第十二話 瞬きに、跳ぶ
――攻撃手段を奪い去り、破落戸のリーダーは床を転げ回っている。
しかし、此れにて決着――という訳には、如何やら往かぬらしい。
「て、テメェ……! こんなコトして、タダで帰れると思ってねェだろうな!?」
金属化は解いていないようで、失った肩の先より血は流れ出ていないものの。
光沢を纏いながらも、片腕を欠損したことにより苦悶の表情を浮かべる男は地べたへと身を捩ったまま、厳斉を睨む様に見上がている。
「いや、もうお前の戦えないだろ。なんで約束通り、物資は貰って往くからな」
「そんなモン通すと思ってんのかァ、クソが!」
最早、会話も続かぬとばかりに。
これ以上相手にする価値も無いだろうとスーパーの探索を始めようとした厳斉であったが、しぶとくもボス猿は手下たちへと号令を掛けたのである。
「――お前らァ! コイツをさっさとブッ殺せェェェェエエエエエ!」
まるで泣き叫ぶように発せられたリーダーよりも命令であったが、周りの子分たちは戸惑いと――自分たちの頭目があっさりと敗れたことに、随分と腰が引けているようであろう。
事実、先程拳銃を投げ渡された小男など、碌に握ることも出来ずにお手玉をして床へと落とし、痛みに耐えるボス猿より思い切り睨みつけられている次第であった。。
それでも、仲間をやられた怒りが有るのか。それとも、ボス猿の命令に背くことが怖くて出来ないのかは知らないが。
各々手には獲物を握り締め、迫真の表情で厳斉を取り囲むように円を縮めて来る。
「は、ハ、はははハハッ! 死ね死ね死ね死ねェエエエエ! このままテメェは、嬲り殺しだァ!」
狂気すら孕んだように――鉄面皮ならぬテカる面には脂汗をも流しながら、掠れるほどの大声を上げて厳斉を圧殺せんと笑い声を上げている。
――されど。
仲間がいるのは、目の前で哀れにも勝負の結果を受け入れられない男だけではないのだから。
「ふふっ。流石に其れは、酷いルール違反なんじゃないかな?」
文字通り――雷光一閃。
店の入り口より厳斉には見知った彼女の声が聞こえたと思った矢先――激しい雷鳴と共に駆け抜けた紫電は、瞬く間に周囲の破落戸たちを貫き顕現したのであった。
現象通りに落雷に匹敵するような爆音を鳴り響いた時には、既に辺りには厳斉を除いて立っている男は一人も存在してはいなかった。
心停止に呼吸の停止。意識消失、昏睡状態。手足は青白く変色し、中には羽毛に広がった裂傷が刻まれている者も見受けられる。
白目を剥いて、泡を吹き、痙攣するだけで済んだのであれば御の字か。全身から肉の焼き焦げる臭いを立ち上げ、部分的に炭化して動かなくなった肉塊も転がっていよう。
そうしてバチバチと激烈な音色と共に明滅し、瞬時に可憐な人型へと戻るのは――入口前で待機を頼んでいた友人である、織渼衛に相違無かった。
一瞬の内に引き起こされた、流石の事態に――元より倒れていたからこそ見逃されただけのボス猿は、宛ら餌を待つ鯉のようにパクパクと口を開けたまま、その言の葉を喪っていたのであった。
九割がた完全に機能の停止した破落戸を尻目に、彼女は自己の働きに関心を抱かぬとばかりに。
厳斉へと微笑を浮かべ、まるで子供を注意するかのように艶やかな花唇を開くのだ。
「もぅ、きちんと最後まで片付けないと駄目じゃないか。君は私のように非実在型じゃあ無いのだから、万が一のケースだってあるのだよ?」
「……あぁ、悪かった。確かに、まだ拳銃を拾っていた奴も残った訳だしな」
「本当に気を付けておくれ。背後から奇襲を受けたり、反応速度を超える銃のような物を撃たれでもしたら唯では済まない筈だろう。あの男が銃を捨てるまで、私がどれだけヤキモキしたことか……」
「次からは詰めもちゃんとするから、そんな子供の躾のように言うのは止せ」
己にも不手際があった以上、少々バツの悪かった厳斉の小さな反論へも。
織渼衛は形の良い指先を口元へと充てて、くすくすと上品な笑みを溢すだけであった。
――そんな自分たちのやり取りを見ていたらしく。
こうして残った破落戸の頭目は、やっと声が出るようになったと同時に――其処には多分な怯えの色を見せながら、震える声で問い掛けて来る。
「な、何なんだよ、それ……ッ」
