第十五話 鈍色のドレス
――穹は蒼く澄み渡っていると云うにも拘わらず、やはり街の空気は淀んで感じられるのであった。
瓦礫と、黒煙と、散乱する死体――未だ、原因不明の災害に因るものだけではなく。
死体の損壊具合から鑑みても、出現した異能者の被害に遭ったのではないかと思えて仕方の無い形状の残骸が、確かにあちらこちらに放り出されているのだから。
こうなってしまったとは言え、実に度し難い状況であると言えようか。
陽光は燦々と降り注ぎながらも、人気など疾うに消え失せた街路には自分たち以外の動体は見当たらない。
例外と言えば、頭上を漂うに浮かんでいる綿菓子のような白い雲くらいなものであろうか。
一先ず、物資の収拾という凡その目的を果たしていた厳斉は、同行者である織渼衛と――先のドラッグストアで偶然にも再開を遂げた紅絽絵を伴って、拠点とする自宅アパートへと変える最中であった。
街路自体には地割れレベルの罅も無く、故に徒歩で在れば瓦礫などにさえ気を払っておけば、充分な通行にも滞り無い次第である。
しかしながら、どんなに順調な道の途中で在ろうとも――何処であっても、障害物と言う物は立ち塞がるものなのだから。
「――おーし、お前ら! 其処で止まれや!」
「へっへっへっ……! 色々ブツ、持ってるみたいじゃねーかオイ!」
建物と建物の間――路地裏とでも言うべき先より、荷物を抱えて帰宅途中で在った厳斉たちの前へと現れたのは、お約束の如き与太者である。
これぞテンプレートで御座いと言わんばかりの柄の悪い恰好をした男が三人、チンケなナイフ片手に道を塞くようであったのだ。
そう言えば、ドラッグストアで異能を見せるつもりが無かったために――そんなポーズを続けるために、あのまま荷物は渦へと仕舞わず、こうして両の手に袋を抱えていたことを思い出す。
つまり破落戸諸君からすれば、自分たちは誠に、葱を背負ってやって来た鴨のようなものなのだろう。
それでも、スーパーでの一件を済ませたこともあり、少なくとも厳斉と織渼衛には焦燥感など微塵も生まれていないようである。
「やれやれ、またチンピラとは胸焼けしそうじゃあないか……」
「現れ方にも芸が無さ過ぎて、もう今日は食傷気味なんだよ」
うんざりとした様相を隠そうともせずに溜息交じりに溢す彼女に同意するように、思わず己もそんな台詞を吐き出してしまう。
その様子が、一層腹立たしかったのだろうか。
与太者三人組は、舐められたと感じたらしく――手にしたナイフをチラつかせながら、唾を飛ばして大声を上げるのだ。
「あ゛ぁ゛!? ナメてんじゃねーぞゴラァ!」
「大人しく荷物捨ててったら勘弁してやろうと思ったが、予定変更だなァ!」
「クッ! これはサービスしてもらわねぇとダメだな!」
果てさて――如何してこの手の輩は、堪え性が無いのだろうか。
あと定型文のようにボコるだの、女は犯すだのと山賊のような台詞しか出てこないボキャブラリーの貧弱さも、より知能の貧弱さへと憐れみを誘う一因なのでは無かろうか。
されども、相手は最早単なる破落戸でしかない。
ナイフこそ持っているとは言え、既に雷撃の形をした人間に等しい織渼衛に物理手段による損傷を与えることは容易ではなく。
今こうして威勢よく威嚇行動を行っている最中に、問答無用で黒玉の餌にすることも可能であろう。
但し、此方には大切な身内である紅絽絵も居るのだから――万が一のことがあるなど、到底許されることではない。
銃なども所持していないようであるが、あんなナイフであっても刃物は刃物。
もしも彼女に刃が届くことがあれば、その柔肌は容易に切り裂かれてしまっては堪らない。
したがって、面倒で在ろうとも。身内の安全の為にもさっさと片付けてしまおう、と。
織渼衛と目配せをした厳斉であったが、己が行動へと移す前に――手にした荷物を此方へと押し付けるように渡してきた紅絽絵が、矢面へと立ち塞がったのだ。
「……全く。お前たちのような下種には、心底反吐が出るよ」
「な、な……ンだとゴラァ! もう一片言ってみやがれ、デカ尻男女!」
