第十一話 錆びた鉄人
――平時であれば、まずこの手の輩と関わり合いになることなど無かっただろう。
今、厳斉の周囲を取り囲むようにして威嚇する破落戸たちの手には、文字通り凶器となる武器が例外なく備わっている。
例えビールの瓶であろうとも、無防備に頭を殴られれば大変なことになるのは明白であろう。
一線を越えてから己のブレーキも怪しくなったのかは解らないが、こうして交渉失敗であるとばかりに危機的状況へと陥っている。
「テメェ、生きて帰れると思うなや……!」
中央部で下していた腰を上げ、髭面のボス猿はその手にした拳銃を厳斉へと向けて来るのだ。
間違いなく出所は――目の前に転がったまま頭から血を流して息絶える、哀れにも撲殺されたらしき警察官の所持品であろう。
しかしながら其れに合わせて、右手へと即座に取り出した同種の拳銃を構え、与太者の威嚇行動へと対抗してやった。
「……こ、コイツも銃持ってやがるぞ!」
「怯んでんじゃねぇ! コッチは全部で、何人居ると思ってんだァ!」
流石に拳銃の存在は、無視することも出来ないのか。
取り囲んでいた破落戸の輪が一回り広がるように、腰の引けた青年たちからはどよめきが起こっていた。
「ビビるんじゃねェガキ共ッ! 拳銃くらい俺も持ってんだ! コイツが不利だってコトに、変わりはねェんだよ!」
されど、狼狽える彼らへとボス猿の一喝にて場は静まり返るのだ。
そして、目敏く見つけていたかのように。
此方へと銃口を向けたまま不敵な笑みを浮かべるリーダー格の男は、顎をしゃくる様にして厳斉へと言い放った。
「しっかし、驚いたなァ……。さっきはその左手の痣に気付かなったが、兄ちゃんも俺と同じ、能力者だったたァよォ! 拳銃を出したのも、その右手の黒いヤツからだろ?」
言うや否や、見せつけて来た掌には件の紋様が刻まれており――男の身体は見る見るうちに光沢のある色彩へと変化し、瞬く間に全身が金属特有の光沢を放つ人型へと変貌したでは無いか。
男が銀色と化した拳で自身の頭を軽く叩くと、確かに金属宛らの高くも鈍い音が鳴り響くのであった。
「ヒャハハハハハ! リーダーがこうなったら、お前完全に死んだぞゴラァ!」
「この人はなァ、コレで警官が撃って来た銃弾も撥ね退けたんだからよォ!」
「拳銃なんざもう効かねェし、物を仕舞うだけの能力なんかで如何にかなる相手じゃねーんだぞ!」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる取り巻きたちは、此れから始まる残虐なショーを渇望するかのように気炎を上げて盛り上がっている。
止めとばかりに。全身金属と化した男からは、まるで己の勝利を解り切っているかのように一つの提案が寄越されたのであった。
「よぉーし、兄ちゃんよォ! 俺とタイマン張って、生きていられたら見逃してやるよ。このままコイツら全員からリンチ受けてオモチャにされるより、ずっと生き残れる可能性もあるだろオイ?」
「……随分と自身があるようだけど、わざわざ数の利を捨てても良いのか」
「――ハッ、フザけろ! テメェ一匹なんざ、俺一人で充分なんだよォ! オイ、このチャカも持っとけや!」
そう自信満々にいきり立った男は、後ろで控える子分へと手にしていた拳銃を放り渡した。
けれど、厳斉からすれば本当に馬鹿なのではないかと思えるような有様で在ろう。
何故、圧倒的な威力を誇る遠距離来撃手段を自ら手放すのであろうか。
この国で暮らしてきた人間として銃など触れることすら初めてであるということは、厳斉自身も同じである。
されども、自分の力を手下へと誇示したいのか。それとも、異能を得た万能感にでも酔っているのだろうか。
彼は如何やら、強靭に過ぎる金属の肉体を振り回して、己を挽肉に変える気に違いない。
