第十四話 王子様
「――貴方達、良く無事に此処まで来れたわね」
もっと露骨に警戒心を剥き出しにされるとも思っていたが、厳斉の後に隙間を抜けて来た織渼衛と揃って見て――目の前の女性は、少しばかり驚くように呟いていた。
自分たちへと対応したのは、女性にしては中々に高身長と言える短髪が特徴的な相手で在り――自己紹介も兼ねて伝えられたのは、偶々休暇で地元に戻っていたという自衛官であるらしい。
そう考えれば、こうした堂々たる出で立ちや災害時への立ち振る舞いにも納得の往くものなのかもしれない。
「外では怖い人たちもうろついているみたいでしたので、彼に守ってもらいながら隠れつつ此処まで来ました……」
「やっぱり、暴力を糧に好き勝手やってる不届きな輩も増えてるみたいね。でも、貴方達みたいな善良な市民が無事で良かったわ」
その、暴力で自由に振る舞う輩を一瞬で消し炭にしたことなど――露とも思わせぬような嫋やかな姿勢にて、旨い具合に相手の警戒心も削ぎ落し切ったようである。
そして女性同士の方が話がスムーズに進むのであろうか。
完全にこの場においては荷物持ちの地位を確立してしまった厳斉は、少々居心地悪くも邪魔にならぬように佇みながら、ドラッグストアの中を観察してみた。
如何やら、買い物中に日中であった件の災害に襲われた人が多いのか。
此処らで己の視界に映るのは、凡そ女性の姿ばかりである。
男が完全にいない訳でも無いけれど、やはり女が圧倒的に多い避難場所では、あのように入口へと障害物の一つも置いておかねば安心も出来ないだろう。
寧ろ、この状況を暴徒にでも知られれば、最悪容易に草刈り場と化すやもしれぬのだから。
「――という訳で、此処はあまり堅牢とは言えません。だから貴方達なら大丈夫だとは思うけれど、彼氏さんもこの店の状況をあまり余所に吹聴はしないで頂戴ね」
「勿論、人の弱みをペラペラ喋ったりしませんよ。俺たちは只、彼女が必要としている物を探すために足を運んだだけですので」
軽く釘は刺されたものの。
厳斉へと向けられたその口調に、高圧的な色は既に存在しては居なかった。
此れは織渼衛の得意分野であるとも言えるのかもしれないが、相手の警戒心を旨い事解いていたのである。
先の店では生鮮食品などは優れていたのだが、逆に生活用品に欠けるラインナップであったのだ。
故にそうした物とザックに入れておいた食料で交換を済ませた所――、
「あーっ! 厳斉と織渼衛じゃないか!」
そう叫びを上げた大声と共に――店の奥より此方へと駆けて来たのは、これまた顔見知りどころか腐れ縁となる友人であったのだから。
赤み掛かった髪を短く揃え、オーバーサイズのパーカーにタイトなスキニーパンツと云うスポーティーな出で立ちで現れた。
このボーイッシュな装いながらも、大きな双眸に長い睫毛。艶やかな唇に中性的且つ一種の芸術品のように整った顔立ち。
何より、出るとこはしっかり出た我儘ばでぃな彼女もまた、大学へと進学してから同じゼミを通じて親しくなった相手なのだ。
織渼衛とはベクトルは違えども、彼女に負けず劣らずの端正な容姿で目を惹くことに間違いのない――この紅絽絵は、何処へ行っても特に同性からの受けが抜群に高い女の子でもあった。
下手な男よりも凛々しく頼りになり、女性らしい美麗さを携えながらも王子様的な人気を獲得する彼女であるのだから、それこそしょうも無い男などは腰が引けるのか安易に寄せ付けない。
故にこれ程に美人な彼女と大学内を歩いていても、男からの羨望の眼差しよりも遥かに――後輩を中心とした女性陣からの、嫉妬心を超えた愛憎すらも溢れる目に晒されることは避けようのない事実であった。
いずれにせよ、こうして再会出来た以上に喜ばしいことも無いだろう。
