第十七話 決意の先に
――昼下がりの自室にて。
厳斉の目の前には、寄せ上げられた柔らかな乳房と真っ白な巨尻を惜しげも無く晒す美女が二人。
甘い香りと共に揺れる此処は、地上に現れた至高の果樹園ではなかろうか。
なんてことは、流石の己も口に出さない。
「――って、何時まで肌出してるんだよ。風邪引かないように、さっさと服着なさい」
「ふふっ。そうだよ、紅絽絵。君、おふぁんつ喰い込ませ過ぎて、何かティーバックみたいになっているじゃないか。はしたないなぁ」
「えっ、でも……。こうしないと、この痣みたいなの見えにくいんじゃないかなって思ってさ」
「――織渼衛」
「ん、如何したんだい。遂に、辛抱堪らなくなったのかな。一摘まみしておく? 美味しく瑞々しい、桃狩りの季節到来だよ」
「服を着ろってのは、お前さんも含めて言ってんだよ! あと紅絽絵も、そう言う問題じゃ無いから!」
挑発するかのように笑みを浮かべながら。
清楚な下着に包まれた乳房を差し出して来る織渼衛であったが、その顔には存分に揶揄いの色が滲んでいた。
尻を叩く様にそう言って――いや、この状況だと。この表現はあまり、己にとって良い方向に向きそうにない。
――兎も角、と。
恥ずかしげも無く肌を晒していた彼女たちへと着衣を促し、それからやっと、如何にか落ち着くことが出来そうであった。
適当に飲み物を空けた各々は、何時も通りに寛ぎ始めた。
相も変わらず。この娘さん方が厳斉の前で無防備な姿を晒すのは、此方としては心底堪ったものでは無い。
部屋の中だからと言って――異性の前にも拘わらず、平気で下着に半裸、時には全裸と云うことすらも珍しくは無いのだから。
π乙ほっぽり出してパン一でうろつくものなど可愛い方であり、風呂に入っている時にだってさも当然のように背中を流せと迫り来る。
就寝時だろうと、何時の間にやら全裸で布団へと潜り込んでくるという――年頃の女が容易く同衾すると云う。
今迄楽しさも山とあれば、迷惑も存分に掛けられてきたと言っても過言では無いだろう。
無警戒なのか爛れているのか、最早判別も付きそうにない環境こそが、厳斉の置かれた現状なのであった。
――そんな彼女たちに加え。
更に問題児は居るのだが、其方のお嬢さんは今無事にこの荒廃し切った街で生き延びているのだろうか。
ふと、そんな考えが顔に浮かんでいたのか。
「……心配、だね」
「あぁ……」
ぽつりと溢した紅絽絵の言葉に、短く落とように厳斉は答える。
大学に入ってから友人となった相手であるが、今の己の生活には――此処には居ない彼女もまた、同じように慣れ親しんでしまった相手なのだから。
織渼衛が来訪し、紅絽絵を見つけ連れ帰り。
こうして、二人の無事が確認出来たからこそ良かったものの――一歩間違えば、想像もしたくは無い状況へと追い遣られていたのかもしれないのである。
瓦礫に埋もれ、焔に捲かれ。
悪意に晒され――暴力や異能の犠牲になっていたなどと考えるだけで、気が可笑しくなりそうにすらなる。
当たり前の日常であったからこそ、其れが失われるという事が――厳斉にとっては、何物にも耐え難い苦痛なのだと。
この時になって、やっと己の内の感情を改めて気付かされる次第へとなっていたのだろう。
「――あの子も早く、一緒に行動した方が良いかもしれないね。近い内に、私たちで必ず探し出そう……ね?」
「あぁ、勿論だ」
何時の間にか。白くなるまで握り締めていたらしい、己の硬い拳を解す様に。
織渼衛のひんやりとした白く細い指が絡められ――そのまま己の肩へと。
彼女の柔らかな茶色味掛かった髪を絡ませるように、心地の良い重みと甘く優しい薫りがささくれそうになっていた厳斉の心へと染み渡る。
