第十九話 旅立ち
――下着姿の叡躬璃は、さて置き。
本題はやはり、その身に刻まれた黒く這われる紋様である。
とは言え、先に彼女より何気なしに超常を見せられたために、その証自体は別段驚くものでは無い。
されども、厳斉とは異なるようで――友人たちの関心は、それ以外の箇所にあるようであった。
織渼衛などはニヤニヤとした表情を隠そうともしないまま、しげしげと叡躬璃の紋様を眺めながら言い放つのだから。
「――しかし、凄い場所に現れたものだね。此れ位置からして、完全に淫紋じゃないか」
「下着と云い淫紋と云い、完全にサキュバスのソレだよね。ダメダメ、流石にこんなのエッチ過ぎるもん。少年誌なら、ギリギリアウトってトコだね」
「だから、僕が選んで刻んだ訳じゃないんだから、そんなの仕方ないでしょ」
「と言うか、普通そんなおふぁんつ履いたらさ。間違い無く、色々はみ出るものだがね」
「処理の手間も掛からないだろうし、やっぱツルツルって羨ましいなー」
「其れに関しては、完全に体質だからね。でもまぁ、全く生えないから手間も無くて楽なのは事実だけどさ」
「……で、お嬢さん方。何時までおっぽり出して、品評会やってるんですかねぇ」
「しょっちゅう裸の付き合いもしていると言うのに、何を今更初心な事を。此処は序に、着痩せする割に結構鍛えている自慢の肉体を御開帳してくれても良いんだよ?」
「生憎お嬢さん方と違って、俺には露出癖なんざ無いもんでね」
半裸の麗人が惜しげも無く肌を曝け出す――人によっては、金を払ってでも拝みたい光景に違いない。
何とも。この場唯一の男である、己にとっては目の毒極まりない環境であると言わざるを得ないのだが――そんな厳斉の指摘など、何処吹く風と言わんばかりに飄々とした様相で笑うのだ。
いずれにせよ。こんな状況だからこそ、こうして笑っていられると云う事実自体、とても尊いものであるのかもしれないとも思ってみたが――よく考えるまでも無く、単に目の前の乱痴気騒ぎは何時もと変わらぬ躍る阿呆に相違無かった。
兎にも角にも、と。
おふざけも程ほどにしながら、今後の展望について新たに加わった友人をも交えて話し合いをしようとした所で――最後に此処へと訪れた彼女より、丁度良かったと言わんばかりの提案が下されたのであった。
「厳斉の家まで来れば皆も居ると思ってたから、その為に中々良んじゃないかなって話を持って来たんだ」
「――何だ。この街から脱出する手段でも、見つかったのか?」
「いや、交通機関も止まってるし、路上も酷いから其れはちょっと難しいよ。だけど、取り敢えず――拠点をさ、此処から移してみないかい」
「まぁ、今の所はインフラもギリギリ生きてるとは言え、此処じゃ何時駄目になるかも解らんしな」
叡躬璃の提案は、拠点の転居の話であった。
しかも耳を傾ける限りでは、中々以上に好条件の揃った物件であるらしい。
「もっと中心部よりの場所なんだけど、僕の爺さんが小振りなオフィスビルを持ってたんだけどさ。この前其処色々あって、名義ごと僕の物になったんだよね」
「相変わらずツッコミ所満載で色々ってのは気になるケド、えみりんの実家が謎なのは何時もの事だしねー」
「ふむ……。今まで通り暮らすだけなら厳斉の家で充分過ぎるが、建物の耐久性を含めた防犯やらインフラも考えると一考の余地有りだろう」
「俺の住むこのアパート、襤褸の割には整ってるとは言え――異能が溢れる以上、ちょっと小突かれただけでも崩れそうだしなぁ……」
「一応ビルの設備上、電気は自家発電が利いてるし、ガスも充分。水はポンプで地下水を組み上げて、自動で濾過浄水されるって仕組み成ってるから困ることも無い筈だよ」
聞けば聞くほど良いこと尽くめであるし、其れも叡躬璃の所有物ともなれば、誰に憚ることも無く腰を落ち着けることも可能であろう。
そして小さめとは言え、鉄筋コンクリート造りのビルで在れば、この外観的にはバラックに毛が生えたようなアパートよりも耐久性には優れているに違いない。
荷物は全て厳斉の異能によって格納し、そのまま持ち運ぶことも出来るのだから、その点についても問題は無いだろう。
そして新拠点が後に危険に晒され、万一焼け落ちるよな事態に陥っても、その時はまた此方に戻って来れば――セーフハウスとして活用することも可能なのだから。
「――で、如何かな? 箱モノとしては数階建ての雑居ビルみたいなものだけど、テナントは何にも入れてないし、中も元々災害時なんかの避難用に暮らすに不自由の無い造りになってるからさ」
「あぁ、良いな。風が吹いても飛ばされない、しっかりした隠れ家ってのは大事なんだよ」
「まぁ、私も良いと思うよ。此方は此方で取り壊す訳でも無いのだし、利用出来る拠点は多い方が良いだろうしね」
「うん、ボクも賛成かな。此処に不満も無いケド、なんか秘密基地っぽくて愉しみだもん!」
――そうと決まれば、話は早い。
満場一致で転居が決定した後、家に有る必要な物資は全て厳斉の生み出す渦へと放り込むだけで、出発の準備はすぐに完了するのであった。
食料や医療品は兎も角、女性故に彼女たちの着替えの問題なども考えたのだが、
「――大丈夫だよ。ほら、私が雷電に姿を変える時って、服ごと雷に変換されているだろう? つまり、元の人間に戻るときのイメージで服は何時でも綺麗さっぱり元通りになるのさ」
「あー……、其れは僕も同じだね。炎に変わった後に戻れば、着てる物も元に戻ってるし」
「そう考えるとボクも――鎧を応用すれば、今の服くらいなら巧いコト記憶出来るかもしれないなぁ」
「なら、明日のパンツが必要になるのは俺だけか。女性陣の方が、服飾面で随分と経済的だな」
その辺りの問題が生じないのは、きっと女子組にとっては密かに助かっていたのだと思われる。
叡躬璃の話に依れば、風呂も洗濯場もキチンと備わっている為に、其処まで神経質になるものでもないと聞かされていたが――やはり彼女たちも年頃としては、何時までも同じ小汚い装いに身を包みたくは無いと言うのが本音であろう。
「最悪、近くの衣料品店でも漁ればなんかあるでしょ」
そんな叡躬璃の一声で話は終わり、そのまま皆揃って自宅の外へと踏み出すこととなる。
一応、鍵は掛けて置くし、部屋の中には大事な物も残していない為――万一、家探しされた所で其処までの痛手にもならぬだろう。
取り敢えず、と――。
故に、途中で織渼衛や紅絽絵の家へと寄る必要も無く。
叡躬璃の案内に従って、件の目的地であるオフィスビルへと脚を運ぶ次第となったのであった。
旅は道連れ、世は情け――。
それでも如何せならば、気の置けない仲間と共に歩みたいと願うのは――誰しも、決して可笑しな話では無いだろう。
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【名前】莫斑 叡躬璃
【性別】♀
【征痕】凍て憑く金烏
┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【暴力】B【耐力】A+【応用】B【敏捷】C
┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【❍極光のように熔けて逝く】
┗瀕死状態を除き、物理手段による攻撃を無効化。
周囲の温度の変化によるペナルティを無効。
【☑此方の果てから彼方の底まで】
┗理論上、摂氏−273.15度から摂氏10の17乗度の範囲を繰る。
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