第二十一話 瓦礫の闊歩
「――其れで、結局。一体、何の話をしていたのであったかな」
散々面白がって引っ搔き回しておきながら、織渼衛は澄ました顔で茶を啜りながら――いけしゃあしゃあと、叡躬璃へと問い返す。
やや紅潮しながらも、幾分平時の様相を取り戻していた彼女は、咳払い一つの後に話の続きを紡ぎ始めたのであった。
「うん、まぁ……兎に角。違法回線を用いてアングラな場所なんかを覗いて見ると、如何やら今回の災害は何処ぞにおいて予期すらされてたみたいなんだ」
「予期って……待ってよ! 其れだと、こんな酷いことになるって分かってた人もいるってコト!?」
「――まず、そう云う話になるだろうね。この回線の秘密も地下に潜ったおいても、僕も専門家じゃないからそれ以上の話なんて判らなかったんだけどね」
「色々と疑問も残るが、私たちの街の置かれている状況も――もしかすると、人為的なものですらあると云うことになるのかもしれないと考えられるということか……」
本当に――ネットに繋がらないか、と。
偶々、このビルで設置されていた特殊な回線とやらを使ってみた所、そうした先へと探り当てることが出来ただけの話なのだろう。
その辺りについては、叡躬璃同様に厳斉も皆も、全く以って精通しているとは言い難い為、何から何までアングラな情報を鵜吞みにすることも出来ないのだ。
そもそも、何故このような機材や回線が備わっているのかも解らないし、今となっては彼女も箱物を与えた祖父には連絡すら着かぬというのだから――真相の程は、既に闇の中であろう。
つまりは結局、状況を打開したのであれば――自分の脚で欲しい物は掻き集めるしか無いのであった。
其れは物資であろうが情報であろうが同じことであり、地獄と化したこの街の異常より脱するためにも、まだまだ足りないものが多過ぎる。
故に、頑丈な拠点も出来たのだから其方の心配も無くなったことにより――この危険と悪意の蔓延る堕落の都市を探索すべきである、と。
「――そうだな。何をするにせよ、信頼出来るのは自分たちだけなんだ。俺は夜目が利くとは言え、今日も次第に日が暮れていく。本格的な行動は、明日の朝一からにするつもりだ」
「やっぱ……ボクら自身で動き回るしかないんだよね……」
「仕組みは全然判らないけど、まだ此処からネットに繋げる以上、こっちの方面から色々探ってみるのも続けた方が良さそうだよ」
「警察も行政も機能していないのだから、私たちのことだけでも己で生き延びるために尽力するしかないのだから仕方あるまい」
各々、その緊張感に差はあれども――現状に絶望し、生き延びることを諦めている者など此処には一人も居ないというのは、本当に幸いであったとしか言えぬだろう。
但し其れも、衣食住に余裕が有り、目の前で親しい者が酷い目に遭っていないが故の余裕であるが……だからこそ、そうならぬ為にも後悔の無い先へと目指すしか道は残されていないのだ。
生きる為の決意を皆で新たに固め――仮初の砦の内にて、夜の帳の中へと微睡んで往ったのであった。
*
「――えへへっ! 今日も、よろしくねっ」
「あぁ、お互い怪我の無いように気を付けて往こうか」
新拠点へと移った、翌日。
本日は一旦、探索組と留守番組の二手に別れた後。
こうして厳斉は昨日よりも溌溂とした様子の紅絽絵を伴って、荒れた街中を調査すべく外回りへと当たっていたのであった。
彼女と並び往く街路の中は、やはりと言うまでも無く。昨日同様、不安な空気で溢れている。
捲れたアスファルト。倒壊した電柱。崩れた石の塀。炎上して真っ黒に焼け焦げたフレームだけが残された乗用車等々……。
壊れた日常の残骸が、至る所に当然の如く転がっている様は見るに堪えない景色であるのだから。
一応、と――。
自分たちは超人と化した異能を有しているものの、何処でも簡単に見せびらかすものでは無いということくらい理解している。
したがって、強盗を働こうとした破落戸を抑制するためにも、露骨に警棒やらを見えるところへと携えて歩いているのであった。
