第十三話 次点
――一先ず脅威は失われたが、其れでもまだことは完全に済んではいない。
「さて、と。それでは、残った彼らのことは如何しようかな?」
織渼衛が示した通り、未だ周囲には破落戸の残党が転がっている。
中にはピクリとも動かずに煙を上げていた者も居るが、未だ可笑しな痙攣に襲われている輩も存在する。
強大な力であるが故に、細かい加減が利かなかったのか。
それとも命の危機とも言えた以上、初っ端から加減する気など無かったのか。
状態としては半死半生と云うのが相応しい光景を見下ろしながら、彼女は厳斉へと窺うように問い掛けるのだ。
「今し方居なくなった頭目への対処を考えれば、残りの彼らも同じようにするのが良いのかもしれないけれど――気が乗らないようなら、少々派手に残ってしまうが私が行うかい」
「……いや、此処まで来て織渼衛がに押し付けて見知らぬ顔をするつもりは無い。証拠も殆ど残らないだろうし、俺が処理することにしよう」
幾ら凄惨だからとは言え、後始末の全てを彼女に放り投げてしまえば――自分自身に対して、この先も目を背けたい事柄がある度に織渼衛へと甘える口実を作ってしまうだろう。
其れに飄々としているとは言え、必要だから手を染めただけに過ぎず、彼女もまたこうしたことには当然のように少なくは無い負担を抱える筈である。
したがって、一にも二にも無く――またしても黒玉を現実へと顕現させた後、跡形も無く処理すべく。
少々、床も纏めて削り取ってしまったものの。転がる死骸も半死体も全て纏めて、闇の中へと屠った次第であった。
命の危機が、先程まで迫っていた為であろうか。
このような状況へと陥っても、意外と二本の脚で立てるものであるのだろう。
「――任せて悪いね。でも、此処に長居しても仕方が無いし、手早く物資を集めて回ろうか」
何だかんだで、厳斉を慮ってか。
気丈に振る舞う彼女へと着いて往くように、本領発揮と荷物係を務めるべく――厳斉は織渼衛のスカートの布に浮かぶ、形の良い臀部へと惹かれるように食品売り場へ歩みを進める。
展開されていたのは、実に好き放題にされた商品棚の数々である。
先まで存在していた破落戸共が、散々っぱらに食い荒らした為であろうか。
其れに加え、きっと彼らが縄張りとする前にも、既に別の暴徒が荒らしていった名残も感じられた。
規模の小さなスーパーであることも相俟って、至る所の荒れ模様が嫌でも目についてしまうのだ。
まだ未曽有の災害発生より、そう日も経過していない為、初夏とは言え見目に分る程駄目になっている食品は殆ど無いのが救いであろうか。
「あぁ、此れも要るね。おっと、それからアレも確保しておいた方が良さそうだ」
織渼衛が指示を寄越した品を片端から渦の中へと放り込んで往くのが、現在の厳斉に課せられた最優先事項となっていた。
無限買い物籠へと転職を果たした己に遠慮なく、これ幸いと必要とする品物を吸い込ませるのだ。
懐にも手提げにも気を遣う必要が無いとなれば、女の買い物は此処まで凄まじい物なのだ――と。
厳斉は疲労こそ無いものの、ある意味では先程の闘争以上に気疲れしようになっていたのであった。
店内を足早に回りながらも出来得る限り痛みの無い商品を収集し、バックヤードの冷蔵庫からも食べられそうな生鮮から冷凍食品まで浚うのだ。
店全体を廻ったにしては少量かもしれないが、獲得出来た物資としては文句無しと言って差し支えないだろう。
ちなみに――先程破落戸が持っていた方の拳銃もまた回収し、使用するかはさて置き、万一の為にと織渼衛へが所持することとなっていた。
彼女の抱く異能であれば、まず拳銃なぞよりも遥かに強力な物であると言えよう。
しかしながら、誰彼構わず人から外れた証左にも等しい異能を見せつけるのは宜しくないが為、正面切っての有事の際にはまず其れをチラつかせるために持っただけであったのだが。