厳斉も素直に、彼女の無事へと安堵の言葉を告げるのだ。
「連絡が付かないから俺たちも心配していたが、本当に無事で良かった」
「へへっ、厳斉たちの方もね! あっ――それとも織渼衛は、もうちょっと独占したかったかな?」
そんな風に軽口を叩く紅絽絵へと、涼しげな表情の儘――織渼衛はその豊かな谷間に挟み込むように己の腕を採って、そのまま店外へと踵を返さんと振り返る。
「おや、良いのかい紅絽絵。それでは君の気持ちを有難く頂戴して、私たちは愛の巣である彼の部屋に二人で戻ることにするよ」
「ちょ、ちょっと待ったっ! じょーだんだよ、冗談! 僕も一緒に連れてってよー!」
「ふふっ、勿論。ちょっとだけ、揶揄いたくなったのさ」
「もー分かってる癖に、いじわるだなぁ……」
「何とやらと戦争には、手段を選んではいけない。何時だって、自分に素直なのが一番だよ」
焦りと共に膨れっ面を晒す紅絽絵へと、小さく舌を出して可愛らしく笑う織渼衛は、実に仲が良い友人同士なのである。
割かし面倒なゼミで苦楽を共にして来ただけあって、こうして日常的なじゃれ合いをする程度には良好な関係を築いているのだ。
何時もこうして、あと少し此処に面子を加えれば、行動を共にしている何時ものメンバーが完成するのだから。
そんなことを、同じく考えて居たのか。
紅絽絵はカラカラと笑いながら、その様子を指摘するのだ。
「この調子なら、如何にかいつメンが揃うことも遠くなさそうだねー」
「紅絽絵はいつメンってよりも、イケメンだけどね。下級生から絶大な人気を誇る、理想のお姉さまナンバーワンじゃあないか」
「その話は、胃凭れするから勘弁してよ……。ミスターキャンパスにも選ばれたくは無いし、何時も言ってるけど僕は此れでもノンケだからねっ」
まぁ、その豊かな乳房とデカ尻に絶妙な色気で王子様は無理でしょ――なんてことは、流石に此処で口に出さないだけの分別も厳斉には存在している。
王子様キャラのくせにスケベな身体しやがって何て口に出そうものなら、彼女たちは嬉々として己を揶揄って来るに違いない。
唯でさえ厳斉の自室に屯する中では、しょっちゅうその自慢のボディを惜しげも無くほっぽり出しているのだから。
とは言え――仲間内の軽口であれば兎も角、女性だらけのこの店の中で迂闊なことは言えないだろう。。
事実、買い物中の母親に連れられていたらしき小さな女の子なぞは、突如現れた厳斉には警戒心剥き出しの鋭い視線を陰から寄越しているのに対し――退店を告げて周囲の人たちへと挨拶をしている紅絽絵には、頬を染め目を潤ませて初恋ガンギマリの秋波を送っているレベルには短時間で在ろうとも懐き惹かれているのだろう。
その様子を見て静かに笑いを堪える織渼衛は、隣で何ともやるせない気分であった厳斉へと脇腹を突いて小声で告げるのだ。
「世間一般におけるイケてるメンズ度では、流石の厳斉も彼女には敵わないねぇ」
「何、笑ってんだよ。其れ、俺にも紅絽絵にも失礼だからな」
「まぁまぁ、良いじゃないか。君には君の良さがあるって、私はちゃんと知っているからさ」
「はいはい、そりゃどーも」
ぞんざいに返すと、其れは其れで愉快であったのか。
くすくすと、隣で小さく笑う織渼衛には何を言っても手玉に取られてしまうと解り切っているが故に、そのまま口を閉じて紅絽絵を待つことにしたのであった。
「ゴメンゴメン、お待たせっ。んじゃ、行こっか! あぁ、重かったら僕が荷物持つから任せてよ!」
「はい、紅絽絵王子にモテポイント一点追加。対抗馬の厳斉君は、此処で何か一言無いのかなぁ」
「――やれやれ、とっとと帰るぞ」
先に歩みを進めた己の背後では、彼女たちのコロコロと笑う声が愉快に聞こえて来るのであった。