此れであれば、単なる避難民に見られたところで自衛の為の武器にしか映らない為、必要以上の警戒心を与えることも少ないだろう。
相変わらず、道の先に人気はほとんど見当たらない。恐らくは自宅に籠ったままなのか、地域の避難所へと固まっているのか。
只、件の高校の件を思い出すと、単なる災害に非ざる此度の事態の結果を鑑みると――決して、そうした場所も必ずしも安全とは言い難いのかもしれないけれど。
其れでも人口多めであろう街の地域へと近づくと、人の姿もちらほらと見掛けるようになってくるのだから、人間とは中々にしぶとく逞しい生き物であるのだと肌に感じることも出来ようか。
与太者の草刈り場と化したスーパーマーケットは気の毒であったが、街中のコンビニやらには避難民と思わしき人々が並ぶ姿も見受けられ、明るく表通りなどで在れば――この辺りの治安も、思っていたよりはマシなのかもしれない。
無論、その表面上の安寧には理由があってこそとは言うまでも無く――。
人々を誘導する活動中の警察官や機動隊員、自動小銃を携えた自衛官の姿なども目立つようになってきた。
「流石にこの辺りまで来ると、それなりに人気も多いな」
「でも、警備の手も多分かなり限られてるよね……」
「パトカーも装甲車も碌に無いし、絶対的に状況に対して武力を持った体制側の人間が少なすぎるんだよ」
とは言え。人の多い場所だからこそ、手は圧倒的に足らずとも――食料や物資を廻って、優先的に襲われる可能性のある店やら何やらの警備にも就いているのだと思われた。
少なくとも、こうした場所であれば、バットやナイフ程度を振り回すしか能の無いチンピラ風情であれば、別段の負担も無く簡単に対処することが出来るという安心感はあるだろう。
事実、食料や水を求めて並んでいる人々を襲う様な暴徒の類は、辺り一面何処にも存在しては居ないようであった。
されども――例え、安全そうに見えたとしても。
其れもあくまで、武装した人間の詰めている範囲に過ぎないのである。
こうして軽く見回っただけでも、行政側の武器を持った人間の数が圧倒的に少ないのだ。
つまりは、先のような武装した軍人が警備している辺りから二ブロックも先に進めば――其れこそ、爆破テロ並みに目に見えるレベルの派手な被害でも巻き起こらない限り、意外と彼らの目に停まり助けを求めることも難しいのではなかろうか。なんて。
実際の所、食料品店や病院などには良くも悪くも人気もそれなり以上で賑わいを見せているものの――食い物も薬も無いような放置されたオフィスビル、後は郊外の工場通りなどでは割かし破落戸やらの巣窟になっているのではなかろうかと考えられてしまうのだから。
故に――。
「うわぁ……。外から見ても、窓ガラスとか割れまくって偉いことになってるね」
「人が逃げ出した後なら、こんな風にこれ幸いと根城にする輩も居るんだろ」
しばらく歩いた後に訪れた区役所など、正しくそのような様相が展開されていたのである。
機密やら何やらもあるのではと考えられるが、やはり命の方が誰にとっても重い様で。
職員たちが逃げ出した後に不夜城と化した有様は、敷地内へと疎らに止められた改造バイクなぞからも窺い知れる。
見ての通り、あまり品の宜しくない連中の住処とかしたらしき建物の中からは、此処まで来ても莫迦騒ぎを行う声や物音が聞こえて来るほどなのだから。
ちょいとばかし、人の密集していた先の通りよりも外れていることもあり、此処までわざわざ近寄る人間も居ないのだろう。
警備の手にも限りがあり、残念なことに此処までは届かぬようなのであった。
しかしながら、此れはある意味でおいて好機でもある。
少々、陰謀論染みた話かもしれないが――もしも此度の事態に行政が絡んでいると仮定すれば、こうした場所に何かしらの文書や連絡の跡があるのかもしれない。
あくまで想像で在り、寧ろ区役所如きに重要機密が放置された儘であると云う方が杜撰に過ぎる考えで在ろう。
されども、やるべきことが見えない以上、やれるだけのことはすべきであるのだ。
故に嫌な喧騒に苛まれた役所の敷地へと、厳斉は二人で脚を踏み入れたのであった。