突然の強い言葉へと――一瞬、その力強さに怯みながらも、破落戸の一人は下品な台詞を吐いて気炎を上げる。
そんな言葉へとますます強い侮蔑の眼差しを向けた彼女は、更に一歩前へと踏み出して切り捨てたのだ。
「そんな危ない物を振り回して、弱い者を一方的に傷付け搾取しようとする――どうしようもない屑が、此処で息をしているだけで不愉快極まり無い」
――そう言えば、と。
あの薬局がバリケードで防護柵を生み出していたのも、紅絽絵が非難する前に外からの襲撃者へと対抗するためであると聴かされたことを思い出す。
実際に暴徒が押し入って大変なことになりかけたからこそ、こんな一日ばかりであそこまで厳重な体制を強いたのだ。
特に争いとは無縁の女性が多い環境であったが故に、あぁした形を取るしか無かったに違いない。
いずれにせよ。普段から正義感の強く、真っ直ぐな心を持った彼女からすれば、有事であろうとも進んでこのような悪事へと手を染める輩の存在は、とてもではないが我慢ならないものなのだろう。
止めとばかりに、紅絽絵は破落戸三人へと言い放つ。
「――見逃してやるから、さっさと失せろ。そして二度と、強盗何かに手を染めるな!」
「ば、バカにしてんじゃねェぞ!」
「いい気になりやがって……ッ! テメェの男ごと血祭りに上げて、その目の前で鳴かせてやんよォ!」
――瞬間。
破落戸の品の無い台詞によって、触れてはいけないスイッチが切り替わったかのように。
静かな儘に激昂を巻き起こすが如く。
紅絽絵を取り巻く雰囲気が、それこそ可視化出来るのではないかと思わんばかりに――オーラの如く、膨れ上がったかのように感じられるのだ。
彼女が背にした厳斉ですらそう感じるのだから、きっと敵対する羽目に陥ってしまった彼らの方など、まるで心臓を鷲掴みにされたが如き圧迫感すらも覚えているのではなかろうか。
「ボクの――! いや……彼を、傷付けようとしたな」
「ひっ……ッ!? な、なんだ……ソレ……!?」
紅絽絵の周囲の大気ごと振動するかの様相を用いて――辺りのアスファルトから瓦礫にガラスの破片、壊れた車のボンネットまで。
手当たり次第に彼女へと集められた一切が形成され、気が付いた時には紅絽絵を覆う見事なまでの鎧を形成していたのであった。
外骨格のような、装甲スーツの如き。西洋の騎士鎧にも、何処か似た雰囲気があるのかもしれない。
まるでSFなどの創作でしかお目に掛ったことの無い有様が、数多の我楽多が材用であるとは思えぬ程の精巧さを有して、此処へと顕現したでは無いか。
「う、うわぁぁあぁああああああ!? ば、バケモンだぁァアアアアアアア!」
「待てッ! 置いてかないでくれェ!」
「――ヒィィィイ!」
男たちの悲鳴が辺りへと響き渡るが、当然の如く誰も助けになど来ないのだから。
故に、と。
それ以上のアクションの必要も無く――襲撃者は情けない面を晒したまま。
無様に尻尾を巻いて、三々五々と散って行ったのであった。
その与太者の行く末を暫く睨みつけるように視線を向けていた紅絽絵であったが、次第に落ち着きを取り戻す様に。
バラバラと剥がれるように鎧が削げ落ち、材料は塵となって消え逝く。。
そうして、静寂が再度――寂しさを取り戻していた街路へと戻って来たのであった。
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【名前】貴奔 紅絽絵
【性別】♀
【征痕】灰被りの戦鎧
┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【暴力】C【耐力】A−【応用】B【敏捷】C
┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【❍乙女の柔肌は傷付かない】
┗飛来物による損害を無効化して、鎧に追加する
【☑誰が為の戦化粧】
┗定形不定形問わず、周囲の物体を鎧へと嵌装する
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