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第十話 猿山

「――其れで、厳斉。これからの予定は、何か考えているのかな」


 不安定に発光する人型の雷より元に戻った織渼衛は、再び座り直してジュースの残りを空けた後、相も変わらず余裕すらも浮かべた表情にて――此方へと、そう問いかけて来たのであった。

 確かに、やるべきこともやりたいことも現状に置いては山ほどあると言えるだろう。

 飲み食いするだけならばある程度は持つだろうが、結局物資はどれだけあっても困ることはない。

 持ち運びにも保管の際にも、厳斉の異能を用いれば何一つ不自由なく行えるのだから。

 この先で腐れ縁となった友人たちを探して合流するにしろ――その後、仲間と共に生き延びることを鑑みれば、食料一つ取っても有れば有るだけ安心出来る。

 また、特定の物資が欲しい時なんかにも。

 街の何処かで生き残った人々が居れば、相手に余剰分を差し出して交換に用いることも可能であろうし、何かしらの要求を通す際にも用いて困ることは無い筈だ。

 故に、未だ昼前ともなれば、再び今日の探索へと足を運ぶのも悪くない選択肢と云えようか。

 そう彼女へと伝えると、ならば行動は早い方が良い――と。


「それじゃあ、今度は近所のスーパーマーケットにでも向かうとしようか」

「……まさか、織渼衛も来るのか?」


 我先にと立ち上がっていた彼女へと問い返すと、準備は出来ているとばかりに玄関へ向かって靴を履き始めているではないか。

 既に織渼衛の中では、己と一緒に探索へと赴くことは決定事項なのであろう。


「ほら、さっさと仕度したまえ。焦る必要は無いけれど、早ければ早いだけ良い物が残されている可能性も高くなるのだからね」

「判ったよ……。一応、カモフラージュ用の鞄も持って行った方が良さそうだな」


 このような状況だからこそ、異能を他者に見られても良い事など無いだろう。

 最悪、と言うか――既に街の惨状を鑑みれば、この力を悪用して暴れ回っているであろう者も少なくないことが予想出来る。

 事実として、厳斉も平時であれば大それたことなどしそうにない相手より、襲われたばかりなのだから。

 兎にも角にも、行くと決めたのであれば、後は細心の注意を払いながら目的地へと赴くだけだ。

 寧ろ、能力的に考えても――荒事においては、己よりもずっと織渼衛の方が頼りになりそうなところがもどかしくもあるのだが。

 マスキュリズムに脳を支配されている訳では無いけれど、適性が高いからと言って、女性を矢面に立たせて引っ込んでいることなど厳斉には出来そうにない。

 したがって、有事の際には何時でも行動に移ることが出来るように――と。

 同行者がいるからこそ、より一層の覚悟が厳斉には求められそうだと感じていたのであった。


        *


「――うん。此れで良かったのだろうけれど、君の家からスーパーまで特に絡まれること無く来ることが出来たね」

「そりゃあまぁ、徒歩でもたった十分ちょいで着くからな。通いなれたこの程度の道で、移動前に織渼衛を襲ったと云う様な箍の外れた破落戸にエンカウントしては堪らんぞ」


 此方には拳銃もあるし、己も同行者も共に異能者だ。

 されども油断は禁物で在り、それ以上の脅威を携えた怪物に遭遇しないとも限らないのだから、何も無いに越したことは無い。

 ――足を運んだのは、厳斉も良く買い物に訪れた安さが売りのチェーン店である。

 街がこのような惨状に陥ってしまった以上、店の周りには主婦や学生の活気に溢れた喧騒は当然の如く見られない。

 それでも取り敢えずは、こうして此度の目的地へと無事到着してことに安堵しながら。

 開閉装置が壊れてしまったのか――開きっぱなしの自動ドアを抜けて、店内へと足を踏み入れようとした次第であったが、


