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第二十四話 一匹狼

 ――道中は、実に楽なものであった。

 正しく、千切っては投げ千切っては投げと云う表現が相応しかろう。

 厳斉は異能の特性上、まるで加減の利かない力である。

 触れれば即時消滅で在り、その喪われた先が如何なったのかなど自分自身にも知り様が無い。

 初めは警棒で対処しようかとも考えてはいたものの――こうして木刀だのバットだのを振り回されては、リーチで劣る得物ではその道のプロでも無い以上上手い具合には捌けぬのだ。

 したがって、別に所持する拳銃で鉛玉を叩き込むか。もしくは件の黒玉を用いて、塵も残さず消失させるしか選択肢がないのであった。

 一方、己の同行者である紅絽絵はと言えば、恐らく鎧を形成した時点で身体能力にも著しいブーストが掛かっているのだろう。

 襲い来る破落戸、与太者、非行少年たちを次から次へ――その手にして細身の剣にて、瞬く間に切り伏せて進んで往くのだから。

 外観的には素人の厳斉からすれば、華奢なレイピアに見えていた得物であるが、振るう様と剣戟を見る限りではサーベルなぞに近しいのかもしれない。

 突き、刺し、斬り――削ぐ。

 彼女が剣術など嗜んでいたという事実は耳にしたことも皆無であるが、宛ら今の紅絽絵からは怪傑ゾロのような美麗に過ぎる剣舞を見せつけるのであった。


「さっきの格闘術もそうだけど、何時の間に西洋剣の扱いなんて覚えたんだ?」

「――ふぅ。何か、この鎧を形成する時にイメージした姿に――こうして纏っている間は、相応しい動きが出来るようになるんだよね」

「中々、便利そうだな。想像力が強ければ強い程、ますます有利に使えそうだ」

「ボクとしては、厳斉の方もシンプルで良いと思うケドね。どんだけ持っても荷物が嵩張らないって点だけでも、絶対的な価値があるんだもん」


 隣の芝は青く見えるものであり、そうしたことを互いに上げればきっとキリが無くなるだろう。

 生まれ持ったものと同様に――このような状況であったとしても、配られたカードで戦うしかないのだから。

 いずれにせよ、二人が通って来た通路の後は正しく死屍累々であろう。

 紅絽絵に刻まれた肉体は血飛沫を上げて辺りへと転がっており、厳斉の異能に呑み込まれた者など――良くて、手足の残骸が無残に放置されているだけである。

 しかしながら、流石にこれだけの死屍累々を築きながらも、お互いその精神状態に揺らぎを抱えるようには見られない。

 無論、厳斉も紅絽絵も、人を傷付けて何も感じないサイコ野郎ではなぞでは当然無い。

 それでも此処まで勢い良く襲って来る輩とは言え、簡単に処理することが出来ているのは――この異能の発露に伴う何かしらが、己の内へと確立されているからではなかろうかとの考えへと至るのだ。

 闘争に挑む、恐怖の緩和か。それとも、他者を死に至らしめることに対する罪悪感の欠如だろうか。

 如何であれ。中身の見えぬ違和感に引っ掛かりを覚えながらも、この街を生き抜く以上――其れを呑み込む他無いのだけれど。

 そうして硬い床の廊下を進み、階段を昇り、一等広いホールにて――、


「――あぁ? 何じゃ、我ァ?」


 講演用のステージの先へと、其処には一際大柄な男がどっしりと腰を下ろして居たのであった。

 これまた――否、今迄屠り去って来た破落戸以上に時代錯誤な風体を隠そうともしない男は、凡そ二世代は前かと思えるようなリーゼントに、実に気合の入った特攻服を身に纏っているのではないか。