「――ん? もしかして、私に言っているのかな。だけど、自分の手の内を易々と明かす訳が無いだろう。仮に勝利を確信していたとしても、馬鹿でもあるまいし――誰が敵対者に向かって、己の情報をくれてやるものか。少しくらい、頭を使いたまえ」
「う、ぐっ……クソが、ァ……ッ!」
今し方、容赦なく厳斉を囲んでいた者たちを無力化した事から鑑みても、表面上は何時も通り涼し気にしていながら――織渼衛としても、中々以上に怒気を孕んでいるかのような感触をその声色へと乗せていた。
冷静と冷徹の狭間へと立つ――そんな家のお姫様には、馬鹿にされた怒りよりも恐怖の方が勝ったのであろうか。
厳斉を見上げながら、行きも絶え絶えに恨み言のような台詞をぶつけて来る。
「テ、メェ……な、仲間が、居たのか……」
「お前にだって、たんまりと子分の猿共が従ってただろ。其れに彼女を此処に初めから連れてきたところで、躾の成っていない野良犬が盛り出す光景は容易に目に浮かぶぞ」
「うふふふふっ、やだなぁ厳斉ったら。可憐で清楚でスタイルが良くて優しく賢く同性のような距離感の筈なのに自分好みのお嫁さんにしたいナンバーワンだけど今は友人という枠組みから踏み出せなくてやきもきしていて近づかれるだけで良い匂いがするし部屋に泊まった時には何時の間にか布団に潜りこんじゃっている天然系には悶々とせざるを得ない通い妻な的な超絶巨乳美少女を自分以外には触れさせたくないだなんて――流石に、恋人でもないのに独占欲が強過ぎるんじゃあないかな? いやぁ、困っちゃうよもぅ」
「――其処まで言ったように聞こえるってんなら、本気で脳神経外科を進める所だ」
このような状況下においても、まるで気負っていない彼女は彼女で如何かと思うが――そんな厳斉たちにとっては見慣れた遣り取りながらも、目の前で地べたを這う男には途轍もなく恐ろしいものに見えていたらしい。
「ッ゛……化け物めッ!」
「此れ、乙女に向かって酷いことを言う者では無いよ。そんなのだから、君は碌な末路を向かえないんだ」
最後っ屁とばかりに悪態を吐いた男であったが、織渼衛に冷たく切り捨てられて蒼白な顔面を晒して居よう。
其れに何より、あまり考えたくは無いのだが――仲間と共に片腕を喪ったとは言え、このままであれば失血死することもない以上、正直な処生かしておいても面倒なことになりそうなのだ。
何かの間違いでこれ以上の力を付けて復讐に来られるようなことがあっては、おちおち夜も眠れない。
更に言えば――この男が生き延び、被害者面をして。
他の場所で生き延びた人々や警察などの機関に駆け込むことがあれば、厳斉たちにとっても不利益以外は生まれないのだ。
事実、今の所己は能力を晒して目撃者を残して居ないし――恐らく織渼衛も同様に、襲われたという際にはそのように処理しているとの確信が持てる。
自身よりも賢く頭も回る彼女が、先程口にしたようにその程度の詰めを誤るとは到底思えなかったのだから。
したがって、後味は多少異常に悪けれども――此処において引き起こされてしまった以上、無駄な禍根を残しては枕も高くは出来ないと結論付けるのであった。
「ま、待てッ! お前らのことは、も――」
発光する紋様の左手を掲げ、這い付くばる男へと発生させた彗星の如き黒玉を以って――断末魔も無く。
誰も知らない、何処にも存在し得ない亜空間へと呑み込み、消失させたのであった。
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【名前】缶濃 俊尚
【性別】♂
【征痕】鉄の獣面
┣【能力】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【暴力】B−【耐力】B−【応用】E【敏捷】D
┣【技能】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
【❍鉄の胃袋】金属を摂取して、栄養補給が可能。
【☑金界王の鎧】
┗全身を自身の想像する金属の特性へ置換する。
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