「厳斉――如何やら、先客が陣取っているみたいだよ」

「あぁ、全く……。しかも見た感じ、あまり話が通じそうな相手じゃないな」


 音を立てずに、こっそりと店内を覗うと――其処には一目見ただけで、穏便な対話が困難であると予測できるような風体の男たちが居座っている様子が見受けられる。

 これぞ破落戸で御座いと云わんばかりの装いは兎も角、致命的なのは駄弁っているらしき彼らの近くに転がる警官の死体である。

 この状況でコスプレに興じて外を出歩く莫迦者が居ないと仮定すればの話であるが、あの倒れ伏した者が身に着けているのは我が国における警察官である身分を示す制服に違いない。

 なんせ――昨夜、半分潰されながらも息絶えた。同じ衣装の死体を、引っ繰り返ったパトカーの下で見つけていたのだから。

 はてさて、一体全体この状況においては、如何するのが正しいのだろうか。

 警官の死体が転がっている以上、間違いなく奴らは暴力に躊躇いの無い集団で在ろう。

 今も尚、ああしたものを近くへと放置しながらも莫迦騒ぎに興じている感覚からしても、真っ当な倫理観など疾うに投げ捨てているに違いない。

 あちらこちらに酒瓶は転がり、菓子やパンの袋が好き放題に散乱している。

 見渡す限り、十代半ばから二十代半ばくらいまでのチンピラ然とした男たちが十人程。

 誰も彼もが角材や鉄パイプ、ナイフに包丁――中央で踏ん反り返っている男の手には、警官から奪ったと思わしき拳銃もあるようだ。

 過程はどうあれ、自身も拳銃を隠し持っている以上、その点に関しては何とも言えぬのがもどかしくもあるのだが。

 入口の影からこっそり店内を覗き込むようにして様子を探る厳斉へと、ぴったりと身を寄せた織渼衛が耳元で囁く。

 ブラウス越しには女性特有の体温と肌の柔らかさが伝わっており、甘い花の吐息が己の鼻腔を徒に擽る。


「――で、君は如何したいのかな。安全を期して回れ右するか、一か八か交渉でもしてみるか」

「あぁ、そうだな。だけど、別の店を探しても良いが、其処も同じような輩に占領されていない保障は何処にも無い」


 故に。

 取り敢えず、織渼衛は外で待機していてくれ――と。

 彼女へと身を隠すように伝え、厳斉は独り狂乱の坩堝と化した店内へと足を踏み入れることにしたのであった。

 良くも悪くも――人一人の命を手に掛けてから、随分と己も肝が太くなったように感じられる。

 どうせ何時かぶつかるやも知れぬものならば、其れが今であってはいけない理由など何処にも無い。

 しかしながら、当然――見知らぬ顔がやってきたことに眉を顰めた破落戸連中は騒ぎを止め、侵入者たる己へと威嚇するように声を上げた。

 まるで猿山のように煩い罵声を浴びながらも、涼し気な顔をしているのが余程気に食わないのであろう。

 自身へと集う視線を絡ませつつ、其れでも何食わぬ顔で奥へと進む。


「――オイ、ゴラァ! 誰だよ、テメェ!」

「社員教育がなっていないな。近頃のスーパーは、その程度の指導も出来ないのか?」


 売り言葉に買い言葉では無いけれど、そんな小粋な冗談もお気に召さなかったのであろう与太者たちからの怒号は、より一層激しい物となって降り注ぐ。


「舐めたクチ利いてんじゃねーぞ、兄ちゃん……! とっとと失せろって言ってんのが、聞こえねェのかよボケが!」

「買い物に来ただけだということくらい、見て判らないのか三下。お役様にはまず、笑顔でいらっしゃいませだろう?」


 朱に交じれば何とやら、とは言わずとも――流れるような挑発を吐き出してしまったようであり、相手方のボルテージは疾うに臨界点を超えてしまったようである。

 ぞろぞろと周囲を取り囲むように集まる破落戸連中を前にして、少々早まったかなと思ってしまう次第であった。

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