周りの取り巻きたちも下種な笑みで干渉するように盛り上がっているものの――果たして彼らは、自分たちのボスが負けた時のことを考えて居ないのだとの疑問すら残る。
己は未だ手に拳銃を備えており、此れを適当に周りへ向けて引き金を引くだけでも、誰かしらに当たるかもしれないとすら理解していないのだと思われる。
最早熱狂に沸く闘技場と化したスーパーの一角であったが、念のために――と。
厳斉は最後通牒も兼ねて、やる気満々で銀の腕を振り回す男へと問い掛けた。
「――武器も捨て、数も無駄にする。本当に、一対一でお前を倒せば帰って良いって事なんだな?」
「さっきからそう言ってんだろ! ついでに此処にある食いモンから何から、全部テメェにくれてやるよ!」
「いや、別に此処の物資はお前たちの物じゃないだろ」
「んなコト考えるよりも――まずは、テメェの命が残ってるかってコトを心配しとけやァ!」
叫び声を上げ乍ら、鉄塊と化した破落戸は拳を振り被って助走と共に殴り掛かって来た。
能力に慢心しているのか。完全なテレフォンパンチであるが故に、殴り合いの経験など碌に無いような厳斉であっても、其れを見てから容易く回避することは出来ていた。
が、確かに――自信に溢れるように言うだけあって。
重さに引き摺られるように地面へと墜落した男の拳は、轟音を巻き起こしながらスーパーの床を小規模なクレーターのように陥没させていたではないか。
あの一撃を生身で喰らう事があれば、文字通り人体などミンチになってしまうに違いない。
「ハッ! 上手く避けたみてェだが、一発でも当たったら簡単にオシャカになるからなァ!」
「――じゃあ、当たらなければ良いだけだろ」
「生意気なクソガキが……殺すッ!」
立ち上がって構え直して再び殴り掛かって来る破落戸であったが、やはり能力便りでその身体に絶対の自信があるのだろうか――またしても、策も無く一直線に単純なパンチを繰り出すだけである。
無論、彼からしても、あれだけの威力があれば壊せぬ者などないと考えて居るのだろう。
そして先に取り巻きが騒いでいたかのように、あの金属同然の肉体は銃弾すらも跳ね返す強度を有している。
故に、攻守共に隙の無い――無敵の身体であると、錯覚しているのだ。
そう――所詮は物を知らない、錯覚なのである。
厳斉からすれば、硬さも強度も――その威力すら、関係ないのであった。
いっそ、もう。
緩やかにすら見える男の拳を、左手の掌にて受け流すようにした厳斉の先では――生まれ出でた黒玉がそのままなぞるが如く、擦れ違うかのように男の右腕を肩の下まで削り取った。
突然の消失に、きっと何が起こったのか判らなかったのであろう。
瞬時に狂った己の肉体の重量バランスに振り回されるように、男は地べたへと無様に転がり往く。
床へと投げ出された後――彼の絶叫は、数瞬遅れて店内へと響き渡った。
「があ゛あああ゛あああぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁああ゛ああぁぁあ゛あ゛あぁ゛ああ゛あ――!? う、腕がァ゛!? お゛、俺の腕が消えちま゛、ったァアアァァア゛アアアア!?」
「――煩いな。人間としての品性は劣悪なのに、痛みの主張だけは一人前みたいだ」
人の嫌がることは、してはいけません。
幼少期に学んだこんなことすら彼は守れずにいたからこそ、此度の事態を招いたと言っても過言では無い。
流石にこの手の人間には、同情も憐れみも感じることは無さそうだ。
絶対無敵だと、心の底より思っていたのであろう。
虚空へと削り去られた腕を探すかのように。
激痛と衝撃を受ける羽目に陥った――床でのた打ち回る男の悲鳴だけが、困惑と畏怖に彩られた残りの与太者に囲まれた儘に。
何時までも崩落した仮初の闘技場の内へと、残響のようにへばり付いているのであった。