 此処まで屍山血河を晒してきた与太者とは、明らかに一線を画すオーラを纏った大男である。

 この現代の世にあのようなふざけた格好を続けていると云うにも拘わらず、その出で立ちに無様さなどは感じられ無い。

 一目見ただけで、容易く理解することが出来るだろう。この男が、此処の大将なのだから。

 されども――視線の先で胡坐をかいたままの男へと厳斉が返答をする前に、別の入口より駆け込んできたヤンキー少年が血相を変えて唾を飛ばす様が見受けられた。


「そ、総長ッ! アイツ! アイツですよッ! いきなりココに乗り込んできて、仲間をメチャクチャにしやがったのは!」

「あ゛ぁ゛……?」


 先程までの乱闘を、彼は遠巻きに隠れて眺めていたのであろうか。

 その身に傷一つ負っていないながらも、必死で此方を指さしながら総長と呼んだ男へと訴えている。

 主張する子分の方を見向きもせず、視線はずっと厳斉を睨みつけたままであろう。

 此れは、手下を倒されたトップが出て来る場面かとも思われたのだが――、


「……だから、何じゃ」

「な、何って……アイツらに仲間がやられたんスから、総長が仕返――」

「――うっさいんじゃボケェ!」


 怒号を発するや否や――自分たちの仕返しを喚き散らしていた手下の少年を、総長は一撃の下に叩き潰したのであった。

 そう。文字通り、誇張無く比喩でも無く。

 己の右腕を一瞬にして――宛ら、軽トラック程の大きさへと膨張させて、そのまま振るい。

 血気盛んに唾を撒き散らしていた子分の破落戸を、朱い壁の花へと変貌させたではないか。

 あんな人体の驚異的な膨張など――紛う事無き、異能の其れに等しかった。


「わわっ……何、あの人!? 今叩き殺したのって、自分の子分なんじゃないの……?」

「判らん、が――イカレてんのかも、しれないな。自分の手下を殺すなんて、普通に考えて有り得ないだろ」


 以前、暴君と化した虐められっ子の高校生の例もあり、この異能を得たことによる箍や倫理観が欠如しているのかもしれないと考える。

 此方へと敵意を発せられると確信していたにも拘らず、如何したことやら――喚く身内を圧殺したという奇怪な光景へ、隣の紅絽絵はその表情へと驚愕を浮かべて止まずにいた。

 一方、今し方人一人を処分したということなど気にも留めない様なふてぶてしさを発露させながら、男は返り血を吹き飛ばす様に大きく手を振るって吹き飛ばす。

 そしてゆっくりとした動作で立ち上がりながら、厳斉たちへと良く響く低い声が届く。


「――ハンッ! 子分だァ?」

「今、お前が殺した少年は、お前の事を総長って呼んでたのは俺たちの聞き間違えか?」

「だから何じゃ! ワシがあんなカスを子分だなんて、認めたことも無いわ! そも、此処で好き勝手に暴れるボケ共に舎弟なんぞ一人もおらんのじゃ!」

「は……何言ってんのさ!? ココに来るまで、ボクらは散々アンタの手下に襲われたんですけどっ」

「コスプレ姉ちゃんもしつこいのぅ! 言うとるじゃろ――あのクズ共は、ワシを大将っちゅうて勝手に祭り上げて威をかっとるだけのチンピラじゃい!」


 ホール中が震えるほどの音量を以って、男からは凄まじい怒号が響き渡ったのだ。

 つまりは、勝手に知らない奴らが暴れたことだから、自分には関係無いと主張しているのだろう。

 其れは其れで、この集団を創り上げている以上、実に身勝手な話では無かろうか。

 だが、しかし――敵対する理由が無いのであれば、これ以上血を見ることも無いと考えられるのだ。

 此処までの分だけでも、進んで取り組んだつもりはないとは言え、凡そ反社会的な蕾は刈り獲ることが出来たのだ。

 少なくとも、もう物言わぬ存在と成り果てた彼らが人様に迷惑を掛ける機会だけは未来永劫訪れないとすると、その点においては脅威の排除が為されたと考えても良いのではなかろうか。

 故に、独りぼっちが好みであるという総長君へと背を向けて、踵を返し本来の情報集めへと戻れば良いのだ。

 ――が、そうは問屋も卸さぬようで。


「――待てや、(アン)ちゃん」

「何だ、一匹狼君(ロンリーウルフ)。俺たちは此れでも、忙しいんだけどな」


 引き留められた時点で面倒ごとの匂いをひしひしと感じながらも、厳斉は仕方なしに振り向き答える。

 すると、視線の先では――牙を剥き出しにした肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべた男が、その特攻服の裾から延びる量の腕を巨大化させ、さも楽し気に言い放つ。


「そっちの姉ちゃんはァ、引っ込ませておいて――男なら、ワシとタイマン張れや!」


 威風堂々と言わんばかりに、巨岩と化した拳で地べたを叩き揺らす様にして、そんなはた迷惑な提案を喜ばし気にブチ上げるのであった。

 ――何で?

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