第二十三話 願望
――紅絽絵の装いは、紛れも無く戦うヒロインの其れであった。
桃色を基調としたドレスは全体的にファンシーな造りとなっており、肩口と胸元が淡くふんわりと彩られている。
脇腹から腰回りのサイドには赤く小さなリボンが幾つも拵えられており、宛ら桃園に咲いた可憐な華のようであろう。
スカートの裾は白いフリルで施され、足元の同じく桃色のブーツは踵がヒールのように高くなっているのではなかろうか。
しかしながら、厳斉は――そんな彼女の様相を目にして、思わず溢してしまったのであった。
「――此れは、放送禁止だろ」
「ちょっと失礼過ぎるでしょ! 放送禁止って何さっ」
その一言にぷんすかと頬を膨らませて全身を跳ねさせる様を見て、やはりその発言に間違いは無かったとの確信を得ていた。
ぷるんぷるんどころか、ばるんばるんに相違ない。
えちちのえちちでエチチチチチ――勃! コンロの火力も最大限だ。スポーツカーなら開幕二秒で百五十キロへと到達する程のモンスターマシンの貫禄か。
こんな出で立ちの彼女を見て、何も思わぬ男は最早男では無いと断言しても良いだろう。
むちむちぱつぱつおっぽり出して捲れ上がって、そんなんで日曜の朝に放送しようもんならPTAから即苦情入ること請け合いである。
放送局には間違いなく、特定の団体より『環境型セクハラ』だの『ち○ち○よしよしチャンネル』だの罵詈雑言が雪崩れ込む。あーダメダメ、こんなんじゃスポンサー契約打ち切られちゃうよ。
自慢のお乳ははちきれんばかりに胸元の布地を押し上げており、尻に至っては明らかにスカートの中に収納し切れていないのだ。
元々、衣装の丈が短いことも然ることながら――真っ白な下着ですらも、彼女の豊かな媚肉を納められず、天然色の大きな桃が食べ頃とばかりに揺れている。
恥ずかしながら、流石の厳斉も大変思う所が生じた次第であったが――如何やら紅絽絵は、別方面に捉えたようであったのだ。
「……へーんだ! どうせ、ボクみたいな背もデカイ男女にはこんなカワイイ服なんて似合いませんよーだ!」
「いや、そうは言ってな――」
「はいはい! 見苦しい物見せてすみませんねっ。ふんっ、何さっ……ちょっとくらい、憧れても良いじゃないか……」
そっぽを向いて見るからに拗ねてしまった彼女へと、厳斉は背を向ける紅絽絵へと諭すように口を開いた。
「紅絽絵、そんなことは言ってないだろ?」
「……じゃあ、何だって言うのさ」
膨れっ面にいじけた様子で振り返った先で目が逢いながらも、此処で対応を誤ったら大分後を引くだろうとの確信により――慎重に彼女を解すが如く、紡ぎ上げる。
じめっとした視線の上には、誤魔化しは赦さないとの色が滲んでいるのだから。
「何と言うか、その……驚いてしまってな」
「…………何に?」
「その……実に女の子らしくて、紅絽絵の魅力を最大限に引き出した格好に――ドキドキ、したから、さ」
「……ふぅん、あっそ」
――視線の湿度は、変わらぬまでも。
明らかに先程とは異なり、への字に結んでいた口端が――むにむにと堪えるような様相を以って、上向きへと動いている感触を捉えていた。
紅絽絵のリアクションからして、第一セクションは如何にか突破したようである。
これならば、しばらく口を利いて貰えぬような事態にはならないだろう。
されども、油断は禁物。
紅絽絵は続け様に、厳斉へと質問で攻め来る。
「じゃ、じゃあ……今のボクの、どんな所が特に……み、魅力的なのさっ」
「――少女のように可憐なところ。拗ねた目も可愛いところ。お姫様のような扱いを求める所ところ。俺に対して、そんな質問をしちゃうところ」
「あ、あわわ……あわわわわわ……!?」
似合ってるか似合って無いかだと? 似合ってんに決まってんだろいい加減にしろ! 全世界求愛お嫁さんランキング急上昇だわ!