「ボクも――うん。キミのコトは、ボクが絶対守るから……」
「其れって、寧ろ俺が言うべき台詞じゃ無いのか?」
「良いんだよ、こんな時くらいはね」
反対側の腕を抱き込むようにして――柔らかい感触の中へと取り込んでいた紅絽絵もまた、優し気に微笑んで己へと頬を寄せていた。
この温もりを、決して失いたくは無い。
そう、何をすることになったとしても――と。
厳斉は二人の体温を感じながら、厳斉は改めて――心の中で静かに、そんな誓いを立てるのであった。
*
「――俺の渦に仕舞っておいた冷凍食品も全く溶けてないってのは、かなり嬉しい仕組みみたいだ」
「これなら、劣化の恐れのあるものは全部厳斉の異能へ放り込んでおけば、実質的に賞味期限も気にしなくて良さそうじゃあないか」
スーパーの冷凍室から拝借してきた、変わらず冷たいままの其れらを取り出しながら。
思わず頬を綻ばせていた厳斉へと、感心したかのように手元を覗き込む織渼衛が頷いていた。
一先ず落ち着き――ガスも生きているのだからと食事に取り掛かろうとしたところで、この永久保存も可能となるような作用を発見するに至った次第であった。
此れであれば己が生きている限り、腐敗や賞味期限の一切を無視し、食料を貯め込むことが可能となるのだから。
とは言え、調理環境が未だ使用可能であるが故に、どうせならと出来得る限り新鮮な食材を用いて料理を開始したのであった。
無論、と言わんばかりに――。
キッチンへと立つのはエプロンを着けた厳斉のみであり、おさんどん係へと催促するように――リビングに陣取るお姫様たちは、ゴロゴロと寛ぐ姿勢を取っているでは無いか。
紅絽絵は腰を下ろしたままであるし、食材を覗きに来た織渼衛もまた、見るだけ見て満足したかのように居間へと戻って行ったのだから。
「――料理も問題なく出来るって言うのに、相変わらずウチのお嬢さん方は食べる専門だな」
「そりゃ、ボクだって人並みには作れるケド――厳斉のゴハンの方が、なんか暖かくて美味しいんだもん」
「ふうふっ、今は男女同権のだからねぇ。ほら、いずれ来る主夫の練習だと思えば良いじゃあないか。帰宅した美女たちを出迎え、癒しを与えるだけのお仕事だよ」
「自分に自信が有り過ぎるだろ……。てか、俺は何時の間に囲われる前提で話が進んでるんだよ」
溜息交じりに返しながらも、この緩い空気は嫌いじゃない――と。
日々の慣れも大いにあって、我ながら手際良く遅めの昼食の調理は行われる。
飲食店でアルバイトをしたこともあるけれど、間違いなく厳斉としては彼女たちの食事を用意している回数の方が多いであろうことに間違いは無いだろう。
「――はいはい。ご飯出来たから、テーブルの上空けてくれ」
こんな時であっても――やけに凝ってしまう性分を存分に発揮して完成したの料理をテーブルへと運ぶと、其の香りに期待するかのように女性陣の目が輝いた。
「あはっ。ホント厳斉は毎度、良い仕事するよねー」
「こんな時でも一汁三菜を確保する彼には、頭が下がるばかりだよ」
「それなら、存分に感謝して味わってくれ」
何だかんだ言っても、嬉しそうに箸を進める彼女たちの顔が見られれば、こうして用意した甲斐もあると云うものである。
炊いた御飯に焼き鯖。揚げと豆腐の味噌汁に加え、グリーンサラダと厚巻き卵があれば、こうして一端の飯にはなるのだから。
そうして、色々あって消耗もしていた所為か。
「――さて、と。それでは、此れからの私たちの細かい動きでも決めて往こうか」
瞬く間に平らげられた皿の数々を前に満足感を抱いていると、織渼衛より今後の展望についての話し合いが再開されたのであった。
平穏と激動は、何時だって紙一重――。