第二十五話 巨兵戦争
――全く以って、意味が解らないとは正に此の事。
一体全体、如何して此処で――厳斉は。
目の前で巨大化させた四肢を以って突進して来る、時代遅れの特攻野郎と殴り合いに興じなければならないのであろうか。
されども、時間も総長もは当然のように待ってはくれない。
「行くぞオラァァァァァア゛ア゛アア゛ア゛アア――!」
室内中の空気を此れでもかと搔き回すが如く、男の咆哮は劈く様な爆音を響かせる。
此れじゃまるで、恐竜の雄叫びである。何時から此処は、ジュラ紀に戻ったのであろうか。
宛ら――片足だけで軽自動車並みの大きさに膨れ上がった其れで思い切り地面を蹴り、ホールの天井スレスレまで飛び上がった後、そのまま隕石のように己目掛けて飛来するのだ。
「はぁ……全く話が通じない。ねぇ、厳斉――あの原始人、如何するの?」
「此処でホールから逃げることは出来るだろうが、奴なら間違いなく壁やら通路やら壊しながら俺を追って来るだろうよ」
そうなれば、何時まで経っても目的である情報収集に勤しむことなど出来やしない。
厳斉が引き付けている間に紅絽絵に家探しして貰おうとも考えてみたが、やはりこうして――目の前で殺意剥き出しの儘に飛び上がった莫迦を見る限りでは、彼女を一人で行かせることは出来ない。
こんな単細胞極まる馬鹿野郎は早々居ないだろうが、万が一同レベルの阿呆にでも出くわしたら堪らない。
あの跳躍一階のみで、建物を揺らさんばかりに凄まじい程の轟音が生じた次第であったが――その証として、奴が踏み締めた足場が崩れ、下の階が丸々見えてしまっているでは無いか。
あんなものを一撃でもまともに受ければ、文字通り命は無いだろう。
「――取り敢えず、悪いんだが紅絽絵はホールからちょっと離れててくれ」
「あんなヤツ相手に厳斉が如何にかなるとは思ってないけど、独りで……大丈夫?」
「目的が俺だってんなら、適当にあしらってとっとと終わらせてから家探しに移ろう。進んで紅絽絵を狙う事は無いだろうけど、巻き込まれるとエライことだし、残党にだけ気を付けて外しておいてくれ」
「うん、分かった! でも、本当に危なそうだったらボクも割り込むからねっ」
「あぁ、そうならないように手早く済ませるよ」
そうしてこの場において、厳斉にとっては唯一の気掛かりである身の安全だけを確保すれば、問題などほぼ解決したようなものである。
一応なりとも注意喚起はしておいたものの、異能者がこの特攻野郎以外に居ないのであれば、仮に武器を持った相手に数で囲まれようが紅絽絵の敵では無いのだから。
故に、残りは自身の目先の敵を片付けるのみとなっていた。
但し、あのような莫迦げたものに真っ当に当たるなど、到底御免だとばかりに。
落下予測地点へと黒玉を設置し、そのまま己はホール奥へと距離を取る。
「あ゛ぁ゛!? 何か知らんがァ、狡すっからい真似し腐りおって――ええわ! こんまま、玉ごと踏み潰したらァァァアアアアアア!」
そうなると、当然――件の単細胞は厳斉の罠へと吸い込まれて逝く。
着地の轟音と共に、ブラックホールよりはみ出た部分の墜落する轟音が響くのだ。
きっと、感じたことの無いであろう感触に――総長と呼ばれた男は、困惑の声を張り上げている。
「――ッ゛!? うぉぉおォオオオオオオオ何じゃこりゃあぁああああ!?」
「惜しいな――やっぱり、流石に足りなかったか」
ある程度以上のサイズが有ろうと、触れた部分は問答無用で亜空へと消滅させるのだから。
巨大化した部分が大多数を占め、接触直後に残った脚で横へと飛んだらしき男は――右足の膝から下を綺麗さっぱり消失させて、此方を睨みつけたままにだくだくと大量の血を垂れ流していたのであった。
片足を喪い地べたへ転がり顔を顰めながらも、悲鳴の一つも溢さぬのは、根性者としては流石と称賛すらしてやれるだろう。
だが、機動力を喪った以上、このまま彼から背を向けた所で厳斉へと追いつかれる可能性も無くなったと考えられる。
「――ゲームセットだ、総長君。もう、十分満足しただろ?」
「バカタレがァ! まだまだ――これからじゃぁァァアアアアアアアアア!」