このままファッションショー開いたって、満員御礼! 満員俺! 観客総勃ちスタンディングマスターベー……じゃなくて、スタンディングオベーション間違い無しじゃねーか!
写真集なら買い占めるし、握手券付きならある限り払って六十分間握りっぱなしだよこんちくしょう!
あーイライラして来た。この雌牛みたいにいやらしく肥えた身体をしくさりあそばせやがって、こういうあざとい所あるから困るわー。
よく此れで、大学入るまで未通女で居られたモンだよ。
この肉で高校では陸上部? は? 無理でしょ。こんなぷるんぷるん揺らしまくって、よく同級生性欲爆発しないで済んだなオイ! 凄いね! 修行僧の集まりかよ。
こんな煩悩満載フェロモン娘、百式観音でも払えないよ。感謝の一マン回突き待った無し! 死因は何だ? テクノブレイク? これじゃ、イグノーベル賞じゃなくてイグッ! ノーベル賞だよ。たまげたなぁ。
とは言え、結局――機嫌を取るためだからと言って、何も嘘を吐く必要は微塵も無いのだ。
無論、口に出して良いことと悪いこともあるのだけれど。
素直に思っていることを連ねれば、忙しなく手足をバタつかせて一転して慌てるように取り乱してしまうところもとても良いのだが――赤面が加速する為、陳列はこの辺りにしておこう。
此処まで来れば、もう安全圏を確保出来たに等しいだろう。
そして最後に、傷付けるつもりは無かったと示せば良いだろう。
彼女はこう見えて非常に繊細だということを失念していたわけではないにしろ、女性の心へと無駄に踏み込んでしまった勉強代であると思っておくことにする。
「へ、へへっ……! そっか、ぁ……。そ、それならしょうがないね! うん!」
嬉しそうにはにかむ紅絽絵を見て、完全に機嫌も元通りになったと人知れず安堵の息を吐く。
彼女はもじもじと身体をくねらせながらも、未だ一人で持ち上がりを見せているようであろう。
「……えへへっ。他の男に見せたくないとか……独占欲なんて、厳斉ったら仕方ないなぁ……もぅ」
「判ってくれたなら、何よりだ」
半分くらい、話がかみ合っていない様な気もするが――まぁ、良いだろう。
――その途中、
「うぉッ!? 何じゃこりゃあ!? しゅ、襲げ――」
エントランスでの騒動に気が付いたらしき与太者が通路の奥から飛び出し叫ぼうとしたようであったが、正しく目にも映らぬ動きで紅絽絵の左腕が後ろへブレたと思ったら――男の背後の壁が一瞬にして人型の大穴を形成していたのだから恐ろしいものである。
つまりは彼女、ノールックで迫撃砲のような遠当て染みた裏拳を叩き込んだ次第であったのだ。
「――んー、よしっ! じゃ、鎧はチェンジしてコレで行こっか」
「あぁ……。紅絽絵が良いなら、其れで構わないさ」
瞬く間にいかがわしい変身ヒロインより替えられたのは、依然としてコスプレ然としたながらも――先の衣装よりは落ち着いた装いである。
金の刺繍を施された蒼いチュニックに影色のサーコートを纏い、上と同色の鮮やかな蒼のトランクホーズの下には真っ白なタイツで構成されている。
足元は上品な輝きを放つ漆黒の革状のブーツで在り、腰には細いレイピアのような剣を携えているようであった。
正しく、と言うべきか――紅絽絵の出で立ちは御伽噺の王子様そのものであり、其れでも先程よりはずっと落ち着いてると云う事には間違いない。
――またしても嫌に似合ってしまう様相の彼女を引き連れて、厳斉は建物の奥へと歩みを進めるのであった。




