ――崩壊した街の中であっても、己も如何にか正気で居られているのかもしれないのであるということは、紛れも無い事実なのであった。

 ――気恥ずかしいし悔しいので、わざわざ口に出したりはしないのだけれど。

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