興奮による脳内麻薬の出過ぎで痛みも感じていないのかとも思われたのだが、次の瞬間――厳斉の予想は、容易く砕け散ることとなる。
心底愉しそうな笑みを浮かべた男は、なんと血塗れの欠損の先より――ボコボコと奇妙な肉の盛り上がりを見せながら、己の脚を再生させたではないか。
ドカンのようなズボンは流石に先が消えたままであるが、素足を晒しながらも何とも無しに立ち上がった男の顔には、最早負傷の色など微塵も見られない。
勿論、其れは飾りなどでは無いとばかりに。トントンと、感触を確かめるようにその場で飛び跳ねる。
「完全に切り落とされても再生するのか……。ますます、人間離れした身体だな」
「ハンッ! ンなモンお互い様じゃい! だがコレで、心置きなく殺り合えるのう――第二ラウンドじゃァァゴラァァアアァアアアアア!」
――煩い。
が、生命力だけは一人前であることは認めざるを得ない。
再び――今度は両の腕をダンプカー宛らに巨大化させ、振り回して辺りを削り壊しながら迫り来る。
無論、厳斉だって棒立ちの儘ミンチに転職するのは御免被る。
先の通り、彼を呑み込むのであれば、一撃の下に全て処理しなくてはならない。
巨大化した部位だけを消滅させたところで、直ぐに再生して襲い掛かってくることだろう。
なれば、転がり再生する前に連続で呑み込んでやれば良いかとも考えるが、奴の再生速度は思った以上に早いと言える。
少なくとも、厳斉が新たな黒玉を男の避難先へと生み出す前に――そのまま再生し立ち上がると共に、攻めへと転じることが可能であろう。
更には脚を狙えばそうした移動のロスも生まれるが、莫迦そうな成りの割に唯の一合で理解したのか。
厳斉が奴の脚に気を割かぬように、攻撃に用いるのはその巨人と化した拳なのだ。
あれならば、例え腕が消えた所で――走り飛び跳ね、再生しながら攻撃を続けられてしまうのだから。
「ガハハハハハハハハハハハハッ! どうしたどうしたどうしたァ! 逃げてばっかじゃ碌な勝負にならんぞォ!」
「お前と違って、俺はまともな感性で動いてるんだよ。誰が好き好んで、痛い思いをするなんてするものか」
「ワレェ、男の癖に根性無いのぅ! こんままやとカンタンに叩き潰してまうぞ!」
「クソッ垂れの異常者め……!」
愉しそうな特攻野郎とは裏腹に、こうなった厳斉にはそれほど余裕が有る訳では無い。
自身の周りに小さな闇色の珠を浮かべ、空気抵抗を少しでも削り減らしながら――猛来する巨岩の拳より奔り抜ける。
地響き同然の爆音と共に、床の各所が弾けて破片が激しく飛び散り、クレーターの先には下層がぽっかりと顔を覗かせる。
足場が悪く走破出来そうにない場所には、重力をを削る様に設置した足場代わりの影色の球を踏み台にし――無重力宛らに大きく飛び上がり、そのまま如何にか猛威を避ける。
このままでは幾らホールが広くとも、己の体力も減るばかりで在りジリ貧なのだ。
されど、も――。
「――あぁ、そうか」
「あ゛ぁ……? 何や、もう観念したんか? ――だったら、此処で潰れてまえやァ!」
突如――足を止めた厳斉を不振がりながらも。
男は勝利への確信をその表情へと浮かべたままに、巨石にも等しい拳の着いた工事クレーン宛らの腕を振り上げたのであった。
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【名前】丘幹 弾輿
【性別】♂
【征痕】巨人の血脈
┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【暴力】C+【耐力】B−【応用】E【敏捷】C
┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【❍岩山生まれ】戦闘中、痛覚を限りなく低減する
【☑鉄血の系譜】
┗己の負った傷を即座に回復し、頭部以外の欠損を再生する
【☑暴威の顕現】
┗己の肉体を強靭に巨大化させる
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