そう考えると、胸元に証の刻まれた彼女は兎も角、左手の甲にモロに晒した己はあまり宜しくないのかもしれない。
同族のように――見る人が見れば、その異能保有という危険性に気付かれてしまうかもしれないのだから。
「それなら其処の棚に掛けてあった軍手でもしておくと、ぱっと見では解らなくなるのではないかな」
「あぁ、良い考えだと思うぞ。こうした作業中や荒れた外を歩く為に手を保護してるってのは、別に可笑しな話じゃないからな」
よって、織渼衛のアドバイス通り――商品棚の端に引っかかっていた軍手を両の手に嵌め、簡易的なカモフラージュは一先ず為し得たのであろう。
――それは、さて置き。
此れにて、一通りこのスーパーにおける目ぼしい物は集められたと言えるだろう。
「――大漁大量、っと。じゃ、次はドラッグストアでも行こうか」
「凡そ食い物は集まったと思うんだが、まだ他に欲しい物があるのか……」
「女の子には、色々と必要なのだよ。厳斉だって、私が不健康で小汚くて臭いよりも――健康的で清潔で小奇麗な方が、ずっと良いでしょう?」
「まずその二択で、前者を選ぶ変態は早々居ないと思うぞ」
「ふふん、なら決まりだね。此処に併設されて居れば良かったのだけれど、無い物強請りをしても仕方あるまい」
いずれにせよ、そんなに遠くないからと押し切られて――。
そのひんやりとした繊細な手に引かれるように。
厳斉は再び彼女にお供するが如く、物資回収の旅に向かう次第となったのであった。
*
――先のスーパーマーケットから五分ほど歩いたところに、お目当てのドラッグストアに到着した。
道中では問題も無く滞り無く付いた場所には、二階建ての店が鎮座している。
二階部分は、如何やら百円均一になっているらしい。
されど、問題は当然其処では無い。
ガランとした駐車場を抜け、入り口である自動ドアへと向かっていると――其処には、内側から棚やら何やらがゴテゴテに積まれたバリケードが構築されているではないか。
「さっきのスーパーよりも、此処を根城としている人々は防犯意識も高いようだね」
「感心するのは結構だけど、これじゃもしかすると話すら出来ないかもしれないぞ」
そんな言葉を交わしながら入口前へと佇むと、突如バリケードの奥より力強い女性の声が自分たちへと向けて響き渡った。
「――貴方達二人、其処で止まりなさいっ!」
隙間から監視しているのか、それとも頭上に備わっている監視カメラに写っているのだろうか。
カメラの存在を考えると、先のスーパーに戻って警備室証拠隠滅の為にでも荒らした方が良かったのだろうか。
なんて思いながら、隣の織渼衛へと視線を向けると――女優も真っ青な程に、その美貌をフル活用するが如く。
さも不安げな表情を装いながら、バリケードの向こうで睨んでいるのであろう女性へと向けて訴えかけるのだ。
「あのっ……物資を分けて戴くことは出来ないでしょうか。勿論、唯とは申しませんっ! 少量ですが、食料品なども御座いますので……交換して頂きたいのです」
彼女の迫真の嘆願が功を奏したのであろうか。
少し待てと言われた後、如何やら通行許可が下りたようであった。
漂っている雰囲気からしても、恐らく騙し討ちやらの罠の匂いは感じられ無い。
無論、例え矢の雨が降ろうとも織渼衛であれば異能により傷一つ負わないだろうが――傍から見れば親し気な男が同伴していて、女を盾にするような印象を持たれれば、相手が真っ当であるならば悪感情を抱くやもしれない。
そうなれば、交渉にも不都合が生じるやもと鑑みれば、先に厳斉がバリケードの隙間に身体を滑り込ませる他無いだろう。
「……ねぇダーリン、大丈夫? 私、心配かも……」
「先に行くから、降ろしたザック引き込むの忘れるなよ」
「ふふっ、照れちゃって。連れないねぇ」
くつくつと悪戯っぽく笑みを浮かべる大女優様を尻目に。
小さな溜息一つの後、文字通り狭き門と化した入口を抜け往くのであった。